ユニゾン・エコーが再び腕を動かした瞬間、空間全体がそれに追従するように歪み始めた。
単なる攻撃動作ではなく、周囲の現象すべてが連動して発動準備に入る。
視界の端で、蒸気が膨張する。
同時に、札が展開し、見えない拘束の輪郭が足元へ広がる。
「来る」
久遠寺の短い警告と同時に、身体が反応する。
踏み込む。
だが、その一歩が“遅い”。
次の瞬間、足元が固定される。
見えないはずの陣が、すでに完成している。
「……ッ!」
動こうとした瞬間に、別の法則が重なる。
影が絡みつく。
視界が歪み、距離感が崩れ、身体の重さが一瞬で変わる。
さらに、その上から圧が落ちる。
蒸気の塊が、衝撃として叩きつけられる。
「――ぐっ!」
受け止めたはずの衝撃が、そのまま内部へ流れ込む。
反転。
自分の防御が、そのまま自分へ返される。
「相克が重なってる……!」
久遠寺の声が遠くに聞こえる。
踏ん張る。
だが、その瞬間、足場が消える。
位置がずれる。
落ちる。
いや、違う。
“落ちた結果”だけが先に来る。
地面に叩きつけられる。
衝撃が走る。
だが、その衝撃すら、別の法則に上書きされる。
痛覚が遅れ、身体の感覚が一瞬だけ途切れる。
「透!」
声が聞こえるが、身体が応答しない。
無理やり起き上がる。
だが、立ち上がる前に次が来る。
予測。
いや、違う。
“確定した未来”が押し付けられる。
回避しようとした動きの先に、すでに攻撃が置かれている。
「……読まれてるんじゃないな」
息を吐く。
「先に終わってる」
だから、どう動いても遅れる。
その上で。
力で押し返そうとする。
ドラゴンマズルを叩く。
『マズル・チャージ!』
『ドラゴン・ブースト!』
出力をさらに引き上げ、強引に間合いへ踏み込む。
だが。
通らない。
斬撃は当たる。
だが、その結果が固定されない。
当たったはずの軌道が、別の法則で歪み、別の結果へ書き換えられる。
「……意味がねぇ」
その一言が、やけに軽く出る。
だが、その軽さとは裏腹に、状況は完全に詰んでいる。
ユニゾン・エコーが、ゆっくりと近づいてくる。
急ぐ必要がない。
すでに支配は終わっているからだ。
「透、一度下がれ」
久遠寺の声が、今度ははっきり届く。
「いや、まだ――」
「下がれ」
強く言い切られる。
その一言で、理解する。
これは、押す局面じゃない。
崩れている。
戦いそのものが成立していない。
歯を食いしばりながら、無理やり距離を取る。
その瞬間、拘束が解ける。
だが、それは“逃がされた”だけだ。
完全に、盤面を握られている。
「……最悪だな」
息を整えながら呟く。
久遠寺が隣に並ぶ。
その視線は、ずっとユニゾン・エコーを捉えたまま動かない。
「透」
「なんだ」
「一つ、確認する」
いつも通りの口調。
だが、その内容は軽くない。
「お前は、あれをどう見る」
問いの意味を考えるまでもない。
「どう見るって……」
視線を向ける。
ユニゾン・エコー。
九つの世界を抱えたまま、ひとつの存在として成立しきれていない歪み。
「……全部、乗せてるだけだろ」
短く答える。
「まとめてるつもりで、押し込んでるだけだ」
違和感の正体はそこにある。
「違うものを、無理やり一つにしてる」
それは完成じゃない。
「……ぐちゃぐちゃにしてるだけだ」
言葉にすると、妙にしっくりくる。
久遠寺がわずかに頷く。
「同意する」
その一言が返ってくる。
「では、もう一つ」
視線は外さないまま、言葉だけが続く。
「お前は、それをどうする」
問いは単純だ。
だが、その意味は重い。
壊すのか。
止めるのか。
受け入れるのか。
少しだけ、考える。
だが、答えは意外とすぐに出る。
「……決まってるだろ」
息を吐く。
「違うなら、違うって言うだけだ」
理屈じゃない。
感覚として、それは違う。
「全部まとめる必要なんてない」
九つは九つでいい。
「別々のままで、ちゃんと成立してた」
それを知っている。
全部、見てきたから。
「だから」
視線を上げる。
「無理やり一つにするなら、壊す」
それが答えだった。
久遠寺は、ほんのわずかにだけ目を細める。
「……そうか」
短く、納得する。
「なら、その答えは正しい」
その言葉の意味を、すぐには理解できない。
「ただし、そのままでは届かない」
視線がこちらへ向く。
「お前の今の力は、“一つの世界”を前提にしている」
確かにそうだ。
「だが、あれは違う」
ユニゾン・エコーを指す。
「九つを一つにした失敗だ」
だから。
「九つを、そのまま使っても勝てない」
その言葉が、胸に落ちる。
「……じゃあ、どうする」
問い返す。
久遠寺は、わずかにだけ間を置く。
そして。
「お前が、決めろ」
そう言った。
「見てきたのはお前だ」
九つの世界。
「理解しているのも、お前だ」
だから。
「その先を作れるのも、お前しかいない」
言葉が止まる。
理解する。
これは、託されている。
全部。
「……無茶言うなよ」
思わず笑う。
だが。
否定はしない。
「けど、まぁ」
息を吐く。
「やるしかねぇか」
視線を、ユニゾン・エコーへ戻す。
九つの世界を押し潰して、一つにしようとしている存在。
それに対して。
自分はどうするのか。
答えは、もう出ている。
違うままでいい。
だから。
そのまま、繋ぐ。
その瞬間。
ドライバーが、これまでとは違う反応を返す。
静かに。
だが、確かに。
“新しい何か”が、そこに生まれようとしていた。