戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
支度を終えて、リビングで一人ソファに座っていれば、ユミアによって完璧に整えられたイシス嬢がドレッシングルームを出て来た。
到着日である昨日の格好に比べれば今日の恰好は派手さはなく、どちらかと言えば目立たない、大人しめな印象を抱かせる装いだった。
「お待たせしましたわセルセト」
「今日は一段と大人びた印象の服だなイシス嬢」
「そうでしょうか?」
俺の言葉に自分の服装を確認して見せるイシス嬢。
その仕草にはやはりまだ幼さと言うか、成人前のあどけなさが残っていた。
「お嬢様には退屈させてしまうかもしれませんが、今日は明日のことを考えて一日お
ユミアが補足するように言いながら目配せをしてくる。
……なるほど。昨日のことがあったから今日は宿を出ないことにしたのか。
まあ、確かにその方が危険はないな。
「なるほどな」
「すみません。もっとアラゴン領をセルセトに案内してあげたかったのですが……」
「イシス嬢が気にすることじゃないさ。それに、面倒ごとを片付けてからの方が観光も案内も気楽に楽しめるってもんだろ?」
「……フフッ、そうですわね」
イシス嬢の表情には昨日ほどの固さは見えない。
一晩、何事もなく過ごせたことが心理的なトラウマを少しだけでも和らげたのだろうか?
そうなのだとしたら、昨日の俺の仕事にはしっかりと意味があったようで良かった。
「んで……今日はどうするんだ? カードでもするか?」
俺がポケットから賭け事御用達なカードの束を取り出して見せれば、二人の表情が変わる。
「それは何でしょう? テーブルゲームですか?」
「セルセト……何故そんなものを持ち込んでいる?」
イシス嬢は強く関心を覚えた様子、ユミアは怒りを通り越して呆れ顔で言ってきた。
「これはだな……」
ユミアの質問には敢えて答えずイシス嬢の興味を引くように語り聞かせれば、すぐに興味を持ったイシス嬢が俺の対面に座り、主の興味を遮るわけにもいかないユミアは額を抑えながらも側面のソファへと腰を掛けた。
◇◇◇
「……やりました! 上がりですわ!」
イシス嬢が嬉しそうに手札を広げ、声高らかに宣言する。
「おお! やるじゃねぇかイシス嬢!」
「………………流石ですお嬢様」
適宜、休憩や食事を挟みながらゲームを色々と変えて、時刻が夕刻を周った頃。
ゲームのコツと言うか、勝負どころの勘を掴んできたイシス嬢が遂に勝利を飾った。
最初はルール説明も兼ねて俺もユミアも若干手加減をしていたのだが、イシス嬢はかなりセンスが良くすぐに手加減何て言っていられなくなってしまった。
それでも俺はまだ勝てていた方だったが、ユミアに関しては最初の数回以外ほとんどドベを引かされている。
やはりカードゲームの仕様上相手の顔色を読むことは重要で、その点普段からポーカーフェイスを叩き込まれているイシス嬢は強かった。
ユミアは……面白いくらいに表情に出ていたので途中からはイシス嬢にも生暖かい目を向けられていた。
「さて、そろそろ終わりにしとくか。あんまり動かないってのも良くないだろう?」
「……そうだな。お嬢様、ご夕食はいかがなさいますか?」
俺が休憩を提案すれば、色々と含みのありそうな表情でユミアが同意し、イシス嬢に夕食について聞く。
「軽めに食べれるものを運んでもらってもいいですか?」
イシス嬢はだいぶ遊んで満足したのか、特に変わった様子はなく頼んでいた。
「かしこまりました」
ゲーム中はあんなに表情豊かだったユミアも一度こうしてメイドの皮を被れば、流石は専属のメイドだ。厳かに粛々と主の命を遂行すべく、足早に部屋を出て行く。
「ユミアもあの調子でゲームできれば、もうちょっと強そうなのにな」
「フフッ、でもおかげで楽しめましたわ」
「そりゃ、何よりだけどよ」
俺も伸びをしながらソファを立ち上がれば、どこか真剣な面持ちのイシス嬢が俺の腰に下げられたソレをジッと見つめていた。
「あの、セルセト。もし、間違いなければ……なのですが……」
そして、視線はそこに固定したまま……いや、よりジッと見つめながら聞いてくる。
「その斧、昨日とサイズが少し違っていませんか?」
「――!」
空気が変わる。
俺は思わず拍手を贈りたくなった。
この観察眼は貴族だからだとか、そういう次元のものではない。
だが、ここは答えを慎重に選ぶべき場面だ。
「……」
少しの沈黙が間を包む。
イシス嬢が気付いた通り、俺の斧は
理由は簡単、この斧がサイズを変えられるマジックウェポンであり、残念ながら俺にはその大きさをいちいちすべて把握しておけるような器用さがないからである。
だがもちろん、そう大きく違うはずはない。
毎日武器の重さを変えていたら感覚が狂うように、俺にだって使い勝手のいい大きさ、重さは当然ある。
それはこのチャーム状態も同じだ。
軽くできるとは言え、戦場で命を賭ける相棒。その重さ、形、大きさ全てを理解しているつもりだ。
だが、イシス嬢の観察眼はそんな俺の感覚、慣れのおそらく寸分単位のズレを見抜いている。
勝敗には関わることのないほんのわずかな誤差。
それを正確に見抜いているのだ。
もちろん、誤魔化すことは簡単だ。
気のせいじゃねぇか? この一言でこの問答は終わる。
しかし、本当にそれで良いのだろうか?
確かに俺の仕事はイシス嬢の安全を守り、快適にお勤めをこなしてもらってレティシア家まで送り届けることだ。
そこには当然不安を抱かせないという物も含まれるだろう。
今回の場合、話すことと隠すことどちらの方が不安を抱かせないだろうか?
小さい脳みそで必死に考える。
しかし、あまりに小さな俺の脳みそでは問いの堂々巡りが起こるばかりで、何か画期的なアイデアが降ってくることもない。
「セルセト」
すると、珍しく言い淀む俺を前にイシス嬢が小柄な身体を精一杯に張って、その視線の中心に俺を捉える。
その目は、私を信じてくださいと言っているようで、そんな目を向けられてしまえば、俺も覚悟を決めないわけにはいかなかった。
「……降参だ。良く分かったな」
「フフッ、訓練では負けっぱなしですから、今日はセルセトにたくさん勝てて気分がいいですわ」
「剣の方じゃ、まだ負けるわけにはいかないけどな」
軽口を叩きながら、切り口を探す。
明日は本番。
隠したまま乗り切れるならばそれに越したことはないが、何かが起こる可能性が一番高いことに間違いはない。
それに、俺たちが絶対イシス嬢を巻き込まずにことを収められるという保証もない。
「……」
再びの沈黙。
だが、こちらを見つめるイシス嬢の表情は俺の言葉を待っているようだった。
「昨日の夜だ。イシス嬢が眠ってからしばらくして、俺の警戒範囲内に明らかな不審者が入り込んだ」
先ほど目に続いて、こんな表情を向けられてしまえば切り口もクソもない。
今の俺はレティシア家、イシス・レティシア侯爵令嬢の護衛セルセトだ。
俺は特に飾らず、ありのままを話し始める。
「もちろん、相手は捕まえて身分等すべてを吐かせた上で二重スパイとして、そのまま返してある」
「なるほど……。それで今朝は服が変わっていたのですね。ユミアの寝坊もセルセトが不在の間、ずっと気を張ってくれたから……」
すべてに合点が言ったという声音と共に少し申し訳なさそうに肩を落とすイシス嬢。
「イシス嬢、俺たちに気を使う必要はないんだぜ? 確かに俺たちは雇われだけど、ちゃんと全員がイシス嬢のことを尊敬してるし慕ってるさ。だから、イシス嬢は思いっきり背中を任せてくれていればいいんだよ」
そんなイシス嬢に向けて咄嗟に俺の口を吐いたのはそんな言葉だった。
「セルセト……」
知らない感情だった。
好きだとか嫌いだとか、美味いとか不味いとかそう言う単純な感情ではない。
言葉だけでは表現しきれないような、内側からにじみ出てどんどん溢れていくような、そんな感情。
俺の元へイシス嬢がゆっくりと近づいてくる。
そして、こちらに向けてその小さな手を伸ばして来た。
「セルセト、ありがとうございます。あなたが、あなたたちが居てくれるから……」
伸ばされた手は俺の手をグッと掴む。
小さな手とは思えない程、力の籠った握手。
だが、それ以上に俺はその小さな手の震えを確かに感じ取る。
「なあ、イシス嬢。俺は昨日、一つ嘘を吐いた。実は俺、一つだけ魔法が使えるんだ」
その震えは確かに恐れから来るものなのだろう。
恐れは人を鈍らせ、竦ませ、立ち止まらせる。
しかし、恐れが震えとして現れたとき、その震えが何かを動かすきっかけになることだってあるのだ。
「魔法……ですか?」
「ああ。そしてこの魔法は口伝って言ってな。生涯で一人にだけ、受け継がせることが出来るんだ」
口伝。
もはや魔法なのかもよくわからない代物だが、俺はその力を誰よりも知っている。
俺の命を救ってくれた正しくな魔法にして、呪いになっているモノでもある。
もう、口にすることはないと思っていたこれを、まさか自分から誰かに伝えようと思う日が来るとはな。
「そんな魔法が……」
「それを今から、イシス嬢に教えてやろう」
「えっ!? 私にですか!?」
「ああ。まあ、お守りみたいなもんだ。軽く聞いてくれ」
「……分かりました」
気が付けば、握手をしたままのイシス嬢の手から震えは消えており、真剣な眼差しと確かな力強さがその熱を伝えてきていた。
「魔法は簡単だ。小さくてもいいから『
「……『
「ああ、そうだ。自分だけじゃどうしようもない時に呟いてみてくれ」
「……分かりました。ありがとうございますセルセト」
「なに、そんなもの使わないに越したことはない。だから、お守りだ。礼を言われるようなもんじゃない」
右手の力を緩めれば、イシス嬢もあわせて力を抜き、握手したままだった手を離す。
だが、今度はイシス嬢が両手で俺の手を掴んだ。
「いえ、大事に、大事にします。セルセト」
「……おう」
……何故だか妙に照れくさい。
だが、悪い気分ではないのは確かだった。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
するとちょうどそこへ食事を運んだユミアが戻ってくる。
「お、ちょうどいいな。……じゃあ、イシス嬢、さっきの話の続きは食事しながらでも良いか?」
「はい。聞かせてください」