「ふぅ、なんとか勝てたか」
指先の震えを誤魔化すように、シジルドライバーからワールドシールを抜き取る。装甲の光がほどけ、視界の端に残っていた表示が一つずつ消えた。床に落ちた瓦礫の影が揺れている。掌には三枚。擦り傷のついたファンタジー、青白く脈打つサイバー、まだ冷えきらないホラー。
「……お前、今まで何度、他の世界に行った」
背後から久遠寺の声。振り向かずに答える。
「九回は行ったぜ」
沈黙が落ちる。靴音が近づき、横から覗き込まれる気配。
「それって、ワールドシールの全種類と同じじゃないか」
息を詰めたような声だった。三枝が肩越しに顔を出す。
「えぇ!?ワールドシールって、九種類あるの」
廊下の蛍光灯がちらつく。久遠寺は端末を取り出し、空中に淡い円環を投影した。刻印が九つ、空白を含めて並ぶ。
「ファンタジーのワールドシールって、結局どんな世界なの?」
三枝がシールを覗き込みながら小声で聞いた。
「……様々な幻想が入り交じり、多くの魔が存在する世界だ」久遠寺が端末を操作し、淡い光の紋様を浮かび上がらせる。「剣と魔法が主流だが、それだけじゃない。信仰、契約、呪い……理屈よりも“物語”が力を持つ領域だ」
「物語って、ふわっとしてない?」
「抽象に見えるだけだ。例えば竜は象徴だが、同時に災厄でもある。人の願いが形を取り、魔物として現れる事例も多い」
俺は掌のシールを指で弾く。赤銅の刻印が微かに光った。
「つまり、なんでもありってわけか」
「違う」久遠寺が首を振る。
「世界ごとに法則がある。ファンタジーの場合は“意思”が強く反映される。強い誓いを持つ者ほど力を引き出せる」
三枝が目を丸くする。
「それじゃ、他の世界はどうなるんだ!」
その疑問に対して、ゆっくりと語り出す。
「サイバー。高度な情報社会だ。現実と仮想の境界が薄く、思考や感情すらデータとして扱われる。身体能力よりも“判断速度”が力になる」
「ビーストは逆だ。理屈より本能。野生の掟が強く、地形も生態系も過酷だ。適応力と身体の使い方が試される」
「ミステリー。情報が断片的で、真実がすぐには見えない世界だ。敵は必ずしも怪物じゃない。謎そのものが脅威になる」
「戦国。群雄割拠。戦場の論理が支配する世界だ。個の強さより、覚悟や戦術が問われる」
「サイキック。精神干渉が日常に存在する世界だ。意思や記憶が武器になる。精神が弱いと逆に飲まれる」
「スチームは蒸気機関文明。歯車や圧力、機械仕掛けの技術が発展している。暴走すれば都市ごと吹き飛ぶ危険もある」
「陰陽は調和の世界。生と死、光と影、対になる概念が均衡している。術式や結界が主流だな」
「最後にホラー。恐怖そのものが力になる領域だ。怪異は理屈で倒せない場合が多い。精神を揺さぶられるほど、敵が強くなる」
俺はポケットのシールを指で弾く。
「……だから、あいつはあんな戦い方だったのか」
久遠寺は小さく頷いた。
三枝は腕をさすりながら、少しだけ距離を取る。
「世界ごとに戦い方が変わるって、そういう事なんだね」
「行った事あるな」
久遠寺が眉間を押さえる。靴先が床を軽く叩いた。
「……マジか」
三枝が小さく息を呑む。廊下の奥、割れた窓から夜風が入り、シールの端を撫でた。
「九種類全部集めたら、どうなるんだよ」
問いは軽く投げたつもりだった。久遠寺はすぐに答えない。投影された円環がゆっくり回転し、中央に空白が浮かび上がる。
「門が開く、という説がある」
「門?」
「行き先は固定じゃない。最後に重ねたシール、持ち主の経験、共鳴状態……条件で変わる可能性が高い」
三枝が首を傾げる。
久遠寺は視線を外した。明確な言葉は返さない。
掌の中の三枚を見下ろす。擦れた縁。消えかけた刻印。通り過ぎてきた景色の残り香だけが残っている。
「……集める理由、分かった気がする」
小さく呟くと、三枝が顔を上げた。
「戦うため、ってこと?」
「違うな」
ポケットにシールを滑り込ませる。重みが腰の辺りに落ち着く。
「選ぶためだろ。どこに行くか、誰を連れてくか」
久遠寺が一瞬だけこちらを見る。何か言いかけて、止めたようだった。
廊下の奥で、微かなノイズが走る。まだ見えない何かが近づく気配。三枝が身をすくめる。
「……また来るのか」
「さぁな」
足を踏み出す。靴裏に砕けたガラスが鳴った。
「でも、次に来るのがどの世界でも――」
言葉を途中で切る。
代わりにドライバーへ手を添えた。
静かな金属音だけが返ってくる。
「行った事ある場所なら、話は早い」