仮面ライダートラヴァース   作:ボルメテウスさん

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その覚悟

 青白いサイキックのワールドシールが、砕けた破片の間でかすかに脈打っている。

 その光を見下ろしながら、朔也はその場から動かず、ただ落ちたシールだけをじっと見つめていた。

 さっきまで観測のために細められていた目が、今はもっと別のものを見ているように見える。

 

 俺はグラップの拳を腕で受け流しながら、そっちへ視線を走らせた。

 サイバーフォームの補助があるとはいえ、武器を失ったままこの距離で付き合い続けるのは正直かなりきつい。

 けれど、今いちばん危ういのは俺じゃない。

 

「どうした、観測者」

 

 蒼花が笑う。

 拳の軌道は止まらないくせに、声だけは妙に楽しそうだった。

 

「見えてるんだろ。分かってるんだろ。なのに、まだ立たないのかよ」

 

 次の打撃が脇腹へ来る。

 身体をひねって外し、その勢いのまま一歩だけ距離をずらす。

 俺の視界の端で、朔也の指先がわずかに動いた。

 

「……俺は」

 

 その声は小さい。

 けれど、この屋上の夜気の中では不思議なくらいはっきり響いた。

 

 蒼花がそちらへ視線を向ける。

 俺も止めずに聞く。

 朔也の喉が一度だけ上下して、それから絞り出すみたいに言葉が続いた。

 

「俺は、見ているだけで終わるつもりだった」

 

 風が吹く。

 砕けた床の粉が、青白いシールの周りでかすかに転がる。

 

「盤面を読むことだけなら出来る。危険を見抜くことも、次に何が起こるかを予測することも出来る」

 

 そこまで言って、朔也は一度だけ言葉を切った。

 まるで、その先を口にすること自体が一線を越える行為みたいに、静かに息を詰める。

 

「だが、それだけじゃ届かない場面があることを、俺はもう知っている」

 

 その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。

 それはたぶん、さっきまでの朔也が絶対に口にしなかった種類の言葉だった。

 自分の立場を説明するための理屈じゃなく、自分で見ないふりをしていた本心の方だ。

 

 蒼花が鼻で笑う。

 けれど、今度のそれは単なる嘲りじゃなかった。

 

「だったら簡単だろ。立つか、立たないかだ」

 

 朔也はその挑発にすぐには返さない。

 代わりに、足元のワールドシールを見たまま、低く、静かに言った。

 

「俺は、救い切れなかった」

 

 その一言だけで十分だった。

 過去の世界で何があったのか、どんな地獄を見たのか、細かく語られなくても分かる。

 救えたものがあったからこそ、救えなかったものがいまだに残っている。

 

「助けたつもりでいた。届いたつもりでいた。だが最後には、見届けることしか出来なかった」

 

 俺は、グラップの拳を受け止めながら、思わず息を呑む。

 朔也の言葉は理屈の形をしているのに、その実、ひどく生々しい。

 

「だから俺は、戦う資格なんてないと決めた」

 

 夜風が少しだけ強くなる。

 その瞬間、シールの周囲の空間が、ほんのわずかに揺れた。

 

「けれど――」

 

 朔也が、ようやく視線を上げる。

 その目は俺を見ていた。

 

「見ているだけで終わることを、もう自分に許したくない」

 

 その言葉が落ちた直後だった。

 朔也の目の前の空間が、紙を折るみたいに静かに曲がる。

 音はしない。

 ただ、そこにあるはずの夜気だけが不自然に折れ重なって、薄い光の筋を作っていく。

 

 蒼花の拳が一瞬止まった。

 俺も、思わずそっちへ目を奪われる。

 

 折れた空間の奥から、金属の輪郭がゆっくり滑り出てくる。

 それは俺が知っているシジルドライバーと同じ構造を持っているのに、どこか違って見えた。

 白を基調に、深い青の光が走る。

 静かで、冷たいのに、妙に目を離せない。

 

「……来るのかよ」

 

 思わず呟く。

 それは驚きというより、ようやく辿り着いたものを目の前にした時の感覚に近かった。

 

 朔也はシールを拾い上げ、それから現れたドライバーへゆっくり手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、青白い光がわずかに脈を打つ。

 拒絶も躊躇もなかった。

 まるで最初から、そこへ収まるべき手だったみたいに自然だった。

 

 蒼花が肩を鳴らす。

 

「いいじゃないか。ようやく面白くなってきた」

 

 俺は半歩だけ退いて、朔也の前の空間を空ける。

 たぶん今のあいつには、余計な言葉はいらない。

 必要なのは、選んだあとに立つための場所だけだ。

 

 朔也はドライバーを腰へ当てる。

 動きは静かで無駄がない。

 けれど、その静けさの奥で、ようやく決まった覚悟の重さが見える。

 

『シール・セット! サイキック!』

 

 電子音が、夜の屋上を低く走る。

 次の瞬間、朔也の足元から青白い輪が広がり、その内側だけ空気の密度が変わった。

 風の音が遠のき、砕けたコンクリートの粉がふわりと浮かび上がる。

 

「変身」

 

 短い声だった。

 だが、その一言にはさっきまでの迷いがもう残っていない。

 

『トランス・スタート!』

 

 光の線が朔也の身体の周囲を幾何学的に走り、白い装甲が胸から肩へと順番に組み上がっていく。

 その上を深い青が流れ、面構えは横一文字の鋭いバイザーへ閉じる。

 額に細い発光が灯り、肩には翼を思わせる意匠が静かに開いた。

 

『シジル・コンパイル! サイキックフォーム!』

 

 変身を終えたその姿は、俺の知っているどのライダーとも少し違って見えた。

 派手さよりも静けさが先に立つ。

 けれど、その静けさの奥に、触れれば切れそうな鋭さがある。

 

 腰に装着された鳥めいた意匠のマズルが、青白く淡く光った。

 まだ名前は分からない。

 ただ、見た瞬間に分かる。

 あれはたぶん、俺のドラゴンマズルとは真逆のものだ。

 

 朔也――いや、新しいライダーが一歩前へ出る。

 蒼花が嬉しそうに拳を構え直す。

 

「やっと前に出てきたな、観測者」

 

 その言葉に、バイザーの奥の声が静かに返る。

 

「観測者のままでは終わらない」

 

 俺はシジルゲッターのない両手を軽く握り直し、口の端を上げた。

 

「遅ぇよ、朔也」

 

 そう言ったあとで、ようやく胸の奥の張り詰めたものが少しだけほどけた。

 これで、盤面は変わる。

 いや、変えるために、あいつは立ったんだ。

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