三つ滝の宿   作:小説練習家

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結末
第6話


【結末】

広間に集められたのは、夕食後だった。

警察の指示で、関係者全員が同じ空間に揃えられている。

 

刑事が、重い沈黙を破る。

 

「まず言っておきます。

今回の事件は、事故ではありません」

 

ざわ、と空気が揺れた。

 

「そして──」

 

刑事は一呼吸置く。

 

「この中に、犯人がいます」

 

誰かが息を呑み、誰かが目を伏せた。

疑念が、一斉に広がる。

 

その横で、黒川が一歩前に出る。

 

「被害者、赤司恵美さんは、深夜、山頂へ呼び出されています」

 

全員の視線が集まった。

 

「相手は、顔見知り。警戒せず、ゴンドラに同乗する程度には信頼していた人物です」

 

刑事が補足する。

 

「山頂到着後、背後からロープをかけられ、首を絞められた。」

「死亡推定時刻は、午前六時二十分過ぎ」

 

黒川は、そこで一つ、重要な点を口にした。

 

「警察の検視で、気になる点がありました」

 

一同が身構える。

 

「──首に残っていたロープの痕です」

 

黒川は、淡々と言う。

 

「一本ではありませんでした。二本、並んでいた」

 

小さなざわめき。

 

「普通のロープなら、痕は一本になる。

しかし、今回は違った」

 

刑事が続ける。

 

「二本の圧痕が、ほぼ等間隔で残っていた」

 

黒川は、顔を上げながら続ける。

 

「ここで、少し話を変えます」

 

「私が皆さんの調書を読み返していた時、

ある"趣味"が引っかかりました」

 

一瞬の沈黙。

 

「そこで、私はネットで調べたんです。

『キャニオニング』」

 

黒川は、調べた内容を噛みしめるように語る。

 

「キャニオニング(Canyoning)とは、

渓谷を舞台に、川の流れに沿って下るアクティビティ。

"滝つぼへジャンプ"し、

"ロープで岩場を下降する"遊びです」

 

そして──

 

「キャニオニングでよく使われるのが、

ツインロープ」

 

刑事が頷く。

 

「二本一組で使うロープです。

安全性を高めるため、二本同時に体を支える」

 

黒川は、静かに結論へ導く。

 

「ツインロープを使えば、

首には"二本分の痕"が残る」

 

一気に空気が冷えた。

 

「さらに」

 

刑事が証拠袋を机に置く。

 

「現場の岩肌には、不自然な削れ跡。

自然侵食ではなく、人が体重をかけた痕跡です」

 

別の袋。

 

「古い木製の柵の破片。

とある人物の衣服から検出されています」

 

黒川は、ゆっくりと一人を見る。

 

「宮下颯太さん」

 

颯太の肩が、わずかに跳ねた。

 

「あなたは、キャニオニング経験者ですね」

 

「……趣味だって言っただけだ」

 

「十分です」

 

黒川は穏やかに続ける。

 

「ツインロープの扱い。岩場での下降。滝への飛び込み」

 

黒川が締めくくる。

 

「あなたは恵美さんを山頂に呼び出し、

ゴンドラ内で何かの説得を試みた。

しかし交渉は決裂。

ツインロープで殺害し、

証拠を滝に沈め、

自らも滝へ飛び込んで宿へ戻った」

 

「そして、濡れた体と滝の匂いを誤魔化すために

風呂へ入った」

 

──あの時のことが、脳裏をよぎる。

 

(風呂で、

不自然なほど香ったあの"水臭さ")

 

颯太は、何も言えない。

 

「最後に──

あなたの今履いている靴と現場に残っていた足跡」

 

一歩、踏み出す。

 

「形を合わせてみれば、

おそらくぴったり合うはずです」

 

完全な沈黙。

 

誰も、颯太を庇わなかった。

 

──

 

「……あいつが悪いんだ」

 

宮下颯太は、床を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。

 

「俺は……普通に生きたかっただけなんだ」

 

誰も口を挟まない。

警察官ですら、ただ黙って見ていた。

 

「最初は、ゲームだったんだよ」

 

かすれた声で、颯太は続ける。

 

「オンラインのゲームで知り合って……恵美とは、そこで話すようになった。

向こうも暇そうでさ、夜になるとよく通話してた」

 

一瞬、顔を上げる。

 

「でも、途中で喧嘩した。

価値観が合わないっていうか……もう冷めてた」

 

拳が、ぎゅっと握られる。

 

「その頃に、今の彼女と出会ったんだ。

相談してるうちに……好きになった」

 

声が震え始める。

 

「俺はちゃんと選んだ。

恵美とは、終わったと思ってた」

 

誰かが、息を呑む。

 

「……でも、あいつは違った」

 

颯太の顔が歪む。

 

「別れたあとも、メッセージを送ってきてさ。

無視しても、消しても、何度も」

 

唇を噛みしめる。

 

「最近になって……俺が結婚するって話を、どこからか聞きつけたんだ」

 

ゆっくりと、首を振る。

 

「そしたら急に、態度が変わった」

 

声が低くなる。

 

「不倫してたこと、全部バラすって」

 

ざわ、と周囲が揺れる。

 

「ゲームの仲間にも、職場にも、婚約者にも、全部言うって。スクショも残ってるって」

 

颯太は、乾いた笑いを漏らした。

 

「……俺の人生、終わるだろ」

 

視線が宙を彷徨う。

 

「だから、頼んだんだよ」

 

ゴンドラの中を思い出すように、目を閉じる。

 

「もうやめてくれって。

過去のことだろって。

結婚も決まってる、今さら壊すなって」

 

一拍。

 

「でも、あいつは笑った」

 

喉が鳴る。

 

「"山の上で、ちゃんと話そう"って」

 

沈黙が落ちる。

 

「……頭に血が上った」

 

肩が、小さく揺れた。

 

「俺は……怖かったんだ。全部奪われる気がして」

 

声が、ほとんど囁きになる。

 

「山頂で、また言われた。

"言うのをやめてほしいんだったら、私に何かしてくれないとね?"って」

 

その先を、誰も促さない。

 

「……気づいたら、ロープをかけてた」

 

両手を見る。

 

「力、入れすぎたんだと思う。

抵抗された感触は……正直、あんまり覚えてない」

 

沈黙。

 

「終わったって思った瞬間、急に現実に戻った」

 

震える息。

 

「やべぇ、って。

捕まる、終わる、全部終わるって」

 

顔を覆う。

 

「だから……投げた」

 

滝を思い出すように、視線を落とす。

 

「ロープも、自分も」

 

警察官が一歩前に出る。

 

「……俺は、幸せになりたかっただけなんだよ」

 

声は、もう泣き声だった。

 

「ちゃんと結婚して、普通に暮らして……

それだけだったのに」

 

黒川は、何も言わない。

 

ただ、その言葉の軽さと、取り返しのつかなさが、

広間全体に静かに沈んでいった。

 

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