歓迎会から数日が経過していたが、あの場で感じた違和感だけは、妙に頭の奥に残り続けていた。
日常は確かに戻ってきているはずなのに、何かが完全には戻りきっていないという感覚が、拭いきれずに残っている。
「……やっぱり、気にしすぎかね」
自分でもそう思うが、それでも無視するには引っかかりが強い。
「どうした」
隣を歩いていた朔也が、いつも通り短く問いかけてくる。
「いや、歓迎会の時のあれ。ちょっと気になっててさ」
「……あの歪みか」
やはり、こいつも気づいていたか。
「一瞬だけだったけどな。けど、ああいう“薄いやつ”って、逆に面倒なんだよな」
「否定はしない。明確な異常よりも、兆候の方が厄介な場合は多い」
会話はそこで途切れる。
だが、次の瞬間。
空気が変わった。
熱ではない。
だが、明らかに“重い”。
「……来たな」
透が足を止めると同時に、遠くで蒸気が噴き上がる音が響いた。
現場は、商店街の裏通りだった。
本来なら人通りがあるはずの場所は、蒸気によって視界が白く曇り、空気が粘つくように重くなっている。
地面や壁からは、現実には存在しないはずの配管や歯車が浮き出し、空間そのものが“機械の一部”に変わりつつあった。
「……これは」
朔也が視線を巡らせる。
「単体じゃないな。構造ごと書き換えられている」
「だろうな。見た目以上にやばい匂いしかしない」
透は軽く息を吐きながら、ドライバーに手をかける。
変身。
赤と黒が交差し、トラヴァースが踏み込む。
だが、一歩目で違和感に気づく。
「……重いな、これ」
蒸気がただの煙ではない。
圧力として、動きを鈍らせてくる。
それでも強引に踏み込み、斬撃を叩き込む。
だが。
手応えが浅い。
それどころか、次の瞬間、周囲の配管が軋んだ。
「透、止まれ」
朔也の声が飛ぶ。
「圧が上がっている。このまま破壊を続けると暴走する」
「マジかよ……」
透は距離を取る。
敵は、まだ姿を定めきらないまま、蒸気と構造の中で脈動している。
これは、殴れば終わる相手ではない。
その時。
上から、何かが伸びた。
細い線。
いや、ワイヤーだ。
それは蒸気の流れをなぞるように走り、空間の中に“道”を作る。
次の瞬間、その上を滑るように、一人の影が降りてきた。
見覚えのある姿。
「……やっぱり、あの人か」
透が呟く。
藍澤亜依は、軽くこちらを見て、柔らかく笑った。
「やっぱり来てたんだね」
「そっちも、って感じですけど」
「うん、まぁね」
その声音は変わらない。
だが、その立ち位置は、もう隠されていない。
『オンミョウ』
静かな音声と共に、白と赤が重なり合う。
白蛇の意匠が形を取り、ドリュアーヌが現れる。
「ちょっとだけ、危ないかもね」
優しく言いながら、ワイヤーを放つ。
それは敵へ向かうのではなく、蒸気の流れへと絡みついた。
「……攻撃しないのか?」
透が問いかける。
「うん。これ、無理に壊すとね」
少しだけ首を傾げて。
「たぶん、爆発するよ」
軽い調子で言う内容ではない。
だが、その声は落ち着いている。
ドリュアーヌのワイヤーが、蒸気を“分ける”。
圧が一箇所に溜まらないように、流れを変えていく。
「久遠寺くん、見えてるよね?」
名前を呼ばれ、朔也がわずかに目を細める。
「……ああ。圧の集中点は三箇所だ」
「じゃあ、そこ教えて」
迷いのないやり取り。
朔也が示し、ドリュアーヌが整える。
その結果。
空間が、変わる。
「――通るな、これ」
透が踏み込む。
今度は、重さが違う。
圧が分散され、干渉が弱まっている。
「なら、やることは一つだ」
ドラゴンマズルを叩く。
『マズル・チャージ!』
熱が走る。
『ドラゴン・ブースト!』
出力が上がる。
「――これで終わりだ!」
跳び、落とす。
『レリック・ライダーキック!』
衝撃が、今度は逃げずに通る。
蒸気が一気に抜ける。
構造が崩れ、歯車が消え、空間が元へ戻る。
「……ふぅ」
ドリュアーヌが、小さく息を吐く。
そのまま、残った揺れをワイヤーで整えていく。
「こういうのはね、ちゃんと終わらせないとダメだから」
誰に言うでもなく、静かに呟く。
「……先輩」
透が声をかける。
「ん?」
「やっぱり、普通じゃなかったですね」
少しだけ笑うと。
亜依も、同じように笑った。
「そっちも、でしょ?」
その言葉に、透は肩をすくめる。
隠す意味は、もうない。
蒸気は消え、街は元に戻る。
だが。
新しい関係だけが、確かに残った。
戦うだけでは終わらない。
そんな当たり前のことを、ようやく実感しながら。
俺たちは、次へ進む。