カーミラは静かに立っている。呼吸は浅く、けれど視線だけは揺れない。フードの奥で、透は肩の力を抜いた。
「なぁ、一目惚れって言ったけど、俺はお前が思っているような大した人間じゃねぇぞ」
軽口のつもりで言ったはずなのに、声は少し低く落ちた。
カーミラは首を傾け、霧の中で小さく笑う。
「……君はそう思っているようだけどさ、私には全然違うよ」
ゆっくりと一歩近づく。足音はほとんどしない。
スクリーンの白が背中を照らし、影だけが遅れて伸びた。
「何を言っていやがるんだ」
サイズを下ろしたまま、視線だけで追う。
距離はもう戦闘のそれじゃない。なのに、妙に警戒が抜けない。
「ふふっ、だってさ。君に出会った時に分かったんだ。君は私の運命の人だって」
甘い声。けれど目は笑っていない。
透は小さく息を吐き、肩をすくめた。
「運命って……」
「だって、そうだよ。この世界で君に会った時から」
言葉が落ちた瞬間、空気が揺れた。
――速い。
視界の端で、身体が消える。
思わず振り向く。けれど、もう数メートル先に立っていた。霧の残滓だけが遅れて流れる。
普通の人間の動きじゃない。
それでも、カーミラは振り返ったまま笑っている。
「今日はここまで。……恋人、またね」
ナギナタを拾う気配もなく、軽く後ろへ跳ぶ。
霧が渦を巻き、スクリーンの光が歪む。次の瞬間には、もう影しか残っていなかった。
静けさだけが戻る。
……やれやれ。
サイズを肩に担ぎ直し、透はゆっくり息を吐いた。
戦いは終わったはずなのに、胸の奥だけが落ち着かない。甘い声が、まだ耳に残っている。
霧が完全に晴れたころ、映画館の静けさがようやく戻ってきた。
割れた座席の隙間を見下ろしながら、透はフードを少しだけ直す。影が一拍遅れて動き、足元へ戻ってくるのが分かった。
隣ではワンズが黙ったまま立っていた。
視線はまだ出口側を警戒している。
「本当にとんでもない事件に巻き込まれたな」
軽く肩をすくめて言うと、ワンズはわずかに視線だけ動かした。
「……巻き込んでしまって、悪かったな。そう言えば、あんたは」
短く区切られた声。
透は小さく笑い、サイズモードを元の形へ戻しながら口を開く。
「俺は阿慈布 有流。探偵だ」
名乗りはあっさりしていた。
透は一瞬だけ目を細める。
「探偵って……もしかして――」
言葉を続けようとした瞬間、遠くから足音が響いた。
「おぉい! 無事かー!」
聞き慣れた声。
振り向けば、三枝が息を切らしながら駆け込んでくる。その後ろで久遠寺がゆっくりと歩いていた。
「三枝に久遠寺が依頼したのは……」
透が視線で尋ねると、ワンズは小さく頷く。
「そうだよぉ、本当に。助かったよ、透!」
三枝が肩を叩いてくる。
その横で、久遠寺は周囲の壊れた座席を観察しながら静かに言った。
「……だが、無事のようだったな」
落ち着いた声。
ようやく戦闘が終わった実感が、遅れて胸の奥へ落ちてくる。
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