仮面ライダートラヴァース   作:ボルメテウスさん

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最短と最善

 札の残滓が見つかってから半日も経たないうちに、次の異変は駅前から離れた古い住宅街で起きた。

 道幅の狭い路地が碁盤みたいに入り組み、夕方になれば買い物帰りの住人と下校途中の子どもが混じり合うその場所は、結界で逃げ道を封じる相手にとって、あまりにも都合がよかった。

 

 透が現場へ駆け込んだ時には、すでに何枚もの見えない膜が路地を横切り、逃げようとした人々の足を同じ場所へ押し戻していた。

 その中心では、静かな術師型のエコーが外套めいた袖を揺らし、胸に刻まれた札束のような核を、青白く脈打たせている。

 

 そして、その真正面には、黒と赤の装甲を纏った炎鳥 宮が立っていた。

 

「またお前か、という顔をしているなと言いたいところだが、今日は挨拶より先に止めるべきものがある」

 

 透が声をかけるよりも早く、宮はそう言ってロッドを構え直した。

 短い言葉の中に、無駄を嫌う性格がそのまま滲んでいる。

 

「そっちが勝手に先回りしてるだけだろうが、と言いたいところだけどな」

 

 透が半歩だけ肩をすくめると、宮は一度だけ横目を寄越した。

 歓迎していないことも、だが今はその話ではないということも、その一瞬の視線だけで十分に伝わる。

 

「怪人を放置して広げる時間があるなら、その分だけ被害は増える。だから最短で終わらせる」

 

 その断定と同時に、宮は地面を蹴った。

 ロッドの石突きが結界の縁をかすめ、次の瞬間には術師型の懐へ滑り込む。

 一歩目は速い。

 二歩目はさらに鋭い。

 三歩目にはもう相手の喉元へ届いていて、燃え上がる熱を帯びた一撃が、まっすぐ首筋を断ち切った。

 

「押し切ったか――」

 

 透がそう思った瞬間、切断面から散った火花が、そのまま紙片みたいにひるがえった。

 熱を帯びた斬撃は消えず、逆に札の上へ吸い寄せられ、術式の線へ組み替えられていく。

 宮が踏み込んだ位置を中心に、青白い紋が足元から一気に広がった。

 

「下がれ、そこはもう相手の内側だ!」

 

 朔也の声が飛ぶ。

 だが、宮は止まらない。

 止まれないのではなく、止まるより押し切る方を先に選んだのが見て取れた。

 

「ここで引けば、被害が長引くだけだ」

 

 ロッドを振り抜き、熱を帯びた斬線で術式ごと叩き切るつもりなのだろう。

 だが、陰陽の理屈は真正面から切り裂かれるほど素直ではなかった。

 宮の熱が流れ込んだ瞬間、結界はその性質を反転させ、焼き切られるはずの線を、逆に熱の通り道へ変える。

 その結果、宮の踏み込みは外へ伸びず、同じ場所へ折り返されるように止められた。

 

「ちっ、熱を起点に組み替えたのか」

 

 宮が舌打ちする。

 透はそこへ飛び込み、ファンタジーフォームへ変身しながらシジルゲッターを抜いた。

 

『シジル・コンパイル! ファンタジーフォーム!』

 

 赤い装甲が立ち上がり、剣の重みが腕へ馴染む。

 だが、目の前の相手は正面突破だけで崩せる種類の厄介さではないと、踏み込む前から分かってしまう。

 

「宮、そのまま押すと術に熱を食われるぞ!」

 

 透が叫ぶと、宮は半歩だけ体をずらしながら、なお前へ出る構えを解かなかった。

 短気ではない。

 むしろ冷静に計算して、その上で最短を選んでいるのが厄介だった。

 

「だからといって見ている間に、人は助からない」

 

「見てるだけじゃねぇよ、術理を読んでるんだよ!」

 

 透の言葉に被せるように、朔也が低く続けた。

 

「その熱は相手の印へ変換されている。今ここで押し切るほど、結界の縁が増える」

 

 宮がようやくそちらを見た。

 その目は怒ってはいない。

 ただ、鋭く測っている。

 

「だったらどうする。理解が終わるまで怪人の好きにさせるのか」

 

「違う。押し切る手順が最短でも、助ける手順として最善とは限らない」

 

 朔也の声は静かだった。

 だが、その静けさの奥に、前より少しだけ強い意志があるのを、透ははっきり感じ取る。

 

「怪人を長引かせること自体が被害だ」

 

 宮が言い切る。

 その言葉は短いのに、これまで見てきたすべてを背負ったみたいに重い。

 

「術理を知らずに押せば、その被害はもっと広がる」

 

 朔也も引かない。

 視線は術師型の核だけでなく、押し戻されている住人たちの位置、結界の脈動、散った札の落ち方、その全部を一度に追っている。

 

「最短を選ぶなとは言わない。だが、その最短が誰にとっての短さかは見極めるべきだ」

 

 宮がロッドを握る手に力を入れる。

 今にも反論と一緒に踏み込み直しそうな空気だった。

 

 その時、路地の角で押し戻されていた小学生の兄妹が、結界に弾かれて転んだ。

 透がそちらへ向くより早く、三枝が駆け寄る。

 だが、抱き起こそうとした腕が途中で止まった。

 見えない縁が、ちょうどそこだけ地面から浮くみたいに歪んでいたからだ。

 

「久遠寺!」

 

 三枝が叫ぶ。

 朔也が反射でそちらを見る。

 

「この辺だけ押し返され方が違う! 線じゃなくて、角が浮いてるみたいに変だ!」

 

 その一言で、朔也の表情がわずかに変わった。

 答えが全部揃った時の顔ではない。

 ばらばらだったものが初めて繋がった時の、鋭い集中だ。

 

「固定点が水平じゃない。縁を面で張っているんじゃなく、折り畳んで重ねているのか」

 

 独り言のように言いながら、朔也は路地の上部に吊られた物干し竿、壁際の郵便受け、倒れた植木鉢、それから雨樋の継ぎ目を順番に見る。

 透もその視線を追う。

 確かに、見えない結界の脈がそこだけ少し強い。

 

「透、右上の竿を落とせ。宮は植木鉢を叩き割れ。三枝は子どもたちをその場から動かすな」

 

 指示は短い。

 迷いがない。

 そして三枝は、今回はそれを聞いた瞬間に頷いた。

 

「分かった。だったら今は、お前が見えてる方を信じる」

 

 その一言は、声の大きさのわりに、戦場の空気を一段変えた。

 朔也の返事は短かった。

 

「……助かる」

 

 透はすぐに動く。

 シジルゲッターを振り抜き、物干し竿を根元から叩き落とす。

 宮も同時に踏み込み、植木鉢をロッドの石突きで粉砕した。

 その瞬間、結界の一角がわずかに軋む。

 

 だが、それだけでは崩れない。

 術師型のエコーが袖を翻し、散った札の一部を宙へ浮かせた。

 紙片が熱を帯びた線へ変わり、さっき宮が与えた傷を起点に、新しい術式が走ろうとする。

 

「今度は熱を返すつもりかよ!」

 

 透が舌打ちしながら踏み込む。

 術師型は後退しない。

 むしろ、相手の勢いを待つみたいに静かに立つ。

 押すほど術へ飲まれる相手の嫌らしさが、ここに来てますます際立っていた。

 

 宮が横から割り込み、ロッドを低く構える。

 

「下がれ、今のまま前へ出れば、お前の剣まで印にされる」

 

「だったらどうすんだよ!」

 

 透が返した時、宮はほんの一拍だけ黙った。

 それから、視線を術師型ではなく、朔也へ向ける。

 

「その危うい頭で見えているなら、今ここで形にしろ」

 

 それは挑発であり、同時に半歩だけ認めた言葉でもあった。

 朔也はその意味を理解したのだろう。

 逃げずに、真正面から答える。

 

「今から崩す。だが、熱を入れるな。相克の起点にされる」

 

 宮は頷きこそしなかったが、次の踏み込みで熱を使わなかった。

 それだけで十分だった。

 透が正面で意識を引き、宮が結界の縁をロッドで打ち流し、三枝が押し戻される人々の位置を叫ぶ。

 その全部の隙間で、朔也の指示が初めて盤面を通し始める。

 

「左の雨樋が本体へ繋がっている。透、そこを断て!」

 

 透が跳ぶ。

 剣の軌道が夕方の薄暗さを裂き、錆びた雨樋ごと壁面の札を断ち切る。

 青白い線が弾け、術師型の胸の核が一瞬だけ露出した。

 

「今だ、宮!」

 

 宮が走る。

 今度は熱を纏わず、純粋な速度と重さだけで最短を通す。

 ロッドの一撃が核を叩き、術師型の身体が大きくよろめく。

 そこへ透の追撃が重なった。

 

 核は完全には砕けなかった。

 だが、術師型はそれ以上路地に留まれなかったらしい。

 散った紙片を自ら巻き上げるようにして輪郭を崩し、そのまま奥の暗がりへ溶けるように消えていく。

 

 あとに残ったのは、焦げた札の束と、中心だけ紋の違う一枚のシールだった。

 それは青とも黒ともつかない光を薄く返しながら、砕けた植木鉢の土の上へ落ちている。

 

 透が息を整えながらそれを拾い上げる。

 指先に触れた瞬間、冷たさと乾いた熱が同時に走った。

 

「これが……陰陽か」

 

 朔也がシールを見る。

 その目には恐れもある。

 だが、それ以上に、避けずに向き合うしかないと知った人間の静けさがあった。

 

 宮がロッドを下ろす。

 その視線は、透を通り越して朔也へ向く。

 

「危険だと分かっていて、それでも前へ出るのか」

 

 問いは短い。

 けれど、そこには最初の断罪とは違う響きが混じっている。

 

 朔也はシールを見たまま、静かに答えた。

 

「危険だからこそ、見ないふりをしてはいけない」

 

 宮はしばらく何も言わなかった。

 それから、ほんのわずかに目を細める。

 

「その答えなら、まだ見ていられる」

 

 完全な承認ではない。

 だが、最初に向けられた冷たさだけの視線とは、明らかに違っていた。

 

 路地の向こうでは、助かった子どもたちがようやく泣き出し、三枝が困った顔のまま背中をさすっている。

 透は掌の中の陰陽シールを見下ろし、それから朔也の横顔を一度だけ見た。

 次にこれを使う時、ただ見るだけの男ではもういられない。

 そんな予感が、夕方の終わりかけた空気の中で、はっきりと形になり始めていた。

 

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