個性:斬魄刀ガチャ   作:らいこう

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第10話 USJ編2

 

 蒸気(じょうき) (たまり)

 かつてヒーローに憧れ、そして社会に裏切られた男。

 彼がヴィラン名『スチーム』を名乗るまでには、幾重もの絶望があった。

 

 全身を走る無骨なパイプ、異形型の宿命として受けた幼少期の迫害。

 拍車をかけたのは、自身の『個性』だった。

 

 『高圧蒸気』。

 感情が高ぶれば身体を覆うパイプから熱い蒸気が漏れ出し、周囲の人間を火傷させてしまう。

 

 その危険な個性は、彼を瞬く間に孤立させた。

 それでも、彼は前を向こうとした。

 

 だが、地元のヒーローに放たれた一言が、彼の心を完全にへし折った。

 

「君の個性は、人を傷つけるだけだ。ヒーローを目指すべきじゃない」

 

 そこから先は、転げ落ちるような日々だった。

 中学校からは喧嘩に明け暮れ、親とも絶縁。路地裏の廃屋を転々とするチンピラ。

 それが彼の『普通』になった。

 

 幸い、異形型ゆえに体だけは丈夫だった。

 幾千の殴り合いを経て、彼は図らずも『個性』を研磨していく。

 

 視界を遮る蒸気、打撃を加速させる噴射、近接での熱波。

 気が付けば、彼は地元の路地裏を支配する実力者になっていた。

 

 だが、彼は『本物の悪』には、なりきれなかった。

 自分と同じように居場所を失った者、異形ゆえに弾かれた者。

 そんな、半端者を放っておけないお人好しな根性が、彼の奥底には眠っていた。

 

 そうして一人、また一人と仲間が増え、いつしか彼は『爆煙隊(ばくえんたい)』のリーダーとなっていた。

 

「俺たちは、社会のゴミじゃねぇ。ただ、生きる場所がなかっただけだ」

 

 彼らにとっての犯罪は、生存のための食い扶持であり、同時に自分たちを黙殺する社会への『存在証明』だった。

 殺しはしない。善人からは奪わない。

 

 異形型を虐げる輩や、評判の悪い悪徳企業を狙う。

 『義賊』を自称していた。

 

 爆煙隊は、居場所なき者たちの最後の防波堤。

 スチームは、その防波堤を死守することに誇りを持っていた。

 

 それが一晩にして崩れ去ったのは、つい先日のことだ。

 

 突如として現れた黒霧という謎の男。

 彼らが呼称する、ヴィラン連合から依頼を受けた。

 

 それについて、アジトの廃工場で検討していた昼頃。

 影のように一人の男が現れた。

 

「ここらで暴れている蒸気の異形型ヴィランってのは、お前だな?」

 

 黒いコートを翻し、顔を隠す黒い貌の面。

 巷で噂されていた、ヴィジランテ『死神』。

 

 圧倒的だった。

 声を荒らげて立ち向かった部下たちは、個性も使われず、素手のみで倒された。

 

 仲間の窮地に、スチームも身を挺して戦おうとしたが。

 

「兄貴……! あんただけは逃げろ! ここで爆煙隊が消えちゃいけねぇんだ!」

 

 部下たちが、無理やりスチームを裏手へと押し込んだ。

 自分たちを犠牲にしてでも、居場所をくれた『兄貴』を生かそうとする仲間たちの心意気。

 

 それを無駄にすることはできず、スチームは血を吐くような思いでアジトを脱出した。

 彼を守るために同行した仲間が一人。

 また一人と脱落していき、最後にはスチーム一人だけで逃走することになった。

 

 そんな最中、偶然か必然か。

 黒霧が現れた。

 

 彼に助けを求めなければ、今頃は鉄格子の向こう側だっただろう。

 仲間はほとんど、あの死神に狩られた。

 居場所を奪われ、誇りを踏みにじられた。

 

 黒霧への『借り』を返すために参加したこのUSJ襲撃。

 だが、スチームの胸中にある目的は、最初から一つだけだ。

 

「……見つけたぜ、死神ィ」

 

 目の前に立つ、あの時と同じ『化け物』の気配を纏った少年。

 スチームは拳を固く握りしめる。

 

 部下たちが守ってくれた自分の命を、今度は部下たちの仇を討つために燃やすと決めて。

 

 蒸気が、復讐の熱を孕んで噴き出す。

 彼は復讐のため、本物の悪(ヴィラン)に堕ちたのだ。

 

 ※ ※ ※

 

 現在の手札は、Nレア4種と、Rレアの『飛梅』『灰猫』『捩花』『蛇尾丸』。

 俺は迷わず、Nレアの一振りを亜空間から引き抜いた。

 

「てめぇだけは、ここで殺すッ!!」

 

 吠えるスチーム。

 全身のパイプから噴射される蒸気を推進力に変え、弾丸となって突っ込んでくる。

 俺もまた地を蹴り、その直線的な突進を受け止めた。

 

 ――ガギィィィィィィィンッ!!

 

 斬魄刀と、スチームの鋼鉄の如きパイプ状の腕が衝突し、火花が空気を裂くように散る。

 

「おいおい、捕まえるとか言ってなかったか?」

 

 煽りながらも、俺の口角は自然と吊り上がっていた。

 スチームは怒りを表したように、腕から蒸気を吹き出し、拳を突き出してくる。

 

 対して、俺は斬魄刀を片手で扱い、空いた手でスチームの打撃を叩いて逸らす。

 すかさず、隙を晒すヤツの胴体へ膝を叩き込んだ。

 

「ごふっ……!」

 

 衝撃で、スチームの口から空気が漏れる。

 しかし、一歩下がるだけで耐え切られた。

 結構、頑丈な身体をしている。

 

「おらあぁっ!!」

 

 ヤツは声を荒らげ、喧嘩殺法で大ぶりな打撃を振るう。

 それに呼応するように、スチームの全身から蒸気を吹き上がった。

 

 なおも繰り出される連撃を、弾き、流し、隙を作ったところへ斬りかかる。

 だが、スチームはダメージを厭わず、熱波を撒き散らしながら拳を振るい続けた。

 

「おいおい、殴るだけしかできねぇのか!?」

 

 連撃の隙間に滑り込み、重い前蹴りを鳩尾に叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

 まともに蹴りを受けたスチームは、吹き飛び地面を転がる。

 だが、すぐに体制を立て直し、両腕をこちらへ突きつけてきた。

 次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの熱蒸気が吹き荒れる。

 

「はっ、随分とぬるい目眩ましだなぁ!」

 

 湯気が届く頃には、熱さ失っていた。

 真っ白な視界の中、俺は湯気の動きに注視し、変化を逃さないよう神経を研ぎ澄ませる。

 不意に左が揺れた。

 

「逆だろ?」

 

 蒸気の向こうから放たれた拳を、刀の腹で弾き返す。

 攻撃は揺れた湯気の、反対側から来た。

 

「結構、技巧派じゃねぇか」

 

 蒸気の目隠し。

 それだけで終わらず、追加で蒸気を放ち、湯気を意図的に揺らして、位置を誤認するように促してきた。

 

 怒りに飲まれているようでいて、その実、冷静な連携。

 そこらの端役とは違う。

 

 とはいえ――

 

「――特別強いってわけじゃねぇな」

 

 蒸気を斬り裂くような一突き。

 逃げ場のない視界不良の中で、鋭い刺突がスチームの肩を正確に射抜いた。

 

「ぐああぁっ!!」

 

 叫ぶスチームを蹴飛ばして、刀を無理やり身体から引き抜いた。

 

 俺はそのまま追撃に踏み込もうとしたが、突如、直感的な寒気が背筋を走った。

 咄嗟に後方へ飛び退く。

 

 刹那、スチームを中心に全方位へ強烈な熱波が爆ぜた。

 

「演技もいっちょ前じゃねぇか」

 

 肩を抑えてうずくまっていたはずのスチームが、忌々しげに立ち上がる。

 

 誘い込みのカウンター。

 判断が遅れていれば、今頃全身火傷だった。

 

「ちっ、勘のいい野郎だ……」

 

 あの蒸気、本人は熱くないのか。

 近接で立ち会えば、熱波に襲われてしまう。

 それなら。

 

「打っ潰せ――『五形頭(げげつぶり)!!』」

 

 能力解放と同時に、刀身が柄部分と鎖で繋がれた棘付き鉄球(モーニングスター)に変化した。

 鎖を限界まで伸ばし、スイカよりも巨大な鉄の塊をスチームへと投擲する。

 

「そんな大ぶりな攻撃が届くかよ!」

 

 スチームが回避行動をとる。

 だが、俺は鎖を強引に引き、空中で鉄球の軌道を無理やり曲げた。

 

 逃げ場のない不規則なカーブが、スチームの側腹部を捉える。

 

 ――ドゴォォォンッ!!

 

 鈍い破砕音と共に、スチームの巨体がボロ布のように転がった。

 

 止めの一撃を、と五形頭を振りかぶったその時、一人の男が割って入った。

 

「兄貴はやらせねぇよぉ!!」

 

 肩から煙突を生やしている男。

 確か、最初にスチームと話していた部下だ。

 

 ヤツは右腕を煙突に変えると、火炎放射を放ち、五形頭の鉄球を相殺しにきた。

 しかし、威力を消しきれず、煙突野郎は止まらない五形頭を飛んで避ける。

 

「雑魚が出しゃばってくるんじゃねぇよ!」

 

「なんつう威力だよ……!」

 

 威力を減衰されてもなお、地面を削る五形頭に、ヤツは驚愕の声を漏らした。

 

「なんで……出てきやがった。ハイエェ!」

 

 スチームはフラフラながらも立ち上がり、乱入してきたハイエという煙突の個性の男に怒鳴る。

 

「すんません、兄貴。説教は後で、いくらでも聞きます」

 

 五形頭を引き戻し、両手で柄を握る。

 一歩踏み出し、足が地面を強く叩く。

 その力を足から胴体、胴体から腕に伝え、空を裂くように五形頭を振るった。

 

「二人まとめて死んどけ……!」

 

 円を描くように空気を揺らしながら、五形頭が襲いかかる。

 ハイエは前に出ると、スチームを庇うようにガードを固めた。

 対し、俺は一気に地を蹴ってハイエの元へと駆けた。

 

 次の瞬間、ハイエと五形頭がぶつかりあい、轟音を響き散らす。

 ヤツは五形頭を止めきった。鉄球が重い音を立てて落ちる。

 

「随分と丈夫だなぁ?」

 

 しかし、ハイエが五形頭を防いだときには、俺はヤツの懐まで迫っていた。

 そのままガラ空きの胴体へ、掌底を叩き込む。

 

「がぁっ……!」

 

 ハイエは背中をくの字に曲げて、吹き飛んだ。

 

「ハイエッ!?」

 

 それを見て狼狽するスチームの顔面に、流れるような後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

 

 ガンッ! と重い音を上げ、二人は同じ場所へ重なるように転がった。

 

「終わりだ……!」

 

 トドメを刺すため、五形頭を投げようとしたその時――

 

「おい、玩具(がんま)! やりすぎだ! 死んじまうって!」

 

 後ろから上鳴が俺の腕を掴んだ。

 

「この程度じゃ、死なねぇよぉ!!」

 

 振り払おうとした腕に、ロープが巻き付いてきた。

 

「あぁ……? 何のつもりだぁ、八百万!」

 

「これ以上は、やりすぎですわ!」

 

 怒りのあまり、視界が真っ赤に染まる。

 怒り、闘争、殺意。

 

 心の更に奥底から、燃えたぎるような熱が俺の全身に流れる。

 

「てめぇら、覚悟はできてんだろうなぁ……!?」

 

 心の中の自分が叫んでいる。

 

 ――そいつらは敵じゃない!

 

 駄目だ、頭に血が上って、冷静な判断ができない。

 身体が言うことを聞かない。

 

 戦いたい。壊したい。

 

 ――殺したい!

 

 俺が、俺じゃなくなりそうだ。

 俺自身の核が、別のなにかに飲み込まれていく。

 

 押さえつけてくる上鳴を投げ飛ばし、腕に巻き付くロープを引きちぎる。

 五形頭をスチーム達ではなく、上鳴達に構えた。

 

「おっ、おい、どうすんだヤオモモ!? 玩具(がんま)のやつ、マジで俺たちをヤル気だぜ!?」

 

「止めるほかありませんわ」

 

 上鳴はガタガタと震えながらも放電の構えを解かず、八百万は冷や汗を流しながらも気丈に俺の目を見据えた。

 

「止めるったって、俺達でできんのかよ……」

 

「できるできないの問題ではありません。やるんです! 仲間を正道へ引き戻すのも、ヒーローの務めですから」

 

 ――くそっ、どうなってんだ! 勝手に動くんじゃねぇ!

 

 視界が赤く染まる。

 少しでも気を抜くと、身体が俺の思考とは別に動き出してしまう。

 

 これは本能だ。

 俺の本能が戦闘を欲している。

 

 全身を激しく巡る『エネルギー』――『霊力』が、俺の身体を本能のままに動かそうとしている。

 

 ――これが悪さしてんのか!?

 

 心の最奥――いや……『魂』から噴き上がる、ドロドロとした熱い霊力が、出口を求めて暴れている。

 

「玩具さん、聞きなさい! 私たちは、あなたと殺し合うために雄英に来たのではありませんわ!」

 

「そうだぜ玩具! お前の個性は、仲間を傷つけるためにあるのかよ! 戻ってこい、またお菓子を作ってくれよ!」

 

 二人の言葉が、体内で暴走する霊力の嵐を切り裂いて届く。

 

「……うる……せぇ……!」

 

 俺は喉の奥から絞り出すように叫んだ。

 

 身体を巡る霊力が、激しく軋んでいる。

 操作の仕方も、逃がし方も分からない。

 ただ、この熱を今すぐ止めなければ、俺は『俺』でいられなくなる。

 

 曖昧なエネルギーとしか認識しておらず、それをいきなり操れと言われてもわかるはずがない。

 ただ、早く全身が沸騰するような熱を放出しなければ、上鳴達に手を出してしまいそうだ。

 

 どうする? どうすれば良い?

 

「あなたは、ヒーローを志して雄英に来たのではないのですか!?」

 

「戻ってこい、玩具!」

 

 二人の言葉が、熱病のような殺意に小さな楔を打ち込んだ。

 

「あぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 魂の叫びと共に、俺は手にした五形頭の鉄球に、自分の頭を叩きつけた。

 

 ゴッ!! という鈍い音。

 視界が火花を散らし、激痛が脳を駆け巡る。

 

 だが、その痛みこそが、暴走する霊力を無理やり抑え込む冷や水となった。

 

「……っ……ふぅ……」

 

 頭から血を流しながら、俺はゆっくりと五形頭を下ろした。

 

「玩具!?」

 

「……悪い。頭に血が上ってた……少し、落ち着いた」

 

 上鳴が「物理的に血を流して落ち着くなよ!」と半泣きでツッコむ。

 八百万は即座に包帯を創造し、俺の頭に駆け寄った。

 

「少し待ってくださいまし、手当します。玩具さん、今のあなたは……」

 

「もう大丈夫だ。正気だよ。声は届いていたぜ、ヒーロー」

 

 八百万の手際よい処置を受けながら、俺は改めてヴィラン側を見る。

 俺たちが揉めている間に、スチームの元には爆炎隊の残党が集結していた。

 

「死神ィ……!」

 

 起き上がったスチームが、さらに巨大な蒸気を吹き上げる。

 俺は包帯を巻き終えた頭を軽く振り、上鳴と八百万に背を向けた。

 

「詳しくは、落ち着いたら話す。行くぞ二人とも。今度は『三人』でだ」

 

「よっし、やりますか!」

 

「行きましょう!」

 

 俺の言葉に、二人は力強く頷いた。

 本当の戦いは、ここからだ。

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