仮面ライダートラヴァース   作:ボルメテウスさん

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探偵と吸血鬼

 床を薙ぐ音がした瞬間、嫌な確信が胸の奥で形を持った。

 ナギナタの軌道は大振りに見えるのに、踏み込みの“起点”だけを削ってくる。偶然じゃない。あの霧、視界を隠すためだけじゃなくて、足場の錯覚を作ってるな。

 

 ワンズの踏み込みが空を切る。

 衝撃が生まれる前に、長柄が横から叩きつけられた。

 

 鈍い音。赤い座席が波のように揺れ、身体がスクリーン側へ吹き飛ぶ。

 

 ……なるほど、そう来るか。

 

 カーミラは静かに着地した。

 けど完全に安定してない。着地の瞬間、右膝がわずかに沈んだ。霧は濃いのに、血の糸だけが微妙に遅れている。

 

 視線を落とす。

 俺のシジルドライバーに張り付いていた赤い膜が、ゆっくりと裂けた。金属音が小さく響く。

 

 拘束の優先順位が変わったな。

 つまり――操作の余裕が減ってる。

 

「……オーケー、盤面更新っと。じゃ、ここから反撃ね」

 

 軽口みたいに呟きながら、ワールドシールを差し込む。

 映画館の空気が、わずかに揺れた。スクリーンの白が霧に滲んで、光の輪郭が歪む。

 

『シール・セット!ホラー!ワールド・リード…オーケー』

 

 乾いた電子音が、映画館の闇に沈んでいく。

 腰のバックルが一度だけ震え、腹の奥へ冷たいものが落ちた気がした。皮膚の上じゃない。もっと内側、呼吸の裏側に触れてくる感触だ。

 

 スクリーンの白が、わずかに遅れて揺れる。

 影が先に動いた。足はまだ床に置いたままなのに、俺の影だけが通路へ一歩進み、座席の背もたれを撫でるように伸びていく。光源の都合じゃ説明できないズレ。そういう“説明の外”に置かれた違和感が、ホラーの合図だった。

 

 電子音が響いた瞬間、カーミラの視線がこちらに向いた。

 甘さの奥で、刃物みたいに冷える目。

 

 俺は息をひとつ整え、短く言う。

 

「変身」

 

『シジル・コンパイル!ホラーフォーム!アーマー・メイク! レリック・リンク! エンチャント・オン!』

 

 音声が走るたび、空気の“厚み”が変わる。

 背中にフードが落ちる感触は同じなのに、今回は重さが違った。布じゃない。影が布に似た形を取って、肩に乗ってくる。

 

 胸から腹にかけて装甲が組み上がる。

 金属音は確かに鳴っているのに、遅れて聞こえる。先に形が出来て、あとから音が追いかけてくるみたいだ。視界の端で、装甲の縁が一拍遅れて輪郭を結ぶ。目の発光も、点いてから“点いたこと”が理解できるまでに間がある。

 

 マスクのドラゴン意匠は残っている。

 ただ、口元の線が細く、骨格を思わせる角度に引き締まる。眼孔は狭く、光は真っ直ぐじゃない。薄く尾を引き、スクリーンの白を舐めるように滲んだ。

 

 足元で、影がもう一度だけ先に歩いた。

 その影が、俺の手元へ“鎌の柄”を引っ掛けてくる。

 

 握っていたシジルゲッターが、静かに変形した。

 ジョイントが鳴る。刃が伸びる。だが伸び方が妙に静かだ。鋭さが音に出ない。金属のはずなのに、霧のように分解され、次の瞬間には一本の刃として再構成されている。サイズモード。死神の鎌みたいな輪郭が、スクリーンの光に黒く抜けた。

 

 刃を軽く振る。

 何も切れた感触はない。空を斬っただけ。なのに、背後で座席の布が遅れて裂け、糸くずが舞う。原因と結果が、ほんの少しだけ離れている。目で追った瞬間に、もう“手遅れ”になっているタイプの武器だ。

 

 カーミラの霧が揺れた。

 血の糸が床を這い、俺の影へ絡みつこうと伸びる。けれど、その糸先が一瞬だけ迷った。影の輪郭が二重に見える。どっちが本物か、判断が遅れる。

 

 俺は鎌を肩に担ぎ、飄々と口角だけ上げた。

 

「さて、迷宮入りにさせてやるか」

 

 甘い声が落ちる。

 

「大丈夫、大丈夫……あなたは、ちゃんと守ってあげるから」

 

 優しい響きの裏で、呼吸が一拍遅れる。

 血の霧が揺れた。拘束の輪郭が曖昧になる。

 

 座席の影で、ワンズが立ち上がる。装甲の擦れる音。

 足元が崩れたはずなのに、立ち位置は正確だ。距離十メートル。あの人の間合いを守ってる。

 

「……問題ない。想定内だ。……時間は稼いだ」

 

 低い声。

 それだけで状況が整理されるのが、ちょっと面白い。

 

 霧の流れを観察する。

 スクリーン側だけ密度が薄い。投影光が干渉してるのか? なら――出口はあっちだな。

 

 ナギナタが持ち上がる。

 でも一歩遅い。さっきまでの速度がない。

 

 ドライバーが赤く光り始める。霧が後退し、床の模様が浮かび上がった。通路の段差、座席列、非常口までの最短ルートが頭の中で線になる。

 

「……盤面が変わった。今からは二対一だ」

 

 ワンズの声。

 無駄がないな、本当。

 

「初対面で悪いけど、背中借りるわ。あとで自己紹介な」

 

 肩越しに刃の角度を確認しながら軽く返す。

 正面からぶつかる必要はない。霧は揺れてる。つまり――読み合いはもう始まってる。

 

「ねえ……逃げないで」

 

 甘い声が近づく。

 けど、その歩幅はさっきより短い。血の糸が足元で絡む。

 

 光が強くなる。

 スクリーンの白が霧を押し返し、影が三つ、一直線に並んだ。

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