仮面ライダートラヴァース   作:ボルメテウスさん

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以前から、考えていたオリジナルライダー物です。まだまだ粗削りであり、読者参加型も兼ねた作品として、今回、書かせてもらいました。
他の作品と違い、不定期更新な部分は多いですが、興味がある方は、ぜひ。
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異世界ハスグソバニ

講義が終わって、外に出ると空が妙に高く感じた。

 

春先の午後三時。桜はまだ蕾を固めている。キャンパスの桜並木を抜ける風が、コートの裾を軽く捲くり上げて去っていく。俺はポケットに手を突っこんだまま、足を緩めて歩を進めた。リズムを取る。左、右。肩の力を抜く。呼吸を整える。

 

——普通の、大学生の歩き方。

 

「透、遅ぇよ」

 

呼び声に顔を上げると、ベンチに腰掛けた三枝が缶コーヒーを振っていた。生成り色のパーカーに淡いグリーンのトートバッグ。どこにでもいそうな、どこにでもいていいはずの友人だった。

 

「お前が早いんだよ。教授の話、最後まで聞かない奴が」

 

「聞き飽きてんだよ、同じ歴史学者の講義なんて五十年くらい聴けば十分だわ」

 

ふざけた口調で言い返しながらも、三枝の眉が僅かに寄った。きっと今日の論文発表がうまく行かなくて苛ついていたんだろう。こういう些細な変化は昔から敏感に拾えた。……昔? 本当に、この体にはまだ二十歳しか積んでないのに。

 

横に座ると同時に、微かな匂いが鼻腔を掠めた。硝煙でも腐臭でもなく、ファストフードとインクと汗が混ざった、この街独特の埃っぽさ。

 

俺は一口コーヒーを啜りながら言った。

 

「まあ明日は休日だし、昼から映画でも行って気晴らしな」

 

「マジで言ってる? 週末また寝不足になっても知らねぇぞ。こっちの睡眠時間は有限なんだぜ? お前の体みたいに年齢進まないわけじゃねぇし」

 

そこまで言ってから、三枝は自分の冗談に自分で吹き出した。俺も一緒に笑い声をあげる。心から楽しそうに。

 

——嘘じゃない。楽しいと思わせないと、「普通」が溶けていく。

 

けれど耳の奥ではずっと警告ランプが点滅していた。

 

ザリ、と砂利を踏む靴音ひとつにも神経が跳ね上がる。視界の隅を影が過ぎると脊髄が即座に戦闘モードを探ろうとする。思考の片隅に常に居座る問い、「次はどこの世界だろう」。

 

「なぁ透、やっぱ最近ちょっと変だぞ」

 

急に真面目なトーンになり、三枝がこちらを窺う。俺は唇だけで笑った。

 

「そうか? いつも通りだろ」

 

「いや、なんかピリつくっていうか……たまに目つきが鋭すぎてビビるんだよ。俺のこと殺す気かと思うほどに」

 

「映画撮ってるのかと思ったら監督やってんのかもな」

俺は肩を竦めた。「それとも——」

 

咄嗟に出そうになった言葉を飲み込んだ。

 

「お前こそそろそろ研究室飛び出して旅行でもしたらどうだ。頭爆発寸前だろ」

 

話を逸らされたことは分かったはずなのに、三枝は何も言わず、コーヒーの缶を握る手に力を入れて俯いた。

 

俺たちの間には沈黙が落ちた。それは嫌な沈黙じゃない。けれど確かに緊張している沈黙だった。

 

遠くで学生たちの笑い声が弾ける。チャイムが鳴り響き、グラウンドからボールが蹴られる乾いた音。すべてが完璧に平凡だった。だからこそ恐ろしくもある。

 

もし、“それ”が来たとして—今度もまた「すぐに帰れる」保証など何処にも無いと分かっているのに—

 

俺はゆっくりと立ち上がり、袖口をまくる動作で腕時計のバンドを直した。金属の冷たい感触が皮膚に刺さる。

 

「さっきのカフェで新メニュー出てるらしい。奢るよ」

 

「マジで? 珍しいなお前が先に提案するの。まぁ行くけど」

 

三枝も苦笑交じりに立ち上がり、空になった缶をゴミ箱へ捨てに行く。

 

カフェは大学から二駅、少し離れた雑居ビルの二階だった。三枝が「新メニュー」と言っていたのは、季節限定の桜ミルクティーの類いだろう。俺はエスカレーターを降りながら、相変わらず肩の力を抜く練習を続けていた。

 

——その時、肌が粟立った。

 

「ん?」

 

三枝が振り返る。俺は立ち止まっていた。自動ドアの前、雑居ビルの薄暗いエントランス。そこに何か、『ずれ』があった。

 

空気の密度が違う。いや、空気そのものが違う層を通過しているような。夏の終わりに突然秋の風が吹き抜ける、あの違和感。生理的な嫌悪とは別の、経験が訴える警告。俺は無意識に足を開き、重心を下げた。古い癖だ。剣を抜く準備。いや、今は何も持っていない。

 

「透?」

 

「……悪い。喉が詰まったような気がしてさ」

 

苦し紛れの言い訳をしながら顔を上げた瞬間——目の前を一人の男が通り過ぎていった。

 

背広に身を包んでいるがスーツにしては細身すぎる。ネクタイは締めていない。襟元が少しだけ開き、その下に鎖骨と黒シャツが垣間見えた。肩幅はあるが余計な脂肪がない。眼鏡越しの視線は涼しげだが底が読み取れない。群青のような影を帯びた色彩と、落ち着いた灰色のオーラが同居していた。

 

すれ違いざま、ほんの一瞬、薬品と埃が入り混じった匂いが漂った。錆びた銃器の油を思い出させる——戦場でよく嗅いだ匂いだ。

 

男は何も言わず歩いて行った。スマホを取り出しもせず、目的があるようにまっすぐ、地下へ続く階段へ足を向けた。

 

俺は反射的に追いかけたくなった。けれど隣に三枝がいる。ここで唐突に背を向ければ不信感を与える。

 

「おいおい透さんよぉ、大丈夫か? また目つきヤバくなってるぜ?」

 

「——あぁ。うん。ごめん」

 

俺は無理矢理表情を作る。笑ったつもりだったが三枝の眉尻は下がらなかった。

 

階段を登る足取りがかすかに震えた。カフェに入ったものの、味どころか香りさえぼやけていた。テーブル席につくや否や、外の道路沿いにある非常灯がチカッと不規則に点滅するのが見えた。

 

「やっぱり今日は調子悪いんじゃないか? 映画やめて早退すべきだろ」

 

「いや大丈夫だって」

 

言葉とは逆に指先は冷えていた。背中の毛が逆立つ感覚を宥められない。“あれ”は俺と同じにおいを纏っていた。転移者? しかも戦いに向かう最中——?

 

「なあ三枝」

 

「ん?」

 

「あそこ、さっきの階段の先に地下駐車場あるの知ってたか?」

 

「あぁ、確かバイク屋挟んで更衣室兼倉庫みたいなのがあったはずだけど……それが?」

 

「いや……別に」

 

カップを置く音がいやに大きく響いた。窓ガラスを隔てた路上では人が行き交っていて、どこからも悲鳴や破壊音はしていない。それでも確かに、“境界”が開かれつつある。

 

俺は小さく呟いた。

 

「次はどんな世界だろうな」

 

三枝は答えずに天井を見る。そこには白熱灯の傘と煤の汚れがあり、やはりこの空間は安全だった。あまりにも安全すぎて脆い。

 

俺は再びあの男の背中を思い出す。黒くて細く、けれど芯のあるシルエット。もし仮に、“ここ”が俺たちの新しい戦場だとしたら——

 

——出会うことになるかもしれない。

 

まだ見ぬ敵か。

あるいは仲間か。

それとも俺自身の運命を変えてしまう存在か。

 

考えるうちに視界の端でまた蛍光灯が一度だけ点滅した。刹那の暗闇。明かりが復活した時には既に太陽が西に大きく傾きかけており夕焼けが始まろうとしている気配を感じさせながら黄昏時の訪れとともに街全体の温度差が変わり始めた様子を見せていた。

 

カップの底に残ったミルクティーが、まだ温かいうちに世界が変わった。

 

最初は音だった。ガラスが共鳴するような、低周波のうなり。次に光が歪んだ。カフェの窓ガラス越しに見えていた夕焼けの空が、水面に石を投げ込んだように波打った。そして——『裂け目』が開いた。

 

「な……何だ、あれ」

 

三枝が立ち上がり、椅を倒しかけた。俺は既に立っていた。体が先に動いていた。五感が皮膚の下で逆巻き、脊髄が灼熱の記憶を蘇らせる。あの感覚。あの匂い。あの——戦場の、開幕だ。

 

雑居ビルの壁面に、縦に裂けた傷口ができていた。黒い。だが闇ではない。向こう側の光が漏れている。黄昏の色とは違う、青白く濁った光。そこから、『彼ら』が出てきた。

 

鎧を纏った人型。フルフェイスの兜に、内部は空洞。目に相当する部分だけが淡く、蛍光灯のように発光している。手には剣と盾。中世の騎士を模したシルエットだが、どこかが根本的に歪んでいた。生き物の気配がない。統制された兵隊のように、無言で整列し、道路を埋め尽くした。

 

「逃げろ!」

 

叫ぶより早く体が動いた。三枝が硬直している。当然だ。これは“異常事態”であっても、“説明できる範疇”を超えてしまっている。

 

「透……ッ!? なにこれ? CG? ドラマ? ドッキリか!?」

 

「違う!! 走れ!」

俺は三枝の腕を掴もうとしたが遅かった。近くで悲鳴が炸裂した。雑貨店の入口に立っていた女子大生が地面に押し潰されるように倒れた。鎧の脚が無慈悲にその体を踏み越えようとしている。

 

「透さん!? ちょっ、やばいって!」

 

三枝がようやく踵を返した。だが俺は留まった。逃げるなら三枝だけで充分だ。ここからは——

 

鎧の一体が俺に向きを変えた。他の個体も追随し、陣形を作り始める。扇形、弓形、密集。集団で圧力をかけてくる典型的な“戦術”。

——そうだ。これらは戦うために創られたモノだ。

 

剣を掲げ、兜の双眸が照準を合せた。

俺は肺いっぱいに酸素を取り込み、膝を曲げる。

走るんじゃない。飛ぶ。

 

距離を一気に潰す。

相手の剣が閃くよりも速く。

柄に手を伸ばし、指に触れた瞬間——捻り上げるように刃を引き剥がした。

 

「——ッ!!」

 

奪った剣を横薙ぎに一閃。金属ではない奇妙な反響音とともに鎧は斜めに斬れて塵のように崩れた。

 

「な……ッ!?」

 

驚愕するのは三枝の方だった。もちろん俺も驚いていた。こんなに容易く刃が通るものだったとは。“ここ”の物理法則は未知数だ。けれど確実に分かることがある。

 

こいつらは俺を止めようと——いや、殺そうとしている。

 

「走れッ! 三枝! 早く!!」

 

背後から三体目が飛び込んでくる。振り向く暇はない。地面を蹴り上げ、建物の壁を使って三角跳び。空中で半回転しながら剣を叩き付けた。甲高い軋みと共に鎧は砕ける。

 

四体目。今度は盾を構えてきた。いい。堅いものには柔軟に対処すればいい。剣の柄を使い肘打ちで脇腹を穿つ。隙ができる。兜の隙間に剣をねじ込む。

 

五体目。六体目——

 

「透ーーーー!!」

 

叫び声と一緒に三枝が走ってくる。馬鹿だ。なんで戻ってくる!?

振り払った剣先が宙を泳ぎ、新手の盾に阻まれた。火花ではなく紫電が散る。剣身がひび割れた。

 

「離れろ!! 死ぬぞ!!」

 

怒号と共に突き飛ばし、間合いを取り直す。まだだ。まだ足りない。もっと速く。もっと深く。もっと——

 

鎧の群れの中に新たな気配が生まれた。ひと際大きな個体。黒曜石のように艶やかな装甲。盾ではなく長槍を持つ。中央で陣形を整える旗手のように悠然と佇んでいる。

 

本能が警鐘を鳴らす。今の自分が生身で挑むにはあまりに大きい格差——

 

だが怯まずにはいられなかった。三枝がすぐ背後で縮こまって震えている。

 

「三枝! 俺が合図したら全力で駆け抜けろ。反対方向だ。道一本外れるだけでも生存率が違う!」

「で……でもお前はどうするんだよ!?」

「——俺は大丈夫だ。早く行け!」

 

本当かどうかなんて分からない。しかし今は信じさせるしかない。

 

——あいつだ。

階段を降りてきた“あの男”が路地の向こうから現れた。

 

路地の影から現れたのは、先ほどすれ違ったあの男だった。

 

群青に沈んだスーツの色が、夕焼けの朱と敵の青白い光の間で奇妙に浮き上がっている。眼鏡の奥の瞳は、こちらを見ていない。ミニオンの群れを、ゲートナイトを、そして——地面に倒れている女子大生を、ただ評価するように観測している。

 

「既にミニオンとゲートナイトが現れたか、なら」

 

低く、乾いた声。感情の欠片もない。俺は剣を構えたまま、咄嗟に状況を判断する。味方か? 敵か? ——いや、違う。あいつは戦場の空気を知っている。同じにおいを纏っている。

 

男は右手を懐に入れ、何かを取り出した。

 

重厚な金属の塊だった。黒とガンメタルが基調となり、中央に赤く発光する円形のコア。近未来的でありながらどこか魔導的な機構が組み込まれている。腰装着型の装置——ベルトのような形状をしていた。

 

「なんだ、あれはぁ」

 

疑問に思う三枝の言葉に俺は同意しながらも、男は、そのままドライバーを腰に手当てながら。

 

「変身!!」

 

まるで、何かを宣言するように叫ぶ。

しかし。

 

『Nonconformity』

 

その音声と共に。

 

「なっぐっ!」

 

苦悶の声と共に彼が蹲る。

そしてベルトが地面に落下した。

 

「……!!」

 

何が起きたのか分からない。

 

「大丈夫ですか!?」

 

思わず三枝が叫ぶ。一方俺はゲートナイトを見据える。

先程の男の言葉からして、中央にいるでかい奴がゲートナイト。

奴を倒すには、今の俺では。

もしも、異世界での、俺の力があれば。

すると。

 

「うぅ・・・ぐっ」

必死に立ち上がろうとする。そこには、諦めの念は見えない。

 

——この場にいる者の中には、誰かがやらなければならないという責任感で満ち溢れていた。

 

この状況を打破するために必要なものは何か。

 

それと共に、俺が眼を向けたのは、先程のあいつが何かを使おうとした物。

 

「…一か八か、やってみるか」

 

脳が灼热に焼かれる。

 

あのベルト——あいつが使おうとして、拒絶されたモノ。今の俺には何の力もない。剣一本でこいつらを相手にし続けるのは、時間稼ぎの域を超えない。三枝はまだ逃げ切れていない。ゲートナイトは動き出そうとしている。

 

ならば、答えは一つだ。

 

「三枝!伏せろ!!」

 

叫ぶと同時に足が爆ぜた。地面を蹴る。重心を前に倒し、頭上を掠めた槍の穂先を感じながら、俺は滑り込むように前へ——ベルトの転がった地点へ向かって突進した。

 

「透!? 何やって——!!」

 

三枝の声が遠ざかる。集中する。周囲のすべてを。鎧の軋み。剣風の唸り。呼吸のタイミング。戦場で培われた第六感が、最適解を算出していく。

 

一歩。踏み込む。

二歩。踏み抜く。

三歩目——右斜め前方から水平斬りが来る。

膝を沈め、上体を限界まで後ろへ引く。切っ先が首元を紙一枚分逸れていった。

それと共に手にしていた剣を、投げて、敵の注意を逸らした。

 

跳ねる。体を丸め、背中から転がるように着地。眼前に——黒い金属塊。禍々しくも美しい造形のベルト。

 

掴む。想像以上に重い。金属なのに暖かい。臍の下あたりが痺れるようなエネルギーが流れ込んでくる。錯覚ではない。俺の“何か”と共鳴しようとしている。

 

「——駄目だ!」

 

声。あの男だ。朔也。名は知らないが、今は考える余裕がない。

 

「普通の人間に、そのドライバーは使えな——!」

 

彼が言い切る前に俺は己の腰へベルトを装着していた。重力が変わる。体が軽くなる。

ベルトの中央、赤く発光していたコアが脈動を始めた。

 

ドクン、と。心臓の鼓動と同期するように。そして光の中に、影が滲み出す。竜——ドラゴンの頭部を模した紋章が、立体的に浮かび上がった。黒い金属の表面を這い、鱗の一枚一枚まで刻まれた象徴が、俺を見下ろすように輝いている。

 

「……ふ」

 

頬が緩んだ。自分でも奇妙だと思った。こんな状況で、なんで笑える。

 

だけど、わかる。これは「拒絶」じゃない。あいつ——朔也が味わった、あの無情な排斥とは違う。これは……迎え入れている。俺の「何か」を、肯定している。

 

「……そんな、馬鹿な」

 

朔也の声が震えていた。眼鏡の奥の瞳が、今初めて感情を見せた。驚愕。そして、認めたくない納得。自分には叶わなかった奇跡を、この目の前の男が成し遂げてしまったことへの。

 

「ワールドシールをドライバーに入れろ! それで、仮面ライダーに変身できる!」

 

言葉が乱れていた。普段の淡々とした喋り方からはかけ離れた焦燥。まるで祈るようでさえあった。その祈りが届いたかどうかはわからない。でも俺は、

 

「仮面ライダー?」

 

という三枝の声を聞いた。呆然とした響き。無理もない。アニメのヒーローみたいな名称が戦場で吐き出される現実なんて、誰が想像できる。

 

だが迷っている暇はない。敵は待ってくれない。

 

俺は手探りでベルトをまさぐった。左右のスロット。左側に小さな空洞が口を開いている。ワールドシールを入れろと言ったな。

 

「これか、さて、やってみるか」

 

それと共に、俺は、手にしたワールドシールをそのままドライバーに装填する。

 

『シール・セット!ファンタジー!ワールド・リード…オーケー』

 

ワールドシールがスロットに沈み込んだ瞬間、世界の音が消えた。

 

『トランス・スタート!』

 

ドライバーのコアが爆ぜるように輝き、赤い光が渦を巻いた。それは血液のような、あるいは紅蓮の炎のような、生きた色をしていた。光の奔流が俺の体を這い上がり、皮膚の一枚一枚を焼き尽くすかと思えたが——痛みはない。ただ、全てを知る感覚。異世界の空気、剣を握った手の感触、死を覚悟した瞬間の静寂。全てが蘇り、凝縮し、形を取り始める。

 

『シジル・コンパイル!』

 

音と共に装甲が出現した。腰から始まり、胸へ、肩へ、四肢へ。黒と深紅の金属が流体のように這い回り、幾何学的な刻印を描きながら固定されていく。胸部に円形のコアが浮き上がり、中央で脈動するドラゴンの紋章と共鳴した。

 

視界が変わる。両眼に複眼が形成され、赤く発光するレンズ越しに世界が鮮明に映し出される。色温度、熱源、敵性反応——全てが情報として流れ込んでくる。同時に顎周りに牙を思わせる装甲が展開し、マスク全体がドラゴンの頭部を象った構造へと変貌する。

 

『ファンタジー・フォーム!』

 

背中にマントが翻った。夜空に羽ばたく翼のように。いや、異世界を渡る放浪者の証だ。布とも革ともつかない材質が風もないのに靡き、俺の輪郭を覆い隠しては拡張する。

 

全身が完了した。装甲は過不足なく、無駄なく、しかし威容を帯びている。

 

『アーマー・メイク! レリック・リンク! エンチャント・オン!』

 

音声が告げる。最終シークエンス。力の本流が体内を駆け巡り——放出された。

同時に頭の中には、この力の多くが流れ込んだ。

 

轟!

 

熱気が奔騰し、まるで小型の恒星が点火されたように周囲の大気が歪んだ。俺を中心として半径数メートルの領域が真空となったかの如く膨張し、直後には烈風となって四方へ放射される。

 

「──っ!?」

 

「があっ!」

 

呻き声。ミニオンの群れが吹き飛んだ。盾で耐えようとしても押し負け、盾ごと地面に転倒した個体もいた。巨大なゲートナイトですら、その巨躯を支える膝が一瞬屈折したほどだ。

 

力だ。これが、“レリック”と呼ばれた技術体系の副産物なのか。いや、異なる世界の法則を編纂し再構築した“シジル”そのものが俺と一体化しているのだ。

 

三枝が数歩後ずさった。

 

「あ……あれって……仮面ライダー……?」

声が震えている。当然だ。ついさっきまで友人の筈だった俺に驚きを隠せないだろう。。

 

一方は逆に前へ半歩踏み出した。眼鏡の奥の瞳が爛々と輝いている。

 

「君は……何者だ?」

 

「…旅人。あぁ、ならば、この名乗ろう」

 

それと共に、俺は。

 

「仮面ライダートラヴァース。それが、俺の名だ」

 

変身の余韻が体に染み渡る。装甲の重さ。マントの翻り。複眼越しに鮮明になる敵の動き。全てが馴染んでいく。異世界で培った感覚が、この「形」を通して呼び覚まされる。

 

「……来る」

 

ゲートナイトが槍を振り上げた。それが合図となった。周囲に散らばっていたミニオンの群れが、再び統制を取り戻し、こちらへ殺到してくる。剣を構え、盾を重ね、無言のまま波状攻撃を開始する。

 

「透! 危ない!」

 

三枝の叫び。だが聞こえている余裕はない。俺は右腕を水平に伸ばし、掌を開いた。

 

『シジルゼッター』

 

ドライバー中央のドラゴンシジルが共鳴し、虚空へ伸びた腕の延長線上に光の柱が屹立する。眩い粒子が螺旋状に収束し——黒鋼のグリップが出現した。それを握る。質量が手の平に伝わり、次の瞬間には漆黒のブレードが展開する。ソードモード。

 

冷たい鋼の感触。だが心地よい。手に吸い付くように馴染んでいる。

 

「行くぞ」

 

第一波が目前に迫った。鎧の一団が盾を前面に並べ突進してくる。通常の剣撃では弾かれるだろう。しかし——。

 

「――邪魔をするな」

 

剣を寝かせて構え、呼吸をひとつ落とす。

 

踏み込む。一歩で間合いを詰めると同時、上体を捻りブレードを垂直に振り下ろす。盾と接触する寸前——力を込めない。滑らせる。金属質の骨格が摩擦ではなく水切りのごとき抵抗で斜め上方へ流れていき——

 

一閃。

 

斬撃は盾の継ぎ目を正確に通過し、その下にある関節を断ち切った。鎧は崩れ、中空へ霧散する。

 

続く二体目。盾を持たず、剣を両手持ちしている。真正面から袈裟斬り狙い。回避は簡単だが——捨ておくつもりはない。

 

「疾ッ」

 

回転。右足を軸にして体幹を捩り込む。剣の軌道を読み切り、ブレードでその峰を受け止める——否。受けるのではない。「絡める」のだ。相手の刃へ添わせるように刃を沿わせたまま半弧を描き、逆しまの月のように持ち上げる。

 

鎧の体勢が狂った。剣が浮いた胴体へ滑り込んだブレードが一刀両断する。

 

三体目。左後方。槍を持っている。だが遅い。すでに射程内で捕捉できていた。

 

剣の柄を手の中で回転させ、短く構える。刺突には刺突を。ただし加速は此方が遥か上だ。

 

「穿け」

 

鋭い突き。相手の槍が到達するよりも速くブレードの切っ先が胸部を貫き、そのまま斜め下へ引き抜く。血煙ならぬ瘴気のような紫靄が噴き上がって霧散した。

 

周囲の敵を視野の端で捉える。十数体。しかし恐慌も困惑もなく統率が取れている。やはりこの“軍団”自体には独立した自我がない。ゲートナイト——指揮官級が操っている。あいつを討たなければいくら刈っても埒が明かない。

 

「さて、やるとするか」

 

それと共に、俺は再び走り出す。

眼前に構えているミニオン達を踏み台にしながら、真っ直ぐとゲートナイトに向かっていく。その時だった。

 

「がぁぁ!」

 

咆哮と共にその手に持つ長槍が、一直線に透の腹部に当たる。

激痛が迸りながらも透は冷静だった。ゲートナイトの長槍を使った突進からの振り払い。その威力を利用し、宙へと躍り出る。

マントが翻りながらもゲートナイトの眼前に躍り出る。変身の余韻が体に染み渡る。装甲の重さ。マントの翻り。複眼越しに鮮明になる敵の動き。全てが馴染んでいく。異世界で培った感覚が、この「形」を通して呼び覚まされる。

 

「……来る」

 

ゲートナイトが槍を振り上げた。それが合図となった。周囲に散らばっていたミニオンの群れが、再び統制を取り戻し、こちらへ殺到してくる。剣を構え、盾を重ね、無言のまま波状攻撃を開始する。

 

「透! 危ない!」

 

三枝の叫び。だが聞こえている余裕はない。俺は右腕を水平に伸ばし、掌を開いた。

 

『シジルゼッター』

 

ドライバー中央のドラゴンシジルが共鳴し、虚空へ伸びた腕の延長線上に光の柱が屹立する。眩い粒子が螺旋状に収束し——黒鋼のグリップが出現した。それを握る。質量が手の平に伝わり、次の瞬間には漆黒のブレードが展開する。ソードモード。

 

冷たい鋼の感触。だが心地よい。手に吸い付くように馴染んでいる。

 

「行くぞ」

 

第一波が目前に迫った。鎧の一団が盾を前面に並べ突進してくる。通常の剣撃では弾かれるだろう。しかし——。

 

「――邪魔をするな」

 

剣を寝かせて構え、呼吸をひとつ落とす。

 

踏み込む。一歩で間合いを詰めると同時、上体を捻りブレードを垂直に振り下ろす。盾と接触する寸前——力を込めない。滑らせる。金属質の骨格が摩擦ではなく水切りのごとき抵抗で斜め上方へ流れていき——

 

一閃。

 

斬撃は盾の継ぎ目を正確に通過し、その下にある関節を断ち切った。鎧は崩れ、中空へ霧散する。

 

続く二体目。盾を持たず、剣を両手持ちしている。真正面から袈裟斬り狙い。回避は簡単だが——捨ておくつもりはない。

 

「疾ッ」

 

回転。右足を軸にして体幹を捩り込む。剣の軌道を読み切り、ブレードでその峰を受け止める——否。受けるのではない。「絡める」のだ。相手の刃へ添わせるように刃を沿わせたまま半弧を描き、逆しまの月のように持ち上げる。

 

鎧の体勢が狂った。剣が浮いた胴体へ滑り込んだブレードが一刀両断する。

 

三体目。左後方。槍を持っている。だが遅い。すでに射程内で捕捉できていた。

 

剣の柄を手の中で回転させ、短く構える。刺突には刺突を。ただし加速は此方が遥か上だ。

 

「穿け」

 

鋭い突き。相手の槍が到達するよりも速くブレードの切っ先が胸部を貫き、そのまま斜め下へ引き抜く。血煙ならぬ瘴気のような紫靄が噴き上がって霧散した。

 

周囲の敵を視野の端で捉える。十数体。しかし恐慌も困惑もなく統率が取れている。やはりこの“軍団”自体には独立した自我がない。ゲートナイト——指揮官級が操っている。あいつを討たなければいくら刈っても埒が明かない。

 

「さて、やるとするか」

 

それと共に、俺は再び走り出す。

眼前に構えているミニオン達を踏み台にしながら、真っ直ぐとゲートナイトに向かっていく。その時だった。

 

「がぁぁ!」

 

咆哮と共にその手に持つ長槍が、一直線に透の腹部に当たる。

激痛が迸りながらも透は冷静だった。ゲートナイトの長槍を使った突進からの振り払い。その威力を利用し、宙へと躍り出る。

マントが翻りながらもゲートナイトの眼前に躍り出る。

 

空中で体を折り曲げ、マントを帆のように広げる。風圧で速度を殺しつつ、ゲートナイトの頭頂へ剣を振り下ろす。

 

「——喰らえ」

 

黒曜石の装甲が重い金属音を上げて火花を散らす。だが、斬り込んだ手応えは浅い。ゲートナイトは長槍の柄を頭上で架け、受け流したのだ。巨大な躯に不相応な、精妙な技術。

 

「……グガアアアッ」

 

兜の奥で何かが唸る。それが笑いなのか怒りなのか、複眼越しには判別できない。ただ、殺意が濃度を増したことだけは確かだ。

 

着地と同時に槍の穂先が地を抉って追撃してくる。回避——いや、後退は迷いを生む。前だ。

 

踏み込みざまに体を沈め、槍の軌道の下を潜り抜ける。装甲の肩が地面を擦り、青白い火花を噴く。すぐ上を巨大な槍身が通過した振動が伝わる。避けただけでは終わらない。俺は槍の根元に左手を添え、逆手で引っぱたきながら体重を乗せた。均衡が崩れる。ゲートナイトの巨体がよろめいた。

 

今だ。右手のシジルゼッターを正位置に戻し、中段へ構え直す。

 

「ハッ!」

 

息と共に刃を水平に突き出す。槍の内側——鎧の左脇腹へと突き刺す狙い。しかしギリギリで間に合わない。ゲートナイトの脚が鞭のように振り上がり、俺の肩甲骨へ叩きつけられた。衝撃で装甲が軋む。ダメージは内部にも響く——だが痛みは慣れている。

 

飛ばされる。背後にあった雑居ビルの外壁に叩きつけられた。

 

「ぐぅ……っ!」

 

外壁が蜘蛛の巣状に粉砕され、崩れたレンガ片とホコリが噴き上がる。

だが、ゲートナイトがこちらに向けて、真っ直ぐと剣を穿つ。

それをシジルゼッターで、動きを逸らす。

同時に左手は、左腰にある龍の頭を思わせる装置のスイッチを押す。空中で体を折り曲げ、マントを帆のように広げる。風圧で速度を殺しつつ、ゲートナイトの頭頂へ剣を振り下ろす。

 

「——喰らえ」

 

黒曜石の装甲が重い金属音を上げて火花を散らす。だが、斬り込んだ手応えは浅い。ゲートナイトは長槍の柄を頭上で架け、受け流したのだ。巨大な躯に不相応な、精妙な技術。

 

「……グガアアアッ」

 

兜の奥で何かが唸る。それが笑いなのか怒りなのか、複眼越しには判別できない。ただ、殺意が濃度を増したことだけは確かだ。

 

着地と同時に槍の穂先が地を抉って追撃してくる。回避——いや、後退は迷いを生む。前だ。

 

踏み込みざまに体を沈め、槍の軌道の下を潜り抜ける。装甲の肩が地面を擦り、青白い火花を噴く。すぐ上を巨大な槍身が通過した振動が伝わる。避けただけでは終わらない。俺は槍の根元に左手を添え、逆手で引っぱたきながら体重を乗せた。均衡が崩れる。ゲートナイトの巨体がよろめいた。

 

今だ。右手のシジルゼッターを正位置に戻し、中段へ構え直す。

 

「ハッ!」

 

息と共に刃を水平に突き出す。槍の内側——鎧の左脇腹へと突き刺す狙い。しかしギリギリで間に合わない。ゲートナイトの脚が鞭のように振り上がり、俺の肩甲骨へ叩きつけられた。衝撃で装甲が軋む。ダメージは内部にも響く——だが痛みは慣れている。

 

飛ばされる。背後にあった雑居ビルの外壁に叩きつけられた。

 

「ぐぅ……っ!」

 

外壁が蜘蛛の巣状に粉砕され、崩れたレンガ片とホコリが噴き上がる。

だが、ゲートナイトがこちらに向けて、真っ直ぐと剣を穿つ。

それをシジルゼッターで、動きを逸らす。

同時に左手は、左腰にある龍の頭を思わせる装置、ドラゴンマズルのスイッチを押す。

左手の指が、ドラゴンマズルのスイッチへ沈んだ。

 

瞬間、腰の装置が咆哮を上げた。竜の肺活量を思わせる、重低音の共鳴。内部で何かが覚醒している。過去に幾度となく握った剣の記憶、幾度となく踏みしめた異世界の大地、幾度となく見送った仲間の死——全てが熱量として変換され、今この一撃に集約されようとしていた。

 

『マズル・チャージ!』

 

ドライバーの音声が告げる。同時に左足の装甲に刻まれた竜の紋章が、内側から朱に発光し始める。脈動する。心臓の鼓動よりも速く、より激しく。

 

『ドラゴン・ブースト!』

 

熱だ。装甲の継ぎ目から白い蒸気が噴き出す。関節の可動域が拡張され、筋繊維のような人工筋が強張る。これは強化——否、倍化だ。身体能力を、代償を支払う覚悟と引き換えに。

 

ゲートナイトが察した。巨体を後退させ、槍を構え直す。だが遅い。もう、決めている。こちらも後には引けない。

 

足を大地に沈ませる。爪先から踵まで均等に力を預け、膝を九十度に畳む。マントが地面を舐める。この姿勢は跳躍の準備ではなく——拳銃のトリガーを引くのと同じ意味合いだ。

 

「……終わりにする」

 

呟きとともに前傾姿勢をさらに深める。

 

『フィニッシュ・リード!』

 

装甲全体が共振する。背中のマントが逆立ち、夜空を焼き尽くす劫火のごとく紅蓮に染まった。足裏から地面へ電流が走り、アスファルトが裂ける。熱が脚へ凝縮していく——

 

そして跳ぶ。

 

低空跳躍。腰を地面と平行に保ち、膝を軸にして旋回する。一拍遅れてゲートナイトの槍が突き出される——が、既にターゲットは空中に移動していた。槍は空を切る。

 

『レリック・ライダーキック!』

 

竜の咆哮が音声コードと重なった。右足の刻印が全開放される。装甲表面を赤黒い炎が舐め走り、その揺らめきの中で巨大な竜の幻影が結像する。

 

燃え盛る尾を曳き、天空から降臨する巨龍の如く——

 

脚がゲートナイトの胸板へ直角に叩き込まれた。

 

衝突。

 

轟音。

 

黒曜石の装甲がひび割れ、亀裂を境に蒼白い燐光が爆ぜた。内部で何かが崩落する鈍い震動。装甲片と共に溶解液のような粘膜が飛び散る。ゲートナイトは槍を保持したまま後退できず、ただその場で静止する他ない。

 

『ファンタジー・ドラゴン!』

 

フィニッシュの宣告とともに、キックの余波が波紋のように広がった。ビルの外壁が粉砕され、路面に直径数メートルの陥没痕を残す。衝撃波は周囲のミニオンを吹き飛ばし、塵芥と化したそれらが陽炎のように霧散する。

 

ゲートナイトはなおも立ち続けた。しかし——生命反応は消失していた。核を穿たれたのだ。装甲が崩れ始める。肩、腿、胸……順番に光の粒子となり分解されていく。巨大な骸が瓦解するさまは壮麗でさえあり、葬儀の聖歌が耳朶に染み込む。

 

やがて静寂。

 

足を地に下ろす。キックの反作用で関節が悲鳴を上げる。消耗は甚大だ。だが戦闘可能なラインは超えていない。装甲内部で冷却サイクルが始まる。熱を排出しながら自己修復プロセスが進行している。

 

ゆっくりと辺りを見渡す。敵の群れは完全に霧散していた。ゲートナイトも消失し、残滓を示す青白い泡がいくつか漂うばかりだ。

 

「終わった……のか」

 

三枝の声。放心したような響き。

 

だが俺はまだ腑に落ちていない。

 

「朔也」

 

名を呼ぶと、遠くで眼鏡の男が微かに肩を震わせた。

 

「…お前も、異世界転移者だったのか」

 

「そういう、お前もなんだな」

 

そう、互いに睨み合う。

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