蒸気が、喉の奥にまとわりつく。
ハンマーが振り上がるたび、空気の密度が変わる。熱で揺らぐ景色の向こう、ドヴェルグのゴーグルが鈍く光った。視線は透の顔じゃない。肩の角度、握りの位置、刃の返し――動きの癖を拾っている。
透はナギナタを立てた。柄を握る指に力を込めすぎない。戦国の装甲が肩を広げ、重心が自然に落ちる。足裏で舗装の小石を踏み潰す感触が分かる。重いのに、足が逃げない。
「来いよ」
声は軽い。胸の内は静かだった。
ドヴェルグが一歩踏み込む。地面が沈む。
その踏み込みだけで、正面の圧が増す。ハンマーの影が覆い被さってくる。
透は先に動いた。ナギナタの切先を突き出し、間合いの線を引く。槍の理屈だ。届く距離で触れて、相手の勢いを削る。
――だが、削れない。
ハンマーが横から叩き落ちる。
刃先が弾かれ、柄が軋む。金属同士の悲鳴が一拍遅れて胸を叩いた。
透は歯を噛みしめた。手首が持っていかれる。肩が跳ねる。
それでも足を引かない。引けば、距離が死ぬ。
「重ぇな」
「それが仕事だ」
ドヴェルグの返事は短い。言葉の余熱が残る間に、次の一撃が来る。
透は刃を滑らせ、衝撃を外へ流す。
斜め。ほんの少し角度を変えるだけで、骨を折らずに済む。柄の芯を潰されない位置を守る。
ハンマーが地面へ落ちる。
舗装が砕け、砂が跳ね、近くの看板が揺れた。
衝撃波が足首を撫で、戦国の装甲がざらりと鳴る。
透は砂埃の中から踏み込む。迷いなく。
ナギナタを横薙ぎ。柄のしなりを使い、刃を遅らせる。
ドヴェルグの胴へ――届く。
装甲に当たった瞬間、鈍い音が腹へ響いた。
だが倒れない。重い体が踏み止まる。踏み止まったまま、返ってくる。
ハンマーが振り上がる。
透は半歩踏み込み、柄で押す。距離を殺す。
近い。互いの息が混ざる距離。
柄と柄が絡み、押し合いになる。
透の腕に圧が乗る。肩の装甲が鳴り、背中へ熱が回る。
ドヴェルグの装甲から滲んだ熱が、空気を焦がしている。
「……溶けるぞ」
ドヴェルグが低く言う。脅しではない。観測結果の報告みたいな声だった。
「溶ける前に、押し返す」
透は口角だけ上げた。
視線はゴーグルの奥を捉えたまま、足の位置を変える。踵を少し外へ。重心を落とす。肩で受ける準備。
ドヴェルグが体重を預けてくる。
ハンマーの柄越しに、筋肉の圧が伝わる。太い。強い。だが、荒くない。
面倒見の良さが、戦い方に出るタイプだ。雑に見えて、芯を外さない。
透は一瞬だけ、旗の布が擦れる音を聞いた気がした。
幻じゃない。戦国の装甲のどこかで布が揺れた。乾いた音が耳の奥を叩く。
押し合いがほどける。
ドヴェルグが引く。引いた分だけ、次の打撃が速くなる。
ハンマーが赤熱する。
熱が増すほど、音が消える。代わりに、皮膚の上に薄い膜が張るみたいに空気が重くなる。
透は刃を引かない。
正面から受ける。
衝突。
爆ぜるような音が遅れて来た。
ナギナタの刃が白く光り、火花が散る。戦国の装甲が揺れ、足が沈み、地面に細い亀裂が走った。
握りが甘くなれば持っていかれる。
透は指を締め、柄の中心を守る。肩が痛む。腕の奥が痺れる。
それでも、まだ立っている。
ドヴェルグが笑った。声は大きくない。歯の奥で鳴るような笑い。
「いいな、それだ」
「……誉め言葉として受け取っとく」
透は息を吐き、刃を返す。
柄尻で押し返し、刃先を弧の外へ逃がす。受けて返す、戦国の理屈。
刃が再び走り、今度は肩口を狙う。武将の鎧を切る角度。外側から削る。
ドヴェルグはハンマーで受ける。
受けたまま踏み込む。距離を潰しに来る。捕まえて潰す筋だ。
透は下がらない。下がる代わりに、回す。
ナギナタを半回転させ、刃ではなく柄でぶつける。木でも鉄でもない、シジルの硬い芯が鈍い音を立てる。
相手の腕が一瞬だけ浮く。
その隙に、刃が喉元へ走る――行かない。止める。
ドヴェルグは受けるだけじゃなく、そこを読んでいる。
「今の、迷ったな」
ドヴェルグがぼそりと落とす。
観測者の声。透の迷いを“データ”として拾った声。
「迷ってねぇよ」
透は軽く返し、視線を逸らさない。
嘘でも強がりでもない。相手の言葉に乗っただけだ。
再び、正面。
刃とハンマーがぶつかる。
一撃目で地面が震える。
二撃目で腕が痺れる。
三撃目で呼吸が細くなる。
それでも、足は揃っている。
透は足裏の摩擦で位置を測る。相手の踏み込みに合わせ、半歩だけ斜めへ。
真正面の重さを、ほんの少し横へ逃がす。逃がした分を、リーチで返す。
ナギナタの刃が、ドヴェルグの装甲を削った。
薄い傷が走り、そこから蒸気が濃くなる。
「……熱、上がってるな」
透が呟くと、ドヴェルグは肩で笑った。
「上げなきゃ意味ねぇ。だが――」
言葉の途中で、ゴーグルが曇る。
ドヴェルグ自身が気づかないふりをする。透は見逃さない。
熱が強いほど、タイムリミットが近い。
ただ、待つだけじゃ勝てない。待っている間に潰される。
透は刃を立てた。
旗が小さく鳴る。乾いた音が背中を押す。
「……正面で、決める」
ドヴェルグが頷いた。
まるで実験の条件が揃ったみたいな顔で、ハンマーを構え直す。
重い一合が、さらに深くなる。
火花の間に、静けさが落ちる。
次の一撃で、どちらかの足が崩れる――そんな予感だけが、地面に貼りついていた。