空気が、わずかに沈んだ。
崩れたはずの隊列の向こうで、地面が低く軋む。
ミニオン達が一歩だけ退き、円を開けた。その中央に、ゆっくりと影が立つ。
武将を思わせる重厚な甲冑。肩当ては刃のように反り、腰には古い旗印を思わせる布が揺れている。胸部――刻印核が、家紋のような紋様を描きながら淡く光った。
「……お出ましかよ」
透は糸を張ったまま、視線を細める。
ミステリーフォームの視界に浮かぶ線が、一瞬だけ乱れた。
ゲートナイト・戦国。
無言のまま一歩踏み込む。
その動きに合わせて、周囲のミニオンが盾のように前へ出た。
透が糸を引く。
だが、先ほどのように陣形は崩れない。糸が触れた個体が、わざと体勢を崩して衝撃を吸収する。後列が押し返し、中央の騎士へ届く前に動線が塞がれた。
「……分かってやってんのか、これ」
軽口を叩きながらも、足運びは慎重になる。
線が見える。けれど、核心へ伸びる道だけが不自然に途切れている。
ゲートナイトが槍を持ち上げた。
鈍い風切り音。
受け止めた糸が震え、透の腕がわずかに引かれる。
「っ……重っ」
衝撃が遅れて走る。
受け流したはずの一撃が、地面を削り、看板の脚を揺らした。
反撃が速い。
糸を張り替える隙を読んだように、槍の軌道が変わる。防御ではなく、透の“次の位置”を潰す動き。
ミニオンが横から押し寄せる。
盾となるように身体を重ね、中央の甲冑へ続く道を閉じる。
「……そこ、通してくれねぇのな」
苦笑し、透は一歩引く。
糸を街灯へ掛け替え、角度を変える。線が揺れ、刻印核の光が一瞬だけ露出する。
だが、その瞬間。
ゲートナイトの足が止まり、盾役のミニオンが一斉に前へ滑り込んだ。
槍が交差する。
透の糸が弾かれ、刃先がわずかに肩口を掠めた。
「……やるじゃねぇか」
冗談めいた声。けれど呼吸は浅い。
ミステリーの視界でも、読み切れない“間”がある。
ゲートナイトは言葉を発しない。
ただ、ゆっくりと槍を構え直した。家紋の光が、脈打つように強まる。
包囲が再び閉じ始める。
透は糸を巻き取りながら、足元の位置を測る。
勝ち筋は見えている。だが、届かない。
「……なら、もう一段崩すしかねぇか」
低く呟き、姿勢を落とした。
槍先が鳴った。
受けに回ったゲートナイトの甲冑が、ぎしりと音を立てる。透の糸は弾かれ、空中で頼りなく揺れたまま戻ってこない。
「……っ、やっぱ硬ぇな」
軽口で包む。けれど足元はきっちり引き締める。
次の一手に移ろうとした瞬間――鼻先を、金属が焼ける匂いが掠めた。
焦げたような、熱い空気。
商店街の風が一瞬だけ赤く見える。
「おお、いいじゃねぇか。ほんとに“出てる”なぁ」
声が落ちてきた。
振り向く間もなく、重い足音が一つ。
人波の向こうから、太いシルエットが割って入ってくる。茶色の装甲に赤い差し色。ゴーグル越しの目が、透ではなく――ベルトと敵の刻印核へまっすぐ刺さっていた。
「誰だ、お前……!」
透が身構える。糸を引き直そうとして、肩が止まった。
その男は、肩で笑う。
「俺は土村賢造。研究者だ。……ま、堅い言い方はどうでもいい」
豪快な口調。面倒見の良さを感じるのに、目は笑っていない。
熱っぽい視線だけが装置を舐め回す。
「そのドライバー、翻訳してるんだろ? 世界の概念を。――いやぁ、たまらん」
「たまらんって……今それどころじゃねぇだろ」
透が言い終える前に、土村はゲートナイトへ一歩踏み込んだ。
間合いの入り方が雑なのに、迷いがない。
「それどころだ。こういう“生”のデータは逃すと二度と取れねぇ」
腰の装置が唸る。
『シール・セット! スチーム!』
蒸気の吐き出す音が、短く喉を鳴らした。
『トランス・スタート! シジル・コンパイル! スチーム・フォーム!』
装甲の隙間から熱気が滲む。ゴーグルの奥がわずかに揺らぎ、空気が歪んだ。
土村はシジルゲッターをハンマーの形に誘導変形させる。握った瞬間、柄が重く沈んだ。
「ほら来い、武将さん。中身、見せてくれよ」
挑発の声。
ゲートナイトが槍を振る。受け反撃の軌道――硬い線が走る。
土村は逃げない。
肩で受けるように一歩踏み込み、装甲が擦れて火花が散った。次の瞬間、ハンマーが横から叩き込まれる。
――重い。
鈍い衝撃が地面を揺らし、ミニオンが盾になっていた列が崩れた。
透の糸が一瞬だけ“通る道”を見つける。
「……っ、やりやがる」
言葉が漏れる。驚きより先に、まず状況を測る。
土村はゲートナイトを見ている――いや、見ているのは刻印核の光り方、甲冑の継ぎ目、槍の可動域だ。
「なぁ、あんた……こいつ倒しに来たんじゃないのか?」
透が問いかけると、土村は笑いながら肩をすくめた。
「倒せりゃ早い。けど俺が欲しいのは“構造”だ。どう動いて、どこが強くて、どこで破綻するか。……見てぇだろ?」
「……見たくねぇよ、普通は」
「普通じゃねぇのが、ここに集まってんだろ」
あっけらかんと言い放つ。
そのくせ、ミニオンの槍が通行人の方へ向きかけた瞬間、土村が舌打ちした。
「おい、そっちは駄目だ。危ねぇだろ」
低い声。
ハンマーを振り抜き、槍を叩き落とす。乱暴なのに、守りだけは迷わない。
戦場が、さらにうるさくなる。
ゲートナイトが槍を構え直し、ミニオンが再び盾の壁を作ろうとする。そこへ土村の熱が割り込む。
蒸気が噴き、金属が鳴き、糸が震える。
透は息を吸い直した。
乱入者は厄介だ。だが、今だけは――使える。
「……よし。好きに暴れてくれ。俺は“通す”」
透が糸を張り直す。
土村が豪快に笑った。
「いいねぇ! そうこなくちゃよ!」
戦況を面白がる声が、商店街に響いた。
蒸気が噴き上がり、糸が震えた。
ドヴェルグのハンマーが地面を抉る。
重い衝撃が隊列を押し広げ、その隙間へ透の糸が滑り込む。線が一斉に収束し、ミニオンの盾が一瞬だけ遅れた。
「……そこだろ」
透が低く呟く。
視界の中で、家紋の光が揺らいだ。
刻印核が露出する。
ゲートナイトが槍を振り上げた瞬間、ドヴェルグが横から叩き込んだ。
「逃がすかよ!」
赤熱したハンマーが甲冑を押し込み、わずかな歪みを生む。
透は迷わない。糸を引き絞り、身体を低く滑らせる。
ナギナタでも剣でもない。
今は、線の先にある一点だけを見る。
踏み込む。
刻印核へ、掌底を叩き込んだ。
乾いた音が、戦場に響く。
家紋の光が割れ、ゲートナイトの身体が大きく揺れた。
次の瞬間、甲冑が崩れ落ちるように砕け、光の粒が宙へ舞い上がる。
残ったのは、一枚のシール。
淡い光を帯びたそれが、ゆっくりと透の手元へ落ちてくる。
戦国の紋様が、静かに脈打った。
「……これが」
小さく息を吐く。
指先で掴むと、わずかな熱が伝わった。
周囲のミニオンが一斉に動きを止める。
槍を下げるでもなく、ただ霧のように薄れていく。
静けさが戻った。
その背後で、ドヴェルグが肩を回す。装甲から立ち上る蒸気がゆっくりと冷えていく。
「ははっ……いいねぇ。いやぁ、いいデータだ」
豪快な笑い声。
けれど視線は、透の手にある戦国シールとドライバーを行き来している。
「……取らねぇのか?」
透が半歩引きながら問う。
ドヴェルグは首を横に振った。
「いらねぇよ、今はな。俺は集める側じゃねぇ。見てぇだけだ」
言葉は軽い。だが目の奥は、すでに次の戦いを測っている。
「けど、お前さんと戦えば、良いデータを得られそうだ」
「マジか」