夢過ぎ去りし跡の世界で転生者が生き抜くクトゥルフ神話   作:カーキtrpg

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第五話

 「そもそもの始まりは、神尾教師の父親が九智依羅教団に入信したことが問題だったと言える」

 

 岩木竹はそう切り出した、先ほどまで俺を叱責していた男とは思えないほど、声音は冷静に聞こえる。

 だが俺はその言葉の奥に、わずかな苛立ちが滲んでいるのを感じた。

 

 「民間伝承の研究をしていた彼は魚乃目を通じて九智依羅教団の活動に参加した。だが次第に研究者としての立場を逸脱し、信徒として傾倒していった。ついには邪神信仰に目覚めたのだ」

 

 岩木竹は机の引き出しを開け、分厚いクリアファイルを取り出した。

 中にはぎっしりと紙が詰まっている、コピー用紙の角が擦れ、何度も閲覧された形跡があった。

 

 「これは警察が調査した秘密資料だ、コピーや持ち出しは認められていない、必要な情報は記憶するように」

 

 そう言われながら俺は受け取った資料の中身を確認する。

 それは神尾先生の父親である、神尾 信五郎(かみお しんごろう)の活動記録だった。

 この資料の内容を要約するとこうだ。

 神尾 信五郎は民俗学者であり、研究対象として戦後の混乱期に地方伝承を組み込んで生まれた九智依羅教団を調査するために教団に接触を繰り返した、しかし教団側からは謝絶され調査は難航。

 そこで九智依羅教団の源流となった地方伝承から調べようと現地に赴いたところ、怪異に襲われてしまったが魚乃目に助けられ、そのまま教団に入り込んだらしい。

 しかし、教団の魔術書を盗み見ることで邪神信仰に目覚めた彼は教団から除名処分を受け追放。

 その後、九智依羅教団と敵対している組織に拾われたとある。

 

 「この組織ってなんだ?資料には何も書いてないが、それにこの資料は黒塗りばかりじゃないか」

 「その情報が載っている媒体は警察庁にしか存在しない。我々の所属する怪異対策部は警察庁の直轄だが、現場は各都道府県の警察本部指揮下にある。そのため強度の高い情報を現場で閲覧するための権限が存在しないんだ、どうしても必要なら警察庁にある怪異対策部に情報を観覧したい本人が直接訪れるしかない」

 

 俺は呆れた、素人でも問題が起こるのが解るような組織構造だ。

 

 「なんだその滅茶苦茶な指揮系統は、それだと平時ならともかく有事にはまともに動けないだろ」

 「その場合は警察庁怪異対策部部長の判断でいつでも部長の指揮下に戻されると規定されている、我々が指示を受けるのは警察庁からになる、指揮系統は正常化されるだろう」

 「つまり、今の状態が問題だとお前も思っているんだな」

 「……」

 

 俺の言葉を聞いた岩木竹は沈黙した。

 上層部の批判になるようなことは言いたくないということか、宮仕えの身にはこの話題はつらい様だ。

 

 「まあ、俺には関係の無い話だからこれ以上は言わないさ。だがこの情報だけでは何もわからないぞ、これ以上の情報を取るために警察庁に行けって言うのか?」

 「それは大丈夫だ、資料に載っていない情報は私の口から教えよう、流石に渡された資料に載っていない物にそこまでしてしまっては仕事にならない」

 

 だからわからないことがあったら遠慮なく私に聞いてくれ。

 最後にそう言った岩木竹はスマホを取り出しどこかに連絡をしようと電話をかけ始めた。

 

 「まだ出ないか、いったい何を考えてるんだあいつは」

 「魚乃目はまだだんまりか?」

 「ああ、どうやらまだ戻ってくる気は無いらしい」

 

 激怒していた岩木竹から逃げるように魚乃目はいつの間にか部屋から消えていたのだ。

 魚乃目が消えているのに気付いた岩木竹は俺を詰めるのを止めてすぐに連絡を取ろうとしたのだがあいつは連絡を無視してまだ戻ってきていない。

 問題が起こったら頬かむりを決め込むのがあいつのスタンスのようだ、戻ってきたら情けない奴とでも言おうと思ったが俺も人のことは言えないので思いなおした。

 

 「で?結局魚乃目はなぜ先生の自宅に張り込んでいたんだ」

 「……魚乃目自身に説明させるつもりだったんだが、奴がいないなら仕方ないか」

 

 流石に諦めたのか、いくら電話しても連絡のつかないスマホをポケットに戻して説明をしてくれるようだ。

 

 「20年前に九智依羅教団から追放された信五郎氏はダゴン救世団という組織に入団。九智依羅教団に所属していた時に自分の娘に神の声を聴く素質があることを教えられていた氏はダゴン救世団に当時3歳だった娘を生贄として売り渡したんだ」

 「なるほど、先生の父親は大した悪党だな」

 「ただの外道だ」

 

 即答だった、どうやら先生の父親には当事者ではないこいつでも思うところがあったようだ。

 

 「話をもどすぞ。事態を察知した魚乃目が怪異対策課と一緒に信五郎氏を射殺してダゴン救世団を壊滅させて娘を助け出したんだが、その残党が最近になって救世団を再興したのだ」

 「つまりその再興したダゴン救世団が今も先生を狙っていると考えているのか」

 「その通りだ、九智依羅教団から教えてもらったのだが、どうやら神尾教師の素質はそうそうお目にかかれない程高く、奴らが諦めるとは思えないそうだ」

 

 俺が見落としていたのは神官としての素質か、魔法の才なら一目でわかるが、それは別だ。

 周囲も調べる必要があるな、厄介事の種は案外身近に転がっているみたいだ。

 

 「それで魚乃目は先生の護衛をしていたのか」

 「魚乃目の奴が自薦したのだ、どうやら奴は神尾教師に負い目を感じているようだ」

 「負い目だと?」

 「神尾 信五郎を射殺したのは奴だ、それ以来奴は信五郎氏の母娘を気にかけている、元々氏から紹介されていたらしく家族ぐるみの付き合いだったと聞いている。20年前なら奴はまだ変わった顔で通じる程度の変異だったらしいからな」

 「そういうことか、……この話を魚乃目がする予定だったのか?」

 

 魚乃目にとっての忘れられない過去ということか、あいつがまともにこの話を出来るとは思えないが。

 

 「私だって好き好んでつらい思いをさせたいわけではない、しかし奴はこの任務に自分から志願したのだ、ならばこの程度はやってもらうしかない」

 「で、志願したあいつがやっていることが着信拒否かよ、あいつを使うくらい人がいないのか?怪異対策の人材はどうなってるんだ」

 「怪異相手の人材登用の内容には人格や協調性の項目はない、奴も組織人としては落第だが怪異相手の任務には欠かせない人材だ、でなければ国も伊達や酔狂で公務員としての身分を与えたりしない」

 

 冗談だろ、魚乃目が公務員だと?

 

 「まじかよ、存在しない扱いの部署で、しかも外部協力者なのに公的な身分があるのか?」

 「怪異対策課の名前ではないがな、国も怪異関連に関しては柔軟な対応をする、それとお前の場合は任務中に限り公務員として扱われる」

 

 その言葉に俺は驚く、13歳の中学生に公的な身分が与えられるというのだ、前世の日本なら絶対にありえないことだ。

 

 「俺が公務員?13のガキがかよ、国は正気なのか?」

 「正気かどうかは知らないが本気なのは間違いない」

 

 こんな無茶をするとは、国はそこまで追い詰められているということか

 

 「わざわざ俺が任務中だけと伝えるってことは魚乃目は常に公務員扱いということだよな?あいつは警察試験を受けたのか?想像したら笑えてくるんだが」

 

 インスマス面のあいつが机に向かって試験を受けている姿は想像でもシュールだった。

 

 「いや、魚乃目は通常の試験を受けてない、怪異を相手する人材は任命によって登用される。特別な能力試験はあるがそれは適性を図っているだけだ。それに奴は警察身分というわけではないぞ」

 「だとしたらどういう身分なんだあいつは」

 「国家公務員だ、形式的な身分になるが、たしか防衛省の名前を借りていたはずだ、今は県警本部に所属しているがそれは怪異対策課の運用上の都合でそうなっているだけで奴は警察庁に人材交流として来ているだけという扱いだ」

 

 防衛省とは意外な名前が出てきたな、いや、人材交流の名分相手としては都合がいいのはわかるがよく協力してくれたな。

 

 「よく防衛省が名義貸しなんかに同意したな」

 「国は本気だと言っただろう、怪異対策に関連することなら他の機関でも融通が利くのが当たり前のことになっている」

 

 つまり国にとって怪異はそれだけ脅威ということか。

 

 「それと正式な身分が欲しいなら怪異対策課の推薦があればすぐに審査される、望むならお前もなれるぞ」

 「そんな誰でもなれるのか、いくら何でも酷すぎないか」

 「勘違いしているようだが推薦があれば決まるわけではないぞ、この方法で登用されるのは怪異に対する能力を持っていることが前提だ、お前の場合は魔法の力を持っているから間違いなく採用されるだろうがな」

 

 魚乃目はその方法で国に拾われたのか、つまりあいつ程度でも怪異に対する能力を持っていると判断されるのか。

 これは他の連中も期待はできそうにないな。

 

 「だがあいつは教団から出向していると言っていたぞ」

 「それを気にしていたら人材なんて集まらん、怪異を相手できる技術を持っているのは神主や巫女、坊主などそういう連中ばかりだ、国家に敵対的ではなく淫祠邪教のたぐいでなければ問題ない」

 「つまり国は九智依羅を問題ないと判断したのか、余裕で邪教だと思うんだが」

 「魚乃目から聞いてたがお前は昔の書物に印象を引きずられているな、九智依羅教団は教義の再解釈をして伝統を現代社会に適合させる努力でお前が知っている物とは比べるのも失礼なほどまともな宗教団体として活動しているぞ」

 

 俺は鼻で笑う、邪神を祀る連中がまともだとはね。

 だがこの世界では、それが現実なのだろう。

 

 「協力することを決めた俺が言うのもおかしいが、ルルイエの邪神を崇めてる連中がまともと言われるとは思わなかったぞ、他の奴らはどんだけ酷いんだよ」

 

 ルルイエの邪神、その言葉を聞いた岩木竹は納得がいったとばかりに話しかけてくる。

 

 「なるほど、そこから勘違いしていたのか」

 「勘違い?魚乃目は確かにクトゥルフ信仰だと言っていたぞ」

 「それも間違いではない、だが魚乃目を始めとして九智依羅教団が崇めているのは……」

 「そこからは俺が説明する」

 

 部屋のドアが開き会話を遮りながら魚乃目が入ってくる、ようやく戻ってきたか。

 

 「魚乃目、貴様今までどこをほっつき歩いていた、彼は貴様が連れてきたのに放り出すとは無責任が過ぎるだろう」

 「だからちゃんと戻ってきただろうが、小僧には俺が説明をするからお前はここで油を売ってないで上司に身分証の件を通してこい」

 「……ちゃんとした説明をするんだぞ、魔術師とはいえ子供を巻き込むんだからな」

 

 岩木竹はその言葉を最後に俺の方をちらりと見てから部屋を出ていく。

 

 「さて五月蠅いのが消えたな、九智依羅のことを聞いてたみたいだがどこまで聞いている?」

 「このクリアファイルのことくらいは聞いた」

 

 俺は手元のクリアファイルをひらひらと振って見せた、光を受けて紙の白が目に刺さる。

 

 「つまり何も聞いてないってことか」

 「おいおい、どんだけこの資料には情報がないんだよ」

 「お役所の作ったのり弁資料だぞ?中身は知らんが何も期待できないってのは今までの経験でいやというほど思い知っているんでね」

 

 肩をすくめながら言うこいつは心底うんざりした様子だ、国は本気だと言っていたがこの様子を見ると期待できないということか、一体どれだけ酷いんだ?

 

 「そんなに知りたがらなくても、どれだけ酷いかはお前もここで活動すれば嫌でもわかるさ」

 「……そうかい」

 

 またか。

 明らかに内心を読み取ったうえで話をしてきている、どうやら俺が迂闊なだけじゃない、こいつの対人能力が桁外れに高いんだろう。

 流石に知力だよりではこのレベルの相手はできないみたいだ。

 

 「後で一緒に生の資料を見に行くぞ、黒塗りどころかそもそも出してもいない情報があるだろうからな」

 「俺が警察庁には入れんだろ、任務中は公務員扱いされるとは聞いたが、民間人だぞ」

 「そのために岩木竹を行かせたんだ、今週中にはお前が警察庁所属の警部だとする証明書類を持ってくるはずだ」

 

 思わず目を見開く、たった13歳の俺が警官、それも警部だと?

 

 「そんなこと本当に出来るのか」

 「出来る。役人どもは怪異に関してど素人だから馬鹿な情報制限を現場にしたり、頓珍漢な対応をするがそれ以外なら役に立つ、国全体として俺達を支援してるんだ、一人の子供を警察官にでっち上げるなんて無茶苦茶だって押し通してくる」

 

 子供が警官になるなんて前世ならジョークにすらならない、しかし魚乃目の声は淡々とした語り口だが確信がこもっていた。

 

 「問題にならないのか」

 「怪異対策に関しては通常の人事制度は完全に死んでる。適性があるかどうか、それだけだ」

 「試験とかは?」

 「んなもんない、魔法が使える時点で確定だ、岩木竹も同じことを言ったはずだぞ」

 

 その言葉に思わず俺は口元を緩めた、その場にいなかったくせに察しがいい。

 魔術師としては雑魚だがそれ以外の能力は俺よりも遥かに上回っている、小瀬のじいさんと同じでこいつも年を食っているだけのことはあるみたいだ。

 

 「子供を警官にするのは流石に無茶だろ」

 「通常はな、だが怪異関連は別枠だ、それと階級は権限調整のための方便だ」

 「方便で警部かよ」

 「最低限の権限がなきゃ動けないだろ、いちいち上に伺いを立ててたら死人が増える」

 

 淡々とした現実論、簡単に死人が出るというその姿に俺はここがクトゥルフ神話の怪物が実在する世界なのだと今更ながら思い知らされる。

 だが、そういう世界だと承知の上で転生に同意したのだ、後悔はない。

 それよりも気になることがある。

 

 「ちょっと待て、任務中だけ公務員と聞いたがそれだと警部の階級はどうなる?いくら何でも任務のたびにとっかえひっかえなんてできるとは思えないんだが」

 「まさかあの堅物の任務中だけなんて話を本気にしたのか?それも方便のうちだ、実際は任務以外でもそのままの扱いだぞ」

 「だとしたら、わざわざ登用される意味はあるのか?任務以外でも立場が変わらないなら違いがないだろ」

 

 岩木竹は正式な身分が欲しいなら審査が必要と言っていたがこれだとその審査の意味がないだろうに。

 

 「あー、そうだな、お前は俺の立場がどんなものか知っているか?」

 「いや、身分が防衛省とは聞いたがそれだけだ、自衛隊って言わなかったから背広組なんだろ。人材交流で来たということは一時的な警察階級は持ってるんだよな俺と同じ警部か?」

 

 まともに試験も受けてない奴には警部でもだいぶんおかしいがな。

 

 「まあ、場合によって幾らでも変わるが今は警視だよ、九智依羅分室の分室長だ、防衛省では何だったか、たしか最後は名前だけだが理事官だったと思う」

 

 嘘だろ。

 こいつが警視で分室長だと、ということは岩木竹は。

 

 「まさか岩木竹は本部長なのか?」

 

 このレベルだと直轄の上司はそのくらいのはずだ。

 だが魚乃目は手を振って否定する。

 

 「違う違う、たしかに俺は本部長に報告義務があるが、あいつは警察庁の警視正、出向している今は怪異対策の参事官だ」

 「40くらいだろあいつは、キャリア官僚じゃないか、なんでこんな場所にいるんだ」

 「俺は書類仕事や管理業務が出来ないから手伝いに来てるんだよ。」

 

 つまりこいつは人に自分の業務を押し付けてるのか。

 

 「一応言っておくが俺みたいのは珍しくないからな、上の連中もそこをわかってるから怪異関連の業務に回されるような本物の官僚はそういう奴の手伝いを自発的にする奴から選ばれる」

 「わかってるならそもそも警視になんかしないだろ」

 「お前の警部と一緒だよ、最低限の権限のためにこんな御大層な立場にされるんだ、傍受令状を請求するにはこれぐらいは必要なんだと」

 

 やっぱり国は正気じゃないな、ここまでやるのか。

 

 「わかるか小僧、正式に国に抱えられるとやれることが段違いなんだ」

 「だからお前は審査を受けたのか、……岩木竹は俺が望めばすぐになれると言っていたが中学生が本当にお前と同じ警視になるのか」

 「それ以上だってあり得るぞ、俺なんて20年前に別の名義で警視正になったことだってあるぞ、国の奴らは定員だろうと平気でその場その場で変えて好き勝手しやがる」

 「法治国家日本は幻想だったか」

 「お前はもっと六法全書を読み込むんだな、怪異の名前を出してないだけでそういう無茶が出来るような法律がちゃんとあるぞ、流石に怪異関連の人材に限定されているがな」

 

 それにしたって限度があるだろうに、よく今まで問題にならなかったものだ。

 

 「さて、話も切れ目、時間ももう天辺を回りそうだ、いい加減家に帰れ小僧、続きは次からでも問題ないだろう、帰りのための車くらいは俺が出してやるよ」

 「いらん、一人で帰れる。それに車だとかえって遅くなる」

 

 いちいちそんな事しなくても家に帰るだけなら《瞬間移動》で十分だ。

 

 「最後に聞いておきたいんだが」

 「あん?まだ何かあったか」

 

 こいつは誤魔化しているのか?いや、これは素だろう。

 

 「お前はクトゥルフ信仰だと言っていたが岩木竹は違うと言っていた件だ、遮ったまま聞いてないぞ」

 

 そう、こいつは説明すると言っておきながらその部分を言っていない。

 

 「それか、悪いな忘れてたわ」

 「やっぱりか、ちゃんと説明するといったくせに酷い奴だな」

 

 こいつのいい加減な部分に関しては今後も注意しておかなければいけなさそうだな。

 

 「信仰してる神、というか俺たちのことを率いているのはな、かつては隠されしものとして深きものにも知られずにいたクトゥルフの娘、クティーラ様だよ」

 

 クティーラ。

 こいつの口から出たのは、予想もしていなかった名前。

 父の復活を約束する存在、クトゥルフによってルルイエに縛られている筈の存在だった。

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