第4話
【協力調査】
黒川が警察に同行すると告げたとき、
宿の空気がわずかに緩んだ。
──誰かが、疑われる役を引き受けてくれた。
そんな安堵が、はっきりと伝わってくる。
「助かります。こちらとしても、第三者の目が欲しかった」
年配の刑事がそう言い、山道を進み始めた。
──
現場は、三つ滝の上流だった。
人の気配はなく、
雪解け水の音だけが、一定のリズムで流れている。
「第一発見者の証言では、この辺りで争う声は聞こえていない」
刑事が言う。
つまり──
争いは、ここでは起きていない可能性が高い。
黒川は、岩肌を見た。
一見すると自然な崖だが、
一部だけ、表面が削れたように白くなっている。
「……ここ、触っていいですか」
手袋越しに触れると、
岩の角が丸くなっているのが分かった。
自然浸食ではない。
「人が、何度も体重をかけて掴んだ跡ですね」
刑事も同意する。
「登った、というより…」
「引き上げた、ですね」
言葉が重なった。
──
少し離れた場所に、木製の古い柵がある。
一本だけ、内側に歪んでいた。
外から押されたのではない。
内側から、強い力で押し返された形だ。
「ここで抵抗したか」
「もしくは、抵抗させた」
黒川は、柵の根元に目を落とした。
そこだけ、地面が荒れている。
靴底が滑った痕。
複数ではない。
一人分だ。
──
警察は、ここまでを「事故の可能性」として整理しようとする。
だが、黒川は一つだけ、引っかかっていた。
「この場所、選ばれすぎてませんか」
刑事が振り向く。
「どういう意味です?」
「足場が不安定。
夜は霧が発生するため人目がなく、
しかも転落すれば事故に見える」
少しの沈黙。
「……確かに」
刑事は、メモ帳に何かを書き加えた。
──
下山途中、無線が入る。
宿からだ。
「靴の確認が取れました。
全員分、サイズと種類、記録しました」
黒川は、足元の地面を見ながら答える。
「ありがとうございます。」
「……念のため、岩場向きの靴を履いている人、把握できますか」
返事は、少し遅れた。
「……数人います」
それだけで、十分だった。
──
警察と共に得たものは、
決定的証拠ではない。
だが、
・不自然に削れた岩肌
・人為的に歪められた柵
・この場所が"選ばれている"という事実
それらは、
「計画性」という輪郭を、はっきりさせ始めていた。
夜になり、宿は再び静けさを取り戻していた。
黒川は部屋の灯りを落とし、卓の上に置いたノートパソコンを開く。
湯気の消えた湯呑みが、横で冷えていた。
検索窓に、短い言葉を打ち込む。
──それだけだった。
画面が切り替わり、いくつかの記事と写真が並ぶ。
専門用語が多い。
だが、黒川は説明文よりも、写真を一枚ずつ丁寧に見ていった。
角度。
水の流れ。
人の体勢。
スクロールする指が、ふと止まる。
「ふむ、なるほどな……」
声は、思ったより低く出た。
写真の中の人影と、
今日見た岩肌の削れ方が、頭の中で重なっていく。
──あの場所で、あの状態で、
ああいう痕が残る理由。
──そして、
"戻ってこられた理由"。
黒川は、椅子の背にもたれた。
これまで、
不可能に見えていたものが、
ただ「やり方を知っているかどうか」に変わった。
時間の問題ではない。
体力の問題でもない。
「知識だな……」
黒川は、画面を閉じた。
これ以上、見る必要はない。
調べ続ければ、答えをそのまま書いてしまうだけだ。
窓の外では、滝の音が、相変わらず三つ重なって聞こえている。
黒川は立ち上がり、コートを手に取った。
明日、問いただすべき相手は、
もう決まっている。
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一つ目の行動で
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