個性:斬魄刀ガチャ   作:らいこう

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第3話 闇に潜む悪意

 裏路地の奥。

 看板もなく、昼でも薄暗い一軒のバーがそこにある。

 

 湿った空気と、アルコールの匂い。

 外界から切り離されたような静けさの中、ソファに一人の男が崩れ落ちるように腰を下ろした。

 

「た、助かったぜ……」

 

 全身を無数のパイプで覆った男――スチーム。

 呼吸は荒く、体のあちこちが歪み、凹み、傷ついている。

 自慢の外殻は見る影もなく、蒸気が不規則に漏れ出していた。

 

 その様子を、黒い霧が静かに見下ろしている。

 紳士的なベストとネクタイ。

 霧で構成された身体は、まるで人の形を借りた影のようだった。

 名を黒霧。

 

「いえ。礼には及びません」

 

 落ち着いた声でそう返し、黒霧はカウンター脇に立つ。

 

「こちらも、あなた方の協力を得られましたから」

 

 彼の個性『ワープホール』は、空間を繋ぐ力。

 黒い霧へと変じ、離れた場所同士を瞬時に接続する。

 極めて希少で、極めて危険な能力。

 

 それを使い、彼は裏社会の底に沈む“悪意”を拾い集めていた。

 

 目的は一つ。

 平和の象徴、オールマイトを殺すこと。

 

 巨悪の後継者が望む“最高の壊し”。

 それを成し遂げるため、黒霧は静かに駒を揃えている。

 

 スチームも、その一つだった。

 

 木っ端ヴィランを束ねるまとめ役。

 彼一人を引き込めば、三十人規模の戦力が手に入る。

 

 だからこそ、交渉を持ちかけた。

 だが、即答は得られず、時間を置くことになった。

 

 今日、二度目の交渉を行うためにスチームと合う約束を取り付けていたのだ。

 そして、見つけたスチームの様子は黒霧にとってなんとも好都合だった。

 

 スチームは“死神”に追われていたのだから。

 

 名の通ったヴィランだけを狙う、謎のヴィジランテ。

 敗れた者は例外なく、半死半生で表通りに捨てられる。

 

 命までは奪わない。

 だが、ヴィランとしての活動は、ほぼ終わる。

 

 故に死神。

 

 二年前から噂され始めた存在。

 顔は不明。体格も不明。

 分かっているのは、男であることと、形を変える刀を使うということだけ。

 

 神出鬼没で、そして――強い。

 

 その死神に、スチームは目をつけられた。

 逃走中、建物の上にいた黒霧の姿が視界に入った瞬間、救援を求められたのは当然の流れだった。

 

 『あんたたちに力を貸してやる! 助けてくれ!』

 

 スチームの言葉だ。

 あれは、黒霧との交渉を受けるという言葉。

 

「死神の野郎……次に会ったら、絶対ぶっ潰す!」

 

 スチームが歯噛みする。

 その声には、恐怖よりも怒りが滲んでいた。

 

「ですが、まずは当日の件を優先していただきたい」

 

 黒霧が話題を戻す。

 スチームは背もたれに身を預け、荒い息を吐いた。

 

「借りは返す。部下も全員呼び出す」

 

 蒸気が、強く噴き出す。

 

「精々こき使ってくれ」

 

「それは助かります」

 

 黒霧は一礼する。

 

「お互い様だ」

 

 スチームの声は低い。

 

「俺は受けた恩も、受けた仇も忘れねぇ」

 

 その言葉に、黒霧は内心で頷いた。

 だからこそ、使える。

 

「それにしても……死神とは、何者なのでしょうね」

 

 黒霧は、ふと視線を伏せる。

 脳裏に浮かぶのは、回収した改造人間――脳無の姿。

 

 炎に焼かれ、歪み潰された肉体。

 剥き出しの脳と、機能を失った四肢。

 

 下位個体とはいえ、再生能力と火を吐く能力、高い身体能力を備えていた。

 並のヒーローでは、まず太刀打ちできない。

 

 それを、ヴィジランテが倒した。

 

 炎を纏う、巨大な棘付きの棍棒。

 振り下ろされた一撃で、完全に沈黙した瞬間。

 

 危険を察知し、黒霧は即座に脳無を回収すると、その場を離脱した。

 

(ただのヴィジランテに……下位とはいえ、脳無が倒されるとは)

 

 想定外。明確な誤算。

 次なる脳無の素材確保として脳無を送った。

 その脳無が、返り討ちに合うとは思わなかった。

 

「分かってるのは、男ってことと、あの刀くらいだな」

 

 スチームが天井を見上げる。

 

「名のあるヴィランを狙う。それも確かだ」

 

 蒸気が、静かに増えていく。

 

「部下どもも、一瞬だった。俺も、このざまだ」

 

 声が低く沈む。

 スチームが狙われた時、周囲には仲間がいた。

 戦闘狂ばかりの腕自慢。愛すべきバカ共。

 

 それが、刹那で倒された。

 一人が命がけで時間を稼ぎ、スチームを逃がされなければ、彼もあの場で倒されていただろう。

 

「強いのもあるが、あれは戦いが上手い手合いだ」

 

 一拍置き、続ける。

 

「形を変える刀を使うというが、それすら使わず、あいつらはやられた」

 

 天井を仰ぐスチームの体から、濃い蒸気が立ち上る。

 悔恨、怒り、そして復讐心。

 

「黒霧」

 

 低く、呼ぶ。

 

「頼みがある」

 

「情報、ですね」

 

「話が早ぇ」

 

「こちらでも調べましょう」

 

 黒霧は即答した。

 

「彼は、無視できない存在です」

 

「助かる」

 

 スチームは拳を握る。

 

「俺も部下を使って探らせる」

 

 捕まった仲間たちの顔が、脳裏をよぎる。

 胸の奥が、焼けるように痛む。

 

「死神……あいつらの敵討ちだ」

 

 蒸気が、噴き上がる。

 声は静かだった。

 

「必ず、必ず……復讐してやる」

 

 スチームは立ち上がり、バーを後にした。

 その背中を、黒霧は無言で見送る。

 

 盤上に、新たな因子が現れた。

 

 それが敵か、災厄か。

 あるいは――利用できる“歪み”か。

 

 黒霧は、静かに思考を巡らせていた。

 

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