第1話 旅立ちの小径
――ロレント地方 エリーズ街道*1
リベール王国――大陸西部に位置し、豊かな自然に囲まれたその国土は、ヴァレリア湖を中心として五つの地方に分かれている。各地方の中心都市、ロレント、ボース、ルーアン、ツァイス、王都グランセルは五大都市と称され、産業や文化などの地域ごとに異なる特色を有している。
そして、地方都市ロレント。第一次産業(農業・鉱業)を基幹産業とするこの街の南に伸びるエリーズ街道の広場にて、一人の青年と一匹のポケモンが戦いを繰り広げていた。
「――ソォル!!」
「ッ……!」
四足獣型のポケモン。体毛は白く、顔や額・角・爪・尾は紺色。マズルの短い人間的な顔立ちをしており、頭の右側には鎌のように湾曲した角が生えている。わざわいポケモンのアブソル。ロレントの町では「守り神」と呼ばれるポケモンだ。
自慢の角に力を集めたアブソルは、”エアスラッシュ”――空をも切り裂く刃を撃ち放つ。対する青年はカイトシールド――身の丈ほどもあるアーモンド型の盾でそれを防ぎ止める。
「ソル! ソル! ソル!」
「……容赦、ない……なあ……!」
位置を変え、角度を変え、次々と放たれる鋭い風の刃を、青年は盾で受け、逸らす。一撃一撃が重く、速い。何も考えず、ただ正面から防ぐだけでは、盾ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
腕にかかる衝撃を、手首から肩、さらに足腰に至るまで使い、地面へと逃がしていく。それでも身体に残る衝撃の残滓を振り払いながら、アブソルの連続攻撃を捌き続ける。青年の表情に苦悶は見えない――が、額には汗が浮かび、目元には疲労の色が見えていた。
「アブ……」
一転して攻勢を収め、間合いを取ったアブソルはゆっくりと角を持ち上げる。その先に集まり始めた、これまで以上の力の波動を感じ取り、青年は警戒を強めて防御に意識を集中させた。
「ソォォォォォォルゥッ!!!」
「くっ⋯⋯ぐぅぅぅぅっ!!?」
速さの次は威力。赤黒い悪意に満ちた一太刀を、青年は盾を地面に突き立て、必死になって耐え忍ぶ。全身がビリビリと震え、押し出される脚が地面を削っていく。まるで災厄――強大な台風のような威力だが、アブソルは特攻よりも攻撃種族値の方が高いポケモン。特殊技ばかりを使っている時点で、これでもだいぶ加減しているのは間違いない。
やがて技が途切れると、盾と膝をついた青年の様子を窺うようにアブソルが駆け寄ってきた。
「ソォル……?」
「ふぅ⋯⋯大丈夫だよ、ワカモ。ありがとね、心配してくれて」
心配そうに顔を覗き込むアブソルの喉元を優しく撫でる青年の名はハルト。アブソルの名はワカモ。彼らはポケモントレーナーとそのポケモンであり、今しがたの戦いも互いを高めるため――と言うには一方的だが――の特訓の一環だった。
先ほどまでの緊張感から解き放たれ、一人と一匹の間に穏やかな空気が流れ始める。のんびりとした時間が過ぎていくなか、街とは逆の方向から二つの足音が近づいてきた。*2
「おはよう、ハルト!」
「あ、エステル。それにヨシュアも。二人とも、おはよう」
「おはよう。もしかして、訓練の邪魔しちゃった?」
「ううん。ちょうど一息ついたところだよ」
声をかけてきたのは幼馴染の二人組。外交的で明るく前向きな元気娘の自称姉エステル・ブライトと、漆黒の髪と琥珀色の瞳を持つ涼しげな容貌の少年ヨシュア・ブライト。どちらもハルトと同じ十六歳の姉弟だ。
ハルトの両親は二人の両親と旧知の仲らしく、ブライト家との交流はハルトが幼少の頃から続いている。
「や~、ハルトってば、朝っぱらから真面目なんだから~。今日くらい休んだっていいのに」
「あはは⋯⋯まあ、それはそうなんだけどさ。なんだか気が落ち着かなくてね」
「分かるわ。今日で研修も最後。それが終われば、あたしたちも『
野生ポケモンの保護や自然災害への対応、犯罪防止、荷物の護衛から探し物まで、様々な形で地域の平和に貢献する戦闘・調査・護衛のスペシャリスト――それが遊撃士だ。資格は満十六歳以上の者に限られ、それ未満の者は遊撃士になることはできない。
……そう、十六歳以上。ハルトたちの年齢と同じ。遊撃士協会の研修を無事に終えれば、三人とも遊撃士への第一歩を踏み出せるのだ。
「正確には、見習いの”準”遊撃士だけどね」
「もう。ヨシュアってば、なんでいちいち水を差すかな⋯⋯。見てなさいよ~。いっぱい功績を上げまくって、すぐ正遊撃士になってやるんだから!」
「そんなに甘くないと思うけど⋯⋯父さんも言ってたじゃないか。遊撃士は簡単な仕事じゃないってさ」
「わかってるもん。それでも、あたしは遊撃士になるから!」
だが、エステルにとってはそれだけではない。何年もの付き合いからエステルが遊撃士を目指す理由を知る二人は、やれやれと苦笑気味に、それでもどこか温かい眼差しを彼女へと向ける。
「それじゃ、そろそろ町に行こう。ギルドでシェラさんが待ってるよ」
「ん、そうだね。遅刻で失格なんて洒落にならないし。⋯⋯ワカモ、おいで」
「ソル」
ヨシュアが話題を変えるように口を開くと、ハルトは軽く頷き、腰のベルトから赤と白のボールを取り外した。モンスターボール。ポケモンを捕獲し使役するための球状の装置。『導力』で動く導力機械の一種であり、これの発明によって、かつては魔獣と疎まれていたポケモンと人との距離は急速に縮まった。
ハルトたちの暮らすリベール王国は、この導力の源である『
だが、優れた技術は良いことばかりを齎さない。リベール王国の導力器技術と七耀石に目を付けた北方のエレボニア帝国が、十年前に侵略戦争を仕掛けてきたのだ。今日では、『百日戦争』の名で広く知られている。
リベール王国は多大な犠牲を出しながらも帝国の侵略を辛うじて退けたのだが、当時、件の戦争を終わらせるための講和に大きな貢献をした組織があった。
遊撃士協会――大陸全土に拠点と人員を持ち、各地の平和に貢献する遊撃士たちの組合だ。協会の仲裁で激しい戦争は終結し、そのために助かった命は多いと言われている。リベール王国の民にとって遊撃士たちは救国の英雄なのだ。
エステルとヨシュアの父、カシウス・ブライトも遊撃士協会に務める遊撃士の一人。エステルの胸にも遊撃士への強い憧れがあり、父カシウスを追い越すのが彼女の目標のひとつだった。
「よ~し! ハルトも準備できたところで、ロレントに向けてしゅっぱ~つ!」
「はあ、君って子は⋯⋯能天気というか、なんというか⋯⋯」
「でも、それがエステルの良いところでしょ?」
「⋯⋯まあ、そうだね」
張り切って先頭に立つエステル。その後に続くハルトとヨシュア。今日は長いようで短い三人の研修の最終日。新たな一歩を踏み出す大事な日。晴れ渡る青空のもと、遊撃士協会の支部があるロレント市を目指して、三人は軽快な足取りで歩き出した。
登場人物紹介
名前 :ハルト・ジュネッス
元ネタ :【PokéDun LEGENDS】シリーズより『ハルト』
手持ち
・ワカモ (アブソル)
名前 :ワカモ
性別 :メス
種族 :アブソル
タイプ:あく
特性 :きょううん/???
持ち物:???
元ネタ:【ブルーアーカイブ】より『狐坂ワカモ』