今日の陽射しは、目の奥に残るほど白かった。
改札を抜けた瞬間、揚げ油の匂いが熱を帯びた空気と一緒に流れ込み、学生たちの笑い声が駅前の広場に弾むように広がっていく。
いつも見慣れたはずの景色なのに、輪郭だけがわずかに浮いている。
隣を歩く三枝の足取りが、いつもより半拍遅れて揃う。
「なあ」
声をかけられ、振り向くまでのほんのわずかな間に、自分の思考がどこか別の場所へ滑りかけていたのを自覚する。
表情を整え、肩の力を抜いたまま応じる。
「ん?」
三枝は目を逸らさず、こちらの顔を覗き込むようにして言った。
「最近さ、眠れてるか?」
冗談で返す以外に選択肢はない、と身体が先に決める。
「急に母親かよ」
口元に笑みを浮かべるが、三枝の視線は揺れない。
その真っ直ぐさに、ほんの少しだけ呼吸が浅くなる。
信号が青に変わり、人の流れが一斉に前へと動き出す。
肩が触れ合い、鞄が擦れ、足音が混じり合う中で、アスファルトの色だけがわずかに沈んで見えた。
「……また、何かあったんだろ」
横顔のまま投げられた言葉は、責める調子ではなく、ただ確かめるように落ちてくる。
その声音が、かえって重い。
「別に。平和そのものだ」
そう答えながら視線を空へ逃がすと、薄く流れる雲の奥で、かさりと布の擦れる音が耳の奥に残った。
風は吹いていないのに、商店街の旗が微かに揺れ、その揺れが記憶の底を引っかく。
“旗の下で、もう一度”
誰の声だったかは思い出せないが、白地に淡い朱を差した着物の裾だけが、視界の端で揺れ続ける。
喉の奥がひりつく。
「今、聞こえたか?」
三枝の問いが重なる。
「……気のせいだろ」
否定する声は軽いが、歩幅は無意識に広がり、人の流れを縫う速度がわずかに上がる。
胸の奥で、何かが軋む。
周囲の人々が、いつの間にか同じ向きに歩き始めていることに気づく。
整いすぎた足並みが、目に見えない線で引き揃えられている。
角の向こうから、金属の擦れる音が規則正しく響き、鎧の影がシャッターに映っては揺れ、そして揃う。
呼吸が冷える。
「透」
呼ばれた声に、すぐに返す。
「分かってる」
腰へ伸ばした手を止め、人の密度を測りながら一歩引くと、鎧の隊列の中で一体だけ歩幅のわずかに違う影が目に入った。
揃っているはずの列に、微細なズレがある。
そこだ。
「三枝」
声が自然と低くなる。
「人、下がらせろ」
返事の代わりに、あいつの声が広場に広がる。
「おい、下がれ! 向こう行け!」
混乱の中でも、その声ははっきり通り、肩を押されながらも人々が流れる方向を変えていく。
背中越しに聞くその声が、妙に頼もしい。
白い陽射しの下で、日常が薄く剥がれ落ち、下から別の景色が顔を出す。
揃った足音が近づき、金属の光がちらつく。
指先でドライバーの感触を確かめると、冷えた金属が現実を引き戻す。
さて。
今日は少し、面倒な日になりそうだ。