混崙諸島の落命拾い 作:破魔矢ん
単車が走っている。青いラインをバチバチに決めた、真っ赤なボディの単車。その隣にはサイドカー。明らかに専用のパーツではない雰囲気を醸し出しているし、今にも外れそうで空恐ろしくはあるけれど、まぁ、乗っている者達が良いのなら良いのだろう。
ハンドルを握っているのはライダースーツに身を包んだ少女だ。年の頃はまだ十五、六か。彼女はバイザーの内側に表示された文字を見て、チッと舌を打った。
途端、ヘルメットの内側に内蔵されたスピーカーから声が飛ぶ。
「フィニ、行儀が悪いよ」
「るっせーよハゲ。乗せてもらってんだから大人しくしてろ」
少女と同じくらいの年頃の、少しくたびれた印象を覚えさせる少年の声。
二人はこれまたヘルメットにつけられているマイクで喋って声を届け合っているようだった。
「それで、どうしたの?」
「前方……6キロくらいのとこに、
人里に出てくることはあまり無いが、出たのなら兵士が四、五人いなければ倒せないだろう怪物。
しかし二人に緊張感は無い。
「先に突っ切る選択肢が出てくるのがフィニらしいよ。ちなみに生還確率は?」
「そんなもん自分で計算しろハゲ」
「僕がハゲるには少なくともあと四十年は必要だろうね。……致命傷以外を考慮しないのならば、生還率40%だって」
「致命傷すらどうでもいいなら?」
「突破可能率は100%。死亡確率は90%」
「10パー生き残んのなら──充分だろ」
アクセルを引く、フィニと呼ばれた少女。
サイドカーの少年は肩を竦め──深く被ったヘルメットの奥に、獰猛な笑みを浮かべる。
「生き残れたら僕と結婚しようぜ、フィニ」
「誰がテメーとなんかするかタコ。あ違ったハゲ」
見えた。いや、遠くからは見えていた。
時速100キロを越える速度を出しているから、まぁ、到達は一瞬で。
だくだくととぐろを巻いた漆黒の靄。
その直後に口があった。牙の生えた口。ぬたぬたぬらぬらと気色の悪い唾液が見える、真っ黒な口。
これを受け、少女は重心を後ろにした状態でさらにアクセルを行うことで対処とした。
「お──ら、よっ!」
「ちょっと僕のこと忘れてナーイ?」
「あ」
即ちウィリー。……サイドカーの存在を一切忘れた動きでの、だが。
この単車は特別な改造がされているからこの程度じゃ「どうにか」はならないけど、単車だけで前輪を上げる感覚でやったら当然に「引っ張られ」る。
まぁ、今回はそれが幸いしたのかもしれない。
フィニの魂胆としては真っ黒な口を前輪で踏みつけるつもりだったのかもしれないが、車体は大きく左に逸れて、噛みつきを躱す形で起立。口の後ろに続く首、胴へと着地し、そのまま斜めになって走っていく。
「オーライ!」
「結果的にね」
二人のヘルメット、そのバイザーに表示されている観測データによれば、
スピードを落とさなければ30~40秒で突っ切れる。初手の攻撃を避け切った二人になら簡単な話だ。
それでもバイザーに映るデータから警告の文字が消えないのは──。
「軌跡曲がってるよフィニ! 左に20度!」
「おおっと、曲げたつもりねぇのにな。っとに不思議空間だぜ……」
発生したばかりであるからか、まだ普通の道に見える。そうである内に走り抜けてしまえば然程の問題にはならない。
だから、自分たちが通ってきた軌跡が衛星観測に措いて曲がっているかどうかを確かめ、その都度修正して進んでいく。
30秒なんかあっという間だ。光明こそ見えないが、出口はすぐそこに。
「今言うべきじゃないフラグ立ててもいい?」
「んだよハゲ。いいぜ、そっちの方が楽しい」
「これ出た先崖だったら笑っちゃうよね。だからこいつらもたった1kmしか横たわってなかった、みたいな──」
歪曲空間を抜ける。その瞬間、強烈な浮遊感が二人を襲った。
崖……道が割断されて、深い深い穴が開いている。ここが浮遊島であることを考えれば……あるいは、雲を突き抜けて。
「──oh」
「おいハゲ、謝罪」
「謝るから助けてェ!」
言葉に返事はこなかったけれど、水平方向、崖を沿うようにして──巨大な機械の腕が走ってきている。いや、何かを乗せて……掴んでいるようにも見える。
腕に掴まれているのはフィニらより少し年上の色黒な少年。釣り竿を持ったその少年は。
「お前ら! 迂回推奨っつったろ!! なんで毎回毎回危険な目に遭いながら登場するんだ!!」
──至極真っ当な言葉を吐く。今それどころじゃないだろうに。
「反省してまーす」
「反省するから助けてカラック!」
「わーってる! ハンドルから手ぇ離すなよ! 単車ごと
竿がしなる。機械の手に掴まれた状態で振るわれる釣り竿。そこから射出されるは爪フックのついた糸。
糸とフックはまるで生きているかのような動きでフィニたちのもとまで届き、そのままぐるぐると単車とサイドカーを縛り上げる。乗っている二人には当たらないように、けれど決して外れないように。
「かかったなぁ! フォルティス、持ち上げてくれ!」
引き上げられる。機械の腕によってカラックと呼ばれた少年が、釣り竿に絡まった単車と二人が。
安定感のある引き上げだった。機械による引き上げだからか、引き上げられている三人は安心しきっている。
──そんな三人の……いや、単車組二人のバイザーに、「歪曲範囲拡大注意報」の九文字が流れた。
おもむろに上を見上げれば……今にも零れ落ちてきそうな漆黒が顔を覗かせていて。
「フォルティス! 引き上げ速度上げて!」
「あたしらの怪我とか気にしなくていいから引き上げろフォルテ! 全員死ぬぞ!!」
遅かったのか速かったのか。
三人の頭上……漆黒の粘液がどろりと落ちてくる。垂れてくる。
その中を渦巻く無数の
いや、渦巻く、というか。
一匹──歪曲した空間を突っ切って、出てこようとしているような。
「おー、あいつあたしが踏んだ蛇だな。なんだ、ガッツあんじゃん?」
「踏んだっていうかよろけたところにいただけだよね。僕ら悪くない」
「呑気か! おいフォルティス、
「おい」
別に活竜独蛇は歪曲した空間の中でしか生きられない、ということはない。活竜独蛇の周囲の空間が歪曲するだけだ。その逆はない。
ただ、歪曲した空間はその空間同士で繋がり合い、空間と空間を隔てる膜は少量の張力を得る。今あの活竜独蛇が出られずにいるのは、その張力が頑張っているから。
即ち。
「あ」
「やべ」
「終わっ──」
引き上げを頑張っている者がどれほど速度を高めたって意味はない。
単車を──そのハンドルを持つフィニが狙いである。どこにいようと関係がない。
口。牙の生えた巨大な口。漆黒の蛇のソレは、単車も、そして機械の腕にいたカラック少年をも丸ごと呑み込んで──。
「あれ邪魔なんだけど」
「──Eliminate.」
掃射音が響き渡る。
数百発の弾丸は
落ちていく。
活竜独蛇の咥内という深淵が一気に晴れて、陽光の元に晒される三人。
彼らは見る。見上げる。
推進用のプロペラが背もたれについた、「浮遊する椅子」に乗って登場した、なんとも気怠げな少女と、その後ろに佇む、巨大な銃器を持った、目を伏せたままの執事服の青年の姿を。
「アヤ!」
「助かった」
引き上げが再開する。あの活竜独蛇がいなくなったとて、歪曲範囲拡大は収まっていない。急いで上がるに越したことはない。
とはいえ。
その後は特に何事もなく……三人は無事に回収されるのであった。
機械と漁業の街ロウレディア。
街中いたるところにある、実用性の高いものからガラクタまでピンキリな機械機械機械。それを売って、あるいは共生して暮らしているのがロウレディアの人々だ。おもな産業は機械、そして飛空魚と呼ばれる「空を飛ぶ魚」を獲る漁業。
どこもかしこも活気のある街だけど、漁港と街中で活気の元が違う、そんな街である。
そこの片隅……というには「結構なお屋敷」に少年少女はいた。
「いやー助かった! 彼女は僕の命の恩人だ! だから僕と結婚するべきだと思うんだよ」
「おいタコ、そこ邪魔」
「……毎回毎回だが、よくもまぁそんな最低な言葉が吐けるよな……。もう少し金目当てなその目を隠せないモンかね」
「お言葉ですが、クラック。あれがジュライのアイデンティティなので、あれを隠してしまえばいないのと同じになるのでは?」
「君が一番酷いよねフォルティス」
くたびれた印象を受ける声の少年、ジュライ。
口と行儀の悪い少女、フィニ。
色黒で真面目で、少し年上な少年、クラック。
毒舌で義手の少女、フォルティス。
そんな少年少女四人の前に、菓子と紅茶がそれぞれ出される。
出したのは執事の青年だ。
「どうぞ。シンガリア産のシフォンケーキとアッシュローズティーです」
「ありがとうございます、ラウスさん」
「いつもすんませんね……」
「わおやったぜ僕の告白に拒絶がないあたりOKだよこれ」
「ラウスさん、こいつの額に風穴あけてくれていーよ。そんくらいしないと反省しないだろ」
「冷めないうちにどうぞ。お嬢様の好む茶葉です。どうぞ、ご堪能ください」
有無を言わせぬ圧があった。
わかっている。四人とも知っている。この執事の青年ラウスはお嬢様第一主義だ。お嬢様……アヤが四人と仲良しだから、間接的に良くしてくれているに過ぎない。
言葉は、会話は、すべてノイズでしかないのだろう。
と、そこへ。
「ああ、お菓子は行き届いたね。それじゃ、ラウス。出てって」
「承知いたしました。何かありましたら、ベルを」
「わかってるって」
例の「浮遊する椅子」に乗った少女が現れる。室内でも関係なくその椅子だ。サイドテーブルが展開されているあたり、室内モードではあるのかもしれないが。
執事の青年はそのサイドテーブルへ紅茶と菓子をもう一セット置いてから、優雅な礼と共に退室した。
「アヤ、結こ、」
「すまねえな、助けられた。怪我、無いか?」
「訊くのは私の方からじゃない? フォルティスは大丈夫だろうけど、みんな、大丈夫だった?」
アヤ……気怠げで、目もほとんど閉じているような少女の、それでも「心配したんだよ」というニュアンスを含む声。
それに対し、三人は親指を立てて返した。
「かすり傷一つねーよ」
「釣り竿も折れてない。完全な無傷だ」
「強いて言うならフィニの単車のサイドカー結合部に多少の疲労があるだろうことくらいかな。フィニが無茶な運転したから」
「それでしたら、先程パーツを交換しておきました。そろそろ替え時であると思ってパーツを持ってきていたので」
「マジ? ありがてー」
「占めて7,000圓ですが、払いますよね」
「……ハライマス」
言葉だけじゃ信じ切れないのか、アヤは四人の身体をじーっくりと見まわして……ようやく納得したように、ぽふっと背もたれに背を預ける。
「なんであんな危ないことしたのか、弁明」
「いやーまあ、たかだか1kmならいけると思ったっつーか」
「生還率10パーあったし、僕らなら大丈夫だと思って」
「一応補足しておきますと、致命傷を考慮しない場合の生還率です。致命傷だけは防いだ場合の生還率は40%。突破可能率は5%にまで落ちていました」
「ああマジ? そっちの数値見落としてたな」
溜め息。出所はアヤとクラックから。
「お前らなぁ。その向こう見ずなとこ直さないといつかマジで死ぬぞ?」
「フォルティスの危険予測が間に合ってなかったら、どうするつもりだったの?」
「う」
「アヤ、私を褒めてください。二人が警告を無視した瞬間にクラックを連れて崖まで来ました」
「いや、それ! 崖! 崖になってること自体が予測不可能だから!」
「……まぁ、それはそうだな。つか最近多いよなー島割れ。街の直下なんかに来なきゃいいけど」
「崖のことだって、しっかり迂回してたら事前にわかったことでしょ。話逸らさないで」
なんもかんもその通りである。危険を冒す必要などどこにもなかった。
つまるところ。
「……スリル欲しさに無茶しました。反省してマース……」
「僕もスリル欲しさで止めなかったから……心配かけてごめんね」
スリル欲しさ。
人生には
フィニとジュライはそれを心から感じているのだ。渇望している。
あるいはかつてそうだったクラックも。二年ほど年を重ねたことで落ち付きはしたけれど、それでも感じる時のあるそれ。
「理解不能ですね。アヤ、無理して理解しようとしなくていいですよ。私が理解できていないので」
「……はぁ。……とにかく、危ないことしないで……は、無理だろうけど。せめて私の目の届く範囲でやって」
「はぁーい」
「それはつまり、一生私の目の前にいて、という告は──」
「それ以上喋ると眼孔に紅茶流し込むぞハゲ」
「……いただきます」
はぁ、ともう一度小さく溜息を吐いて、アヤはクラックとフォルティスを見た。
そこで意図の察せない二人ではない。だから、席へとついて。
「お茶会、始めよっか」
乾杯をするのである。
紅茶とお菓子を食べ終わって、少しして。
待ちきれない、という様子のフィニを見かねてか、クラックがアヤへ目配せをする。
彼女が頷きを返せば、どこからか降りてくるスクリーン。
アヤの「浮遊する椅子」のアームレストの先端がカポっと外れ、中からレンズが顔を出し……スクリーンへと映像が映し出された。照明は良い感じに暗くなっているし、カーテンも良い感じに閉じている。
「フィニがもう待てなそうだから、ブリーフィング、始めよっか」
「待ってましたァ」
「今朝入った情報だけど、
「
「可能性は高いねー。そんでもって
サルベージ。基本的には沈没した船舶の引き上げ回収を行うことを示すが、当然ここでは違う使い方をしている。
少年少女らの生業は、偏にこれである。
「救難信号が出なかったから、雲洋警備隊も出ていいのかどうか判断を測りかねている状態らしい。そこで君達の出番だ」
「ちなみにそれ、どこの会社の船?」
「『オストカロス雲洋通商』」
「ヒュウ、超金持ちじゃん」
「救助して謝礼金を貰うつもりか? だが、雲洋で
「ついでに言いますと、『オストカロス雲洋通商』は私用のサルベージ船をいくつか所有していたはずです。最悪鉢合わせることも考えられますよ」
「そこはフォルティスのレーダーを信じるさ」
話がまとまっていく。
そう、彼らは
一応名目上は人命救助だ。雲洋警備隊では手の回り切らない部分を民間人がカバーする、というのは特に違法ではないし、古来から行われてきた「人と人との助け合い」。ただし盗掘しているところを警備隊に見られたのなら、それはそれでアウトだ。その行為は違法──持ち主が権利を主張してこなければ合法になる──であり、子供だろうと関係なくお縄。
それでも彼らは──クラックやフォルティス含めて──その
「いつも言っていることだけど、基本的に私は手伝わない。
「あいよ。いつも助かってんよ」
「HCSスーツは整備済み。フォルティス用の
「ありがとうございます」
「……生きて帰ってきてね。じゃないと私がみんなの
「ストップアヤ! それ以上言うとフラグになる!!」
「もうなってんだろ。馬鹿言ってないでいくぞ。アヤ、待ってろよ。たんまりオタカラ持ってきてやっからさ」
「うわあああ! それ! それが何よりの特大フラグだよフィニ!」
騒がしくする少年少女らの目に不安や恐れはない。
その目にあるのはうだるような
だとしても、生を掴む。いや、掴ませる。
この家の地下から伸びるドッグへと降りていった四人を見送って……少女アヤは、ベルを鳴らした。
「ここに」
「いつも通り、つかず離れず見守って。絶対に気取られないように、そして……
「御意に」
大人は甘くない。
少年少女らが今までやってこれたのは、当然、少女の「目の届く範囲」にあったからだ。
そのことにあの四人が気付くのはいつになるか──あるいは、目前か。
神のみぞ……否。
知る存在は、案外近くにいるのやもしれない。
TIPS
古くは四万年近く前、混崙浮遊群島帯がまだ地上にあった頃のお話です。
世界の支配者が、あるゲームを行いました。集められたのは十二の参加者。勝者は一つだけどんな望みでも叶えてもらえる権利を手にし、敗者は土に還る……そんな残酷なゲームです。
このゲームに参加した蛇と竜は結託し、狡猾且つ大胆に立ち回って他の参加者を食い殺し、晴れて勝者となりました。
しかし支配者が叶えてくれるのはたった一つの望みのみ。これを前にして、蛇と竜は正々堂々殺し合うことにしました。互いを食い合い、締め付け合い、殺し合うことまる一年。
支配者はとうとう飽きてしまい、蛇と竜を一つにくっつけ、その上で望みを聞くことにしました。
こうして生まれた
めでたしめでたし。