霧が揺れた。
スクリーンの白を背に、カーミラがゆっくりとナギナタを構え直す。甘い笑みのままなのに、視線だけが鋭く俺とワンズを往復していた。
「ねえ……二人とも、そんなに急がなくてもいいのに」
声に合わせて、血の糸が床を這う。
影が一本、遅れて動いた。サイズを横に振ると、刃は空を切っただけ――なのに、数秒後に座席の背もたれが裂ける。遅延斬撃。ホラーの翻訳がちゃんと働いてる。
カーミラが一歩踏み込む。
甘い仕草のまま、刃だけが冷たい軌道で迫ってきた。
――速い。
受け止めず、半歩だけ横へ。
同時に、ワンズが床を踏み抜く。空間が歪み、ナギナタの軌道がわずかにずれる。
「……そこ、外れる」
短い声。
次の瞬間、俺の影だけが先に前へ跳んだ。影がサイズを振り抜き、本体は遅れて追従する。
金属音。
刃同士が擦れ、火花が霧の中で瞬いた。
「ふふ……息、合ってるね」
カーミラが笑う。
だけど血の操作が細かく揺れている。蹴りを入れようとした瞬間、霧が濃くなり、視界が歪んだ。
――わざとだな。
幻みたいに増えた残像の中から、ワンズが一直線に踏み込む。距離は十メートル以内。ナギナタの柄を踏み台にするような角度で、位置を固定した。
「……逃げ場、削った」
「助かる」
軽く返して、サイズを縦に落とす。
空振りに見えた斬撃が、遅れてカーミラの背後で弾けた。振り返る動きがほんの一拍遅れる。
その隙に、ワンズが蹴りを入れる。
直線的で無駄のない一撃。だけど決定打にはならない。
カーミラは笑ったまま後退し、空中で回転する。
「あなた達……ちょっと、嫌いじゃないかも」
甘い声。
次の瞬間、血の糸が爆ぜ、鳥籠の形に変わった。
視界が歪む。影が増える。
――いや、増えたんじゃない。
俺のホラーの影と、カーミラの霧が干渉してる。
「ワンズ、三歩右」
「……了解」
短い返事。
歪曲が走り、鳥籠の一角だけが折り畳まれる。
そこへ踏み込む。
影が先に刃を振り、俺は遅れて蹴りを叩き込んだ。カーミラのナギナタが弾かれ、火花が散る。
息が荒い。
それでも、まだ笑ってる。
「ねえ……逃げないで」
距離ゼロ。
甘い囁きと同時に血の糸が腕に絡みつく。けど、次の瞬間ワンズが踏み込み、糸の起点を蹴り崩した。
拘束が緩む。
俺はサイズを逆手に持ち替え、低く構えた。
――ここだ。
ドライバーを叩く。
『マズル・チャージ!ドラゴン・ブースト!レリック・ライダーキック!』
影が先に跳び、ワンズの歪曲が退路を閉じる。
避けたはずの位置で、蹴りが直撃した。
衝撃。霧が裂ける。
倒れきらないカーミラの前で、ワンズが静かに立つ。
「……次で終わる」
「了解、じゃあ派手に行くわ」
サイズを振り上げ、もう一度ドライバーを叩いた。
『マズル・チャージ!フラグメント・ドライブ!エルダー・スマッシュ!』
影が砕け、床が沈む。
遅れて衝撃が爆ぜ、鳥籠が内側から崩壊した。
ナギナタが落ちる音。
甘い笑みが、ほんの少しだけ揺らいだ。