ユニゾン・エコーが踏み出した一歩は、単なる移動ではなく、空間そのものの定義を揺らす現象として現れた。
地面に触れた瞬間、周囲の景色は遅れて歪み、その一歩に合わせて複数の世界の断面が同時に重なり合う。
距離感が狂う。
近いはずの位置が遠ざかり、遠いはずの位置が一瞬で侵入してくる。
「透、位置が固定されていない」
久遠寺の声が飛ぶ。
「空間そのものが座標を持っていない。踏み込みの基準が成立しない」
「厄介すぎるだろ、それ」
言いながらも、すでに身体は動いている。
いつもなら“整う”はずの感覚が、わずかに噛み合わない。
「……妙に軽いな」
「軽いんじゃない。基準が崩されている」
久遠寺もすでに変身を完了し、ヴァイザードとして後方へ位置を取る。
ユニゾン・エコーが視線を向ける。
その一瞬だけで、圧が変わる。
次の瞬間、前方の空間が裂けた。
剣撃だった。
だが、振られていない。
結果だけが先に現れ、斬撃が空間を遅れて通過する。
「――ッ!」
咄嗟に踏み込んで避けるが、回避したはずの位置に二撃目が重なる。
読みではなく、“既に起きた結果”が押し付けられてくる。
「サイキックとサイバーが混ざってる……!」
久遠寺が即座に解析を走らせる。
「予測と処理が同時に完了している。行動前提が成立しない」
「じゃあどうすりゃいい」
「……通すしかない」
短く答えが返る。
踏み込む。
ビーストの動きで間合いを詰め、ファンタジーの斬撃を叩き込む。
手応えはある。
だが。
次の瞬間、斬撃が“返ってくる”。
同じ軌道。
同じ威力。
だが、それは相手からではない。
「相克……!」
「陰陽も混ざっている。攻撃がそのまま反転される」
衝撃を無理やり受け流しながら距離を取る。
重い。
いや、違う。
圧が増している。
足元から蒸気が吹き上がり、視界が一瞬で白に塗り潰される。
ただの煙ではない。
圧力として、動きを縛る。
「スチーム……!」
「破壊すると圧が上がる。下手に壊すな」
次の瞬間、視界の奥で影が動く。
獣。
音もなく距離を詰め、牙が迫る。
回避するが、避けた位置に別の影が重なる。
「数もあるのかよ!」
「個体じゃない。概念が分裂している」
空間がさらに歪む。
足場が変わる。
地面だったはずの場所が、一瞬だけ戦場の陣へと書き換わる。
立ち位置が固定され、動線が制限される。
「戦国……間合いを支配されている」
「全部乗せってレベルじゃねぇぞこれ……!」
それでも踏み込む。
止まれば、その時点で終わる。
ドラゴンマズルを叩く。
『マズル・チャージ!』
『ドラゴン・ブースト!』
出力を引き上げ、強引に前へ出る。
だが。
違和感が走る。
出力は上がっている。
だが、身体の応答が一致しない。
「……噛み合ってねぇ」
「当然だ」
久遠寺の声が冷静に返る。
「お前の強化は単一前提だ。だがあれは複数の法則を同時に押し付けてくる」
ユニゾン・エコーが、ゆっくりと腕を上げる。
その動きに合わせて、空間全体が反応する。
札が舞い、蒸気が渦を巻き、影が蠢き、照準が走る。
すべてが同時に起動する。
「来るぞ、透」
「分かってる」
だが、間に合わない。
攻撃ではない。
“現象”そのものが落ちてくる。
衝撃、圧力、拘束、侵食、予測。
それらが分離せず、一つの塊として叩きつけられる。
防御が成立しない。
受け止めた瞬間に、別の法則が割り込む。
「――ッ!!」
弾き飛ばされる。
地面に叩きつけられた瞬間、足場が変わり、さらに位置がずれる。
止まらない。
転がる。
ようやく止まった時には、距離が大きく開いている。
「……クソ、なんだこれ」
息を整えながら立ち上がる。
見えている。
だが、対応が追いつかない。
「透、無理に合わせるな」
久遠寺が冷静に言う。
「合わせた瞬間に別の法則が割り込む。あれは“統一されていない統一”だ」
「最悪のやつじゃねぇか」
「その通りだ」
ユニゾン・エコーは動かない。
いや、動く必要がない。
存在しているだけで、空間を支配している。
「……どうする」
思わず問いかける。
久遠寺は、わずかに視線を細める。
「まだ分からない」
その言葉は、初めてだった。
見えているはずの男が、“分からない”と断言する。
それだけで、この敵の異常さがはっきりする。
「だが一つだけ確定している」
久遠寺の視線が、ユニゾン・エコーへ向く。
「あれは完成していない」
その言葉に、わずかな違和感が引っかかる。
「完成してない?」
「ああ。全てを一つにしようとしているが、成立しきっていない」
ユニゾン・エコーの体表で、わずかな揺れが走る。
九つの紋章が、ほんの一瞬だけ浮かび上がる。
そして、また潰れる。
「……あれか」
思わず呟く。
「そうだ。あれが“歪み”だ」
まだ、勝てる保証はない。
だが。
“崩れる可能性”だけは、そこにある。