戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第十三話

 バスティー宿の塀を跳び越えて宿の裏側へ着地した俺は、まだこちらには気付いていないと思われるその敵の気配に注意を向ける。

 明らかにこの宿の何かを探りに来ている様子だが、一定の距離を保ち、今すぐ行動を起こす素振りは見せない。

 こちらの気配には気がついていなくとも、察されているかもしれないことには警戒しているのだろう。

 

「経験はそこそこ積んでるって訳だな」

 

 傭兵が傭兵に最も評価される点は何か。

 それは警戒心の高さだ。

 俺がガキの頃から戦場で生き延びて来られたのも、そんな警戒心の高さに人一倍の才能があったからにほかならない。

 

 だから、先ほど俺が一言言っただけで気配に気が付いたユミアもかなり才能があると言っていい。

 その点、相手は俺たちに一歩劣る。

 

 だが、そこは才能の領分であり、後付けで伸ばすにも限界がある。

 この相手はだからこそ、察知されているかもしれないという前提でこちらが一気に仕掛けて取り押さえるのが難しい距離を保っていた。

 

 いくら俺の警戒心が高く、気配の察知に長けていても所詮は人の身。

 一瞬のうちに数十メートルの距離を詰めよって首を斬ることは不可能だ。

 

 相棒のマジックウェポンを手斧ほどのサイズに変更し、さらに意識を研ぎ澄ます。

 息は潜めて気配は殺し、顔の見えない相手との駆け引きを始める。

 

「………………」

 

 相手方にもこの宿の厠辺りで人の気配が消えたことは伝わっているだろう。

 だから、相手が仕掛けてくるとしたら、もう一度厠付近で気配が現れたとき。

 つまり、相手の意識は今、厠の周辺に固定されているはず。

 

 足音を潜め、まるで暗殺者の如く静かに少しずつ動いていく。

 敵の気配はまだ動かない。

 だが、明らかに俺たちの間の空気は張りつめた、緊張したものになっていた。

 

 尚も密かに動いて、恐らく今、俺と相手は目の前の建物を挟んで向かい合っている。

 これは俺が相手を追い詰めたと取ることもできるし、逆に俺が誘い込まれている可能性もあった。

 

 だが、ここまで距離が近づけば、戦闘開始は秒読み。

 俺の気配察知の通りならば、相手は一人、この距離なら逃がすこともない。

 

 相手の意識が未だ厠に集中されていれば、一瞬で片が付く。

 

「……これ以上は性に合わねぇな」

 

 罠の可能性を考えれば、相手の動きを待った方がいい。

 だが、受けの姿勢は俺の性には合わない。

 それに、イシス嬢がもしかしたら目を覚ましちまうかもしれない。

 その時に俺がいないと言うのは絶対に避けるべき事態だ。

 

 俺は気配だけを頼りに建物の反対側にいるであろう相手を目掛けて手斧を投げた。

 続いて気配は消したままに自身も走り出す。

 

 そして、建物の反対側へ回ってみれば……そこには間抜けにも上空を見上げた男の姿があった。

 

「……外れかよ」

 

 俺がそう呟けば、ハッと肩を跳ねさせた男が咄嗟に逃げようとするが、この距離は既に俺の射程圏内だ。

 

 俺の視線の先へ逃げ出そうとする男をすぐに取り押さえ、上空から振ってくる斧をキャッチする。

 そして斧の刃を相手の首筋へ当てた。

 

「所属と目的を言え。できないなら殺す」

 

「ひぃっ! ……な、なんで、お前みたいなバケモンがここにいんだよ!」

 

 冷徹に淡々と告げた俺の耳に、妙に聞き覚えのある声が届く。

 

「……お前、マクスフーか?」

 

 記憶を辿り、その名前に行きついた俺は刃はそのままに締め上げる腕を強くしながら聞いた。

 

「あ゛あぁっ! ああ、そうだよ。俺だよ!」

 

 するとマクスフーは降参だと言わんばかりに地面をバンバンと叩き、俺はそんな情けない男を建物の影まで引き摺って行く。

 

「こんなところで何をしている?」

 

 逃げ場のない角にマクスフーを放り投げ、身体の拘束は解き、だが、斧は向けたままの状態で俺は改めて問い詰める。

 

「か、勘弁してくれ。まさか、お前がいるとは思わなかったんだよセト」

 

「その名前で呼ぶんじゃねぇ」

 

 思わずドスの利いた言葉が口を吐いた。

 

「ひぃぃっ! 分かった、分かったから。もう逃げないし、反抗の意志もない。俺以外に仲間もいないからその斧を降ろしてくれ」

 

 するとマクスフーは必至の形相で訴えてくる。

 まるで肉食獣に睨まれた草食動物の如くその表情は、確かにこちらの戦意を失わせるようなもので……。

 

 本来聞いてやる通りはないが、仕方ない。

 

「チッ、ほら、よ!」

 

「ひぃぃぃぃぃ!」

 

 ドガンと地面を抉る音と共に、情けなく座り込んだマクスフーの股間すれすれに俺の斧が突き立てられる。

 俺としては当たってもいいと思っていたのだが、想像以上に縮みあがっていたようだ。

 

「さて、じゃあ、話を聞かせろよ」

 

 俺が視線を合わせるようにしゃがみ込みそう言えば、マクスフーはその病人のように不健康そうな顔をより青くさせた。

 

 ◇◇◇

 

 マクスフーとは戦場のあるキャンプで知り合った。

 だが、戦場を共にするような関係ではない。そもそもこいつは傭兵ではないのだ。

 マクスフーは言わば斥候や内偵のような情報を商材に各地を渡り歩く情報屋だった。

 

「今回の依頼主は……とある、お貴族様なんだ」

 

「誰だよ?」

 

「ひっ! そ、それは勘弁してくれ! こんな領地のど真ん中で依頼してくるような相手はお前だって分かるだろ?」

 

「……最初から分かるように言えってんだよ」

 

「お、俺だって情報屋をやってる身だ。そう簡単に依頼主を漏らすわけにはいかないんだよ」

 

 ……じゃあ、この状態は? と聞きたいところだが、時間も惜しいのでやめておいた。

 

「……それで、肝心の依頼内容は?」

 

「……く、詳しいことは分からん。俺はただ、バスティー宿に宿泊中の客を探って一番警備の手厚い部屋を探って来いって頼まれただけだ!」

 

「本当か?」

 

「……ああ、本当だ」

 

 ジッとマクスフーの顔を見つめる。

 彼の額には冷汗が伝い、目は俺から逃れるようにさまよっていた。

 

「ほう? それはお前の……コイツに誓えるんだな?」

 

 その目に嘘を見た俺は目の前の斧に手を伸ばし、ズズっとマクスフーの方へ動かした。

 

「ひぃっ! 待って、待ってくれ! 分かったから!」

 

 すると、マクスフーは両手で自分のムスコを庇いながら、必死にもう距離のない背後へ後ずさろうとする。

 

「じゃあ、はっきりとしたことを言え。もう、次はない」

 

 今度こそすれすれのところまで斧を進めた所で、再度殺意を込めて告げた。

 

「わ、分かってる。……俺の依頼はさっきのに加えて、コイツをその部屋の主に付けることだ」

 

 するとムスコを庇ったままの右手をそっと腰の高さまで引き上げ、小さなポケットから何かを取り出してこちらに見せてくるマクスフー。

 

「なんなんだ、これは?」

 

「それは……去年くらいに開発された新しい魔道具らしい。効果の詳細は知らされていないが……俺の調べた情報によれば、その魔道具には親機と子機がある。そいつは子機だ。そしてその力は……」

 

 もったいぶるのではなく、まるで口にするのすら恐ろしいかのように言い淀むマクスフー。

 だが、命には代えられないと、その先を口にした。

 

「精神を意のままに操るものなんじゃないか、と思われる」

 

「――っ!?」

 

 何だと?

 精神を操る?

 そんなことが可能なのか?

 

 いや、今はそれ以上に――俺は思わず、マクスフーの手からそれを奪い取り、咄嗟に握りつぶそうとした。

 しかし――。

 

「無駄だぜ、それはここ数年前位から東部の鉱山で発掘されるようになった史上最高硬度のディアメント鉱石ってので作られてる。いくらお前でもそれを素手で壊せるわけはない」

 

 少しだけ紫がかった水晶のような珠の付いたバッジのようなソレを憎々し気に睨みつける。

 

「チッ」

 

 一縷の望みに賭けて、俺はその子機とやらを斧の刃先に向けて投げつけてみたが、カンっと高い音をさせるだけで傷一つ付けることは出来なかった。

 

「それに、あんまり触ってない方が良い。そいつはこの袋に入れてない限り、爆弾なんかよりもよっぽど危険物だ」

 

 跳ねて足元へ転がっていたそれを器用に拾い上げたマクスフーは言いながら、慎重にそれを腰元の袋へとしまい直した。

 

「おい、マクスフー」

 

 マクスフーの前から斧を引き抜き、立たせる。

 

「なんだ?」

 

「その魔道具は今日取り付ける予定だったのか?」

 

「……いや、今日は偵察に来たまでだ。狙いは明日、その部屋の主が部屋を出たときにでも仕掛けるつもりだった」

 

 ……つまり期限は明日ってことか。

 狙いは間違いなくイシス嬢。

 

「取り付けたかどうかは依頼主に分かるのか?」

 

「分からない。……だが、魔道具の起動状態は分かるはずだ」

 

 ……チッ、最悪だな。

 マクスフーの依頼の成否に興味はないが、もしこれが仮に顔の知らない人間だったとしても、こんなものを人に取り付けるなんて吐き気がする。

 精神を意のままに操作するなんて、人にしていいことじゃない。

 奴隷にだって、思考する自由は与えられているんだ。

 

「仲間はいないんだよな?」

 

「ああ、だが、俺以外にも依頼を受けていないヤツがいないとも限らない。それに……最近貴族連中の中でやけに性能の良い……ある意味で悪趣味な魔道具の流通が激しい。きっとこれ以外にもあるだろうな」

 

「その情報に間違いはないんだな?」

 

「ああ。これは、情報屋として誓ってやる」

 

 マクスフーは臆病な奴だが、仕事にはそれなりに真面目だ。

 引き際を弁えているだけで、普段はこんな簡単に情報を口にするような奴ではない。

 

「さっきの魔道具、寄こせ」

 

「……何をするつもりだ?」

 

 俺がマクスフーに手を伸ばせば、自分には拒否権はないと分かっているのかすぐにソレ差し出してくる。だが、その顔は既に諦観を含んでいた。

 

「マクスフー、悪いがこの依頼を成功させるわけにはいかねぇ」

 

「……分かってるよ」

 

 建物に囲われ、狭い路地となったここに夜鳥の羽音が響く。

 そこでマクスフーは諦めたようにうなだれた。

 

 そんなマクスフーを前に俺は……

 

「ふんっ!」

 

 上空を飛ぶ鳥を手掴みで捕らえて、その子機とやらを取り付けた。

 

「……は?」

 

 マクスフーの間抜けな声が木霊する。

 

「……こんな悪趣味なもん、いくら相手がお前でも人に付けるような趣味は俺にはねぇよ」

 

 鳥には悪いが、今はこれが最善だ。

 

「おい、マクスフー。お前、二重スパイになれ。依頼内容は分かってると思うが、お前の依頼主、アラゴン公爵家の腹の内を探ることだ」

 

 こいつの情報収集の能力は本物だ。

 ここが敵地である以上、利用しない手はない。

 

「……良いのか? 俺が裏切るかもしれないぞ?」

 

「その時は殺すまでだ。分かってんだろ? 俺を敵に回す意味」

 

「……ああ、そうだな。戦場の殺戮者、もとい死神セトさんよ」

 

「やっぱここで殺しとくか」

 

「ちょ、ちょっと待った。今、そう言うノリだっただろ!」

 

「俺はセルセトだ。いいな?」

 

「分かったよ。……依頼も受けてやる。ただし、期待はするなよ? 今のアラゴンは生誕祭前で警備も厳重だ」

 

「いや、大いに期待している。なにせ依頼料はお前の命だからな」

 

「なっ! 足元見やがって! 俺だって……」

「あ゛……?」

 

「ひぃっ! わ、分かった。それで引き受けてやる。……明日もこの時間にここで報告してやる。だが、ほんとに期待はするなよ? そもそも情報ってのは一日やそこらで集まるもんじゃねぇんだ!」

 

「それについては分かってる。だが、賢明な働きには期待してるってことだ」

 

 それだけ言い終わると、俺は逃げ道を塞ぐように立っていたマクスフーの前からどいた。

 すると、あからさまにホッとしたようにマクスフーがため息を吐く。

 

「……それにしても、まさかお前がこんなとこにいるとは、どんな心変わりだよ?」

 

「別に、心変わりじゃねぇ。ただ、守るのも悪くねぇって思うようになっただけだ」

 

「ほう……この情報は高く売れそうだな」

 

「やっぱ殺しとくか」

 

「馬鹿馬鹿、待て! 斧、デカくすんなよ……!」

 

 なんてやり取りをしあった後で、俺たちは分かれ、お互いの仕事場に戻ったのだった。

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