あれから二年。俺は十四歳になった。
昼時、太陽は真上から容赦なく照りつけ、アスファルトの熱が靴越しに伝わってくる。
俺は――ヴィジランテとして活動していた。
無免許ヒーロー。
個性を使って人助けをする、法に反した存在。
ヒーロー公認制のこの社会では、俺のやっていることは明確な違法行為だ。
だからこそ、俺は名乗らない。顔も隠す。
ゆったりしたコートで体型を誤魔化し、活動場所も自宅から離れた別の市。
日課のランニングを装い、街を流す。
ニュースやネットで事件やヴィランの情報を拾い、その周辺を重点的に走る。
ヴィランに遭遇することは稀だ。
だが、見つけた時は――斬魄刀を抜く。
最初の一戦以来、戦うこと自体が楽しくなってしまった。
それを自覚しているからこそ、意識的に人助けもする。
道に迷った子供を送り、重い荷物を運び、倒れた老人に手を貸す。
帳消しにはならない。
それでも、ただの悪ではないと、自分に言い聞かせるために。
今日も、そんな身勝手なボランティアの途中だった。
※ ※ ※
「逃げんじゃねぇよ!」
俺は声を張り上げた。
昼間でも薄暗い路地裏。
異形型のヴィランが、必死に逃げている。
「くそっ、最悪だ!」
愚痴をこぼすのは、全身を覆う無数のパイプの男。
そこから呼吸するように、水蒸気が漏れ続けている。
「なんで、この街に『死神』が居やがんだよ!?」
その呼び名に、思わず舌打ちした。
「勝手に名前つけてんじゃねぇよ、クソヴィランがァ!」
いつの間にか広まった通り名。
斬魄刀を振るう俺を、ヴィランどもがそう呼ぶらしい。
皮肉にも、やたらとしっくり来るのが腹立たしい。
俺は死神じゃない。
ただ、斬魄刀を持った人間だ。
「どこまで逃げる気だぁ!? いい加減捕まれ……よぉ!」
踏み込んで斬りかかる。
ガァン、と甲高い音が響き、刀とパイプに覆われた腕が激突した。
火花が散り、衝撃が腕に返ってくる。
「うぐっ、痛ってぇんだよ!?」
ヴィランが、痛みをごまかすように吐き捨てる。
「大人しく捕まれば、そんな思いもしねぇで済むんだよ!」
こいつは、木っ端ヴィラン集団をまとめているボス格。
だから狙った。
だが、実際は拍子抜けだ。劣勢と見るや、逃げの一手。
少し逃走を繰り広げた所で、奴は何かに気づいたように顔を上げて口を開いた。
「あんたたちに力を貸してやる! 助けてくれ!」
意味不明な叫び。
近くに仲間でもいるのか?
そんなことを思いながら、曲がり角に差し掛かった瞬間、視界が白く染まった。
奴の身体から、吹き出す蒸気。
――目眩ましか。
構わず突っ込む。
だが、次の瞬間、そこにいるはずのヴィランは消えていた。
「チッ、どこに消えた?」
行き止まり。
隠れ場所もない。
壁を蹴って屋根に上がり、周囲を見渡すが、痕跡すらない。
「……どうやって逃げた?」
舌打ちし、地面に降りた、その瞬間。
背後に、ぞくりとする気配。
振り向くと、そこにいたのは人ではなかった。
緑がかった灰色の肌。
剥き出しの脳と虚ろな目。
筋肉の塊のような上半身が、無言で佇んでいる。
「なんだぁ……この化け物は?」
返事はない。
――つうか、どうやって現れた?
気配はなかった。
確実に、今、唐突にそこにいた。
次の瞬間、世界が歪む。
「っ!?」
空を裂くような飛び蹴り。
反射的に上体をのけぞらせ、紙一重で回避する。
「おいおい、えらく速ぇな!」
着地した影に向き直り、斬魄刀を構える。
「喋れねぇのか?」
化け物は、ただこちらを見るだけ。
意思があるのかすら、判然としない。
不気味な沈黙が、路地に落ちた。
「まあいい」
口角が自然と上がる。
「ちょうど退屈してたところだ。相手になってもらおうか!」
振り抜かれる拳。
斬魄刀で受け止めると、ギィン、と硬質な音が鳴り響いた。
「ずいぶんと硬いな! 質のいいサンドバッグだ!」
拳を弾き飛ばし、刀を上段から振り下ろす。
斬魄刀は俺の個性で生み出したもの。
長年使ってきた分、刀の性質を変えて、殺さずに殴ることもできる。
「おら、よっ!」
斬撃と同時に蹴りを叩き込み、化け物を吹き飛ばす。
「力はあるが、増強系と大差ねぇな」
こんなもんか?
拍子抜け。
思わず、失望をすぐに抱いてしまう。
これでは、身体が丈夫なだけ。そこらのチンピラと対して変わらない。
化け物がのそりと起き上がる。
「結構丈夫だな」
だが、技量もない。力の一辺倒。
これでは、あまり楽しめそうもない。
そう思っていた。
意識を奪おうと斬魄刀を叩き下ろす。
「……あぁ?」
受け止められた。
腕を交差させ、斬魄刀を止めている。
「我慢比べか!? いいねぇ、付き合ってやるよ!」
馬力を上げて、刀を押し込んだ。
徐々に、奴の体勢が低くなる。
このまま押しつぶそうとした、瞬間――
――ボォウッ!
火が吐き出された。
「……っぶねぇな!?」
咄嗟に上体を傾け、身を逸らした。
前蹴りを繰り出し距離を取る。
「なんつう大道芸だよ」
口から吐くという関係上、噴出口の火が細かったのが功を奏した。
もう少し距離があったら、火を浴びていたかもしれない。
「火を吹く個性か……俺の斬魄刀と似てんなぁ?」
個性を解除したことから察するに、射程が短いな?
身体能力と搦め手の火吹き。
良い戦い方をしやがる。
だが、ネタが割れれば大した事はない。
斬魄刀を構え直し、再び距離を詰めた。
拳と刃がぶつかり合い、殴り、弾き、打ち合う。
数合の後、奴が口を開く。
――来る。
思い切り奴の前まで踏み込み、俺は拳を振り上げた。
拳が顎をカチ上げる。
強制的に閉じられる口。
次の瞬間――ボンッ!
口内で炎が爆ぜ、煙が噴き出した。
「ハハハッ! ご自慢の火の味はどうだぁ!?」
化け物は頭上を向き、口内から煙を上げている。
これで、火は封じた。
だが、奴が顔をこちらに向いた時には、傷が塞がり始めていた。
「再生……だと?」
複合個性ならいざしらず、複数個性。
そんなもの、聞いたことがない。
「見た目通り、マジモンの化け物か」
なら、やることは一つ。
「どこまで耐えれるか、試してやるよ!」
背負った武器が背中に触れるほど深く振りかぶり、円を描くような剛速で一気に振り下ろした。
そこから、連続で斬りかかる。
縦横、斜め。幾重にも刀を振い続ける。
いくつかは防がれるが、奴は素手で受けている。
骨がへし折れるくらいに滅多打ちにするが、少し間を置けばその傷が治っていく。
「こりゃあ、いたちごっこだな」
攻撃しては治され、その繰り返し。
上限はありそうなもんだが、このままでは無駄に時間がかかるだけ。
それなら、再生が間に合わないほどの攻撃を与える。
「俺も火で対抗してやろう」
斬魄刀を両手で構え、解号を叫ぶ。
「打ち砕け! 『天狗丸』!!」
能力解放と共に、斬魄刀が身の丈を超える巨大な棘付き棍棒に変化した。
ゴウッと風を押しのける重圧を纏い、天狗丸を薙ぎ払った。
次の瞬間には――ドンッ! と化け物を派手に吹き飛ばす。
質量×力は破壊力。
天狗丸はそんな言葉を体現したような斬魄刀だ。
レアリティはR。
その中で一番の破壊力をもった斬魄刀が天狗丸だ。
しかも、それだけの斬魄刀ではない。
「火吹の小槌!!」
俺の言葉を合図に、巨大な棘付き棍棒が燃え上がる。
そして、炎を纏わせた天狗丸を上から叩きつけた。
対して、化け物は両手で俺の天狗丸を迎え撃つ。
「おらぁあっ!!」
――ガァン!
硬質な音が鳴り響き、奴の立っていた地面が砕け散った。
高い破壊力を伴って、化け物に膝をつかせる。
「良いなぁお前! よく耐えた!」
腕は完全に折れ曲がり、無様な形で天狗丸を抑えていた。
折れた腕、燃える続ける皮膚。
再生が追いついてない。
「なら、もう一発だ!」
天狗丸を持ち上げて、頭上に構えた。
影が落ちる。
天狗丸が太陽を覆い隠していた。
「おらぁあっ!」
――ドォオォン!
天狗丸が、周囲のコンクリートすら砕き、砂煙が舞う。
化け物は倒れ伏し、完全に沈黙した。
潰れてないのを見るに、まだ生きている。
というか、これで生きていると言えるのかは不明だがな。
様子を見るに、再生の個性はまだ稼働しているようだが、速度は遅い。
かなり、頑丈だな。
天狗丸を一度は抑えれていたことから、それは確かだった。
「さて、これどうするか……」
その瞬間、視界が黒く染まる。
反射的に薙ぎ払うが、手応えはない。
「何だってんだよ?」
視界を覆っていた靄が晴れた時、化け物の姿は消えていた。
「は……? どこいった!?」
周りを見回すが、どこにも姿はない。
砕けた地面だけが、戦いの痕跡だった。
「ちっ、一体……何がどうなってやがる?」
一度ならず二度までも。
いきなり、姿をくらますとか。明らかに何者かの個性によるものだ。
――もしかして、転移か?
ありえそうな可能性が脳裏によぎる。
好きに現れ、好きに逃げる。
もし、そうだとしたら最悪の能力だ。
遠くでサイレンが鳴り始める。
「チッ……面倒くせぇ」
今日は、ここまでか。
俺は踵を返し、路地を抜けた。