槍衾が、静かに迫ってくる。
金属の擦れる音。揃い過ぎた足音。
エコー・ミニオン・戦国は叫びもせず、ただ一定の間隔を保ったまま歩幅を詰めてくる。一本ずつの動きは遅いのに、列になると逃げ道が消えていく。
「……数、減らしても意味ねぇな」
透は短く息を吐いた。ファンタジーフォームの刃が一体を弾き飛ばす。だが空いた隙間に、別の槍がすぐ滑り込む。
正面から崩すほど、隊列が厚くなる。
背後の商店のシャッターに刃が当たり、鈍い音が響く。逃げ場が削られていくのが分かった。
「揃いすぎだろ……」
冗談めいた声で呟くが、目は笑っていない。
足を止めれば終わる。けれど、どう崩せばいいのかが見えない。
槍先が揺れた。
次の一歩で包囲が閉じる。
透は舌打ちして、腰のドライバーへ手を伸ばした。
「……仕方ねぇ。読むか」
シールを装填する。
『シール・セット! ミステリー!』
電子音が低く鳴った瞬間、世界の輪郭が変わる。
色が薄れ、音が遠ざかる。代わりに、細い糸のような線が視界に走った。
隊列の間に、わずかな“空白”が浮かぶ。
誰も指示していないのに、列の流れを決めている影。中核の個体。
「……お前か」
透は小さく笑う。
『トランス・スタート! シジル・コンパイル! ミステリー・フォーム!』
フードが揺れ、手の中のシジルゲッターが細く展開する。
刃ではなく、糸。
指先から解き放たれた細い光の糸が、看板の柱へ絡みついた。
ミニオンの足並みが揃う瞬間を待つ。
透は一歩、わざと退いた。
「ほら、来いよ」
槍が同時に踏み込む。
その瞬間、糸を引く。
看板がわずかに傾き、先頭の一体が踏み外す。
後列が押し寄せ、陣形が崩れた。まるでドミノが倒れるように、槍の列が斜めに流れる。
透は滑るように横へ移動し、次の糸を街灯へ走らせた。
「力で押してくるならさ――」
視界の中で、未来線が何本も重なる。
一番細い線だけを選ぶ。
「崩れる場所、決めときゃいいんだろ」
糸が張られ、二体目の足が絡む。
合図役が一瞬だけ遅れた。
隊列が、止まる。
透は低く構え直した。
戦場が、ようやく“読める形”に変わった。
張り巡らされた糸が、静かに震えた。
透の視界には、色の薄れた街並みと、細い線の流れだけが残っている。足音、槍の角度、肩の向き。ばらばらに見えていた動きが、一本の線に収束していく。
「……そこ、遅れる」
小さく呟き、指先を弾く。糸が看板の縁を滑り、次の瞬間、前列の一体がわずかに足を取られた。後ろから押し込んできた個体が重なり、隊列に歪みが走る。
逃げ道を削っていた槍衾が、ほんの少しだけ隙を見せた。
透は踏み込み、糸を交差させる。
街灯からベンチへ、ベンチから地面へ。見えない導線が張られ、動線が塗り替えられていく。
一本、また一本。
槍の先が交差し、ミニオン同士がぶつかる。
力で倒したわけじゃない。
ただ、位置を少しだけ変えただけだ。
「揃いすぎなんだよ、お前ら」
軽口を残し、糸を引く。
連鎖するように足並みが崩れ、包囲の円が歪んだ。さっきまで逃げ場を塞いでいた陣形が、逆に互いの動きを邪魔し始める。
情報が整理される。
中核の個体。合図役。列の継ぎ目。
視界の中で細い線が収束し、透はそこへ糸を滑り込ませた。
――解体。
隊列が崩れ、槍が斜めに倒れ込む。
通行人が押し戻されていた空間に、わずかな余白が生まれた。
透は息を吐く。
勝った、とは思わない。そんな軽い空気じゃない。
ミニオン達は倒れない。
崩れた陣形のまま、ゆっくりと後退する。
「……逃げねぇ?」
違和感が走った。
普通なら、隊列を壊された時点で散るはずだ。
なのに、彼らは一定の距離を保ったまま動きを止める。槍を下げもしない。ただ、円の外側を空けていく。
待っている。
誰かを。
あるいは、何かを。
透は糸を緩めたまま、周囲を見渡す。
風が鳴る。布が擦れる音。どこかで旗が揺れたような気がした。
視界の線が、一本だけ遠くへ伸びている。
その先で、空気がわずかに歪んだ。