巡海レンジャー(自称) 今日もスウォームを狩り歩く 作:内モツ
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【域外文明タラサ】
かつて仙舟「岱輿」が墜落し、その残骸が生態系に多大な影響を与えた海洋惑星。海中には仙舟の遺物が沈み、独自の「域外文明」を形成している。伊須磨州自治区は、墜落した仙舟の区画を利用した居住区であり、水圧に耐えうるドーム内で人々が生活している。
◇◇◇
「……痺れる。美味。……ただし、電圧不足」
タラサ、伊須磨州自治区の片隅にある大衆レストラン。
青白いバイオルミネセンスが店内を淡く照らす中、サムウェインはカボチャの兜を僅かに傾けながら、スプーンを口元へ運んでいた。
皿の上には、タラサの名物「水雷キノコの煮物」が盛られている。
口に含むたびにパチパチと電子が弾け、オムニックである彼の受像器に心地よいノイズを走らせる。それを彼は、強炭酸飲料「加糖スラーダ」で、強引に胃袋へと流し込んだ。
「早来……」
彼は無機質な声で呟いた。
「上映時間、まで。まだ、三時間後。……暇。退屈。無為。嫌。人生、三分の二、待機時間。非効率」
彼にとって、スウォームを狩ること以外に存在する「生きている実感」は、映画という名の虚構に浸ることだけだ。
しかし、今日彼が予約した映画――「海底二万マイルの絶叫」のリマスター版の上映までは、まだあまりに時間があった。
「……周辺探索。闇市、寄り道。掘り出し物、期待。……あるいは、破壊対象、発見」
サムウェインは席を立ち、テーブルに信用ポイント分の金貨を置いた。
金貨の隣には、なぜか丁寧な手書きで「ごちそうさま。二次元ホース、給料、払え」と書かれたメモが添えられていた。
◇◇◇
タラサの闇市は、墜落した仙舟「岱輿」の切れ端、その巨大な残骸の隙間を縫うようにして作られた不法居住区だ。
海水と錆に浸食された巨大な隔壁が、迷路のような路地を作り出している。
頭上を巨大な海獣が泳ぎ、その影が闇市に差し込む僅かな光を遮る。
ここでは、星穹列車の知識も、カンパニーの法も通用しない。取引されるのは、水槽の中で怪しく光る奇物や、違法にサルベージされた仙舟の武具、出所不明の記憶域ミームといった「毒」ばかりだ。
「奇物、偽物多し。詐欺、横行。……店主、目、泳いでる。信用、マイナス、二億」
サムウェインは煤けた黒衣を翻し、カボチャの頭を左右に振りながら歩く。
彼が通るたび、商売人たちはその異様な姿に一瞬言葉を失うが、彼の腰に下げられた凶悪な武器を一目見るなり、関わらないように目を逸らした。
そんな中、サムウェインの電子眼が、ある一軒の「ゴミ溜め」に釘付けになった。
そこは屋台ですらなかった。
錆びた木箱の上に、泥と海水にまみれた「四角い物体」が山積みにされている。
今の銀河では絶滅したはずの、前時代的な記録媒体――ビデオテープだ。
「…………」
サムウェインの足が止まった。
内部の演算回路が、あるはずのない「記憶」と共鳴し、不規則な火花を散らす。
「店主。質問」
「あぁ? なんだいカボチャ頭」
店主は海棲種族特有の鰓をひくつかせながら、退屈そうに返事をした。
「それ。ビデオ。……どこ産? 出所、詳細、要求」
「さあな。岱輿の奥底、深度五千の泥の中から拾い上げたガラクタだよ。今時そんな古い再生機持ってる奴なんていやしねぇ。三万信用ポイントで持っていきな。……あぁ、三万五千だ。あんたの顔を見てたら値上げしたくなった」
サムウェインは何も言わず、その中から一本のテープを手に取った。
ラベルは剥がれ、泥に汚れている。だが、彼の手がそれに触れた瞬間――。
――ギギ、ギ……■■……苦……い……――
「……グレイディフィルム。ミーム。記憶、微弱。だが、本物」
サムウェインの言葉に、店主が怪訝そうな顔をする。
「グレイディ? なんだそりゃ。ただの死んだミームの残骸だろ。ゴミだよ、ゴミ」
「違。これは……掘り出し物。貴重。……失われた、ホラーの極致」
サムウェインは流れるような動作でチップを取り出した。
「取引、成立。……店主、忠告。このフィルム、死んでない。……まだ、飢えてる」
「……気味の悪い野郎だ。さっさと行けよ」
店主の罵声を背中で受け流しながら、サムウェインは愛おしそうにテープを懐にしまった。
彼の脳内では、すでにそのテープを修復し、シネマ号の映写機で流す「最高の休日」のシミュレーションが始まっていた。
だが、彼が闇市を離れ、人影のまばらな海底連絡通路へと足を踏み入れた瞬間。
buuuuuu~……
彼の受像器が、最も忌まわしい周波数を捉えた。
「…………」
カボチャの奥、赤黒い光が冷徹な殺意へと塗り替えられる。
「上映前、駆除。……不本意。非常に、不本意」
◇◇◇
「……羽音。スウォーム、追跡。執念、異常。……生存、許さず」
海底連絡通路。透明な強化ガラスの向こう側、タラサの深い碧を背景に、サムウェインは足を止めた。
通路の照明が明滅し、影が長く伸びる。その影の隙間から、カサカサと耳障りな摩擦音が響き、数百の赤い複眼が闇の中で浮かび上がった。
どうやら、先日洞窟で殲滅し損ねた個体が、彼の発する硝煙を嗅ぎつけて、このタラサまで追ってきたらしい。
「上映前、駆除。面倒。非常に、面倒」
サムウェインは懐のビデオテープが傷つかないよう、大切に内ポケットの奥へ押し込んだ。
そして、腰に下げた「火薬庫」の異形を、無造作に引き抜く。
ガキィ、ギチギチッ――。
内部のシリンダーが回転し、圧縮された火薬が爆破の準備を整える。
水圧に耐えるための頑丈な強化ガラス越しでも、スウォームの放つフェロモンが感知できる。奴らは、目の前のカボチャ頭が「自分たちの種を絶滅させようとしている天敵」であることを本能で理解していた。
「焦土作戦、再実行。……通路、汚損、不可避。管理者に、陳謝」
ドンッ!!!
真空の宇宙とは違う。空気と水圧の満ちた海底通路で、彼の武器が放つ「爆発」は、強烈な圧力波となってスウォームを襲った。
衝撃波で気絶した数匹を、サムウェインは斧刃で強引に引き裂く。
「切断。粉砕。……スウォーム、耐久力、低下。個体差、大。……あるいは、私の出力、上昇?」
サムウェインは自分の膂力が上がっていることに気づかない。それがアッハの「期待値」に応じたブーストであることも。
彼はただ、踊るように武器を振り回し、黒衣を血で汚しながら、害虫たちを肉片へと変えていく。
「一匹残れば、百匹。一掃、必須」
通路の端から端までを火炎で舐め尽くし、最後の一匹を靴で踏みつぶした時、ようやく静寂が戻った。
辺りには焦げた甲殻の臭いと、スウォームの体液が散乱している。
「掃除、完了。上映開始まで、残り……十五分。急ぎ、推奨」
彼は血の付いた斧を乱暴に振り払い、まるで何事もなかったかのように、軽やかな足取りで映画館へと向かった。
◇◇◇
タラサの旧市街にある、古びたシアター。
そこは、最新のホログラフィック映画ではなく、あえて「光と影」で魅せる古典映画を愛する者たちが集まる聖域だ。
サムウェインはチケットを差し出し、最も後ろの席に陣取った。
周囲の客がカボチャの怪人に怯えて席を空ける中、彼は先ほど手に入れたビデオテープを、自身が持ち込んだポータブル再生機へと装填した。
「グレイディ……。三流監督。脚本、支離滅裂。演出、過剰。……でも、愛してる」
グレイディという男は、ピノコニーの歴史においても「ホラー映画」の名を欲しいままにした監督だ。
彼の映画は、物語としての完成度はゴミ同然だった。しかし、彼は観客に「本物の恐怖」を叩きつけるために、禁忌とされる手段を平気で使った。
記憶域ミームを劇場に解き放ち、観客に本物の「死の恐怖」を味わわせる。
映画の前に免責事項にサインをさせ、心臓麻痺が起きても責任を負わないと宣言する。
そんな彼の「番外戦術」に熱狂したのが、かつてのサムウェイン――否、彼が自分だと思い込んでいる「ネブロデス」という虚構の男だった。
「上映、開始。……私の、静寂」
ザー……ザーッ……。
再生が始まると、スクリーンには砂嵐が走った。
やがて、歪んだ映像が映し出される。それは、フィルムの中で何百年も眠っていた、記憶域ミームたちの断片的な残滓だ。
「助けて……暗い……冷たい……」
ノイズ混じりの音声が、スピーカーからではなく、サムウェインの「脳内」に直接響いてくる。
グレイディのフィルムは、ただの記録媒体ではない。それは、観客の「記憶」や「感情」を餌にして増殖する、記憶域ミームそのものなのだ。
「……これ。最高。演出、過激。グレイディ、天才。……あぁ、脳が、焼ける」
映像の中で、実体化した「恐怖」が観客席に向かって手を伸ばす。
周囲の客たちは「な、なんだこの映像は!?」「気分が悪い!」と席を立つ中、サムウェインだけは、カボチャの奥でうっとりと、その呪われた光景を見つめていた。
だが、画面が暗転し、最も残酷なシーンへと差し掛かったその時。
バリバリッ!!!
スクリーンが物理的に「引き裂かれた」。
「…………?」
サムウェインの恍惚とした時間が止まる。
引き裂かれたスクリーンの向こうから這い出してきたのは、映画のミームではない。
現実の、あまりにもリアルで、あまりにも醜悪な――「覇者」の咆哮だった。
◇◇◇
「……上映、妨害。……最優先、殺害対象、決定」
サムウェインの電子眼が、かつてないほどの輝度で赤く燃え上がった。
引き裂かれたスクリーンの向こう側。そこにいたのは、山のような巨体ではない。
体長わずか数センチメートル。人一人の手に収まるほど小さな、だがその全身が白金のような硬質で歪な輝きを放つ、美しくも悍ましい個体。
スウォームの頂点の一角――「覇者」である。
「覇者。小型、高密度。一噛みで、星系を穿つ。……非常に、不愉快」
映画館の観客たちは、その小さな「死」の気配を本能で察知し、絶叫しながら出口へと殺到する。
しかし、サムウェインは動かない。彼は内ポケットのビデオテープを指先で確認し、大切に座席へ置いた。まるで、宝物を預けるように。
キィィィィィィィ――!!!
「覇者」が鳴いた。その声は音波ではなく、空間そのものを震わせる高周波の暴力だ。
周囲のスピーカーが爆ぜ、強化ガラスにヒビが入る。
「私、映画、見てた。グレイディ、最高、だった。……それを、壊した。君、万死に値する」
サムウェインは腰の仕掛け武器を「変形」させないまま、逆手に握りしめた。
相手は極小。大斧で振り回しても空を切るだけだ。
カチ、カチカチッ……!
彼は武器の内部機構を強引にショートさせ、全火薬を「点」で爆発させる自爆寸前の過負荷モードへと切り替える。
「圧縮。加速。……零距離、爆破」
シュンッ!
「覇者」が消えた。目視不可能な速度で、サムウェインの眉間へと突進する。
だが、その瞬間にサムウェインが放ったのは、突きですらなかった。
――ドォォォォンッ!!!
至近距離での爆圧。サムウェインの左腕の装甲が火花を散らして弾け飛ぶ。
しかし、その爆風の中心で、彼は「覇者」を自らのカボチャの面で直接受け止めていた。
「捕縛。……逃走、不可」
カボチャの面に深く突き刺さった白金の「覇者」
サムウェインはそのまま、右手に持った武器を、自身の顔面へと押し当てた。
「心中。……ただし、死ぬのは、君だけ」
――大爆発。
映画館の舞台裏が吹き飛び、タラサの海底ドームが振動に悲鳴を上げる。
爆煙が晴れた時、そこには頭部の半分を失い、ドロリとしたオイルを滴らせるカボチャの男が、ピクピクと足を動かす白金の死骸を握りつぶしている姿があった。
◇◇◇
「……修理。……高く、つく。……予算、赤字」
ボロボロになったサムウェインは、足元に転がる「覇者」の残骸を、給料未払いの漫画家を扱うような冷徹さで蹴り捨てた。
彼はよろよろと、先ほど置いておいたビデオテープを手に取る。
奇跡的に、テープは無傷だった。
「上映、再開。……結末、確認」
彼は半壊した映写機にテープを戻し、手動でリールを回す。
映し出されたのは、映画のラストシーン。
そこには、グレイディ監督本人が不気味な笑みを浮かべてカメラを見つめている映像が記録されていた。
『親愛なる、私のファンへ。
映画の出来はどうだった? ……あぁ、言わなくてもいい。三流だったろう?
だが、君は最後まで見た。なぜなら、君の隣には今、最高の「ゲスト」がいたはずだからだ』
グレイディが指差す先。画面越しに、彼は今のサムウェインの状況を予言していたかのように笑う。
『本物の「覇者」を呼び寄せるフェロモンをこのテープには仕込んでおいた。
命をかけた鑑賞……これこそが、私の最高傑作だ。
免責事項にはサインしたかな? ……してないなら、地獄で会おう』
砂嵐と共に、映像は途切れた。
「…………」
サムウェインは静かに立ち尽くした。
自分の命を餌に使われ、映画館を破壊され、腕の装甲まで失った。
「グレイディ……。君、最低。性格、最悪。……演出、神」
彼は、欠けたカボチャの隙間から、満足げに電子音を鳴らした。
これほどの「愉悦」を、彼が信じる「知恵」の神が与えてくれるはずがない。
「アハハハハハ!」
どこからか、腹を抱えて笑う声が聞こえる。
タラサの深海に、アッハの笑い声が反響していた。
一人の愚かなロボットが、故人の悪ふざけによって死にかけ、それを「神の演出」と称えて喜んでいる。これ以上の喜劇があるだろうか。
「……上映、終了。……帰路、就く。ココア、三杯、希望」
サムウェインは、空っぽになった映画館を後にした。
彼の背中には、アッハから授けられた「愉悦」の輝きが、誰にも見えない光となって揺らめいていた。
そしてサムウェインは思い出した
「海底二万マイルの絶叫…忘れた…」
これもまた「愉悦」である
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