杖の穂先が、再び脈動を始めた。
レリックブレードユニットの内部で、ファンタジーワールドシールの刻印が回転する。青白い光が術式回路を満たし、俺の掌に熱を伝える。これは——懐かしい感覚だ。
(エルドラントの魔導院で、最後に使ったのは何年前だった)
記憶が蘇る。石造りの塔の最上階。師だった老人が教えてくれた初級攻撃術式。『フレイム・ボルト』。当時は三日三晩かけてようやく一発撃てるようになった。今は——身体が覚えている。あの世界で培った感覚が、この杖を通して再構築される。
「術式展開——」
呟きと共に、シジルゼッターのグリップが反応した。腰のドライバーからエネルギーが供給され、杖の穂先に收束する。現代の物理法則では成立しないはずの現象が、『証』として再定義され、現出しようとしている。
「撃て」
第一射——
轟くような発砲音ではなく、鈴のような澄んだ破裂音。青白い光球が放たれ、螺旋を描いて疾走し、リンクを喪ったミニオン・サイバーの胸部——剥き出しとなった刻印核へ吸い寄せられる。
命中。炸裂。紅蓮の花が咲く。爆ぜた魔力が周辺の二体を巻き込み、纏めて灰塵へと変えた。
成功だ。
杖を構え直す。照準は次の目標へ。群れは恐慌に陥り始めていたが、それでも自律して包囲を形成しようと蠢く。だがリンクがない以上、単体の強度など知れている。
第二射。第三射——
リズミカルに打ち込んでいく。炎弾が連続で撃ち上がり、火花と煤煙がホールを汚す。焼き払われたミニオンは粒子となり霧散し、跡には金属片のような欠片だけが残る。戦場の空気が急速に温度を下げ始めた。高温で膨張した酸素が冷却され凝縮しているのだ。
——十秒。
すでに十五体を消失させた。当初三十以上いた群れは、いまや残り七体程度。それも数秒もあれば掃討できる数だ。
「行くぞ」
宣言して構え直すと同時に、杖を僅かに持ち上げる。術式チャージ時間を短縮するための緩衝動作。青白い雷光が杖先で渦巻き、空気摩擦でプラズマの帯が走る。その光景は明らかに科学的な兵器を超えている。
だが——俺にとっては懐かしくさえあった。
放つ。六連射。
正確に心臓部を穿たれた七体がほぼ同時期に爆散し、ついに無音の静寂が訪れた。
廊下は硝煙と煤の臭いで充満していた。
硝煙が冷えきる前に、空気が凍った。
——いや、凍ったのは空気ではない。情報だ。
廊下の温度が急降下し、窓硝子に霜の華が走る。同時に、肌に張り付くような電磁的緊張が全身を包んだ。まるで無数の視線が——いや、センサーが——俺の動作・癖・思考までを走査しているような感覚。
「スキャンか……」
呟いた言葉が、妙に鋭く響いた。振り向くと、踊り場の暗がりに佇む騎士型の輪郭。黒〜ガンメタ基調の装甲。全身を走る回路紋様が青白く明滅している。単眼スリット構造。間違いなくゲートナイト——しかも『サイバー』属性の個体だ。
(厄介だ。こいつは相手の動きを徹底して読む)
奴はこちらを見据えたまま微動だにしない。だが全身の回路ラインが不気味に同期している。戦闘開始前のプロファイリングタイム——奴の得意距離まで誘い込むための猶予期間だ。
俺は杖モードのシジルゼッターを保持したまま、敢えて視線を合わせず三枝の位置を確かめる。踊り場の隅で蹲り、顔を両手で覆っている。安全圏——かは疑わしいが、少なくとも今の標的にはなっていない。良し。
「悪いが時間稼ぎはさせてもらえねぇよ」
敢えて挑発的な台詞を選びながら杖の先端を床に落とす。コンクリートが乾いた音を立て、細かい粉塵が舞い上がる。杖で地面に術式を描けば、多少の幻惑にはなる筈だ。
ゲートナイトの肩甲装甲が分離し、四つの薄いプレートに変わった。宙に浮遊し、周囲を巡回するドローンとなる。奴自身はゆっくりと前進を始める。盾は持っていない。その代わり、左肘から伸びるエネルギーゲートが展開され、赤黒い刻印が床へ投影される。
——ライン・ショートの準備だ。
奴は常に一手二手先を読んでくる。ならば俺の仕事はシンプルだ。
想定外の一撃を叩き込む。
ドラゴンマズルを取り出す。左手首に伝わる震えを抑え込むように握り締めると、表面の宝玉が赤く脈打った。腰のスロットに接続すると同時に、全身の神経に電流が走る。
「シジル・ドロー!」
ドライブが高まる。
「ドラゴン・ブースト!」
シジルゼッターが唸りを上げ、紅蓮の焔を噴き出して肥大化した。刃ではなく戸板のような巨大な門が前面に具現する。刻まれた龍頭が吼える。
ゲートナイトの眉間スリットが最大光度になった。明らかな緊急警報反応だ。
「レリック・ドラゴンゲート!」
扉が開く。内部に充満した熱と咆哮が一度に放出された。赤銅の鱗を纏った巨龍が現世へと首をもたげ、その双眸は翡翠色の魔力に輝いている。羽搏きひとつで瓦礫が飛沫のように舞い散った。
龍の咆哮。空間が軋む。
奴の回路紋様が乱れ、ドローン・プレートが制御不能になって落下する。刻印核が一瞬、露出した。
——今だ!
巨龍は俺の意志を汲み取り、真紅の口腔から灼熱の息を吐き出した。超高密度の光焔。情報干渉による擬似的な真空生成——いや、そんな理屈はどうでも良い。
閃光が世界を塗り潰す。
爆音は後からついてきた。耳鳴り。鼓動のような反響。全てを呑み込みながら紅蓮の蛇は一直線にゲートナイトへ到達し——核を溶解させる。
鎧の輪郭がノイズと共に歪み始める。「ERROR」の文字列が全身を這い回り——そして消えた。あとに残ったのは床に落ちた一枚のワールドシールと微かなスパークだけだった。
代償として左半身が痺れている。心臓が早鐘のように鳴っている。肺が鉄の匂いで満ちていた。
三枝の方を見る。
彼は呆然としながらも立っていた。震える脚でしっかり体重を支えている。
「おい! 大丈夫か!」
声を上げると彼は我に返ったように頷き、階段を一段一段上がって来る。その目に浮かぶのは恐怖より先に安堵——だった。
(……良かった)
痺れは左半身に残ったままだ。
膝をつき、右手で床を支える。コンクリートの冷たさが掌を刺す。肺の中で鉄の味が渦巻いている——ドラゴンマズルの反動だ。使用ごとに負荷が倍増する設計を、俺は何度も使い続けてきた。身体が覚えている。次に使えば、おそらく立ち上がれなくなる。
「透!」
三枝の声が近づく。階段を駆け上がる足音が、妙に遠くに聞こえる。耳鳴りのせいだ。
「おい、血出てるぞ……!」
彼が俺の左肩を掴む。視線を向けると、自分の手の甲に赤黒い液体が滴り落ちていることに気づいた。装甲の継ぎ目から滲んでいる。ドラゴンマズルの熱で軽度の火傷を負い、それが血となって表面化したのだ。
「平気だ。見た目ほどじゃねぇ」
笑顔を作ると、三枝は泣きそうな顔で唇を噛む。本当に申し訳ないが——今は説明している暇はない。
視線を下へ。ゲートナイトの残骸の中心に、一枚のシールが置かれている。他の瓦礫と一緒に床に落ちたわけではなく、“そこにあるべきものとして”鎮座している。サイバーの刻印だ。
拾い上げる。指先に伝わる感触は紙片に似ているが、重さは鋼より深い。表面にはデュアルバンド通信ポートに似た幾何学模様と、中心部に赤黒い目玉のようなアイコン。触れると微かに温もりがある。鼓動を思わせる脈動——シール自体が生命を持っているかのように。
(また増えてしまった)
一枚目はファンタジー。二枚目はサイバー。これで所有は二枠。