混崙諸島の落命拾い 作:破魔矢ん
アヤ・S・ハイブラシル。
ハイブラシル財閥の令嬢であり、足が不自由なのか怠惰なのか、常に「浮遊する椅子」に座っている少女。
戦闘力らしきものは確認されていないが、多機能なその椅子と、何より傍らに控える執事が厄介だ。
ラウス・デイズ・ステイン。
抹消のステインという名前なら聞いたことがあるだろう。かつて混崙諸島じゅうを恐怖のどん底に陥れた、殺し屋兼壊し屋。受ける依頼は生死問わずのみ。やつの通った場所には雲一つ残らない……ある種の伝説。
あれが甲斐甲斐しくお嬢様の世話をしているなど狂気の沙汰であるが、真実そうなのだから仕方がない。
ハイブラシル財閥への敵対は禁ずる。これは何事においても、だ。
*
……という文面を見て、ぷふっと噴き出すは目を瞑った青年。
「最近派手にやってるから何かと思えば、なるほど自分の存在希釈のために俺を駆り出してたってワケね」
「まぁそういうこと。クラックたちもそろそろ大人。となると情報なんかを拾える位置に来ちゃうからねー。過去のどんぱちは過去のもの。今を生きる若者が知る必要はないのさ」
ケラケラと笑う青年の姿には、そのどこにも執事らしさが無いし、アヤ第一主義という圧もない。
口調こそある程度矯正はされているが、それを差し引いても粗暴さを感じさせる獣性のようなものがそこにあった。
「ま、なんにせよ、これでハイブラシル財閥の狂犬は親父さんから俺にすり替わった。動きたい放題だろ、親父さんたち」
「んー、どうだろ。パパとママは今当時はできてなかった新婚旅行に夢中だし。あくまで私が動きやすいようにやったことだから、あんまり恩恵はあげらんないかなー」
少女……アヤの手元には端末がある。そこに映し出されているのはどこかの雲洋、そのどこかの地点。
緑色の△、黒い○、青い□など、様々な色分けが為された塊が端末各所に散らばっている。
「……やっぱり、なんかおかしいよね、
「と言われてもなァ。長年アンタに連れ添いやしたが、あの蛇どもの動きなんざ掴めねえからなぁ」
「だってこんなに周囲に人間がいるのに、無人のはずの沈没船の周囲を執拗に回遊して……まるで何かを守っているみたいじゃない?」
「言われてみれば?」
端末に映し出されているのはとある船の沈没したポイントらしかった。子供達に教えたのとはまた別のポイント。既に子供達は家に帰っている。手に入れたお宝を売るために街に残っている者もいるかもしれないが、少なくとも雲洋にはいないだろう。
沈没した地点を示す赤い×。その周囲を取り囲むようにして存在する黒い○。これが活竜独蛇だ。
周囲には
これほど近くに人間がいるのに、黒い○はそこから動こうとしない。これは確かにおかしな事態だ。
「企業と積み荷は?」
「『グローバルノーデン』。古参の会社だけど、積み荷は最新の迎撃装置とかなんとか書いてあったかな」
「迎撃装置……ンなもん普通の船で運ぶなよ」
「陸路は君達みたいなハイエナが多いからでしょ」
「ハッ、否定はしないが、俺はハイエナ行為はしたことねーよ」
対し、陸にいるハイエナたちはその辺関係ない。当然の顔をして違法改造した単車や装甲車で積み荷を奪いに来る。雲路の方が安全なのだ。
アヤが端末の映像を拡大する。記号で示されていたそれぞれが急に鮮明な姿を取り戻した。
「迎撃装置になにか活竜独蛇の好ましいモンが使われてた、ってことか?」
「だとしたら必死になって群がるよ。そして、活竜独蛇の好ましいものは人間の命。周囲に目を向けない理由がない」
「より美味そうなモン、とか」
「人間なんか全部平等だよ。老若男女全部美味しそうって思ってるよ彼らは」
「んじゃあ、奴らが守らねえと、ってなるものって?」
活竜独蛇。支配者によってくっつけられ竜と蛇。
それが必死になって守ろうとするもの。
「……単純に考えるなら、卵があるとか」
「卵! まぁやつらも蛇だ、そりゃタマゴから生まれるのかもしれねえが……その瞬間を見たことあるやつがいんのか?」
「少なくとも私は無いかな」
「お嬢、アンタがねえんなら他の誰にもねえだろうよ」
活竜独蛇は突然現れる。虚空から突然発生する。
消える時も突然だ。予兆があるとか弱ったからとか、そういうことはない。突然出現し、突然消失する。
だから生態もなにもない存在だった……が。
もしタマゴから生まれる姿が観察されたのなら、……否、と。
アヤはそこで思考を切り替える。
「タマゴから生まれる必要のない活竜独蛇が、わざわざタマゴから生まれる……産み落とすモノ」
「やべぇのが生まれてくるんじゃねえか、ってことか」
「そうなったら願ったりかなったりではあるけどね」
ニヤりとラウスの口角が上がる。
淡々と言葉を紡ぐ少女。感情の一切載っていないその声には、しかし、確実な期待がある。
「やっぱり邪神は言うことが違ぇわな」
「くだらないこと言ってる暇あったらそっちのクッキー取って」
「どうぞ、お嬢様」
なんという変わり身の早さか。一瞬にして「デキる執事」になって、取ってと言われたクッキーと、そしていつの間にか淹れたコーヒーをカップに注ぎ渡すラウス。
その際の声は二割増しにイイ声である。
クッキーを受け取ったアヤは、一枚をラウスに渡したあと、特に上品さの欠片もない食べ方でクッキーを貪り始めた。
ここには『財閥のご令嬢』も『シゴデキ執事』もいない。いるのは自堕落と粗暴の二人組である。
「お……警備隊の連中、武装を許可したな。派手なのが始まるぞ」
「え、警備隊なんかどこかにいた?」
「西側の船は全部警備隊のだろ。他は
食べ終えたクッキーが気に入ったのか、アヤに渡したクッキーをつまむラウス。少女もそれを気に留めはしないので、そういうものなのだろう。
して──何発かのロケット弾が発車される。『グローバルノーデン』の貨物を守るようにして存在する活竜独蛇、それらの持つ歪曲空間。
着弾はした。数体の活竜独蛇の胴体が弾け飛ぶ威力があった。
が、それだけだ。
歪曲空間が消えることも、活竜独蛇らが退くこともない。
否、むしろ。
「あーあー。警備隊もほとほと学ばねえよな。んなチャチな攻撃じゃ活性化を促すようなモンだっつーの」
「現場にいるのが誰なのか知らないけど、させるため、ということもあるんじゃない? 通常とは違う動きをしていることは彼らにもわかっていいことだしさ」
「いつもと違うからいつもと同じモンで刺激して反応を見よう、ってか」
活性化する。歪曲空間の範囲が一気に拡大し──「距離感を見誤っていた数隻の船」がその漆黒に飲まれる。
無論見誤っていたのは
ただし、活竜独蛇はかなり気性を荒くしているように見える。もしここへ再度攻撃なぞしようものなら、たちまち反撃のひと噛みが伸びてくることだろう。
「さて、こうなってくると膠着状態……ん、お嬢。何してんだ?」
「申請と受理。軌道兵器の使用は幾つかの手続きが必要になってるから。自分で受理するからなんでもいいんだけど、正式にやっておかないと後で探られたお腹が痛くなる」
「……まさかとは思うが」
トン、と。端末の黒い○を指でタッチするアヤ。
直後そこに真っ白な円が生まれた。次いで起こる爆発と高波。
「ハイブラシル財閥所有軌道衛星『
「願ったりかなったりっつってたクセにそいつをぶち当てたのと、そのオーパーツでも消し飛ばし切れねえのはどういう了見だ?」
「えっ」
得意気に鼻を鳴らしていたアヤが改めてしっかりと端末を見れば、消し飛ばされた部分の周囲からギチギチと再度歪曲空間を侵食させている漆黒が。
加えて……円の中心。船舶まるごと消し飛ばしたはずなのに、まだ何かが残っている。
「うそ……今見つかってる材質で最大レベルのエネルギー強度なんだけど。船は当然消し飛ぶにしても、なにこれ。何が残ってるの?」
「件の迎撃装置ってヤツじゃねえか。んでもってそいつはやっぱり特別な素材を使ってた、と」
「……そのレベルのもの、雲洋警備隊の手に渡っても野良の
「だがアンタの攻撃が効いたと思ったんだろうな。連中、群がり始めたぞ」
ラウスの言う通り、端末に映る映像では、我先にと……
まるで穴など見えていないかのような速度だ。減速する気配がない。
地表にある海と違い、吹き飛ばされた雲洋はそこまですぐには戻ってこない。それを知らぬ
それだけではない。滲み出るようにして戻ってきた漆黒が
入れ食い状態だ。ここまでになって尚、
「異様だ。連中、幻でも見てんのか?」
「可能性は高いねー。雲洋警備隊が突撃しないあたり、ある程度距離があれば普通に見えるのかもだけど……近付くととんでもないオタカラに見えるんじゃない? ……あるいは活竜独蛇もオタカラを幻視していて、だから守っているとか。もしくは活竜独蛇による疑似餌で、この入れ食い状態は故意、とか」
「後者だったら空恐ろしくどころじゃねぇな」
活竜独蛇に知性は無い。無いとされている。
だがもし、人間を罠にかける程度の知恵があったら。あるいはそんな知性を身に着けていたら。
「っと……お嬢様、通信要請が来ております。33-6-633。雲洋警備隊の司令部ですね」
「なんだろ。文句? ウチがやったって見抜けるとは思えないけど。まぁ出るよ」
通信が繋がる。端末に口ひげを蓄えた黒目の男性が映る。
『こちら、雲洋警備隊第三司令部司令室ヨウ・ドウキ司令官である』
「ハイブラシル財閥が私設部隊隊長のSだ。何用かな、雲洋警備隊」
声色を変えたアヤに爆笑……は流石にしないラウス。目を瞑り、無感情無関心の様子で待機している。
『先日、
「……唐突だな、雲洋警備隊。それに今する話か?」
『今は不都合かね?』
「今はアンティリア浮遊島沖合の攻防を見るのが先決に思うが」
『アンティリア浮遊島? なんだ、あのなんでもない場所で次の遊びでも企てているのか?』
話がかみ合わない。アヤはハンドサインをラウスへ送る。発信元が偽装である可能性を考えたのだ。
しかし、ほどなくして返ってきたのは否定を示す首振りだった。発信元は紛う方なき雲洋警備隊であり、この者は大まじめにこれを話している、と。
「まぁいい。そのHSCスーツのサイズを聞いておこう。ハイブラシル財閥で取り扱っているHCSスーツは大人用のものだけだ。それ以外はハイブラシルの技術を模倣した誰かの作り上げた劣化品だからな」
『ハイブラシルが模倣品の存在を許している、と?』
「その問いをするということは、やはり大人用ではないものか。不要ならば買い取ってもいい。製作元を割り出す必要があるしな」
『あくまで知らぬを貫き通すか。良いだろう。そして、これは雲洋警備隊で預からせてもらう』
「好きにしてくれていい。だが、一つだけ注意だ、雲洋警備隊。我々の作るHCSスーツには必ず安全装置が取り付けられているし、特殊なコーティングがされている。それがどこにも見当たらない場合、スーツの技術だけを見様見真似で模倣した劣悪品である可能性が高い」
『そうだとして、何を注意するのだね?』
「ハイブラシルの製品は環境に優しいのさ。それではな」
言って通信を切るアヤ。
「わかんねぇことが二つあったな。一つはなんでこのドンパチを司令室が知らねえのか。もう一つはガキ共のHCSスーツがなんで脱ぎ捨てられていたのか」
「ドンパチを認識できていないのは活竜独蛇か迎撃装置による認識操作だと仮定しても、スーツに関しては謎。子供たちのスーツは毎回回収してるから、残るはずがないし」
「金を積んで雲洋警備隊から取り返すって手は?」
「あっちがどれだけソレに価値を見出しているか、かな。誰かを差し向けるのはアリだけど、罠の可能性もゼロじゃないし」
「俺が行こうか?」
間。それはアヤの、「何を言っているんだ」という怪訝な視線。
ラウスは肩を竦めるしかない。
「君の使いどころはここじゃないでしょ」
「そうかい。……それで? さっきかけてた脅しはどういう意味だったんだ」
「脅しじゃなくて注意ね。私の作ったあのスーツが特殊な製法だっていうのはわかってるでしょ?」
「模倣どころか研究さえもできねえ特製だってことは知ってる」
「簡単に言うと意のままに操れるんだよ。この椅子と一緒。だから刺客を差し向けずとも、あのスーツ自身を暴れさせる、なんてことまでできるわけ」
「……無駄な、と言おうとしたが、成程ガキどものためか。過保護だな」
ピンと人差し指を立てるアヤ。その少し離れたところに、しゅるしゅると黒い繊維が集束する。
繊維は球体を作った後、
「所在の分からねえスーツまで操れんのか?」
「そこなんだよね。本当にHCSスーツなら操れる。違うなら無理。そうであると思って操るのも吝かではないけれど、勝手に動くと知れたら余計面倒なことになりそうじゃん?」
「まぁ知れてるな」
だからやんない、と、アヤが手を開いたところで──先程まで通信画面になっていた端末の映像に動きがあった。
光。光だ。
「ん……」
迎撃装置らしきものがまばゆい輝きを放っている。活竜独蛇の放つ漆黒を消し飛ばすかのような光。
「……浮き上がってきている?」
「マジでなんだこりゃ」
次第、端末が真っ白に染まる。光が強すぎるのだ。
やがてバツンという音がしたかと思うと、光が収まって……。
「消え、た?」
「らしいな。見ろ、活竜独蛇も消えていく」
消えた。どこかに行った。
伴い、アレを守っていた漆黒も姿を消す。残されたのは、静けさを取り戻した雲洋。……と、ようやく正気を取り戻したらしい
「この雲洋警備隊も本物か怪しいけどね」
「だな。司令室が知らねえのが認識操作じゃねえのなら、あるいはこっちが偽物ってこともあり得るだろ」
「いきなりロケット弾撃つのも今思えば怪しかったか」
映像を切るアヤ。
「『グローバルノーデン』の最新迎撃装置……一体何が使われていたのか」
「俺は昔の知り合いに当たってここに映ってる
「それ、ナイス。私も色々調べておくから」
二人は動きだす。
自堕落と粗暴の姿はどこにもない。
そこにいるのは、財閥の総裁Sとシゴデキ執事であった。