戦いの余韻が、まだ広場の空気の奥に残っていた。
砕けたアスファルトの裂け目から白い砂がこぼれ、壊れた街灯のガラス片が夕方の光を受けて鈍く反射している。
さきほどまで響いていた金属の衝突音は消え、代わりに遠くの救急車のサイレンがゆっくりと近づいてきていた。
商店街の人々はまだ完全には戻っておらず、店のシャッターの隙間から様子をうかがう視線だけが、こちらの様子を静かに追っている。
ゲートナイトの残骸の中央で、一枚のワールドシールがゆっくりと浮かび上がった。
淡い青色の光が、砕けた甲冑の破片を照らしている。
狼牙が歩み寄り、その光を指先で静かに受け止める。
手のひらに乗ったシールを見つめながら、狼牙は小さく息を吐いた。
「今回のワールドシールは、ミステリーか。丁度同じだな」
その言葉を聞きながら、俺は肩の力をゆっくり抜いた。
ビーストフォームを解除した身体はまだ熱を帯びていて、胸の奥では激しい鼓動が少しずつ落ち着き始めている。
「ならば、今回は取り合う事はないな」
俺がそう言うと、狼牙は静かに頷いた。
互いに同じシールを持っている以上、この場で争う理由はどこにもない。
それどころか、戦いの最中に作った連携の余韻がまだ身体の中に残っている。
広場に短い沈黙が落ちる。
俺はその沈黙の中で、ふと気になっていた事を口にした。
「そっちは俺の他のワールドシールを取るつもりはないのか?」
狼牙はすぐには答えなかった。
その視線は、地面に転がっているミニオンの装甲の破片へ向けられている。
砕けた装甲の断面を眺めながら、狼牙は静かな声で言った。
「元々、奴らに対抗する為に変身していただけだ」
その声には、余計な感情がほとんど混ざっていない。
それから狼牙は顔を上げ、こちらを真っ直ぐに見た。
「お前も似たような感じだろ」
その言葉に、俺は思わず小さく笑った。
戦う理由なんて、案外そんなものだ。
「まぁな、そこは気が合うな」
狼牙の口元がほんのわずかに動く。
それは笑いとも言えないほど小さな変化だったが、さきほどまで戦っていた相手としては十分すぎる反応だった。
「そうだな」
狼牙は短くそう言った。
夕方の風が広場をゆっくりと横切り、砕けた道路の砂が小さく転がっていく。
少しだけ時間が流れたあと、狼牙が再び口を開いた。
「しかし、聞くが」
その声はさきほどよりも少しだけ低い。
俺は自然と視線を向ける。
狼牙の目は、さっきまでの戦いとは違う種類の真剣さを帯びていた。
「お前はかつての別の世界に行きたいと思わないのか」
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず空を見上げていた。
夕方の空は高く広がり、薄い雲がゆっくりと流れている。
異世界。
その言葉を聞くだけで、いくつもの景色が頭の奥に浮かぶ。
剣と炎の戦場。
夜空を横切る竜の影。
魔法の灯りが並ぶ石の街。
あの世界には、確かに仲間がいた。
会いたいと思う。
その気持ちは嘘じゃない。
俺は小さく息を吐いた。
「行きたくないと言うと嘘になるな」
狼牙は黙って聞いている。
俺は視線を空から外し、広場の向こうを見た。
そこでは三枝が警察に事情を説明していて、いつもの調子で手を大きく振りながら何かを必死に話している。
その姿を見ながら、俺は肩を少しだけすくめた。
「だけどさ」
狼牙は何も言わない。
ただ静かにこちらを見ている。
「友達を見捨てて会いに来たら」
三枝がこっちに気づいて、遠くから手を振ってくる。
相変わらず騒がしい奴だ。
俺は小さく笑った。
「皆は絶対に許してくれないから」
狼牙はしばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくりと頷いた。
「そうか」
短い言葉だった。
しかし、その声にはどこか納得したような響きがあった。
狼牙は少しだけ視線を空へ向けた。
夕方の空を眺めながら、小さく笑う。
「他の世界では良い出会いがあったんだな」
俺は答えない。
ただ、肩をすくめる。
遠くで救急車のサイレンが止まり、商店街のざわめきが少しずつ戻り始めていた。
夕方の風が、壊れた広場をゆっくりと通り抜けていく。
俺たちはしばらく、何も言わずにその景色を見ていた。