【単独調査】
ここにいても、言葉しか残らない。
黒川は玄関で立ち止まり、硝子越しに山を見た。
三つ滝は、何事もなかったかのように白を落としている。
「……行くか」
そう呟き、外へ出た。
立入禁止の札が下がる旧遊歩道へ向かう。
冬の朝の霜が、地面を薄く覆っていた。
──足跡は、残りやすい。
案の定、道の中央に人一人分の足跡が続いている。
歩幅はやや広め。
だが、途中で一度、乱れていた。
立ち止まった形跡。
黒川はその地点でしゃがみ込み、写真を一枚撮ってから周囲を見回した。
岩の割れ目に、何かが引っかかっている。
指先でつまみ上げると、
それは小さな黒い破片だった。
柔らかいが、布ではない。
水を吸わない素材。
人工物。
ナイロン製の繊維が、数本、絡まった状態で残っている。
黒川はハンカチに包み、ポケットにしまった。
ここで意味づけはしない。
証拠は、集まってから語り始める。
──
さらに下ると、滝壺近くの岩肌が目に入った。
同じ場所が、何度も擦られている。
落石でも、水流でも説明がつかない痕だ。
横方向。
「……誰かが、引きずったな」
独り言は、水音に消えた。
黒川は、それ以上、近づかなかった。
荒らすつもりはない。
それぞれは、まだ一本の線にはならない。
だが、同じ方向を向いている。
黒川は静かに息を吐いた。
──
夜になり、宿は再び静けさを取り戻していた。
黒川は部屋の灯りを落とし、卓の上に置いたノートパソコンを開く。
湯気の消えた湯呑みが、横で冷えていた。
検索窓に、短い言葉を打ち込む。
──それだけだった。
画面が切り替わり、いくつかの記事と写真が並ぶ。
専門用語が多い。
だが、黒川は説明文よりも、写真を一枚ずつ丁寧に見ていった。
角度。
水の流れ。
人の体勢。
スクロールする指が、ふと止まる。
「ふむ、なるほどな……」
声は、思ったより低く出た。
写真の中の人影と、
今日見た岩肌の削れ方が、頭の中で重なっていく。
──あの場所で、あの状態で、
ああいう痕が残る理由。
──そして、
"戻ってこられた理由"。
黒川は、椅子の背にもたれた。
これまで、
不可能に見えていたものが、
ただ「やり方を知っているかどうか」に変わった。
時間の問題ではない。
体力の問題でもない。
「知識だな……」
黒川は、画面を閉じた。
これ以上、見る必要はない。
調べ続ければ、答えをそのまま書いてしまうだけだ。
窓の外では、滝の音が、相変わらず三つ重なって聞こえている。
黒川は立ち上がり、コートを手に取った。
明日、問いただすべき相手は、
もう決まっている。
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一つ目の行動で
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