来た、と胸の奥が先に告げた。
鎧の足音が規則正しく交差点へ流れ込み、揃い過ぎた歩幅が空気そのものを押し潰すように迫ってくる。
商店街の喧騒は急速に薄れ、金属が擦れる乾いた音だけが、白い陽射しの下で異様に際立つ。
「三枝、右へ流せ」
低く指示を出すと、あいつは即座に人の肩を押し、戸惑う通行人を安全な方向へ誘導し始めた。
迷いはない。
俺は腰へ手を伸ばし、ビーストのワールドシールを装填する。
『シール・セット!ビースト!』
電子音が短く唸り、装甲が皮膚を包み込むと同時に鼓動が一段速まり、視界の輪郭が鋭く引き締まる。
足裏に伝わる振動が、鎧の位置を教えてくる。
隊列が前へ出る。
踏み込む。
最前列の一体を爪で弾き飛ばし、次の個体の肩口へ体重を乗せて打ち込むが、三体目に向けた一撃がわずかに空を切る。
当たるはずの距離だった。
違和感が走る。
視線をわずかに動かした瞬間、鎧の刃が俺の肩をかすめ、火花が散る。
読まれたのではなく、位置が置き換えられている。
もう一度踏み込む。
速さで押す。
その瞬間、横合いから風が裂けた。
黒と瑠璃の閃光が隊列を横断し、鎧の列がまとめて崩れる。
視界の端に、細身の装甲と長い灰色のスカーフが映る。
着地した影が、ゆっくりと立ち上がる。
狼の牙を思わせるマスクが、陽射しを鈍く反射する。
その視線は冷静で、状況を測るように動いていた。
「……やはり、転移者か」
落ち着いた声が、鎧の足音より低く響く。
胸元の警察章が一瞬だけ光り、腰のドライバーに装着されたマズルが金属音を立てる。
『シール・セット!ビースト!』
『トランス・スタート!シジル・コンパイル!』
瑠璃色のラインが黒い装甲を走り、最低限の厚みだけを残したスリムなシルエットが完成する。
手足の指先に伸びた狼爪が、路面を掴む。
「初動が荒い」
低い声がこちらへ向く。
「視線を合わせるな。動線を読まれている」
言われるままに視界を広く取り、鎧の隊列を気配で捉える。
狼が消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
一瞬で背後へ回り込み、トンファーモードで関節を叩き砕くと、次の瞬間には逆側へ移動している。
その速度は、視界が追いつかない。
俺も正面から叩き割る。
二匹の獣が、列を引き裂く。
だが、また外れる。
狼の拳が空を切り、俺の爪もわずかに逸れる。
鎧の中心で、歯車のような刻印核が青白く光り、隊列が整然と後退する。
撤退ではなく、距離を取っただけだ。
広場に、静かな空白が生まれる。
狼は変身を解かないまま、こちらへ歩み寄る。
「葉月狼牙。警察だ」
息を整えながらも、声は揺れない。
「状況を整理したい。君の話も含めて」
三枝が駆け寄る。
「透、大丈夫か」
肩を回し、傷の浅さを確かめる。
「まあな」
狼牙の視線が三枝へ移り、その目が一瞬だけ値踏みするように細められる。
今日の戦いは終わった。
だが盤面は、確実に広がった。