戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第十一話

 バスティー宿のレティシア家への歓待ぶりは、それはそれは凄まじいものだった。

 流石は王国最大の穀倉地帯にここまで大きな宿を構えているだけはあり、その日の食事は今まで食べて来た物とは一体何だったのかと思わせられるほどに美味しく感じられた。

 

 まあ、俺みたいな傭兵上がりからしてみれば食事何て味より量だし、娯楽ではなくエネルギー補給でしかないわけだが……。

 ただ、イシス嬢の手があまり進んでいなかったのは気になった。

 

 宿に入る前も珍しく緊張した顔をしていたし……何か気になることでもあるのだろうか?

 

「おい裏切り……セルセト……さん。少し良いですか?」

 

 一応俺は護衛であるため、宿の構造も把握しておかねばと腹ごなしがてら宿内を散歩していると、背後からユミアが話しかけて来た。

 

「どうかしたか?」

 

「お嬢様の様子……気付いていますか?」

 

「……まあ、な。ありゃ一体何があったんだ?」

 

 どうやらイシス嬢の様子にはユミアも気が付いていたらしく、それについての話をしに来たようだ。

 

「おそらくだが……お嬢様はこの土地自体にトラウマを抱かれているのだと、思います」

 

 悔しそうに唇を噛みながら、ユミアは俯く。

 そうか……ユミアはイシス嬢の専属メイド。

 去年の事件未遂の時も近くには居たのか。

 

「でも、さっきまでは普通だっただろ? それにここの宿でどうこうって訳でもないだろ?」

 

「それは……そうなのですが……」

 

 するとユミアは何かを迷っているような表情で、イシス嬢がいる部屋と俺とをきょろきょろとし出す。かと思えば、意を決したとでも言う風にこちらへ近づいてきた。

 そして俺の耳へ顔を寄せて小声で言う。

 

「実は去年の一件以来、お嬢様は一人でおられることを極度に怖がるようになられてしまったのです。もちろん表には出しませんが、まだご実家でも夜に飛び起きてしまわれることがあるのです」

 

 最後にこれは私たち侍従の中でも専属の私とごく少数の者、それからご当主様方にしか伝わっていない極秘情報です。と、付け加える。

 

 ユミアがそれを俺に話した意図とは……。

 

「おい、まさか」

 

 馬鹿な俺でもこんな言い回しをされれば、それを察することくらいは出来た。

 

「はい。先ほど馬車ではああ言ってしまいましたが、私一人で万が一があっても、お嬢様の体調に支障を来たしてしまっても、私は自分を許せません。ですのでどうか、お嬢様が最も信頼されているあなたには私と共にお嬢様の部屋で過ごしていただきたいのです」

 

 馬車ではあれだけツンケンした様子だったユミアがまっすぐな目をして俺に頭を下げてくる。

 ユミアは元騎士だ。

 何かを守るという役目には人一倍プライドがあることだろう。

 そんな彼女がこうして俺に頭を下げてくる。

 

「……イシス嬢の確認は取ってるのか?」

 

「はい。先ほどの話も含めて、セルセトになら、と」

 

「そうか。分かった」

 

 ユミアに加え、イシス嬢からもご所望とあらば、応えないわけにはいかない。

 

「念のため、他の侍従たちにも話を通しておいてくれよ。ようやく溶け込んで来たのに、これで針の(むしろ)にされたらかなわないからな」

 

「分かりました。……それで……その」

 

「ん? まだ、何かあるのか?」

 

 俺がそう聞けば、何故か顔を耳まで赤く染め上げるユミア。

 一体何だって言うんだ?

 

「な、何でもないっ! 私は侍従たちに事情説明をしてくるから、お前は一刻も早くお嬢様のところへ行っていろ!」

 

 すると、突然メイド口調ではなくなったユミアが早口でまくし立てたかと思えば、逃げるように走って行ってしまった。

 

 ………………。

 

 さて、イシス嬢のお部屋にお邪魔するとしますか。

 ユミアの話から推測するにイシス嬢が怖がっているのは夜と言う時間帯と、部屋に一人だけと言う状態だろう。

 だとすると、外が暗くなり始めた今はもうトラウマの時間帯かもしれない。

 そう考えて、俺も足早にイシス嬢の待つ部屋へと向かうこととした。

 

 ◇◇◇

 

 ノックは三回。

 そして一拍間を開けて声を掛ける。

 

「イシス嬢、俺だ、セルセトだ。入っても良いか?」

 

 すると、中からは僅かに驚いたような雰囲気が伝わって来た。

 だが、すぐに足音が近づいてくるのが分かる。

 

「セルセト。もしかしてユミアから話を聞いたのですか?」

 

 扉を開きながら、俺を素早く室内に招き入れる。

 本当ならもう少し警戒してから扉を開けて欲しいものだが、信頼あってこその行動だと自分を納得させた。

 

「ああ。イシス嬢が嫌じゃないなら、アラゴンにいる間この部屋を使わせてもらうぞ」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、何せ俺はイシス嬢の護衛をディアン様から直々に任されてるんだからな。ああ、でも、帰ってもディアン様たちには同じ部屋に泊まっていたことは話しちゃダメだからな?」

 

「どうしてでしょう? セルセトのおかげで快適だったと報告すればきっとセルセトの評価も上がりますわ」

 

 ……一切の含みも感じられない純真無垢な顔でそんなことを言って見せるイシス嬢。

 おい、ディアン様。ほんとにちゃんと情操教育はしておけよ!

 

「いや、そこは難しいところなんだ。だから、このことは今日ここに来てる俺たちだけの秘密にしておいてくれ」

 

「……? それは構いませんが……あ、すみません。立ち話をさせてしまって、セルセトも使うのですからくつろいでくださいね」

 

「ああ、じゃあ遠慮なく」

 

 言いながら、一先ずは部屋の内装を確認させてもらう。

 

 イシス嬢に準備されていた部屋はおそらく最高級の一室。

 明らかに高級と分かるソファにテーブル、よくわからない絵なんかが飾られたダイニングに、下手な剣じゃ割れそうもないほど強固なガラス張りの窓。分厚いカーテンを閉め切れば朝でも夜でも時間の感覚が分からなくなりそうだ。

 扉の先には着替えに使うのであろうドレッシングルームが男女別に一部屋ずつ。

 そしてもう一つの扉の先には、寝室が一つ。

 

 ……ん?

 

 俺は覗き込んだ顔を一度引っ込めて、もう一度その部屋を覗き込んだ。

 

 大きなベッドが二つ並べられた寝室が一つだけ。

 ………………ん?

 

 ここで過ごすのはイシス嬢に俺、そしてユミアのはず。

 イシス嬢は当然一つを使うとして、あれ、俺の寝る場所なくないか?

 

「すみません。ベッドは二つなので、私とユミアが一つ、セルセトに一つで使ってもらおうと思ったのですが、ユミアが恐れ多いと聞かないので、セルセトとユミアで隣のベッドを使ってくださると嬉しいですわ」

 

 再び浮かべられる純真無垢な笑顔。

 なるほど、さっきユミアが顔を赤くしていた理由はこれか。

 

「俺はソファでも構わないが……」

 

「ダメですわ! ソファは座るための物。それに……」

 

 また、あの強張った表情を見せるイシス嬢。

 

 おっと、そうだったな。

 今回の俺たちの目的は一つ。

 イシス嬢に快適な環境で過ごしてもらい、無事に家まで帰ることだ。

 

「そうだな。これだけ広ければ、いくら俺の身体がデカくてもユミアにも寝るスペースはあるだろ」

 

「大丈夫ですわ! お父様も同じくらいの大きさのベッドでいつもお母様と一緒にお休みになられてますから!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 ディアン様……イシス嬢にそれ関連を見て学ばせるのは無理だと思うぞ。

 実際、去年のこの誕生日パーティーでそう言う被害に遭いかけたって言うのに、当の本人はきっと本能的な恐怖を感じただけで、何をされそうだったかはよく理解していないんだろうからな。

 

 まあ、ある意味で不幸中の幸いとも言えるのかもしれないが。

 

 そうして、一通り部屋を見て回ったところで侍従たちに情報共有をして来たユミアが部屋に合流し、俺たち三人の夜が始まった。

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