まただ、と直感が先に告げた。
鎧の足音が、昨日よりもさらに揃い、広場の空気を一定の間隔で削り取っていく。
人のざわめきが薄く引き、金属が擦れる乾いた音だけが耳の奥に残る。
「来るぞ」
低く告げながら前へ出ると、隣で狼牙がわずかに顎を引いた。
『シール・セット!ビースト!』
装甲が身体に沿って展開し、鼓動が速まり、視界の輪郭が一段くっきりと浮かび上がる。
足裏の感触が濃くなり、わずかな振動まで拾える。
踏み込む。
最初の一撃は確かに通ったが、二撃目がわずかに空を切り、爪が触れるはずの箇所が空白になる。
感触がない。
鎧の刃が肩口をかすめ、火花が散る。
狼牙が横から滑り込み、トンファーで関節を打ち砕くように振り抜くが、その軌道もまた、目に見えない何かに押し出されたかのようにずれる。
確実に当たる間合いのはずだった。
同じだ。
俺の外し方と、狼牙の外し方が、同じ瞬間に同じ方向へ逸れている。
背後から三枝の声が飛ぶ。
「待て!」
その声には、ただの焦りではない何かが混じっている。
「お前ら、同じ外し方してる!」
動きながら視線を返す余裕はないが、その言葉が思考の奥でひっかかる。
同じ外し方。
狼牙が低く問い返す。
「どういう意味だ」
「見るな! 合わせるな!」
三枝の声が広場の空気を裂く。
「目で追った瞬間に、ズレてる!」
踏み込みかけた足を止め、視線をほんのわずか外し、気配だけで位置を測る。
視界の端で鎧の刃が振り上がる。
今だ。
横合いから爪を叩き込み、同時に狼牙が背後へ回り込んでトンファーを打ち下ろす。
一瞬だけ、確かな手応えが返る。
鎧の中心で、青白い刻印核が瞬いた。
「そこだ!」
三枝の叫びが重なる。
だが次の瞬間、鎧の位置がわずかにずれ、さきほどまでそこにあった重さが、ほんの半歩分だけ横へ滑る。
まただ。
狼牙が息を整えながら言う。
「観測に反応している」
俺も頷く。
見て合わせるほどに、相手はその“合わせ”を前提に位置を変える。
「じゃあどうする!」
三枝の声は震えているが、逃げていない。
狼牙が一歩踏み出す。
『マズル・チャージ!』
腰のウルフマズルを叩き、装甲の隙間から蒸気が薄く立ち上る。
『ウルフ・アクセラレート!』
空気が歪む。
狼牙の姿が霞み、次の瞬間には鎧の背後へと回り込み、膝裏を狙った一撃を叩き込む。
衝撃が伝わる。
だが完全ではない。
加速が解け、狼牙の肩がわずかに揺れ、呼吸が浅くなる。
「……二度目は使わない」
低く抑えた声が落ちる。
鎧の列が再び整列し、その中央の個体だけが微妙に歩幅を変えながら後退する。
逃げるのではなく、位置を取り直している。
三枝が叫ぶ。
「中央に戻ってる! 必ず真ん中に戻る!」
視線を向けず、音と振動だけで間合いを測る。
俺は正面から押し、わざと右へ寄せるように隊列を崩す。
鎧の群れがわずかに歪む。
中央が空く。
その瞬間、狼牙が滑り込む。
俺も同時に踏み込み、爪とトンファーが交差する位置へ力を集中させる。
刻印核が露出する。
青い歯車が、はっきりと見える。
「今だ!」
三枝の声が背後から届く。
跳ぶ。
狼牙が横から蹴り上げる。
同時に叩き込んだ衝撃が刻印核を揺らし、歯車に亀裂が走る。
鎧の隊列が崩れ、中央の個体が煙のように揺らぐ。
だが完全に砕けきる前に、その個体は後退し、残った鎧たちが盾のように囲い込みながら距離を取る。
撤退だ。
広場に、静かなざわめきが戻る。
変身を解き、荒い呼吸を整える。
狼牙が三枝へ視線を向ける。
「悪くない観測だ」
三枝は肩で息をしながら、それでも目を逸らさずに言う。
「俺は戦えねぇ。でも、見える」
口の端がわずかに上がる。
位置が変わった。
俺だけじゃない。
三枝も、狼牙も、同じ盤面に立っている。