午後の光が差し込む教室に、野太く、それでいてどこか芝居がかった声が響き渡った。
「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」
マントを翻し、独特のポージングで入ってきたのは、平和の象徴・オールマイトだ。
そのあまりに突飛な登場に、クラスメイトたちが一斉に色めき立つ。
「オールマイトだ……!! すげえや、本当に先生やってるんだな……!!」
「シルバーエイジのコスチュームだ……!! 画風が違いすぎて鳥肌が……」
教室内がにわかに騒がしくなる。
ヒーローを目指す者からしたら、オールマイトは生ける伝説だ。
だからこそ、彼らの熱意は理解出来た。
俺もあのオールマイトに教えを乞えるということに惹かれるものがある。
「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う課目だ!!」
オールマイトはそう宣言すると、単位数も最も多い授業だと付け加えた。
そして、満面の笑みで一枚のプレートを突き出す。
「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」
その単語が出た瞬間、教室内の空気が一変した。
さっきまでのミーハーな騒ぎが消え、緊張と高揚の波がピリピリと肌を刺す。
「戦闘……訓練……!」
誰かが息を呑む音が聞こえる。
俺は無意識に口角を上げた。
ようやく、まともに暴れられる機会が来たわけだ。
「そしてそいつに伴って……こちら!!!」
その言葉を合図として教室の壁がひとりでに動き始めた。
出てきたのは1〜20までの数字が記されたケース。
「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた……
その言葉に、興奮を抑えきれず席を立つ者まで現れる。
格好から入るのも重要だ。
戦いにおいて、身に纏うものは精神を削ぎ、あるいは奮い立たせる。
俺も提出したデザインを思い出し、柄にもなく少しだけソワソワしていた。
BLEACHの服といえば、やはりアレしかない。
「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!!」
「はーい!!!」
統一された返事が響き、俺たちは一斉に着替えへと向かった。
※ ※ ※
演習場、グラウンドβ。
入試でも使われたが、市街地を模したその広大さは何度見ても圧巻だ。
着替えを終えた連中が、各々のこだわりを詰め込んだコスチュームを披露し合っている。
「おお、渋いな! 黒一色ってのが硬板でマジで漢って感じだぜ!」
切島が俺の姿を見て、快活に笑いかけてきた。
「切島こそ、統一感があってかっこいいじゃねぇの。似合ってるぜ」
俺がそう返すと、彼は照れくさそうに笑った。
俺のコスチュームは、黒の死覇装をベースに、動きやすさを考慮したシンプルなものだ。
そこに、道着姿の尾白が興味深げに近寄ってくる。
「それって、居合道着だよね?」
尾白は自分の白い道着と見比べながら尋ねてきた。
「似てるが、オリジナルだ」
俺が短く答えると、彼はさらに踏み込んでくる。
「黒で統一してるのは、なにか狙ってのこと?」
俺は腰に手をあて、少しだけ低く笑った。
「黒だと、血に染まっても捨てなくていいだろ?」
「えっ……?」
尾白が言葉を失う。
この世界の「ヒーロー志望」には刺激が強すぎたらしい。
「……冗談だ。汚れが目立たねぇだろ?」
俺が肩をすくめて言い直すと、尾白は心底安心したように溜息をついた。
「物騒すぎるよ……本気かと思ったじゃないか」
まあ、死覇装の生まれ的に冗談ではないのだが。
苦笑いする彼を尻目に、俺は前を向く。
ようやく全員が集まった。
「さあ!! 始めようか有精卵共!!」
オールマイトの号令で、屋内対人戦闘訓練の幕が上がった。
ルールはシンプル。
訓練は『ヴィラン組』と『ヒーロー組』に分かれ、2対2の屋内戦を行う。
オールマイトの語る状況設定としては、ヴィランが核兵器を隠し、ヒーローはそれを処理するというものだ。
ヒーローの勝利条件は15分の制限時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収すること。
一方で、ヴィランは制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえれば勝ちだ。
これらを理解した後、くじ引きでペアと対戦相手が決められた。
俺はCコンビ。八百万とペアを組むことになった。
「お願いしますわね」
八百万が凛とした表情で頭を下げる。
「ああ、よろしく頼む。あんまり気負わなくていい、適材適所でいこうぜ」
ペアが決まり、俺たちは訓練所となるビルへ、足を踏み入れた。
参加しない者は地下のモニタールームで訓練の観戦を行うようだ。
ビルの地下にこんな場所を用意しているとは、さすが雄英。規模感が違う。
そうこうしている内に、最初の対戦相手が決められた。
一戦目は緑谷と麗日チームVS爆豪と飯田チーム
早くも訓練がスタート。
ヒーローチームがビル内に潜入して、早々にヴィランチームの爆豪が奇襲。
緑谷と戦闘になった。
定点カメラで音声がないため、よくわからないが、なにやら険悪な雰囲気。
幼馴染なため、なにか思うところでもあるのだろう。
中盤、爆豪が大技を放ち、あわや授業が中止になりそうな場面があったが、最終盤で緑谷の超パワーのような個性で、上階までぶち抜き、それをうまく使って麗日が核を確保。
結果、ヒーローチームの勝利で幕が下りた。
「ヒーローチームWIN!!!」
大迫力の結末に、モニタールームには溜息と興奮が混ざり合う。
俺はボロボロになった緑谷が運ばれていくのを見据えた。
「随分と派手にやったなぁ」
俺の言葉に、切島が不安げに頷く。
「おいおい、緑谷大丈夫かよ……」
「パワーがあるが、自傷ありきだもんな……」
上鳴も顔を引きつらせている。
俺は彼らの横を通り抜け、出口へと歩き出した。
「ちょっと行ってくるわ」
「緑谷さんの搬送なら、ロボが向かったはずですわよ」
八百万が怪訝そうに呼び止めてくるが、俺は足を止めずに手を挙げた。
「ああいや、治療だ。俺の個性なら治せるんでな」
「ちょ、まじか! 玩具、お前治癒までできるのかよ!?」
峰田が驚愕で叫ぶが、無視してオールマイトへ向き直る。
「オールマイト先生。行ってきていいですか?」
「むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ! では、私は爆豪少年を迎えに行ってくるよ」
ビルの外、搬送中の緑谷に追いつくと、俺は軽く片手を挙げてロボを制止させた。
「搬送ロボ、止まってくれ。治療なら俺が行える」
俺の声に反応して、二体のロボが機械的な音を立てて動きを止める。
「一応、移動先をモニタールームに変更してくれ。そこで処置する」
『OK』
無機質な返事を確認し、俺はロボの先導を始めた。
これでいいだろう。
治療後、緑谷がすぐに目を覚ますようなら、そのまま授業に戻れる。
記念すべき一回目のヒーロー基礎学なんだ。
この後の授業に不参加なんて、可哀想だからな。
モニタールームに戻ると、待ち構えていたクラスメイトたちがざわめきと共に担架を囲んだ。
「ケロ……ひどい、腕が腫れ上がってるわ。まるで内側から爆発したみたいね」
蛙吹梅雨が指先を顎に当て、痛ましそうに緑谷の腕を見つめる。
その瞳には、単なる驚きだけでなく、実戦の過酷さを目の当たりにした緊張が走っていた。
「おいおい、マジかよ……骨、粉々なんじゃねぇか?」
上鳴が顔を引きつらせ、他の面々も一様に沈痛な面持ちで顔を歪めていた。
搬送ロボがゆっくりと担架をおろす。
『治療を』
ロボが淡々と処置を促してくる。
治療の是非によっては、このまま保健室へ連れて行くために待機しているんだろう。
「ほら、散った散った。俺の個性が使えねぇだろ」
心配で緑谷に集まってくる奴らを、追い払うように手を振って遠ざける。
好奇の視線が突き刺さるが、構わず俺は亜空間へ手を伸ばした。
「そんじゃあ、治療を始めるぞ」
亜空間から一本の刀を抜いた。
刃の片側に黒い線が入った、歪な形状の刀だ。
「こいつの名前は
流石に突然刀で切りつけたら、驚かれるからな。
一応の説明をしてから、緑谷の身体を瓠丸で斬りつけた。
当然、出血はない。
代わりに刀身の黒いラインの下から、赤黒い液体のようなものがせり上がっていく。
緑谷の右腕の腫れや左のやけどがみるみる引き、次第に傷が消えていった。
「……眠ったままか」
顔は穏やかになったが、意識は取り戻さない。
緑谷は授業を継続できなさそうだ。
一つため息をこぼすと、搬送ロボに言葉を放つ。
「治療は完了した。あとは安静にさせりゃ起きるだろ。改めて、保健室につれてってくれ」
こちらの言葉に答えて、二体の搬送ロボAとBは再び、担架を抱える。
『保健室へ』
『I Know』
搬送ロボはモニタールームから、保健室へ移動していく。
そんなタイミングで、オールマイト達が帰ってきた。
「オールマイト、緑谷の治療完了しました」
「来るときに確認したよ! いやぁ、優秀だ。もしかしたら玩具少年にも治療を手
伝ってもらう時が来るかもしれないね!」
オールマイトが豪快に笑う。
その表情は安心した面持ちだった。
その後、授業は再開。
一試合めの講評を行い、次の試合へと移っていった。
二戦目は轟と障子VS尾白と葉隠。
先ほどと打って変わって、この戦いは一瞬で決着がついた。
ヴィランチームの尾白、葉隠の作戦なんてなんのその。
試合開始直後、轟の個性によってビル全体が一瞬で凍結した。
地下で観戦している俺達のところまで、冬かと思わせる寒さが到来したくらいだ。
まさに圧倒的。
二戦目の轟の圧倒的な凍結を目の当たりにした後、ついに俺たちの出番が来た。
俺と八百万はヴィランチーム。核は最上階に設置した。
ヴィランチームには5分間の準備時間が与えられる。
この時間を用いて、俺と八百万は核のある部屋の守りを固めていた。
「相手は上鳴と耳郎か。耳郎の索敵がやっかいだな。壁越しに位置を特定されると、核をピンポイントで狙われる」
「それでしたら、ある程度拠点の防備を固めたあとは、打って出ましょう。これなら、私達の位置がバレても核の場所は割れませんわ」
八百万の提案は合理的だ。
俺は頷いて、さらに役割分担を提案する。
「そうだな、その方が良い。それなら、上鳴の相手は俺が担当しよう」
実際に見た訳では無いが、上鳴は電気を操る個性だと聞いた。
つまり、戦闘系。それなら八百万より、俺のほうが最適だ。
「分かりましたわ。ですが、一つ問題があります」
八百万は手を止めると、こちらに顔を向けてくる。
「なんだ?」
「どのように、Gコンビを分断させるかです」
俺は、先ほど使ったメス型の瓠丸を、ニヤリと笑って掲げてみせた。
「ああ、そのことか。それなら、俺に策がある」
※ ※ ※
『それではCコンビ対Gコンビによる、屋内対人戦闘訓練スタート!』
ビル内に鳴り響く放送が、開戦を告げる。
俺と八百万は、待ち伏せ位置に着くと、一枚のパネルを立たせた。
「これで、上手く騙せるでしょうか……?」
八百万が不安そうな声色で言葉を紡いだ。
その視線は、どこかシュールに突っ立っているパネルへと向けられている。
「そのために、俺が視線を集めんだよ。お前はタイミングを見て、耳郎を叩きに行け」
「……分かりましたわ」
八百万は一度だけ頷くと、心配げに顔を歪めながらパネルの前に立った。
その視線には作戦への不安が見て取れた。
パネルは彼女の身体に隠され、正面からは二人の人間がいるようにしか見えないはずだ。
階段の踊り場でどっしりと構え、精神を研ぎ澄ます。
少し待った後、下層から二つの足音が響いてきた。
「おいおい、ヴィランがバカ正直に出待ちかよ」
階段を上がってきた上鳴が、俺の姿を見て足を止める。
「しかも、二人揃ってなんてね。いい度胸してるじゃない」
耳郎が耳たぶのプラグを揺らしながら、冷ややかに周囲を探る。
だが、俺は余裕を崩さない。
「そう言ってくる割には、警戒心バリバリじゃねぇかよ」
「当たり前だろ。個性把握テスト1位と2位が相手なんだし。油断なんかできるかよ」
上鳴はそう言いながら、ジリジリと間合いを計るように重心を落とした。
「おっと、勝手に動くんじゃねぇぞ」
牽制の言葉を放つやいなや、俺は剥き出しの壁に向かって、思いっきり腕を振るった。
――ガンッ!
鼓膜を叩く硬質な衝撃音と共に、壁が崩れ去る。
瓦礫が床に落ちると、砂煙が辺りに舞った。
「おいおい……ゴリラかよ」
素手で壁を破壊した俺に対して、上鳴が戦慄の声を漏らす。
これでいい。
力を見せつけられた二人は、不用意に距離を詰められなくなった。
俺へと意識が完全に固定されたのを確認し、俺は右手に持った瓠丸を見せつけるように掲げた。
「こいつ、見えるか? 俺の個性はこいつ――斬魄刀という刀を使うんだ」
あえて情報を開示して、更に意識をこちらに固定させる。
出し抜けに始まった解説に、上鳴と耳郎は戸惑いの表情を浮かべた。
戦いの最中に手の内を晒す意図が読めず、「何を企んでいるんだ?」と言いたげな疑念の眼差しが俺を射抜く。
「斬魄刀には二段階の解放状態が存在し、第一段階を始解と言う。解放すれば、この『
「……で、それが何?」
耳郎が耳のプラグを揺らし、警戒を最大級に高めながらも言葉を返してくる。
「時間稼ぎのつもりか?」
上鳴の問いに、俺は笑みを深めて言葉を続けた。
「いやなに。瓠丸について、一つ伝え忘れていたと思ってな。瓠丸は斬りつけた相手の傷を、取り込んで癒す。つまり、蓄積するんだ」
二人の注意が、俺が掲げたメス型の斬魄刀に集中する。
そのタイミングで八百万は、動き出した。
「取り込んだ傷に応じて、瓠丸の赤いゲージが上昇していくんだが――ゲージが満タンになると、自動的に見た目がメス型の
俺はゆったりとした速度で、瓠丸を持つ腕を振り上げた。
「さあ、問題だ。瓠丸が傷の吸収、蓄積だとしたら、この朱色瓠丸の能力は何だと思う?」
「っ……!? 避けろ、耳郎! 」
危険を察知した上鳴が叫ぶ。
「満たせ――『瓠丸』」
メスを振り下ろすと同時に、溜め込んだ緑谷のダメージが巨大な衝撃波となって爆発した。
耳郎と上鳴の間に叩きつけられた衝撃が、ビルの壁と床を豪快にぶち抜く。
「おいおいおい! やりすぎだろ!?」
煙の向こうで上鳴が絶叫する。
ビルの外壁は消え去り、そこは吹き抜けの広場と化していた。
「だから、わざわざ説明したんだろうが。回避するチャンスは与えたぜ」
放出を終えた瓠丸は再び、ただの刀へと戻る。
「耳郎、大丈夫か!? 耳郎? あいつ、どこいったんだよ!」
上鳴は慌てて耳郎の無事を確認しようと周囲を激しく見回すが、砂煙が消えた現場に彼女の姿はない。
さっきまで彼の隣で肩を並べていたはずの相方は、姿を失っていた。
狼狽える上鳴は、震える手で通信機を叩き、叫び始める。
「はぁ? 耳郎、今どこにいんだ……って、ヤオモモと戦闘中!? いや、ヤオモモは
「いるわけ無いだろ? さっきからそこにいたのは、ただの等身大パネルだ」
「ウソぉ!? いつの間に!?」
呆然とする上鳴の反応に、俺は笑みをこぼした。
「俺の話に気を取られている時だよ 」
衝撃で倒れた後ろのパネルを持ち上げて、上鳴に見せつける。
「途中から八百万の姿が、ただのパネルに変わってたのに気づけなかったようだな」
パネルをパンパンと叩いて見せると、上鳴は驚きのあまり、口をパクパクと開閉させた。
「なんつートリックだよ……」
「これが本当のパネルマジックってな」
役目を終えたパネルを投げ捨て、俺は瓠丸の切っ先を上鳴に向けた。
「それで、分断されたわけだが……どうする?」
「問題ねぇよ。俺も一対一で戦うつもりだったんだ!」
上鳴の身体からバチバチと電気が漏れ出す。
「その刀。いくら強力な攻撃をだせるといっても、チャージが必要ってことだろ。なら、ダメージを蓄積される前に倒せばいいだけだ!」
言い放つやいなや、上鳴が突っ込んでくる。
その推測は正解だ。しかし、甘い。
「俺が、いつ瓠丸で戦うと言った?」
大きく飛び退きながら、俺は瓠丸を消した。
「ウェイ?」
困惑する上鳴を余所に、亜空間から次の獲物を引き抜く。
「さあ、やろうか」
「くっ……だが、近距離なら俺の方が有利だろ!」
帯電しながら拳を振ってくる。
電気をまとった拳を刀で受け流し、お返しに前蹴りを放つ。
接触した拍子にバチバチと、電気が弾けた。
上鳴と距離が取れたが、感電による痛みが身体に流れる。
「結構、ピリッとくるな」
「なんで、その程度で済んでるんだよ」
俺の蹴りは、クロスした両手で上手く防がれてしまった。
刀で少し触れるだけでも、結構電気が伝ってくるな。
上鳴はたたらを踏みながらも、再び放電の構えをとった。
「次はもっと浴びせてやんよ!」
「なら、遠距離で行こうか。
刀身を手のひらで押し潰した瞬間、刃が数多の手裏剣へと散り、上鳴の周囲を包囲するように舞う。
「なぁ!? そんなんありかよ!」
「七番隊第四席、
「誰だよそいつ! 」
どこかで聞いたような口上を吐きながら、俺は指を動かす。
周囲を舞う手裏剣状の刃を、上鳴へと向けて放った。
「ほらほら、どうです!? 目で追うことすら出来ないでしょう!?」
「……だらぁっ!!」
上鳴が全力の放電を放ち、周囲の刃を叩き落とす。
劈烏の破片が地面に転がった。
「このまま弾切れにしてやるぜぇ!」
「残念だが、いくらでも補充は可能だ」
「マジかよ!?」
俺は鼻で笑い、鞘に納めた劈烏を再び引き抜く。
再び刃が生成され、宙を舞う。
劈烏はNレアの斬魄刀だ。
遠距離から弾幕を張れる有用性こそあれど、今の放電で半分近くが焼き落とされたように耐久性に難がある。
「とはいえ、このまま続けてもつまらないと思わないか?」
俺は指を鳴らして攻撃の手を止めると、上鳴に問いかける。
「あぁ? どういうことだよ……」
上鳴の返答は少し遅い。
一度に大規模な放電を行ったツケだろう。
肩を荒らげて、呼吸を行っている。
目の焦点がたまにズレているのは、脳に相当な負荷がかかっている証拠だ。
推測するに、全方位への放電は長時間維持できない。
あるいは、そもそも『放電』の個性ではないのか。
ともかく、上鳴の個性デメリットが判明した。
このまま劈烏で削り続ければ、いずれ勝手に自滅する。
だが、それでは面白くない。
せっかく、こんなにいい実験場があるんだ。
――どうせなら、最大限楽しみてぇよな!?
俺が劈烏の始解を解除し、浅打に戻った刀を無造作に放り捨てたのを見て、上鳴が顔を引きつらせた。
刀は地面に落ちる前に、粒子となって空気中に溶けていく。
「おいおい、なんの真似だよ……」
上鳴は動かない。
いや、動けないのか。
構えを下ろし、力を温存している。
それは、俺にとって好都合だった。
「まあ、待て。少し面白い物を見せてやる」
『玩具さん、聞こえますか? 応答してください! そちらの状況は——』
「チッ……」
通信機から、八百万の焦れたような声が響く。
悪いが、今はそれどころじゃない。
せっかく興が乗ってきたところに水を差されるのは、何よりも気分が悪い。
俺は舌打ちを一つこぼし、耳元の通信機を引き剥がして床に投げ捨てた。
気を取り直して、亜空間からRレアの斬魄刀を五本、次々と地面に突き刺していく。
並ぶ五本の斬魄刀に手をかざし、俺は言葉を紡いだ。
「回れ――『
俺の呟きに呼応するように、突き刺さった五本の刀が激しく共鳴を始めた。
『骸ノ楔』。
複数の斬魄刀を代償に、別の斬魄刀を無理やりこの場に引き出す技だ。
同レアリティを指定して確実性を取るか。
あるいは一階級上の斬魄刀を“ランダム”に引き出すか。
その二つから選択できる。
――さあ、何が出るかな?
面白いことに、この技は僅かだけ使い手の“願望”に引き寄せられる性質がある。
「クククッ……面白い斬魄刀が出たな」
五本の刀が光の中に溶け、俺の手元に一本の斬魄刀として収束していく。
「お前の雷に対抗して、こいつで相手をしてやる」
俺は斬魄刀を眼前に構え、口を開く。
「穿て――『
解号に応じて、斬魄刀は鍔にガードが付いたレイピアへと姿を変えた。
口角が自然と吊り上がる。
厳霊丸は護廷十三隊一番隊副隊長・
レアリティはSR。
その能力は雷の操作だ。
「さあ、雷対決と行こうか」
半身に構え、切っ先を上鳴の鼻先へと向けた。
威圧するように刀身から電気がほとばしり、空気を焼く匂いが立ち込める。
「俺の真似事か! お生憎様。俺の個性は『帯電』なんだよ! お前の電気は全て吸っちまうぜぇ!」
上鳴が意地を見せるように電気を練り上げ、こちらへ駆けて来た。
「真似事かどうか、その身で確かめてみな」
「無差別放電130万ボルトォ!」
上鳴が叫び、最大出力の放電を解き放つ。
周囲の空気が白く焼け、凄まじい電撃の壁が俺を飲み込もうと迫る。
「穿て!」
俺は一歩踏み込み、迫りくる電撃の渦へ向けて、厳霊丸を突き出す。
次の瞬間、厳霊丸から放たれた紫の雷光が、上鳴の放電を真っ向から切り裂いた。
「なあっ!? 俺の電気が、押し負けた……!?」
更に上鳴の放電は、俺に届く前に周囲へと流れていく。
俺は穿つ雷撃と同時に、正面に高い電位の壁を作ることで、上鳴の放電を周囲へ逸らした。
『骸ノ楔 』は斬魄刀の擬似的な顕現。
当然、本来の威力には届かない。
押し負ける可能性もあったが、上手くいって良かった。
「ウオォオオオオォ!」
上鳴が必死に厳霊丸の雷撃を自身の身体で受け止め、吸収しようと踏ん張る。
「オラアアアアァァ! お前の雷、全部吸い取ってやんよ!」
「それなら、根比べと行こうか!」
厳霊丸の刀身から、更に鋭い電光が数条、空気を切り裂く轟音を伴って上鳴に襲いかかる。
「イイィッッッ!? い、いつ終わんのこれぇ!?」
上鳴の顔から余裕が消え、溢れた電撃が周囲の床を砕き、砂煙が舞う。
「ウェ……ウェーイ……」
煙が晴れたとき、そこに立っていたのは、両手の親指を立ててアホ面を晒す男の姿だった。
完全にキャパオーバー。
厳霊丸の出力に、上鳴の『帯電』は耐えきれなかったようだ。
「……あーあ。壊れちまったな」
俺は冷めた声で呟き、確保テープを上鳴に巻き付ける。
さっきまでの高揚が、潮が引くように消えていく。
「ふぅ……」
ため息を一つ吐き、静寂の戻ったビル内に視線を落とした。
――そういえば、さっき八百万が何か言っていた気が……。
戦いが終わったこととで、戦闘の熱が引いていく。
それによって、通信機から八百万の声が届いていたことを思い出した。
瓦礫に埋もれかけていた通信機を拾い上げ、埃を払って耳に付け直す。
八百万へ連絡を取ろうとした、その時。
『ヴィランチームWIN!』
オールマイトの決着を告げる声が、ビル内を響き渡る。
――やっちまった。
先程の戦いを脳裏で振り返る。
上鳴と戦うまでは良い。
ただ、問題はそこからだ。
分断するのに、瓠丸を使う必要はなかったんじゃないのか。
あれは被害が大きすぎだ。
周りを見回し、倒壊したビルの光景が視界に入る。
辺りの壁は崩れ、たくさんの瓦礫が散らばっている。
衝撃波は上階までぶち抜いて、ビル内だというのに、外から太陽が燦々と照りつけていた。
入試の時とは違って人との戦闘だからか、楽しみのあまりその他をないがしろにしてしまった。
これでは、ただの独りよがりだ。
ヒーローの――他者を守る人間の行動ではない。
俺は内省を済ませると、通信機のスイッチを入れ直し、ようやく一言、感情の抜けた声で返した。
「……悪いな、八百万。終わったぞ」
『玩具さん! ご無事でしたのね……! 何度も呼びかけましたのに、急に応答がなくなるから心配いたしましたわ!』
通信機越しに、八百万の心底安堵したような声が届く。
「ああ。上鳴は確保した。そっちはどうだった」
『耳郎さんは私が捕縛いたしました。その後は、核を守っていましたわ』
「そうか、完璧だな。流石だ」
通信機越しに言葉を返す。
八百万と比べ、俺の何たる不出来なことか。
俺は、アホ面でふらついている上鳴を抱えると、モニタールームへ足を進めた。
※ ※ ※
モニタールームに戻ると、クラスメイトたちの視線が刺さる。
そこには、賞賛よりも先に困惑を感情が込められていた。
特に一戦目の爆豪の暴走を見た後だけに、俺の通信放棄と過剰な破壊は、彼らの目にどう映っただろうか。
オールマイトは、いつもの笑顔を絶やさずに立っていたが、その眼光は鋭い。
「お疲れ様、玩具少年! そして八百万少女、耳郎少女、上鳴少年。素晴らしい熱戦だった!」
オールマイトの言葉。
だが、彼は講評の際、俺の目を真っ直ぐに見据えてこう続けた。
「玩具少年。君の戦闘能力、そして個性の応用力は、この場にいる誰よりも……あるいはプロに近いレベルにあると言っても過言ではない」
一度言葉を切り、彼は少しだけ声を低くした。
「だが……君は、自分以外の存在を信じていない。そう見えた」
その言葉は、俺の幼少期からの『善行クエスト』と『ヴィジランテ活動』で積み上げてきたヒーローとしての仮面を、音もなく叩き割るような響きを持っていた。
「戦いの中で君が捨てたのは、通信機だけではない。共に戦う仲間すら、君は戦場に置いてきた。それはヒーローとして……もっとも危うい、欠陥だ」
モニタールームが静まり返る。
俺は何も言い返さず、ただ自分の掌を見つめていた。
――欠陥、か……否定はできねぇな。
思考の隅で、冷めた自分がそう呟いた。
誰かと共に戦う。
そんなことは、これまでの俺の辞書には存在しなかった。
もちろん、今回の訓練にあたって、八百万と作戦を練った。
チームとして言葉を交わし、互いがどのように立ち回ればいいか、考えたはずだった。
だが、結果がこれだ。
一度戦闘に入れば俺の視界からは、自分と敵以外のすべてが消失する。
これまでは、それでも良かった。
ヴィジランテとして、一人でヴィランを斬り裂いていた時なら、それは強さでしかなかった。
だが、ここは雄英だ。
俺が目指すと決めたのは、独りよがりの『死神』じゃない。
この戦いへの渇望。
牙を剥く悪癖を飼い慣らさなければ、俺はいつか、本当の意味でヒーローという座から滑り落ちるだろう。
「……肝に銘じておきます、オールマイト先生」
俺の返答は、自分でも驚くほど静かだった。
先生の言葉は、これまでこなしてきたどんな難解なクエストの報酬よりも、価値のある言葉だった。