仮面ライダートラヴァース   作:ボルメテウスさん

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礼はいらない

 夕方の商店街は、買い物帰りの人波と、どこからか流れてくる揚げ物の匂いで、まだ日常の顔を保っていた。

 その日常が崩れたのは、交差点の真ん中に止まった配送トラックが、前触れもなく横転した直後のことだった。

 

 金属のひしゃげる音が辺りへ広がり、悲鳴が遅れていくつも重なる。

 透が舌打ちと一緒に駆け出し、三枝も反射みたいにその背を追ったが、角を曲がった先で最初に見えた光景は、予想していたものと少し違っていた。

 

「……なんだ、ありゃ」

 

 三枝の声が思わず低くなる。

 交差点の中央では、すでに数体のエコーが地面へ転がり、その装甲の隙間から黒い煙のようなものを立ち上らせていた。

 倒したばかりなのが一目で分かる。

 壊れた信号機の柱にも、焼けたような切り跡がくっきり残っていた。

 

 その中心に立っていたのは、見慣れないライダーだった。

 

 黒と赤を基調にした装甲は、夕方の光を吸ったまま鈍く沈んでいる。

 背には小さな翼めいた意匠が張りつき、下半身だけが不自然なほど重く、地面に根を張った獣みたいな安定感を見せていた。

 マスクの輪郭は鳥を思わせるのに、立ち姿そのものは鋭い刃物のように乾いている。

 

 ライダーは振り返りもしないまま、すぐ左にいたエコーの残骸へ歩み寄った。

 まだ完全には砕け切っていなかった個体が、痙攣みたいに腕を持ち上げようとする。

 その動きを見た瞬間、ライダーの腕がわずかに揺れた。

 

 次の瞬間には、サイズモードへ変形したシジルゼッターが、迷いなくその首元を斜めに断ち切っていた。

 

 速いというより、終わらせ方が早い。

 反撃の可能性を潰すために必要な手順だけを、最短で通しているような動きだった。

 

「すげぇな、あいつ……」

 

 三枝が呟いた時、近くにいた年配の男が、腰を抜かしたまま震える声で礼を言った。

 道端へ倒れていた女子高生を庇うように抱え込んでいたらしく、額にはうっすらと血が滲んでいる。

 

「あ、あの……助かりました、本当に……」

 

 黒と赤のライダーは、そこでようやく男の方へ顔を向けた。

 だが、その視線は感謝を受け取るためのものではなかった。

 まず傷を確認し、次に足元、周囲、退避経路の順に見ている。

 

「礼はいらない。動けるなら、すぐに道路の外へ出ろ」

 

 言い方は硬い。

 けれど声色には、相手を追い払うための冷たさとは別に、迷わせないための強さがあった。

 男が慌てて頷くと、ライダーはその背を見送りもせず、もう次の気配へ顔を向けていた。

 

「……ボランティアって顔じゃねぇな」

 

 透が小さく呟く。

 軽口のようでいて、その視線はかなり真面目だった。

 

 久遠寺朔也は少し後ろで足を止め、倒れたエコーの切断面を静かに見下ろしていた。

 焼け焦げた跡が、切り口の奥でまだ薄く赤い。

 ただ斬ったのではなく、切った箇所そのものへ熱を残す戦い方だと、一目で分かる。

 

「切断と熱化が同時に起きている。処理速度を優先した能力だな」

 

 そう分析する声は落ち着いているのに、三枝には、いつもよりわずかに硬く聞こえた。

 朔也は新しい敵や新しい力を前にすると決まって静かになるが、今回はその静けさの質が少し違う。

 見ているだけではない。

 測られている側の顔をしていた。

 

 その理由は、すぐに分かった。

 

 黒と赤のライダーが、ようやくこちらへ視線を向けたからだ。

 透を見た。

 三枝を見た。

 そして、最後に朔也の上で、その視線だけがほんのわずか長く止まる。

 

「……なんだよ、その目」

 

 透が肩を回しながら前へ出る。

 やや遅れて、俺たちは味方だ、とでも言いたげな半歩だった。

 

「怪人退治の同業にしちゃ、歓迎の顔じゃねぇな」

 

 ライダーはすぐに返さなかった。

 サイズモードの刃先についた黒い汚れを一度だけ振り払い、それから静かに得物を下げる。

 

「歓迎していない」

 

 短いが、変に気取っていない断定だった。

 言葉を選ばないというより、必要以上の言葉を使わないタイプなのだと、声だけで分かる。

 

「怪人を放置しない人間かどうか、それだけ見ていた」

 

 透の口元から笑いが消える。

 真正面から否定されると、いつもの軽さも少しだけ引っ込むらしい。

 

「そりゃどうも。で、見た結果は?」

 

「まだ判断していない」

 

 それだけ言って、ライダーは一歩、こちらへ近づく。

 下半身の重い装甲がアスファルトを踏むたび、靴底のない獣が静かに歩いてくるような圧がある。

 

「ただ、お前は危険じゃない」

 

 透が眉を上げるより先に、視線がずれた。

 黒いマスクの奥の眼差しが、朔也を捉える。

 

「危険なのは、そっちだ」

 

 交差点の空気が、一瞬だけ冷えた気がした。

 三枝は反射的に朔也の横顔を見る。

 朔也は驚いた顔をしなかった。

 むしろ、そう言われる可能性を最初から考えていた人間の沈黙だった。

 

「おいおい、初対面でそりゃ失礼だろ」

 

 透が割って入るように言う。

 その声音は軽くても、立ち位置はきちんと朔也の前だった。

 

 だが、ライダーはそこを見ても引かない。

 

「ワールドシールの数が多い人間より、それを見ているだけの人間の方が危険なことがある」

 

 三枝の胸の奥で、何かが小さく引っかかった。

 意味はまだ飲み込めない。

 けれど、その言葉が適当に投げられたものじゃないことだけは、相手の声の硬さで分かる。

 

 朔也がようやく口を開く。

 声はいつも通り静かで、だからこそ逆に温度がない。

 

「ずいぶんな評価だな」

 

「評価ではない。観察だ」

 

 言い切ったあとで、ライダーは視線を外した。

 それ以上、挑発するつもりも説明するつもりもないらしい。

 交差点の向こうで、まだ小さく立ち上っていた黒煙へ顔を向けると、サイズモードだった武器をロッドへ変形させる。

 

「まだ残っている」

 

 その一言だけで、会話は終わった。

 透が舌打ち混じりに息を吐く。

 

「感じ悪ぃ奴だな」

 

「でも、助けた人には優しかった」

 

 三枝が思わずそう言うと、透は一瞬だけ目を細めた。

 否定はしなかったが、納得もしていない顔だった。

 

 朔也は何も言わない。

 ただ、黒と赤の背中を見つめたまま、少しだけ視線を落とす。

 

「……久遠寺?」

 

 三枝が呼ぶと、朔也はようやく小さく首を振った。

 

「いや、なんでもない」

 

 そう返す声は平坦だったが、なんでもないはずがないと分かる程度には、ほんのわずかに遅れていた。

 

 その間に、バンガルはもう次のエコーへ踏み込んでいた。

 ロッドの先端で足を払って体勢を崩し、立ち上がる前に喉元を焼き切る。

 戦い方に無駄がない。

 救うべき相手には迷いなく手を差し伸べるのに、敵には一切の逡巡がない。

 

「礼はいらない、か」

 

 透が低く呟く。

 その声の先で、バンガル――炎鳥 宮は振り返らない。

 

 だが三枝には、あの男が本当に何も求めていないわけではない気がした。

 礼はいらない。

 感謝もいらない。

 ただ、怪人がいるなら終わらせる。

 その代わり、途中で躊躇する人間もまた、切り捨てる側なのだろう。

 

 そして、その視線は確かに、朔也へ一度刺さっていた。

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