個性:斬魄刀ガチャ   作:らいこう

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第1話 個性:斬魄刀ガチャ

 ぼんやりとした意識の中で、俺は時間を過ごしていた。

 幼い頃に見た夕焼けの校舎、夜更けに一人で走った誰もいない河川敷、机に突っ伏して眠った試験前夜。

 取り留めもない、けれど確かに見覚えのある情景が、次々と頭の中を巡っていく。

 

 ああ、走馬灯か。

 

 そんなことを、まどろみの中で一人ごちる。

 どれくらい、そんな曖昧な時間を漂っていただろうか。

 

 やがて、意識が少しずつ浮上していく。

 

 まるで、海の底に沈んだ砂を両手ですくい上げるみたいに。

 俺という存在が、水中からゆっくりと引き上げられていく感覚。

 

 そして、理解した。

 

 ――ああ、俺は生まれ変わったんだ。

 

 どうやら二度目の人生の舞台は、俺の知っている地球とは少しだけ、いや、かなり違うらしい。

 

 『個性』と呼ばれる超常の力が社会に溶け込み、法と常識の中で管理されている世界。

 正直、刺激的なんて言葉じゃ足りない。

 

 そして、俺もまた、その『個性』を持って生まれてきた。

 

 それが判明したのは、四歳の個性診断の時だった。

 

 個性名は『斬魄刀ガチャ』。

 ちなみに命名は俺自身だ。

 

 能力は至ってシンプル。

 ガチャ石――正式には魂石を消費して、ランダムに斬魄刀を取得できる。

 

 斬魄刀とは、『BLEACH』という作品に登場する刀のこと。

 能力を宿した特殊な刀で、それぞれに始解と卍解という解放段階を持つ。

 

 それを使って、この世界を生き抜いていく……ってことらしい。

 

 魂石の入手方法は、デイリークエストをこなすこと。

 俺の脳内に唐突に浮かぶ、よく分からない指令だ。

 

 内容は運動、勉強、善行、挑戦。

 本当に雑多で、だけど日常に溶け込んだものばかり。

 

 基本的に手に入るのは、NからRまでの魂石。

 そう、魂石にもレアリティが存在する。

 

 そして当然、斬魄刀ガチャにもレアリティがある。

 対応する魂石を消費することで、相応のガチャが引ける仕組みだ。

 

 なお、N魂石であっても、数を揃えれば上位ガチャを引くことは可能。

 無課金仕様にしては、なかなか良心的だと思う。

 

 以上が、俺の個性『斬魄刀ガチャ』の概要だ。

 

 斬魄刀ガチャのレアリティは、N、R、SR、URの四段階。

 ガチャのラインナップは事前に確認できるのだが、そこで一つ分かったことがある。

 

 どうやら、すべての斬魄刀が存在しているわけではない。

 

 アニオリ斬魄刀、解号が不明なもの、能力が曖昧なもの。

 そういった斬魄刀は、ガチャに含まれていなかった。

 

 さらに特殊な例として、三歩剣獣も存在しない。

 草鹿やちるの斬魄刀だが、ラインナップには表示されない。

 

 これらから考えるに、俺自身の“斬魄刀への解釈”が個性に影響しているらしい。

 三歩剣獣を斬魄刀だと認識していないから、存在しない――そんな感じだ。

 

 まあ、やちる自体が特殊な存在だからな。

 結果として、存在しない斬魄刀はいくつもある、というわけだ。

 

 ※ ※ ※

 

 時は流れ、十二歳。小学六年生。

 今日のデイリークエストの一つは『10キロ走ろう』。

 

 それを達成するため、俺は街を走っていた。

 時刻は十六時頃。日差しはまだ強いが、少しずつ影が伸び始めている。

 

「おっ、クエスト達成したか」

 

 ――『10キロ走ろう』を達成。

 ――報酬として『N魂石』が一つ届きました。

 

 脳内に、クエスト達成の感覚が走る。

 帰宅してすぐ家を出て、走り始めてから三十分ほど。

 

 小六でこのペースは、前世基準だと完全に化け物だ。

 

「ガチャ引いとくか」

 

 意識の中でガチャ画面を開き、魂石を投入する。

 単発で一回。今日手に入れた分も合わせて、N魂石を五個消費。

 

 魂石や斬魄刀は、個性由来の亜空間に収納されている。

 かさばらないのはありがたい。

 

 まあ、少し前に鍛錬でほとんど使い切ったから、すっからかんだがな。

 長期保管できない仕様、本当にどうにかならないもんかね。

 

 そんな愚痴を内心でこぼしながら、ガチャを回す。

 

 脳内に映像が流れる。

 暗闇の中を、地獄蝶が一頭、ひらひらと飛んでいく。

 荒廃した大地。その中央に突き刺さる一本の槍。

 

 ――Nレア『鬼灯丸』

 

 まあ、外れだな。使いやすくはある。

 だが、レアリティ的にはどうしても見劣りする。

 

 血止め薬が仕込まれてるくらいで、能力らしい能力もない。

 槍と三節棍を使い分けられるのが売り、か。

 

 Nレアなのは、いつも通りだ。

 

「もうちょい走ってから帰るか」

 

 クエストは達成したが、体力にはまだ余裕がある。

 もはやデイリーは、日課のついでみたいなものだ。

 

 運動、勉強、善行、挑戦。

 クエスト関係なく、機会があれば手を出すようになっていた。

 

 それを四歳から八年間。

 続けていれば、そりゃ習慣にもなる。

 

 おかげで体力はつき、成績も常にトップだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 一定のリズムで走り続け、しばらくしてから休憩。

 喉の渇きを覚え、スーパーへ入った。

 

 レジに並んで会計を待っていた。

 その瞬間だった。

 

「おらぁ! お前ら動くんじゃねぇぞ!」

 

 怒声と同時に、床へ叩きつけられる両手。

 次の瞬間、足元の床がぐにゃりと波打ち、液体みたいに歪んだかと思うと、天井へ向かって鋭く突き上がった。

 

「ひっ……!」

 

 悲鳴が上がる。

 天井を貫いた床材が、槍のように突き刺さったまま、滴を落としていた。

 

「お前らの身体も、こうなりたくなけりゃ大人しくしろぉ!」

 

 俺はその場で手を上げて、無抵抗を示した。

 脳裏で先程の個性を思い浮かべる。

 

 ――個性は物体の液状化か?

 

 というか、なんでいきなりスーパーなんかに来た?

 様子を見るに、かなり焦燥している。

 

「どうするどうするどうするどうする!?」

 

 視線を落ち着きなく走らせるその様子から、追い詰められているのが一目で分かった。

 

「そ、そこのお前! 来い!」

 

「えっ、きゃあっ!?」

 

 腕を掴まれた女性が、短い悲鳴を上げる。

 そして、ヴィランは俺に背を向けると入口側へ怒声を上げた。

 

「おい、クソヒーロー! 入ってきたら人質殺すぞ!」

 

 外か。

 ってことは、逃走中のヴィランが飛び込んできたパターンだな。

 

 入口付近の床はすでに液状化しており、踏み込めば沈むのが一目で分かる。

 しかも、個性を解いた液体は個体に戻るらしい。

 そのせいで、入口が塞がれていた。

 

 これではヒーローも、簡単には入ってこれない。

 

 その瞬間だった。

 

 ――クエスト『人質の解放』が発行されました。

 ――報酬『SR魂石』

 

 ……は?

 

 こんな状況でクエスト?

 しかも報酬がSR?

 

 冗談きついだろ。

 だが、考えている暇はなかった。

 

『人質を解放しろ! これ以上罪を重ねる気か!』

 

 外から、ヒーローの張り上げた声が響く。

 

「人質が見えねぇのか!? 近づいたら殺すぞ!」

 

 叫び声は、完全に裏返っていた。

 もう余裕はない。

 

 野次馬のざわめきが外から漏れ聞こえる。

 塞がれていた入口の隙間から、外の様子が見える。

 

「くそっ、ヒーローどもが集まってきやがった!」

 

 どうやら、ヒーローがスーパーの入口を固めているようだ。

 それが、逆にこいつを追い詰める。

 

「ど、どうすれば……どう、すれば……!?」

 

 ヴィランの両手は塞がれている。

 片手にはナイフ。もう片方では人質の首を抑えている。

 

「あぁ……もう……いいか」

 

 低く、掠れた声。

 

「こうなりゃ道連れだぁ!!」

 

 ナイフが、震える手で持ち上げられた。

 刃先が、人質の頭へ向かう。

 

 ――クソッ。

 

 考える前に、身体が動いた。

 床を蹴り、一直線に突っ込む。

 

「うぐおっ!」

 

 肩から全体重をぶつける。

 衝撃で体勢が崩れ、腕が緩む。

 

 落ちたナイフを、反射的に蹴り飛ばした。

 

「早く逃げろ!」

 

 背中を押し、女性を後方へ。

 

「ガキィ! 何しやがる!」

 

 怒号が背中に叩きつけられる。

 だが、もう引けない。

 

「てめぇこそ、何してやがんだ!?」

 

 自分でも驚くくらい、声が荒れていた。

 興奮で語気が荒くなる。

 そんな俺に対し、ヴィラン側も声を張り上げて返してきた。

 

「うっるせぇ! 何しようと俺の勝手だろうが!」

 

 完全に逆上している。

 ……このままだと、本当に誰か死ぬ。

 

「あー! クソクソクソクソ! ヒーローが来ちまう!」

 

 棚を殴りつけ、商品が床に散乱する。

 理性が、限界まで削れている。

 

「チクショウがぁ!」

 

 ヴィランがポケットから取り出したのは、注射器だった。

 

 ――まさか。

 

「アアアアアアあああッ!! ひゃ、ひゃひゃひゃあああ!!」

 

 首元に突き刺し、無理やり中身を押し込む。

 目が血走り、口元が歪んだ。

 

「おいおい……ありゃあ、明らかにヤバい薬だろ。だが、なんで今……?」

 

 なんのために薬を使った?

 身体が膨張するわけじゃない。

 だが、纏う雰囲気が一変したように感じた。

 

 しかし、今のうちだ。

 ヴィランが発狂している間に、俺は他の人達に指示を出して別の場所からの脱出を指示する。

 確かバックヤードが近くにあったはずだ。

 あそこからなら、外へ出れる。

 

「急げ!」

 

 咄嗟に叫ぶ。

 人質たちを、別のバックヤードのドアへ誘導する。

 

 だが――遅かった。

 

「こうなりゃ、全員殺してやるよぉ!?」

 

 ヴィランが両手を床につく。

 液状化が、一気に広がった。明らかにさっきの比じゃない。

 出力が劇的に上昇していた。

 

 液体がもう一つのバックヤードのドアへなだれかかった。

 そして、ヴィランが個性を解除したことで液体が固体に戻り、バックヤードへのドアが塞がれた。

 

 ――やられた!

 

 だが、よく見ると塞がれたように見えたドアだが、隙間が目立つ。

 出力が上がったが、制御はさほどなのか?

 これなら壊せば、どうにかなりそうだ。

 

 ――そのための時間稼ぎは、俺がやるしかねぇ。

 

 内心で歯噛みする。

 今、手元にあるのはNレアだけ。

 3種類。

 

 だが、文句は後だ。

 

 亜空間から、刀を引き抜く。

 

「伸びろ! 鬼灯丸!」

 

 解号を口にしたことで、斬魄刀が槍へと変わった。

 重量が手に馴染む。

 

 来る。

 

 床が波打ち、液体が槍の形を取って突き出される。

 直線的。雑だ。

 

 横へ跳び、棚を蹴る。

 地面の瓦礫を鬼灯丸で弾き飛ばした。

 

「うおっ!」

 

 避けられたが、問題ない。

 十分気を引けている。

 

 再び、槍状の液体が数本、突き出てくる。

 やつの個性からして、触れるべきではない。

 足を止めずに、なおかつバックヤードの反対側だけで動き回る。

 

「ちょこまか逃げ回りやがって!」

 

 両手を離せば、操作は途切れる。

 

 ――発動条件は両手が触れること。

 

 なら、近づくまで。

 

 液体を避けながら距離を詰め、鬼灯丸を振るう。

 槍の一撃で、レジカウンターが砕け散る。

 

「くそっ!」

 

 破片が飛び、ヴィランの視界を一瞬遮る。

 その隙に、一気に踏み込む。

 

「おらぁ!」

 

 突き。

 ヴィランは咄嗟に腕で守ろうとする。

 しかし、その腕を弾き、相手の体勢を崩した。

 

 そこへ、横蹴りを突き出し、吹っ飛ばす。

 

「ぐおっ……!」

 

 個性は派手だが、身体能力は大した事ない。

 ヴィランは素早く立ち上がると、近くの商品棚に両手で触れる。

 

 液状になった棚が、まっすぐ俺へ突き出る。

 

「直線的なんだよ!」

 

 軌道がわかっていれば問題ない。

 液状の槍を飛び越え、ヴィランとの距離を詰める。

 着地と同時に鬼灯丸を横薙ぎ。

 

 続けて、振り上げで顎をカチ上げる。

 更に鬼灯丸を床に固定し、軸した飛び蹴りを放った。

 

「ごはあっ……!」

 

 後方の商品や棚を伴って、転がっていく。

 

「な、何なんだよお前はぁ!?」

 

 床に倒れたまま、顔だけ起こしたヴィランから情けない声が漏れる。

 

「ハハッ……面白れぇなぁ!」

 

 心臓が、やたらとうるさい。

 怖い? 違う。

 

 楽しい。

 戦いがこんな面白いものとは知らなかった!

 

 なんだこれは!

 この良いしれない高揚感。

 溢れるアドレナリン。

 

 ――楽しすぎる!

 

 床に叩きつけられたヴィランの両手。

 床材が液状化し、槍が突き出される。

 

「それくらい、気づいてんよぉ!」

 

 不意打ちだろうが、残念ながら見えている。

 

 後退じゃない。

 前へ。

 

 二本の液体槍の間をすり抜け、柄で顔面に薙ぎ払い。

 

「ぶべっ!?」

 

 更に吹き飛ぶヴィラン。

 

「実戦は初めてだが……悪くねぇ! いや、むしろ最高だねぇ!?」

 

 興奮冷めやらず。戦いのスイッチが完全に入りきっている。

 追撃をしようと倒れたヴィランへ歩み寄った、その瞬間。

 

 ――クエスト『人質の解放』を達成。

 ――報酬としてSR魂石が届きました。

 

 バックヤード側へ視線を向けると、ドアを塞ぐ壁が破壊されていた。

 

「ハハハハッ!」

 

 笑いが、自然と漏れる。

 

「感謝の印だ。最後にこれをくれてやる!」

 

 SRガチャを引く。

 そのまま、手に入れた斬魄刀を中空から引き抜いた。 

 

「SRの中でもトップTierじゃねぇか!」

 

 思わず、声を張り上げて驚きの声を漏らした。

 

 ――その斬魄刀の名は。

 

「霜天に坐せ――『氷輪丸(ひょうりんまる)』!!」

 

 瞬間、冷気が爆発する。

 空気が凍り、氷の龍が形を成した。

 

「ふぅ……」

 

 吐いた息が白い。

 背中に、氷の翼。

 

「な、なんだ……これは……!」

 

 突然の変化に、ヴィランが震えた声で呟いた。

 床も、棚も、すべて凍りつく。

 

「悪いが、制御が甘ぇんだ」

 

 一歩、踏み出す。

 

「だから、全力で避けてくれよ!」

 

 刀を振り下ろす。

 氷の龍が、咆哮と共に解き放たれた。

 

 一撃。

 

 それだけで、勝負は終わった。

 

「ふぅ……」

 

 疲労を吐き出すように、口から白の吐息が漏れ出る。

 

「やりすぎたか?」

 

 ヴィランは顔以外が氷で覆われ、完全に身動きが封じられていた。

 完全に気を失っている。

 

 戦闘が終わったと判断したと同時に、氷輪丸が空気中にほどけて消えていった。

 

「ああ、勿体ねぇ……」

 

 思わず、口からこぼれた。

 たったこれだけのことに、SRの斬魄刀を消費するとか。

 勢いって怖いわ。

 

 その後、遅れてヒーローが突入してくる。

 

 俺はと言えば事情聴取を受けた後、個性の無断使用を怒られることとなった。

 

 個性の無断使用、建造物の損壊。

 そりゃそうだ。

 まあ、ヴィランのせいということで、お咎めは無しだった。

 

 外に出た時、助けた人たちが泣きながら頭を下げてきた。

 俺の心配までしてくれた。

 正直なところ後半、人質のことは頭から抜けていたが、彼らも無事で良かった。

 

 ……悪くない。

 

 いや、非常に楽しい一日だった。

 

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