仮面ライダートラヴァース   作:ボルメテウスさん

30 / 50
観測者の夜

夜の大学屋上には、昼間の喧騒が嘘みたいに残っていなかった。

コンクリートに溜まった昼の熱もほとんど抜けていて、フェンスの向こうに広がる街の灯りだけが、遠くで静かに呼吸しているように瞬いている。

 

透は段差になった縁へ腰を下ろし、肘を膝に乗せたまま、手の中のシジルドライバーをぼんやりと眺めていた。

金属の表面を親指でなぞるたび、月明かりを鈍く返すその感触が、妙に現実味を帯びて指先に残る。

 

少し離れた場所では、久遠寺朔也がフェンスに背を預け、腕を組んだまま夜景を見ていた。

その横顔はいつも通り落ち着いているのに、肩だけがわずかに強張っていて、言葉にしていない何かをずっと噛み締めているように見えた。

 

透はドライバーを軽く持ち上げて、そこに映った自分の顔を一瞬だけ見てから、小さく笑うように息を吐いた。

 

「それにしても、こうやってお前と話をするのもそんなに珍しくないよな」

 

軽い調子で投げた言葉だったが、屋上の静けさのせいか、思ったよりも真っ直ぐに響いた。

朔也はすぐには振り向かず、夜景へ向けていた視線を少しだけずらしてから、低い声で答える。

 

「・・・君との付き合いはまだ一ヶ月程度だがな」

 

その返しを聞いて、透はわざと大げさに眉を上げた。

けれど否定する気にはなれず、ドライバーを膝の上で転がしながら、ぽつりと独り言みたいに漏らす。

 

「一ヶ月ねぇ、確かにこれを手に入れてから、もうそんなに経っていたか」

 

シジルドライバーの重みが、言葉のあとに少し遅れて掌へ沈む。

透はそれを握り直し、表面に刻まれた細い線を見つめたあと、何でもない風を装って顔を上げる。

 

「なぁ、朔也」

 

朔也は腕を組んだまま、今度はきちんと透の方を見た。

暗がりの中でも、その目だけは妙にはっきりしている。

 

「なんだい?」

 

透は一度だけ唇を舐め、少し笑ってから言った。

 

「お前は、仮面ライダーにならないのか」

 

言った瞬間、風の流れが変わった気がした。

フェンスがかすかに鳴り、朔也の視線がほんのわずかに細くなる。

 

「・・・なぜ、それを聞く」

 

返ってきた声は低いが、怒っているというより、どこか踏み込まれたくない場所に触れられた時の硬さがあった。

透は肩をすくめ、手の中のドライバーを少し持ち上げて見せる。

 

「これは元々はお前のドライバーだ。だったら、お前が本来の変身者だ、だから」

 

最後まで言い切る前に、朔也の声が重なる。

 

「余計な事を言うな」

 

その一言は短い。

けれど語尾に含まれた重さが、屋上の空気ごと押し下げる。

 

朔也は組んでいた腕をほどき、フェンスから背を離して一歩だけ近づいた。

光の薄い場所から出てきたせいで、表情がさっきよりはっきり見える。

 

「俺はお前にそのドライバーを託した。何よりも――」

 

そこまで言って、言葉が途切れる。

透は余計な相槌を打たず、黙って待つ。

 

朔也は視線を落とし、開いた手をゆっくり握り直してから、吐き出すように続けた。

 

「・・・俺にはそのドライバーを使う資格はない」

 

その言い方は、誰かに言い聞かせるためのものではなかった。

ずっと前から胸の奥で固めていた結論を、ようやく外へ出した時の硬さが残っていた。

 

透は少しだけ首を傾け、膝に肘を乗せたまま朔也を見上げる。

からかうような顔を作ろうとして、やめる。

 

「使う資格ねぇ、そういうのは俺には分からないわ」

 

朔也は眉間を押さえるように指先を当て、深く息を吐いた。

その仕草だけで、今の言葉がどれだけ本心から外れているか分かってしまう。

 

「はぁ、お前は本当に」

 

言い終える前に、朔也は小さく首を振った。

責めるつもりがあるわけではないのに、透の軽さに救われることも、逆に追い詰められることもあるのだろうと、透はなんとなく思う。

 

黙ったままでは空気が深く沈みすぎる。

透はドライバーを脇へ置き、足元のコンクリートを靴先で軽く蹴りながら話題を変えた。

 

「そう言えば、朔也って、どんな世界に行ったんだ」

 

朔也は一瞬だけ怪訝そうな顔をする。

それでも、今度は拒絶せずに問い返した。

 

「いきなりなんだ」

 

透は笑う。

いつもの調子を崩さないように、わざと肩の力を抜いて答える。

 

「なんか気になって」

 

その返事を聞いた朔也は、すぐには口を開かなかった。

フェンスの向こうに目をやり、遠くの灯りを数えるみたいに短く黙り込む。

 

「そうだな、現代とはあまり変わらないように見えるが、実際には超能力者がいた世界だ」

 

その言葉に、透の目が少しだけ明るくなる。

反射みたいに身を乗り出していた。

 

「おっ、やっぱりいるよな、超能力者」

 

朔也はわずかに口元を緩めた。

夜の空気の中では、それだけでも十分に柔らかい変化だった。

 

「そういう世界にも行った事があるのか、さすがと言うべきか」

 

透は曖昧に笑いながら、しかしすぐに冗談を引っ込めて問いを重ねる。

 

「それで、その世界ではどうだった」

 

今度の沈黙は少し長かった。

朔也の喉が一度だけ動く。

 

「・・・正直に言うと、今、思い出しても地獄だよ」

 

その声には芝居がなかった。

淡々としているのに、逆にその方が生々しい。

 

「超能力という力で格差があって、生きた心地はなかった」

 

屋上を抜ける風が少し強くなる。

透は膝の上で組んだ指をほどき、言葉を選ぶように息を吸った。

 

「かもしれないな。けど、それだけじゃないだろ」

 

朔也の視線が、そこで初めて透に戻る。

逃げ場を探すような目ではなく、見透かされたのを諦めたような目だった。

 

「あぁ、あの世界で、俺は多くの人を助けられた」

 

その一言のあとに置かれた間が、何より重い。

透は黙って続きを待つ。

 

「だけど、俺は途中で死んでっ」

 

言葉が途中で途切れる。

喉の奥で引っかかるように止まったその音を、透は聞き流せなかった。

 

「朔也」

 

呼びかけると、朔也は自嘲気味に口元を歪める。

笑おうとしたのに、うまく形にならなかった顔だった。

 

「まぁ、こんな事を言っても、無駄かもしれないが」

 

その瞬間、空気の密度が変わった。

 

夜の静けさの中で、何かが擦れるような嫌な音が混ざる。

透の背筋に、ぞわりとした感覚が走った。

 

「っこれは」

 

反射的に立ち上がる。

足元のコンクリートの冷たさが、靴裏越しに急にはっきり伝わる。

 

朔也もすぐに視線を巡らせた。

屋上の端、フェンス近くの空間が、水面みたいにゆっくりと歪んでいる。

 

「エコーか」

 

低い声が落ちる。

さっきまでの会話の余韻は、もう残っていない。

 

透は脇に置いていたドライバーを掴み、腰へ当てる。

指先が自然に動き、ワールドシールが装填口へ滑り込む。

 

「全く、こういう時に」

 

半ば呆れたように言いながらも、目はすでに歪みの中心を捉えていた。

久遠寺が一歩下がる気配を背中で感じる。

 

「変身!」

 

『シジル・コンパイル!ファンタジーフォーム!』

 

電子音が屋上の夜気を切り裂き、赤い装甲が透の身体を一気に包み込む。

フード付きのマントが翻り、ドラゴン意匠のマスクが月明かりを受けて鈍く光る。

 

透は拳を握り、足の位置を整えた。

歪んだ空間の向こうで、影の輪郭がゆっくりと形を持ち始める。

 

「さて、行くか!」

 

戦いの気配が、屋上の静けさを完全に塗り潰した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。