夜風を切って、俺は屋上に降り立った。靴底がコンクリートを擦り、わずかな火花が散る。目の前では、歪んだ空間の中心に立つエコーが、まるで人の形を真似る途中で諦めたみたいな輪郭を揺らしている。
「さて、今回のエコーって――」
言いかけたところで、思わず口の端が引きつった。
「うわぁ、なんというか、これはまた変な奴だな。エコーはどいつもこいつも変な奴ばかりかって」
胴の中心に刻まれた核が青白く明滅し、そのたびに周囲の空気が薄く震える。肩口から伸びた細い触手みたいなものが、触れてもいない鉄柵をゆっくり持ち上げた。
「……今のは、超能力」
呟いた瞬間、屋上のベンチが音もなく浮き上がり、一直線に俺へ飛んでくる。半歩だけ身をずらし、手にしたシジルゲッターを振り抜く。刃が金属の脚を断ち切り、砕けた木片が夜気に散った。
「さっきまで話題に出てきた敵が現れるって、どんな偶然だよ」
軽口を叩きながらも、視線は止めない。飛んでくる物だけを見ていたら遅れる。昔、超能力者が当たり前みたいに息をしていた世界で、何度もそう痛い目を見た。目の前の動きだけが攻撃じゃない。視線の外、気配の外、沈黙の直後にこそ本命が潜んでいる。
案の定、次に来たのは別の質だった。浮き上がった消火器が横から唸りを上げ、同時にエコーの掌の先で火が生まれる。赤い炎が細い帯になって走り、夜の空気を舐めるみたいに迫ってきた。
「しゃらくせぇ!」
『マズル・チャージ!』
ドラゴンマズルを叩いた瞬間、腕の芯に熱が通る。倍化した力をそのまま刃へ流し込み、真正面から斬り払う。重くなった一閃が消火器も炎もまとめて裂き、火の粉が風に煽られて散っていく。
そのまま滑るように間合いへ入る。エコーが次の超能力を起こすより早く、肩口、脇腹、胴の側面へと連続で刃を入れる。切り口から青白い光が吹き出し、核の明滅が乱れた。
「さて、これで――」
「良いねぇ、面白い」
声と同時に、横合いから鈍い衝撃が走った。
「ちっ!」
咄嗟にシジルゲッターを立てる。火花が散り、腕に重い痺れが残った。押し込んできた得物を弾き返して顔を上げると、そこには見覚えのないライダーが立っていた。猫背気味に沈んだ姿勢。オレンジと黒の装甲。ナックルガードの上で、拳が小さく鳴る。
「てめぇは」
「グラップ。あんたと同じ、異世界で戦いを求めるライダーだよ」
楽しそうに笑う声とは裏腹に、目はまるで笑っていない。獲物を見つけた獣の目だった。
「戦闘狂かよ」
「褒め言葉として受け取っとく!」
言い終わる前に、ワイヤーが唸って飛ぶ。身を沈めてかわし、返す刃で切り落とす。だが、その隙を待っていたみたいに、エコーのサイコキネシスが鉄柵を引き抜き、頭上から叩きつけてきた。
避ける。受ける。流す。呼吸の余白すらない。前からはエコーの超能力、横からはグラップの拳とトンファー。殴打の間にワイヤーが差し込み、引き寄せられた瞬間にまた打撃が飛んでくる。どちらか一方なら捌ける。だが二つ重なると、盤面が急に窮屈になる。
一度、距離を切る。屋上全体を視界に収める。エコーの位置、グラップの重心、そして――その奥。
いた。
夜気の歪みの中心で、ひときわ濃い圧を放つ影。甲冑めいた輪郭をまとい、胸の核を静かに脈打たせる個体。周囲のエコーが、まるでそいつを守るためだけに動いている。
「あいつかっ、大物は!!」
「あっ、ちょっ」
グラップの制止を聞く前に、俺はドライバーへ手を伸ばしていた。
『シジル・コンパイル! サイバーフォーム!』
装甲の赤が走査線みたいな青へ切り替わる。視界の端に情報が走り、屋上の配置が瞬時に線と数値へ変わった。シジルゲッターは変形し、長いスピアとなって手の中に収まる。
『マズル・チャージ! ドラゴン・ブースト!』
ドラゴンマズルを叩く。加速した演算の上に、無茶な倍化をねじ込む。負荷が骨の内側で軋むが、構わない。今は最短だ。
「狙い打つ!」
踏み込む。
足が床を蹴った瞬間、視界の中にデータの龍が走った。青い光の尾を引きながらスピアの先へ絡みつき、そのまま一直線にゲートナイトを貫く。途中で浮いた鉄骨も、念動で捻じ曲げられた看板も、まとめて穿つ。核を突き破った感触が、腕に重く返った。
ゲートナイトがよろめく。胸の中心で光が裂け、青白い破片が夜空へ散る。その中心から、一枚のシールが弾かれるように現れた。サイキックの紋様が淡く脈打っている。
着地の勢いのまま手を伸ばし、それを掴み取る。
「ふぅ、良かった――」
「おいおい、まだ終わっていないぞ」
背後から声が迫る。
「こっちがまだいたか」
振り返るより早く、グラップの拳が来る。シジルゲッターを横に構え、その一撃を受け止める。金属が唸り、足元が半歩だけ沈んだ。
オレンジの装甲の向こうで、青拳蒼花が笑う。
「せっかく面白くなってきたんだ。大物だけ倒して帰るなんて、つまんないだろ」
握ったばかりのサイキックシールが、掌の中でかすかに熱を持つ。
屋上にはまだ、戦いの匂いが濃く残っていた。