個性:斬魄刀ガチャ   作:らいこう

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第5話 個性把握テスト

 

 春。

 今日から、晴れて高校生活の幕が上がる。

 まだ冷たい朝の空気を肺に入れながら、俺は舗装路を蹴った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 呼吸は荒く聞こえるが、心拍は安定している。

 家から雄英まで、走って四十分。距離にしておよそ二十キロ。

 

 軽い朝練だ。

 校門が視界に入る頃には、体もすっかり温まっていた。

 

「朝の運動にしてはちょうどいいか」

 

 額の汗を手の甲で拭う。息はすぐに整った。

 ヴィジランテをしていた頃は、何時間も街を駆け回り、地方まで足を伸ばすこともあった。

 あの頃に比べれば、通学路など散歩みたいなものだ。

 

 広大な雄英の敷地内に足を踏み入れる。

 スマホで構内アプリを開き、1-Aの教室を確認する。

 

 時間には余裕がある。

 焦る理由はない。

 

 指定された棟の階段を上り、廊下を進むと1-Aのプレートを見つけた。

 軽くノックしてから扉を開ける。

 

「おっと、てっきり一番乗りかと思ったが、先客がいるとは」

 

 教室には、すでに一人。

 眼鏡の少年が、姿勢正しく立っていた。

 

「むっ、おはよう! ボ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ 」

 

 律儀に一歩前へ出て名乗る。

 声も動きも無駄がない。

 

「俺は玩具(がんま)漂白(ひょうはく)だ。よろしく」

 

 軽く手を上げると、彼は満足げにうなずいた。

 

玩具(がんま)くんか。これから三年間よろしく頼む。それにしても、これほど早く登校するとは感心だ。君の席はあそこだよ 」

 

 指差されたのは、右から二列目三番目。

 

「あぁ、助かる。そういうあんたは、俺よりも早いじゃねぇか」

 

 席に鞄を置き、椅子を引く。

 

「雄英という学び舎を前に、つい身が引き締まってね。だが、こうして早く顔を合わせられたことは嬉しく思う」

 

 飯田天哉という男は律儀で、真面目。

 規律と礼節を体現したような男のようだ。

 

 そうして、二人で話をしていると、続々とクラスメイトが入ってくる。

 飯田がきっちりと名乗りを上げるのに続き、俺も簡潔に自己紹介を返していく。

 

 そろそろ朝礼の時間だろうかと考えていると、鈍い音でチャイムが時を刻む。

 直後、廊下から声が聞こえた。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここは……ヒーロー科だそ」

 

 廊下には寝袋にくるまった男性。

 言葉を紡ぎながらも、彼はゼリー飲料を寝たまま飲み込んだ。

 随分とキャラの濃い人だ。

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

 男は寝袋から出て立ち上がり、そう口にした。

 言葉から察するに雄英の先生だろうか。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 まさかの担任らしい。

 ということはヒーローなのだろう。

 少々だらしないが、俺とは違う正真正銘のプロヒーロー。

 そう認識すると、こころなしか威厳があるように……はあまり見えなかった。

 

「早速だが、体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 相澤先生は寝袋から取り出した体操服を提示する。

 

「それじゃあ、先行ってるよ」

 

 必要なことだけを話す。先の言葉通り、なんとも合理的だ。

 立ち去った相澤先生を少し呆然と見つめた一同は、数秒後平静を取り戻したのか一斉に動き始めたのだった。

 

※ ※ ※

 

「個性把握テストォ!?」

 

 入学初日。式も説明も無し。

 グラウンド集合、即テスト。

 

 さすが雄英。自由の意味が違う。

 種目は体力測定八種目。個性使用可。

 相澤先生指示で爆豪が、ボール投げのデモンストレーションを行う。

 爆破の個性で七百メートル超を叩き出し、周囲は一気に浮き立った。

 だが「総合最下位は除籍」その一言で空気は一変。

 自然災害、事故、ヴィラン。

 理不尽を覆すのがヒーローだと、相澤先生は冷たく言い放つ。

 三年間、苦難を与え続ける。

 

 なるほど。

 最高峰は、ちゃんと牙を剥いてくるらしい。

 

 面白い。

 強くなるためなら、これくらい歓迎だ。

 こうして個性把握テストが、始まった。

 

 ※ ※ ※

 

 第1種目・50m走。

 

 第一種目、50メートル走。

 

「教室でも話したよな! 俺は切島鋭児郎! よろしくな!」

 

 赤髪の少年が屈託なく笑う。

 竹を割ったような性格で、ムードメーカーのような気質を感じる。

 

「玩具漂白だ。こちらこそよろしく」

 

 軽く準備運動をしながら言葉に応じる。

 そうしていると、順番が回ってきた。

 

「よし、俺達の番だな!」

 

 切島は活発そうに声を高らかに、言葉を発する。

 スタート位置に立つ。

 そして、亜空間から斬魄刀を引き抜いた。

 

 他の斬魄刀とは長さが異なるそれは、脇差と見紛うほどの小さい刀。

 

「うぉっ!? 刀!?」

 

「驚かせたなら悪いな。俺の個性だ」

 

 俺はスタートラインを背に、脇差しを構える。

 

『イチニツイテ、ヨーイ』

 

 計測ロボがスタートの合図を行う。

 そして、パンッ! という破裂音で計測が開始された。

 

射殺(いころ)せ――『神鎗(しんそう)』」

 

 解号の後、刀身が爆発的に伸びた。

 次の刹那、反動で身体が弾丸のように加速する。

 

「ぐっ……!」

 

 内臓が浮く感覚。骨が軋む。

 

『1.8秒!』

 

 しかし、それは一瞬で解放された。

 慣性によって地面を擦るように止まる。

 

「痛ってぇ……」

 

 吹っ飛ぶが正解だな、これは。

 背中から砂煙を引きずるように減速し、ようやく止まる。

 靴底が熱い。内臓の位置が一瞬ずれた気がした。

 

「すっげぇ!」

 

「あんな記録出るのかよ!?」

 

 誰かが素直に叫ぶ。

 視線が一斉にこちらへ集まるのがわかる。

 好奇と興奮、ほんの少しの警戒。

 

「剣の射出速度を利用したか。合理的だ」

 

 抑揚のない声が落ちてくる。相澤先生だ。

 寝癖のままのような髪。気だるげな目。だが観察は正確だ。

 

「こういう使い方は本意じゃないんだがな」

 

 痛みを誤魔化すように、腕を回す。

 肩関節が鈍く鳴った。筋肉の奥に、重たい余韻が残っている。

 

「おいおい、派手にぶっ飛んでたけど、大丈夫かよ?」

 

 金髪に黒いメッシュ、上鳴電気が駆け寄ってきた。

 軽薄そうに見えて、目はちゃんと心配している。

 

「無茶するなぁ……」

 

「お前、無茶するなぁ……」

 

 続けて瀬呂範太も頭の後ろで腕を組み、苦笑混じりに言った。

 

「鍛えてるから平気だ」

 

 肩をすくめてみせる。

 二人の心配の声に対して、上半身の筋肉を伸ばしながら、言葉を返す

 

 第2種目・握力。

 

「……百二キロ」

 

 機械の表示が淡々と数字を出す。

 悪くない。

 

「五百六十キロ!」

 

「うおおおおお!?」

 

 横では、腕を何本も増やして、もはや工事現場のクレーンみたいな握力を叩き出しているやつがいる。

 さらに別のやつは、万力みたいなものを個性で生成していた。

 

 おい待て。ここは体力測定だろ。

 重機品評会じゃない。

 

 俺の記録は、瞬く間に霞んだ。

 とはいえ、俺の記録を見て反応するものもいた。

 

「素でそれはえぐいだろ……」

 

「鍛えてるタイプか」

 

 そんな声も聞こえる。

 個性なし、素の身体能力でここまで出せるやつはそう多くない。

 

 順位としては、十分上位圏。

 まあ、悪くない。

 文明の利器と多腕生物に挟まれながらも、人間やってる自負はある。

 

 第3種目・立ち幅跳び。

 

「測定不能」

 

 結果は、それだった。

 やり方は単純だ。

 

 50メートル走と同じ容量。

 神鎗を地面に射出し、反動で自分を吹き飛ばす。

 

 砂場を軽々と越え、着地はコース外。

 相澤先生の目が、わずかに細まる。

 

「立ち幅跳びの概念が危ぶまれるな……」

 

「飛ぶというか、吹っ飛んでるよね☆」

 

「立ち幅吹っ跳びだね!」

 

 外野は楽しそうだ。

 対して、俺はというと痛みに体を震わせていた。

 

「……っぐ」

 

 重力とは、かくも偉大なものだ。

 その暴力を受けた身体への反動は強烈だった。

 

 筋肉と関節がきしむ。

 肩と腰を回し、身体をほぐして呼吸を整えていく。

 

 次の種目があるため、準備時間を活用してストレッチを続ける。

 クエストじゃないが、こういうのも全クリしたい性分なんだ。

 

 どうせなら、1位を取る。

 そのため、時間いっぱい身体の調子をもとに戻していく。

 

 第4種目・反復横跳び。

 

 これは純粋な身体能力で勝負。

 

 リズム。重心移動。

 踏み込みの角度。

 地味だが、身体の使い方が出る種目。

 

 やがて、カウントが止まる。

 握力と同様、素の能力で上位に食い込むことができた。

 

 派手さはない。

 だが、こうした積み上げで総合記録が伸びるんだ。

 残り種目も全力で取り組もう。

 

 第5種目・ボール投げ。

 

 円の中に入り、腕の筋肉を解す。

 準備運動は丁寧に。これが地味に重要だ。

 

「次、玩具」

 

 投げ渡されたボールを受け取る。

 質感を確かめるように、指で軽く回す。

 

「ふぅぅぅッ……」

 

 深く深呼吸。そして投球フォームに入った。

 

「うっし……」

 

 短くつぶやき、気合を入れる。

 左手に神鎗。右手にはボール。

 全身の連動を意識して、踏み込む。

 

「っ……!」

 

 勢いよくボールを投げた。

 風を切って、ボールが上空を走る。

 

 ここからが本番だ。

 

「射殺せ――『神鎗』」

 

 既に斬魄刀は解放している。

 気合を入れるため、意味のない解号を口にした。

 神鎗を構えて一息に突き出す。

 

 上空のボールめがけて、瞬間的に刀身が伸びていく。

 正確にボールを捉え、弾き飛ばした。

 そこから、ボールは一気に加速。

 

 軌道が伸びていく。

 

「……1025メートル」 

 

 一瞬の静寂。

 

「おおっ!? 1000超え!」

 

「まじかよ……」

 

「さっきの無限出たばかりなのに」

 

「次、俺かよ。プレッシャーきついなぁ」

 

「神鎗といったか……惹かれる響きだ」

 

 俺の記録に対して、周囲がざわめく。

 しかし、無限という記録の後では、どうしてもインパクトが薄れる。

 肩を回しながら、一人苦笑をこぼした。

 

 残る競技は持久走と上体起こし。長座体前屈。

 持久走と上体起こしは握力や反復横跳びと同じだ。

 素の身体能力で上位に食い込んだ。

 

 個性『創造』でバイク生み出した女子と、個性で足にエンジンの付いた飯田には負けたものの、なんとか三位につくことができた。

 

 というか、アイツらは競技のカテゴリが違うだろう。

 最後、長座体前屈は神鎗を伸ばして、余裕の一位だ。

 持久走のバイクの女子。八百万百も似たようなことをしていたが、神鎗には叶わない。

 

 神鎗は別名百本差し。刀身の長さは刀百本分とも言われているのだから、当然の勝利である。

 

 そうして、全種目が終了した。

 全員の名前と順位が公開され、俺の結果は総合二位。

 

「くっそ、2位かぁ……流石に文明の利器には叶わんな」

 

 俺は腕を組んで呟く。

 一位を目指していたが、惜しくもこの結果だ。

 

 因みに最下位の除籍はウソだったらしい。

 俺らの最大限を引き出す合理的虚偽だとか。

 そんな衝撃の事実に周りでは咆哮が上がっていた。

 

 そうして一同が呆然している間に、相澤先生は1人帰っていった。

 

 個性把握テストを終え、グラウンドから校舎へ戻る列に混ざりながら、俺は肩を軽く回していた。

 思ったよりも身体に負担が来ている。

 

 無茶はしていないつもりだが、神鎗を反動利用で使えば、どうしても関節と筋肉に細かい軋みが残る。

 

 鍛え方が足りなかったか。もっと筋トレを増やすべきだろうか。

 そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、背後から静かな声がかかった。

 

「玩具。少し、いいだろうか」

 

 振り向けば、黒い鳥の顔をした少年――常闇踏陰が、厳かな佇まいで立っていた。

 

「常闇だっけ? どうかしたか」

 

 そう問い返すと、彼はゆっくりと一歩近づき、わずかに視線を落とした。

 

「いやなに、お前の使っていた刀について聞きたくてな」

 

「ああ、斬魄刀のことか」

 

 何気なく口にした単語に、彼の肩がぴくりと震える。

 

「斬・魄・刀……!」

 

 常闇は両手をわなわなを震わせて、全身で歓喜を表現するように天を見上げた。

 

「……なんで溜めた?」

 

 思わず素でツッコむと、常闇は咳払いひとつで体勢を整えた。

 

「その斬魄刀――神鎗、といったか。実に素晴らしい業物だった。伸縮の速度、間合いの取り方、そして名に宿る響き……いずれも見事」

 

 常闇はそれだけ告げて、帰っていった。

 告げることは告げたみたいな、満足した雰囲気だった。

 

「それを伝えたかっただけだ」

 

 常闇は満足したと言わんばかりに頷く。

 彼はそれ以上何も求めず、すっと踵を返した。

 引き止める間もなく、黒い背中はクラスの流れの中へ溶けていく。

 

 取り残された俺は、数秒その場に立ち尽くしたまま、今のやり取りを反芻した。

 

「何だったんだ?」

 

 問いは自然と口をついて出た。

 だが、少し考えれば答えは見えてくる。

 あの独特の間。

 言葉の選び方。

 妙にスカしている仕草。

 

「ああ、あいつ、厨二病か」

 

 そう結論づけた瞬間、妙な納得と同時に、じわりとした親近感が湧いた。

 神鎗の名に反応し、斬魄刀という単語に目を輝かせる。

 

 その感性は、正直よくわかる。

 

 斬魄刀好きなやつに悪いやつはいない。

 そんな根拠の薄い確信を胸の内で勝手に固めながら、俺は再び歩き出す。

 

 校舎の入口が近づき、これから始まるヒーロー科の授業という現実が、じわりと実感を伴って迫ってきた。

 

 雄英ヒーロー科。

 まだ初日だが、悪くない滑り出しだ。

 

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