2月26日。
ついにやってきた、雄英高校入学試験当日。
まだ朝の冷気が残る校門前で、俺は巨大な校舎を見上げていた。
テレビやパンフレットで何度も見たはずの建物なのに、実物は想像以上にでかい。
「なんだかんだ、流されるままに雄英まで来ちまったな」
自分で言っておいて、苦笑する。
一年前。俺は十五歳になった。
中学三年の春、まだコートが手放せない季節だ。
今日は国立雄英高等学校の入試当日。
まずは筆記、その後ヒーロー科志望者は実技試験。
全国から集まった“ヒーロー志望”たちの熱気が、校門前に渦巻いている。
前々から思ってたけど、勉強も運動も善行も、クエストは最終的に俺をヒーローに仕立て上げようとしてる節がある。
今回もそうだ。
――クエスト『雄英高校合格』
――報酬『UR魂石』
期間限定クエストが発行された。
たまにある、挑戦系のクエスト。
たいてい、挑戦系は達成期間が長く取られる。
このクエストが来たとき思ったよ。
「クエストが俺をヒーローにさせようとする件について……」
URガチャなんて、ラインナップやばいのばかり。
・雀蜂
・鏡花水月
・流刃若火
・一文字
・花天狂骨
・逆撫
・餓樂廻廊
URガチャなんて年に一度、誕生日にしか回したことがないが、あれはマジで別格だった。
強い。強すぎる。
その代わり、制御が難しすぎる。
それでも俺は、自分の個性が好きだ。
斬魄刀を振れる。それだけで楽しい。
始解まで使えるなんて、普通ありえない。
多分だが、俺の成長次第で卍解まで使えるだろう。
今は全く使えないが。
そんなわけで、俺はURガチャの誘惑に負けて雄英を受けた。
まあ、それだけじゃない。
俺としてもヒーローを目指していた。
ヒーローになりたいと思ったのは、十二歳の時。
初めてヴィランと対峙したあの日だ。
人質になっていた女性は、俺じゃなきゃ助けられなかった。
あの瞬間、確かに思った。
――俺がやらなきゃ、誰がやる。
また、俺じゃなきゃ助けられない人がいるかもしれない。
そう思った時、ヒーローを目指す覚悟は固まった。
力をつけるなら、最高峰へ。
クエストに背中を押された形ではあるが、結果としては悪くない。
ついでに、合法的にヴィランを殴れるのも、ちょっと嬉しい。
そんなことを考えていた時だった。
ふわり、と紙が風に舞う。
反射的に手を伸ばし、掴み取る。
――受験票。
俺は周囲を見回し、明らかに挙動不審な受験生を見つけた。
短めの髪に、気弱そうな顔立ち。キョロキョロと地面を探している。
「おい、あんた。もしかして、受験票なくしてないか?」
「そ、そうなんだよ! 風で飛ばしちゃって……!」
「じゃあ、こいつはあんたのだな。ほら」
受験票を差し出すと、相手は目を見開いて受け取った。
「本当にありがとう!」
「次は飛ばさないように気ぃつけな」
そう言って、軽く手を振る。
「ライバルは多いほうがいいからな」
受験生は何度も頭を下げてから、講堂の方へ駆けていった。
俺も人の流れに混じり、講堂へ向かう。
※ ※ ※
筆記試験は問題なく終わった。
見直しの時間まで取れたくらいだ。
その後、校内バスで実技試験会場へ移動。
試験場所の移動にバスを使うとか、どれだけ広いんだこの学校。
そして、今は会場前で体をほぐしているところだ。
改めて試験内容の思い返す。
雄英の講堂で試験の説明が行われた。
講堂で行われた実技試験の説明。
正直、プレゼントマイクがうるさかった印象しか残っていない。
いつでも、あのテンションなのか?
だとしたら、なんともヒーロー向きだ。
それだけで、元気が出ることだろう。
試験内容はシンプル。
0~3ポイントの仮想ヴィランであるロボットを倒すだけ。
アンチヒーローな行動は禁止。
そして、お邪魔要素として現れる0ポイントヴィラン。
倒しても得点にならない、文字通りの厄介者。
余裕があれば、ちょっかいを出してみるのも面白そうだ。
そんなことを考えていると、近くでガチャガチャと金属音がした。
見ると、泣きそうな顔の受験生が、鉤爪状のガジェットをいじっている。
「どうした?」
「あ、あの……個性制御のアイテムが壊れちゃって……これがないと、制御が難しくて」
この試験に備えて、用意した物らしい。
彼の話を聞くに、今朝までは問題なかったとか。
つまり、経年劣化か初期不良か。
鉤爪。籠手。
手からエネルギーを出すタイプの個性か。
このガジェットはその個性制御用だな。
「どこの不調だ?」
「なぜか、個性が流れなくて……あ、僕の個性は――」
「言わんでいい。これから試験だ。秘密にしとけ」
俺はガジェットを受け取る。
「おおかた、手からエネルギーを出すタイプだろ?」
「え、なんで分かったの?」
「見りゃ分かる」
亜空間から工具を取り出し、分解。
中にある個性をためておく、感応性セラミックが歪んでる。
エネルギーが逆流、そしてショートって感じか。
配線が焼き焦げているな。
個性に耐えきれなかったか。
「結構簡単な作りだな。分かりやすくて助かる」
単純な構造だ。
だが、交換パーツがない。
俺の亜空間にも、それらしいものは入ってなかった。
その時だった。
「ハイ、スタートォ!!」
プレゼント・マイクの声。
ということは試験開始か。
「どうしたぁ!? 実践じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!?」
周囲の受験生が一斉に走り出す。
「ご、ごめん! 僕のせいで……先に行って!」
「いや、ちょうどいい」
俺はガジェット少年を脇に抱える。
「仮想ヴィランからパーツ拝借するぞ」
地面を一気に蹴り出し、俺達も試験会場へ入っていく。
「だめだよ! 君まで落ちたら――!」
「気にすんな。ここで見捨てたら寝覚めが悪いんだ。俺のために直させろ」
市街地を走っていると、脇道から緑色を基調としたロボットが姿を現した。
「標的捕捉! 標的捕捉!」
大きさは、ざっと3~4メートルほど。
移動は一輪タイヤで、腕には盾とガトリングガンのような物が装備されてる。
「1ポイントヴィランか」
仮想ヴィランは建物にぶつかって勢いを無理やり消すと、タイヤをキュルキュルと回転させ方向転換を行う。
そして、勢いよくこちらへ突っ込んできた。
脇に抱えていた少年をおろし、斬魄刀を亜空間から引き抜く。
勢いよく踏み込み一閃。
交差したあと、1Pヴィランは胴体が泣き分かれた。
「よし、ちょいとコードを拝借」
ロボを分解し、中から配線を引き抜く。
「行けるな、こいつは使える」
ショート部位をカット。
拝借したコードを籠手の手のひら側に押し当て、もう一端を鉤爪の根本に巻き付ける。
これで、導線は問題ないはずだ。
あとは、コードがズレないように、ビニールテープを亜空間から取り出して巻き付ける。
「応急処置だ。指向性は問題ないはずだ」
ツギハギ感があるが、間に合せなんだ。これでいいだろう。
「最初は少しずつエネルギーを放出して、加減を確かめてから使えよ」
貯め撃ちは無理だが、指向性だけは確保できた。
即席でも、これだけできれば十分だろう。
「まだ試験は9分もある。お互い全力を尽くそうぜ」
「ありがとう……!」
手を上げて応え、俺は試験会場を進んでいった。
近場はもうヴィランがいない。
路地裏を駆使して、なるべく人の少なそうな場所へ移動し、ヴィランを探す。
そうして、路地裏を抜け、ふと目を向けた先に2Pのヴィランが視界に入った。
四足歩行をしたロボットで、首や尻尾がヘビのように細長い。
「標的確認!」
こちらを視認した2Pヴィランが、重い音を鳴らしながら迫ってくる。
四足歩行のため、硬質な足が地面をたたきながら移動する音が耳障りだ。
ヘビのような尻尾が伸びて襲いかかってくる。
斬魄刀でそらし、返す刀で頭部を切り裂いた。
「この程度なら、始解はいらんな」
斬魄刀を構え直し、俺はそう呟いた。
刀身に伝わる手応えは軽い。軽すぎる。
やはり、相手が悪い。
いや、悪いというより、弱すぎる。
音に反応したのか、別方向から二ポイントヴィランがこちらへ向かってきた。
四足で地面を削り、鈍い駆動音を響かせながら迫ってくる。
俺は、ほとんど考えもせずに斬魄刀を投げた。
回転しながら飛んだ刀身が、狙い違わず胴体へ突き刺さる。
次の瞬間、地面を蹴る。
距離を一気に詰め、突き立った斬魄刀を引き抜く動きに合わせて、そのまま切り裂いた。
金属が裂ける、乾いた音。
二ポイントヴィランは、抵抗らしい抵抗もなく崩れ落ちた。
「0ポイントは、いつ出てくるのかね」
ぽつりと漏れた独り言は、騒音に紛れて消える。
お邪魔虫のギミック。
倒しても得点にならない存在。
試験としては、なかなか性格が悪い。
だが正直に言えば、今の仮想ヴィランとの戦闘は、あまり楽しくなかった。
斬っても、手応えが薄い。
緊張感が続かない。
戦っている、という実感が湧きにくい。
相手がロボだからか。
いや、それ以上に、単純に脆いのだ。
安全性を考慮して、強度は抑えられているのだろう。
それは理解できる。
0ポイントも、ただ図体がでかいだけの見掛け倒しなら、無理に相手をする必要はない。
そう判断して、俺は淡々とポイントを稼ぐ作業に戻った。
仮想ヴィランを斬り、倒し、また進む。
それを何度か繰り返し。
「……これで、三十ポイントか」
小さく呟き、周囲を見回す。
そこには、急所だけを正確に切り裂かれ、完全に機能停止した仮想ヴィランがいくつも転がっていた。
「ふぅ……」
息を吐く。
だが、そのため息は達成感から来るものではなかった。
視線が、どうしても周囲の受験生へ向いてしまう。
瓦礫の陰に隠れて動けなくなっている者。
足を引きずりながら逃げている者。
戦う以前に、状況に呑まれかけている者。
――危なっかしい。
「目標補足、ブッ殺――」
「目標補足!」
一ポイントと二ポイント。
同時に接近してくる。
俺は周囲を気にしながら、片手間で斬魄刀を振るった。
相手はロボだ。
人ではない。
切れ味を抑える必要も、迷う理由もない。
素早く、二太刀。
一ポイントヴィランのタイヤを正確に断ち切り、
二ポイントヴィランの胴体を横一文字に裂く。
制御を失った一ポイントは、バランスを崩してビルの影へ転がり、
二ポイントは四足を止め、その場に倒れ伏した。
「……駄目だな、集中できん」
この程度の相手なら、片手間で倒せる。
だがそれは、俺だからだ。
これまで体を鍛え、実戦を経験してきた俺だからこそ、余裕を持って動ける。
同じ条件を、他の受験生に求めるのは酷だ。
飛んできた瓦礫が当たるだけで、骨折してもおかしくない。
実際、怪我人はもう出ている。
雄英には回復系の個性持ちもいるだろう。
安全対策も、きっと万全だ。
それでも、周囲の受験生が気になって仕方ない。
「流石に危険すぎるな。この入試」
仮想ヴィランはミサイルを撃つ。
本物ではない。
だが、その爆風で吹き飛ぶ瓦礫は、本物だ。
――考えている暇はなかった。
崩れた壁の向こうで、受験生が派手に転ぶのが見えた。
気づいた時には、体が動いていた。
瓦礫を斬り払い、駆け寄る。
脇に抱え、安全な場所へ運んだ。
「怪我したんなら、無理すんな。休んどけ」
「……あ、ありがとう……」
礼を言われて、少し気まずくなる。
別に、褒められたいわけじゃない。
ただ、おせっかいが癖になってるだけだ。
次。また次。
足を捻った受験生。
爆風で吹き飛ばされ、動けなくなった受験生。
助けて、運んで、簡単な応急処置をして。
――おせっかいだ。
分かってる。
でも、やめられない。
考える前に、体が動く。
そんな中――地鳴りがした。
それまでの騒音とは、明らかに違う。
低く、重く、腹の底に響く振動。
視線を上げる。
建物を破壊しながら、そいつは姿を現した。
0ポイントヴィラン。
太陽を遮るほどの巨体が、辺り一帯に影を落とす。
「こいつはどうしようもねぇ! 」
「逃げろ! 逃げろ!」
「なんだよアレ!?」」
パニックが一気に広がる。
俺は、倒れた受験生を引き起こしながら舌打ちした。
「おいおい……実技入試つったって、危険すぎんだろ」
0ポイントヴィランは、少なくとも周囲の建物群よりデカい。
ビルの上から建物を掴むほどの巨躯。
まずは、逃がす。それが最優先だ。
だが、瓦礫に躓き、動けなくなる者が出た。
このままでは、追いつかれる。
選択肢は、ひとつ。
今、この場の受験生を守るのは、俺にしかできない。
「……こいつは、代償がきついんだがな」
一言呟いて、覚悟を決める。
「燃えろ――『
斬魄刀が応え、見た目が変化する。
柄の紐と刀身に、炎が纏わりついた。
熱が、手に伝わる。
「一発で仕留める」
地面を力いっぱい蹴った。
「月牙――天衝ォ!!」
斬撃と炎が重なり合い、巨大な刃となって叩きつけられる。
0ポイントヴィランの装甲が裂け、巨体が崩れ落ちた。
静寂。
その後だった。
『終了~!!!』
会場全体に響く声量で響き渡った。
10分の試験時間。
これほど、時間が遅く感じたのは初めてだ。
戦いの終わりに応じて、斬魄刀はほどけるように姿を消した。
「流石に疲れたな……」
一つ深呼吸をすると、気を張り直して動き出す。
試験が終わったといえど、まだやることはあるんだ。
俺は、倒れた受験生たちに肩を貸し、歩き出す。
応急手当をし、出口へ向かわせる。
動けない者は、瓦礫のない安全な場所へ集めた。
そうしていると、別の声が聞こえた。
「はい、お疲れ様~。はい、お疲れ様~」
白衣の老婆が現れる。
注射器のような杖をついて、こちらに歩きよってきた。
「あの人、リカバリーガールだ!」
「雄英の養護教諭だよ!」
周囲の受験生の言葉から、誰が来たのは理解できた。
回復系の個性持ち。
それなら、あとは任せても問題なさそうだ。
リカバリーガールは、手慣れた様子で怪我人を診ていく。
「この程度なら、消毒して傷口を保護しておけば問題ないよ」
俺は彼女の様子を伺いながらも、少し迷ってから口を開いた。
「……この入試、危険すぎやしませんか」
「あえて、そうしてるんだよ」
リカバリーガールは、にやりと笑った。
「これくらい難なく切り抜けなきゃ、ヒーローなんてやってられないよ」
「……ふるい落とし、ってことか」
厳しい。
だが、それが雄英なのか。
これが最高峰の厳しさ。
俺は、改めてそう実感した。