戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第十七話

「おい、レティシア家の秘宝ってのは何だ?」

 

「ヒッ! な、なんだよ! 何急にキレてんだよ!」

 

 マクスフーの言葉に自分でも気が付かないうちに殺気を込めたドスの利いた声が出ていた。

 金貨のおかげで顔色を取り戻していたマクスフーが再び震え上がってしまうほどには恐ろしかったらしい。

 だが、今の俺にはそんなことを気にしてやれる余裕はない。

 

 この考えが正しければ、明日のイシス嬢はかなり危険なことになる。

 

「良いから答えろ」

 

「わ、分かった。けどよ、俺も詳しくは分からねぇんだ。必死に調べてようやく出てきたのがその言葉だったんだよ。その秘宝が何を指してるのかだとか、そういうことは一切分からなかったんだ」

 

 勘弁してくれと言う様子で手をあげながら、必死に訴えるマクスフー。

 ……どうやら嘘はついていないみたいだな。

 

「そうか……悪かったな。ちょっと頭に血が上っちまった」

 

「……お前、なんか変わったな」

 

 俺が素直に謝ればそんなことを言ってくるマクスフー。

 その言葉には言葉以上の感情が込められているようには感じられず、ただ単に思ったことがそのまま口を吐いたと言った感じだった。

 

「はっ……そんなもん当たり前だろ。今は傭兵じゃねぇからな」

 

「ああ、そういやそうだったな。……それで? お前はどうすんだ? こんな情報を仕入れさせるくらいだ。明日のパーティー参加を見送るつもりはないんだろ?」

 

 珍しく本気の表情。

 コイツ、この一日で俺の情報も仕入れて来たな?

 

「ああ。当然だな。雇用主に頼まれてんだ。一発入れてきてもいいってよ」

 

「……はぁっ!? まさかとは思うが……お前が一発入れようとしてる相手って……」

 

 目の前で愕然と口元を引きつらせるマクスフー。

 ま、俺が本気で一発お見舞いしたら、お貴族様は簡単に死んじまうだろうからな。

 当然、俺がやるわけではないが……そんなことまで伝えてやる義理はない。

 

「ま、お前も暇してんなら見て行けよ。紛れ込むことくらい造作もないんだろ?」

 

「嫌だね! 俺は死にたくないんだ。ここに来てやったのだって、お前がその気になれば、どこにいても俺を殺せるからだ」

 

 一体こいつは俺を何だと思ってるのか。

 さすがに俺だって何キロも距離を離されれば、気配を捉えようがないのに。

 

「そうかよ。じゃあな。情報提供感謝するぜ」

 

「……待て」

 

 もう、これ以上は話すこともないだろうと俺が立ち去ろうとすればマクスフーが呼び止めて来た。

 

「なんだよ?」

 

「お前は顔見知りみたいだが、改めて忠告しておく。騎士隊長レイルにはくれぐれも気をつけろ」

 

「……? 何か、あるのか?」

 

「俺に言えるのはこれだけだ。これ以上はお前が相手だろうと話せねぇ」

 

 俺がどこにいてもマクスフーを殺せるという発言の後のこの言葉。

 つまり、これは商品としての情報ではなく、マクスフーからの本心からの忠告か。

 

「……ああ。分かった。感謝する」

 

「ケッ、大損だぜ」

 

 素直に感謝を伝える俺を見て、口ではそんな風に言いながらも、少しだけ肩から力を抜くマクスフー。

 なんだかんだでコイツは商売上手だ。

 こう言う所が、コイツを情報屋として生きながらえさせているのかもしれない。

 

 ◇◇◇

 

「戻ったぞ」

 

 ノック三回の後に小声でそう伝えれば、今回は殺気を出されることなく部屋に入れてもらえた。

 

「着替えだ。早くして来い。報告は寝室で聞く」

 

 部屋に入ってすぐにユミアに着替えを押し付けられ、今日は顔を赤くするでもなくスタスタを寝室へ戻って行くユミア。

 昨日の今日ですぐに慣れるというタイプではないので、きっと他の理由がある。

 まあ、恐らく明日に備えて今から気を引き締めているのだろうが。

 

 渡された着替えは昨日と同じ寝巻。

 今日は外出することが決まっていたので、着替えていなかった。

 さっさと着替えて寝室の扉に手を掛ける。

 開ける直前で念のため、ノックをしてみた。

 

「良いぞ」

 

 するとすぐに反応があり、俺は慎重にイシス嬢を起こさないよう細心の注意を払いながら扉を開く。

 

「おかえりなさいセルセト」

 

 そして扉を開けてみれば、どういう訳かイシス嬢がベッドの淵に腰を掛けて待っていた。

 

「イシス嬢? 起こしちまったか?」

 

「ふふっ、セルセトを騙せたのなら私の演技力も中々と言うことでしょうか?」

 

「?」

 

 イシス嬢の言葉はまるで最初から寝ていなかったと言っているようで……。

 解説を求めて、ユミアの方へ視線を向ければ、彼女は想像の通りだとでも言わんばかりに軽く頷いていた。

 

「いや、参った。完全に寝てるものだと……ただ、なんでわざわざ寝たふりを?」

 

 俺の質問にどこか誇らしげに胸を張ったイシス嬢が言う。

 

「明日は朝が早いですから、作戦会議ですわ!」

 

「作戦会議……ああ、なるほどな。あの時は冗談で言ったつもりだったんだが……」

 

 作戦会議と言う言葉を聞いて妙に納得がいった。

 これはまだアラゴン領に来る前。

 長い道中に俺のぼやいた一言がきっかけでイシス嬢の導火線に火をつけてしまった出来事だった。

 

「ですが、私もそれが一番いいと思ったのですわ。私自身、あの恐怖を、トラウマを乗り越えるためには」

 

 イシス嬢は決意固く拳を握り、ユミアは悔しそうに下唇を噛んでいる。

 雪辱戦になるなら、それはいいと思う。

 マクスフーのやつ、本当に面白い物を見逃したかもな。

 

 そんなことを考えながら、少し前の、アラゴンに来る前の滞在先でのやり取りを思い出す。

 

 ◇◇◇

 

「そういえばイシス嬢はなんで剣の訓練をしようと思ったんだ?」

 

 さすがに出先で訓練をするわけにはいかないが、イシス嬢との一番の大きなつながりと言えば今のところは剣を教えている師弟関係だ。

 そんな単純な理由で切り出した会話だった。

 

「なんで、と言われると難しいかもしれません。でも、お父様を見ていれば、戦場は近くにあるのだということは分かりましたから」

 

 気が付いたら自分でも剣を振るようになっていました、とイシス嬢は言った。

 その時だったはずだ。

 

「ほう。確かにイシス嬢の腕は中々の物だからな。面倒な相手も実力で分からせられれば楽だよな。ま、貴族ってのはそうもいかないものなんだろうが……」

 

 ここまでの道中でアラゴンとのあらましを聞いていた俺は思わずそんなことをぼやいていた。

 傭兵時代の面倒ごとは力で解決と言う頭が残っているからこその発言で、ユミアなんかに聞かれていれば大目玉だっただろうが、イシス嬢は違ったらしい。

 

「――! それですわ!」

 

 珍しく身を乗り出して、大声を出したイシス嬢はまるで視界が開けたとでも言うかのように表情を明るくした。

 

「セルセト、あなたは私が気に入らない相手を剣で斬り伏せてもはしたないとは思いませんか?」

 

 あの時の表情は今でも鮮明に思い出せる。

 やる気と、閉じこもっていた殻を少しだが、確かにこじ開けたかのような羽化の前兆のような表情。

 そして、もちろんそれを聞いた俺は――

 

「むしろ、その方が好みだな」

 

 そんな風に答えたのだった。

 

 ◇◇◇

 

「明日の流れは?」

 

 横目にユミアを見ながら聞く。

 

「パーティーの開始は夕刻を過ぎたあたりになるだろうが、アラゴン家の次期殿の生誕祭だ。多くの賓客が招かれていることだろう。よって我々は昼過ぎ、順番にして全体の三から四番目の入場者となるようにアラゴン家へ向かう」

 

 ……やばい、もう面倒な香りが漂いまくっている。

 

「到着後はお嬢様と私、それから護衛のセルセトで次期殿に挨拶に向かい、お祝いの品を贈らせてもらう」

 

 なんだよ、贈らせてもらうって……と思うが、ツッコまないでおいた。

 

「それからはパーティーの時間まで他の参加者への挨拶と同じく挨拶にやってくる者への対応だ」

 

 うへぇ……じゃあ、今日みたいに控室でカードゲームをしているって訳にはいかないんだな……。

 

「パーティーが始まってからは私たちの出る幕は少ない。……お嬢様の()()を実行されるならばそこがよろしいかと」

 

 苦虫を嚙み潰したかのような表情に顔を歪めながらも、イシス嬢最優先の姿勢は変わらないユミア。

 一先ず、俺の仕事は挨拶対応中の護衛だな。

 後はそこまで出しゃばれるような場面もないだろう。

 ……いや、ないことを願う。

 

「……お嬢様、セルセトの事前情報から、恐らく今年もルデロ・アラゴン様は何かを仕掛けてくるはずです。本当にやるのですか?」

 

「ええ。それが一番だと私自身が思っていますもの。さて、詳しい作戦会議の前にセルセトの聞いてきた話も伺いたいですわ」

 

 ユミアの心配を強気な笑顔で一蹴したイシス嬢はそう言って会話のボールを俺に回して来た。

 

「ああ。そうだな……聞いてきた話の要点は二つだ。一つは騎士隊長レイルが王室から派遣されているって話だ」

 

「レイル様が……なるほど、王室もレティシア家に配慮してくれている訳か」

 

 俺の話を聞いて、去年イシス嬢を窮地から救ったのがレイルだという話を思い出したのだろう。

 ユミアがそう呟く。

 だが、イシス嬢の表情は安堵とはまた別の感情を見せている様だった。

 

「セルセト……もしかしてそれは」

 

「ああ。イシス嬢の思っている通りだと思うが、情報屋の話ではアラゴン家は何かを企てているんじゃないか、だと。レイルの野郎、執行者とか呼ばれてたんだな」

 

「執行者……聞いたことがある。王室に反意を示した貴族家を次々処断していった正しく王国の剣と言うべき存在、まさかレイル様のことだったとは」

 

 どうやら執行者のことは知っていたらしいユミアが驚きながら呟いた。

 

「そうですか……」

 

 そしてイシス嬢は予想通りと分かり、少し肩を強張らせる。

 

「そして、二つ目だ。これについては俺も詳しいことが知りたい。イシス嬢、レティシア家の秘宝ってのは何だ? アラゴンはそれを求めているらしい」

 

 俺の口からその言葉が出た途端、イシス嬢の身体がピクリと跳ねた。

 隣に立つユミアは何の話だという顔をしており、どうやらレティシア家の秘宝とやらは彼女も知らないらしい。

 

 おのずと俺とユミアの視線がイシス嬢へ集中する。

 そんな視線を受けて――

 

「セルセトも秘密を打ち明けてくれましたものね。一方的な関係はフェアではありませんわ」

 

 ふわりとこちらへ微笑みを向ける。

 だが、その膝の上では強く拳を握り込んでいた。

 

 そして満を持して、イシス嬢は口を開いた。

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