かつてヒーローに憧れ、そして社会に裏切られた男。
彼がヴィラン名『スチーム』を名乗るまでには、幾重もの絶望があった。
全身を走る無骨なパイプ、異形型の宿命として受けた幼少期の迫害。
拍車をかけたのは、自身の『個性』だった。
『高圧蒸気』。
感情が高ぶれば身体を覆うパイプから熱い蒸気が漏れ出し、周囲の人間を火傷させてしまう。
その危険な個性は、彼を瞬く間に孤立させた。
それでも、彼は前を向こうとした。
だが、地元のヒーローに放たれた一言が、彼の心を完全にへし折った。
「君の個性は、人を傷つけるだけだ。ヒーローを目指すべきじゃない」
そこから先は、転げ落ちるような日々だった。
中学校からは喧嘩に明け暮れ、親とも絶縁。路地裏の廃屋を転々とするチンピラ。
それが彼の『普通』になった。
幸い、異形型ゆえに体だけは丈夫だった。
幾千の殴り合いを経て、彼は図らずも『個性』を研磨していく。
視界を遮る蒸気、打撃を加速させる噴射、近接での熱波。
気が付けば、彼は地元の路地裏を支配する実力者になっていた。
だが、彼は『本物の悪』には、なりきれなかった。
自分と同じように居場所を失った者、異形ゆえに弾かれた者。
そんな、半端者を放っておけないお人好しな根性が、彼の奥底には眠っていた。
そうして一人、また一人と仲間が増え、いつしか彼は『
「俺たちは、社会のゴミじゃねぇ。ただ、生きる場所がなかっただけだ」
彼らにとっての犯罪は、生存のための食い扶持であり、同時に自分たちを黙殺する社会への『存在証明』だった。
殺しはしない。善人からは奪わない。
異形型を虐げる輩や、評判の悪い悪徳企業を狙う。
『義賊』を自称していた。
爆煙隊は、居場所なき者たちの最後の防波堤。
スチームは、その防波堤を死守することに誇りを持っていた。
それが一晩にして崩れ去ったのは、つい先日のことだ。
突如として現れた黒霧という謎の男。
彼らが呼称する、ヴィラン連合から依頼を受けた。
それについて、アジトの廃工場で検討していた昼頃。
影のように一人の男が現れた。
「ここらで暴れている蒸気の異形型ヴィランってのは、お前だな?」
黒いコートを翻し、顔を隠す黒い貌の面。
巷で噂されていた、ヴィジランテ『死神』。
圧倒的だった。
声を荒らげて立ち向かった部下たちは、個性も使われず、素手のみで倒された。
仲間の窮地に、スチームも身を挺して戦おうとしたが。
「兄貴……! あんただけは逃げろ! ここで爆煙隊が消えちゃいけねぇんだ!」
部下たちが、無理やりスチームを裏手へと押し込んだ。
自分たちを犠牲にしてでも、居場所をくれた『兄貴』を生かそうとする仲間たちの心意気。
それを無駄にすることはできず、スチームは血を吐くような思いでアジトを脱出した。
彼を守るために同行した仲間が一人。
また一人と脱落していき、最後にはスチーム一人だけで逃走することになった。
そんな最中、偶然か必然か。
黒霧が現れた。
彼に助けを求めなければ、今頃は鉄格子の向こう側だっただろう。
仲間はほとんど、あの死神に狩られた。
居場所を奪われ、誇りを踏みにじられた。
黒霧への『借り』を返すために参加したこのUSJ襲撃。
だが、スチームの胸中にある目的は、最初から一つだけだ。
「……見つけたぜ、死神ィ」
目の前に立つ、あの時と同じ『化け物』の気配を纏った少年。
スチームは拳を固く握りしめる。
部下たちが守ってくれた自分の命を、今度は部下たちの仇を討つために燃やすと決めて。
蒸気が、復讐の熱を孕んで噴き出す。
彼は復讐のため、
※ ※ ※
現在の手札は、Nレア4種と、Rレアの『飛梅』『灰猫』『捩花』『蛇尾丸』。
俺は迷わず、Nレアの一振りを亜空間から引き抜いた。
「てめぇだけは、ここで殺すッ!!」
吠えるスチーム。
全身のパイプから噴射される蒸気を推進力に変え、弾丸となって突っ込んでくる。
俺もまた地を蹴り、その直線的な突進を受け止めた。
――ガギィィィィィィィンッ!!
斬魄刀と、スチームの鋼鉄の如きパイプ状の腕が衝突し、火花が空気を裂くように散る。
「おいおい、捕まえるとか言ってなかったか?」
煽りながらも、俺の口角は自然と吊り上がっていた。
スチームは怒りを表したように、腕から蒸気を吹き出し、拳を突き出してくる。
対して、俺は斬魄刀を片手で扱い、空いた手でスチームの打撃を叩いて逸らす。
すかさず、隙を晒すヤツの胴体へ膝を叩き込んだ。
「ごふっ……!」
衝撃で、スチームの口から空気が漏れる。
しかし、一歩下がるだけで耐え切られた。
結構、頑丈な身体をしている。
「おらあぁっ!!」
ヤツは声を荒らげ、喧嘩殺法で大ぶりな打撃を振るう。
それに呼応するように、スチームの全身から蒸気を吹き上がった。
なおも繰り出される連撃を、弾き、流し、隙を作ったところへ斬りかかる。
だが、スチームはダメージを厭わず、熱波を撒き散らしながら拳を振るい続けた。
「おいおい、殴るだけしかできねぇのか!?」
連撃の隙間に滑り込み、重い前蹴りを鳩尾に叩き込む。
「ぐっ……!」
まともに蹴りを受けたスチームは、吹き飛び地面を転がる。
だが、すぐに体制を立て直し、両腕をこちらへ突きつけてきた。
次の瞬間、視界を埋め尽くすほどの熱蒸気が吹き荒れる。
「はっ、随分とぬるい目眩ましだなぁ!」
湯気が届く頃には、熱さ失っていた。
真っ白な視界の中、俺は湯気の動きに注視し、変化を逃さないよう神経を研ぎ澄ませる。
不意に左が揺れた。
「逆だろ?」
蒸気の向こうから放たれた拳を、刀の腹で弾き返す。
攻撃は揺れた湯気の、反対側から来た。
「結構、技巧派じゃねぇか」
蒸気の目隠し。
それだけで終わらず、追加で蒸気を放ち、湯気を意図的に揺らして、位置を誤認するように促してきた。
怒りに飲まれているようでいて、その実、冷静な連携。
そこらの端役とは違う。
とはいえ――
「――特別強いってわけじゃねぇな」
蒸気を斬り裂くような一突き。
逃げ場のない視界不良の中で、鋭い刺突がスチームの肩を正確に射抜いた。
「ぐああぁっ!!」
叫ぶスチームを蹴飛ばして、刀を無理やり身体から引き抜いた。
俺はそのまま追撃に踏み込もうとしたが、突如、直感的な寒気が背筋を走った。
咄嗟に後方へ飛び退く。
刹那、スチームを中心に全方位へ強烈な熱波が爆ぜた。
「演技もいっちょ前じゃねぇか」
肩を抑えてうずくまっていたはずのスチームが、忌々しげに立ち上がる。
誘い込みのカウンター。
判断が遅れていれば、今頃全身火傷だった。
「ちっ、勘のいい野郎だ……」
あの蒸気、本人は熱くないのか。
近接で立ち会えば、熱波に襲われてしまう。
それなら。
「打っ潰せ――『
能力解放と同時に、刀身が柄部分と鎖で繋がれた
鎖を限界まで伸ばし、スイカよりも巨大な鉄の塊をスチームへと投擲する。
「そんな大ぶりな攻撃が届くかよ!」
スチームが回避行動をとる。
だが、俺は鎖を強引に引き、空中で鉄球の軌道を無理やり曲げた。
逃げ場のない不規則なカーブが、スチームの側腹部を捉える。
――ドゴォォォンッ!!
鈍い破砕音と共に、スチームの巨体がボロ布のように転がった。
止めの一撃を、と五形頭を振りかぶったその時、一人の男が割って入った。
「兄貴はやらせねぇよぉ!!」
肩から煙突を生やしている男。
確か、最初にスチームと話していた部下だ。
ヤツは右腕を煙突に変えると、火炎放射を放ち、五形頭の鉄球を相殺しにきた。
しかし、威力を消しきれず、煙突野郎は止まらない五形頭を飛んで避ける。
「雑魚が出しゃばってくるんじゃねぇよ!」
「なんつう威力だよ……!」
威力を減衰されてもなお、地面を削る五形頭に、ヤツは驚愕の声を漏らした。
「なんで……出てきやがった。ハイエェ!」
スチームはフラフラながらも立ち上がり、乱入してきたハイエという煙突の個性の男に怒鳴る。
「すんません、兄貴。説教は後で、いくらでも聞きます」
五形頭を引き戻し、両手で柄を握る。
一歩踏み出し、足が地面を強く叩く。
その力を足から胴体、胴体から腕に伝え、空を裂くように五形頭を振るった。
「二人まとめて死んどけ……!」
円を描くように空気を揺らしながら、五形頭が襲いかかる。
ハイエは前に出ると、スチームを庇うようにガードを固めた。
対し、俺は一気に地を蹴ってハイエの元へと駆けた。
次の瞬間、ハイエと五形頭がぶつかりあい、轟音を響き散らす。
ヤツは五形頭を止めきった。鉄球が重い音を立てて落ちる。
「随分と丈夫だなぁ?」
しかし、ハイエが五形頭を防いだときには、俺はヤツの懐まで迫っていた。
そのままガラ空きの胴体へ、掌底を叩き込む。
「がぁっ……!」
ハイエは背中をくの字に曲げて、吹き飛んだ。
「ハイエッ!?」
それを見て狼狽するスチームの顔面に、流れるような後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
ガンッ! と重い音を上げ、二人は同じ場所へ重なるように転がった。
「終わりだ……!」
トドメを刺すため、五形頭を投げようとしたその時――
「おい、
後ろから上鳴が俺の腕を掴んだ。
「この程度じゃ、死なねぇよぉ!!」
振り払おうとした腕に、ロープが巻き付いてきた。
「あぁ……? 何のつもりだぁ、八百万!」
「これ以上は、やりすぎですわ!」
怒りのあまり、視界が真っ赤に染まる。
怒り、闘争、殺意。
心の更に奥底から、燃えたぎるような熱が俺の全身に流れる。
「てめぇら、覚悟はできてんだろうなぁ……!?」
心の中の自分が叫んでいる。
――そいつらは敵じゃない!
駄目だ、頭に血が上って、冷静な判断ができない。
身体が言うことを聞かない。
戦いたい。壊したい。
――殺したい!
俺が、俺じゃなくなりそうだ。
俺自身の核が、別のなにかに飲み込まれていく。
押さえつけてくる上鳴を投げ飛ばし、腕に巻き付くロープを引きちぎる。
五形頭をスチーム達ではなく、上鳴達に構えた。
「おっ、おい、どうすんだヤオモモ!?
「止めるほかありませんわ」
上鳴はガタガタと震えながらも放電の構えを解かず、八百万は冷や汗を流しながらも気丈に俺の目を見据えた。
「止めるったって、俺達でできんのかよ……」
「できるできないの問題ではありません。やるんです! 仲間を正道へ引き戻すのも、ヒーローの務めですから」
――くそっ、どうなってんだ! 勝手に動くんじゃねぇ!
視界が赤く染まる。
少しでも気を抜くと、身体が俺の思考とは別に動き出してしまう。
これは本能だ。
俺の本能が戦闘を欲している。
全身を激しく巡る『エネルギー』――『霊力』が、俺の身体を本能のままに動かそうとしている。
――これが悪さしてんのか!?
心の最奥――いや……『魂』から噴き上がる、ドロドロとした熱い霊力が、出口を求めて暴れている。
「玩具さん、聞きなさい! 私たちは、あなたと殺し合うために雄英に来たのではありませんわ!」
「そうだぜ玩具! お前の個性は、仲間を傷つけるためにあるのかよ! 戻ってこい、またお菓子を作ってくれよ!」
二人の言葉が、体内で暴走する霊力の嵐を切り裂いて届く。
「……うる……せぇ……!」
俺は喉の奥から絞り出すように叫んだ。
身体を巡る霊力が、激しく軋んでいる。
操作の仕方も、逃がし方も分からない。
ただ、この熱を今すぐ止めなければ、俺は『俺』でいられなくなる。
曖昧なエネルギーとしか認識しておらず、それをいきなり操れと言われてもわかるはずがない。
ただ、早く全身が沸騰するような熱を放出しなければ、上鳴達に手を出してしまいそうだ。
どうする? どうすれば良い?
「あなたは、ヒーローを志して雄英に来たのではないのですか!?」
「戻ってこい、玩具!」
二人の言葉が、熱病のような殺意に小さな楔を打ち込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
魂の叫びと共に、俺は手にした五形頭の鉄球に、自分の頭を叩きつけた。
ゴッ!! という鈍い音。
視界が火花を散らし、激痛が脳を駆け巡る。
だが、その痛みこそが、暴走する霊力を無理やり抑え込む冷や水となった。
「……っ……ふぅ……」
頭から血を流しながら、俺はゆっくりと五形頭を下ろした。
「玩具!?」
「……悪い。頭に血が上ってた……少し、落ち着いた」
上鳴が「物理的に血を流して落ち着くなよ!」と半泣きでツッコむ。
八百万は即座に包帯を創造し、俺の頭に駆け寄った。
「少し待ってくださいまし、手当します。玩具さん、今のあなたは……」
「もう大丈夫だ。正気だよ。声は届いていたぜ、ヒーロー」
八百万の手際よい処置を受けながら、俺は改めてヴィラン側を見る。
俺たちが揉めている間に、スチームの元には爆炎隊の残党が集結していた。
「死神ィ……!」
起き上がったスチームが、さらに巨大な蒸気を吹き上げる。
俺は包帯を巻き終えた頭を軽く振り、上鳴と八百万に背を向けた。
「詳しくは、落ち着いたら話す。行くぞ二人とも。今度は『三人』でだ」
「よっし、やりますか!」
「行きましょう!」
俺の言葉に、二人は力強く頷いた。
本当の戦いは、ここからだ。