戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第十八話

 俺とイシス嬢の目線のやり取りに若干置いてけぼりを喰らっているユミアが、一瞬だけこちらへ恨めし気な視線を向けて来たが、俺たちはそれ以上は余計なやり取りを挟まずにイシス嬢の言葉へと耳を傾ける。

 

「レティシア家の秘宝……それはレティシア家の歴史上でも最上位の秘密となっている存在ですわ」

 

 そんな俺たちに向けてイシス嬢は神妙な面持ちで語る。

 

「セベクト王国では貴族階級が敷かれ、明確な身分制度の下、国が運営されています。ですが、そんな身分制度を跳び越えた存在がいることもご存知でしょうか?」

 

 その語り口はどこか機械的で説明的だ。

 まるで、そうすることで感情を抑え込んでいるかのように感じられるほどに。

 

「魔法使いでしょうか?」

 

 ユミアがイシス嬢の問いに答える。

 

「その通りですわ。馬車でも少し話に上がりましたが、魔法使いは明確な身分制度外の存在として扱われることが多いですわ」

 

 イシス嬢はユミアの答えに軽く頷き肯定すると、一拍置いて続けた。

 

「そして、レティシア家の秘宝とは……代々レティシア家にだけ発現する魔法を宿した人物のことなのですわ」

 

「――っ!?」

 

 ユミアの顔が衝撃に歪む。

 俺も、話の意図に気が付き思わず拳を強く握りしめた。

 そうでもしないと、ベッドを破壊してしまいそうだった。

 

「……お、お嬢様、それはつまり」

 

 わなわなと震える口で確認を問いながら、イシス嬢の方へ手を伸ばすユミア。

 そんな手をギュッと取りながら、イシス嬢は答えた。

 

「はい。アラゴン家が私を狙う理由は……私がその魔法の発現者、当代におけるレティシア家の秘宝だからなのですわ」

 

 夜の静寂に包まれた空気がピンと張ったかのような感覚を覚える。

 それほどの緊張感を醸し出す告白だった。

 

「……で、ですがお嬢様! そうなのだとすれば、権力を振りかざせばよろしいのではないですか? 魔法使いは身分制度の外に存在するもの。いくら公爵家と言えど強くは出られないのでは……」

 

 必死の形相でユミアが訴える。

 確かにユミアの弁には一理があると俺も思う。

 もちろんイシス嬢、レティシア家の秘宝とまで言われるほどの存在が普通の魔法使いと同等ならば、だが。

 

「いや、ユミア。それは違うだろう。イシス嬢、その魔法は国にも知られるとまずいものなんだな?」

 

「……はい」

 

 俺の確認に軽く目を伏せたイシス嬢は力なく頷いた。

 正面に座り込んだユミアはそんな馬鹿なとでも言うような表情をしていた。

 

 確かに、国、貴族に仕えていた元騎士のユミアからすれば、国がなにか非道な行いをすることなど信じられないのだろう。

 だが、国が身分制度を跳び越えて魔法使いに特権を与えている理由を少し考えてみれば分かる。

 

 力ある者に権力を与え縛る。

 ならば、そんな力ある者のさらに上を行く力を持つ存在にはどうするか。

 ……簡単な話だ。

 御しきれない力は消し去るしかない。

 

 だから、イシス嬢は魔法の存在をひた隠しにしているのだろう。

 剣を修め、自衛能力をつけたのもきっと、この魔法の存在が表沙汰になった時のためだ。

 

 ただ、だとすると、アラゴン家がどこからこの情報を仕入れたのだろうか。

 ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「イシス嬢、可能ならで構わない。その魔法は、一体どんな魔法なんだ? 伝えられる範囲で教えてくれねぇか?」

 

 俺は努めて冷静に質問した。

 意を決して告白したイシス嬢も、衝撃でへたり込んでいるユミアも今は正常な状態とは言い難い。

 ここは俺が冷静にいなければならない場面だ。

 

「………………」

 

 短く、だが、どうしてかずっと長く感じられる沈黙。

 その後で、力なくこちらを見たイシス嬢は重い口を開いた。

 

「……私のことを、軽蔑しないでいただけますか?」

 

「――っ!」

 

 その言葉は少なくない期間を共に過ごした俺も、もしかしたらユミアも始めてみるかもしれないイシス嬢の最も弱い言葉だった。

 俺の知るイシス嬢は強い人だ。

 トラウマを抱えながらも貴族としての務めを果たすべく、トラウマの地へとやって来て、こんな重大な秘密を俺や腹心のユミアにさえ打ち明けずにいようとした、まごうことのない強い女(レディ)だ。

 だからこそ、こんな風に弱い部分を前面に曝け出し、許しを請うような姿は見たことがなかった。

 

 ただ、本来ならばまだ十六の子供。

 このくらいの弱さを見せない方が普通ではないのだ。

 ならば俺のすべきことは……。

 

「もちろんだ。俺もユミアも、何を言われてもイシス嬢のことを軽蔑したりなんかしねぇよ」

「――そうですっ! 魔法の一つや二つで何かが変わってしまうような弱い忠誠心は抱いておりません! 私はもう、二度と誰かを、信じる者を裏切るようなことはしたくありませんから!」

 

 俺の言葉に続き、イシス嬢の手を掴んだまま立ち上がったユミアが宣言する。

 信頼を伝える、明確に、正確に言葉にして、どんな風にも間違いようの無いように。

 

「セルセト……ユミア……」

 

 顔を上げ、こちらを見上げるイシス嬢。

 そんなイシス嬢に俺とユミアは……特に示し合わせることもなく膝を付いた。

 

「……! 二人とも、それは」

 

「はい、お嬢様。私はもう、騎士ではありませんが、心持ちは常に騎士のつもりです」

 

「俺は……柄じゃないけどよ。騎士の誓いってのは忠誠の儀式みたいなものなんだろ?」

 

 何となく照れくさくて、投げやりになりそうな言葉をまとめ、右手を差し出しイシス嬢を待つ。

 

「……敵いませんわ。ですが、だからこそ心苦しいものがあります」

 

 そんな俺たちを見下ろしたままイシス嬢は申し訳なさそうに呟き、一度大きく深呼吸をした。

 

「……私の……レティシア家の秘宝は……心奪の魔法や傾倒の魔法と呼ばれています。特別な事柄も必要とせずに、ただ魔法を行使するだけで、周りの方の心を奪う、奪ってしまうそんな魔法なのですわ」

 

「「――っ!?」」

 

 心を奪う……心奪の魔法。

 なるほど、それは確かに国に話せるはずのない魔法だ。

 

 つまりイシス嬢がその気になれば、この国は数日もしないうちにイシス嬢の国になってしまうのだろう。

 そして、イシス嬢がここまで言いあぐねていた理由もきっとそこにある。

 

 きっと、俺たちから向けられる信頼が、魔法由来の物だとでも思ってしまっているのだろう。

 もちろん、全てではないと思う。

 しかし、心のどこかでその心奪の魔法の存在が引っかかってしまっているのだ。

 

「……お嬢様」

 

 膝を付いたままの姿勢でユミアが耐え切れずに顔を上げた。

 釣られて俺も顔を上げれば……

 

「――――――っ……こんな魔法、欲しく……ありませんでしたわ」

 

 そこには大粒の涙を零すイシス嬢の姿があった。

 侯爵家レティシア家の令嬢としてではなく、一人の少女としての人生を生きるイシスとして、その大きすぎる、重すぎる荷物に必死に耐えて来たことが伝わってくるそんな涙。

 

「――っ」

 

 何かを言おうとして、ふさわしい言葉が思いつかずにユミアが下唇を噛む。

 

 その隣で、俺はない頭を必死に頭を回す。

 気の利いた一言でなくてもいい。

 何か、この涙を晴らさせるような、それだけの言葉はないか?

 

 ――そんな時、ふと思い当たったのはとある使用人の存在。

 去年、イシス嬢を裏切った、恐らく精神を意のままに操る魔道具に侵された使用人。

 マクスフーなど子飼いではなく雇っただけのマクスフーのような情報屋にも渡すほどだ。アラゴン家はおそらくそんな魔道具を複数所持している。

 

 そんなアラゴン家がイシス嬢を求める必要性はどこにあるのか?

 それはつまり……。

 

「イシス嬢、涙を拭けよ。大丈夫だ。イシス嬢に向けられる信頼の感情はそんな魔法に頼ったものじゃないさ。だって、そうじゃなければ、精神を意のままに操る魔道具なんてものを持つアラゴン家がイシス嬢を狙う理由はないだろ? クソみたいな連中だが、予想外のところで役に立つじゃねぇか」

 

 出来るだけ明るく、だが、真剣さは伝わるように話す。

 こんなもの穴だらけの理論だ。

 だが、穴があっても筋が通らないわけではない。

 

 今のイシス嬢に必要なのはきっとこういう言葉のはずだ。

 

「セル、セト……」

 

 涙に濡れたイシス嬢の瞳がふらふらと漂いながらも、何とか俺を捉える。

 

「気にするな、なんて無責任なことは言えねぇけどよ、俺たちのことは信じられるんじゃねぇか? イシス嬢なら」

 

「――っ!」

 

「セルセトっ、ユミアっ!」

 

 口元に手を当てて、一瞬何かをこらえようとしたイシス嬢だったが、すぐにそれは諦めて大粒の雫も厭わずに膝を付く俺たちの首辺りへ手を回し、飛びついてくるイシス嬢。

 

「お嬢様、お嬢様っ」

 

 イシス嬢をしっかりと抱き留めながら、釣られて泣き始めるユミア。

 そうだ、それでいいんだ。

 イシス嬢はもっと自分の感情に素直にいれば良い。

 

 騎士の誓いは既に形無しだが、俺たち三人の誓いならば、こんな形だっていいだろう。

 

 こうして、俺は二人と抱き合ったまま、彼女たちが泣き止むのをそっと待っていた。

 

 ◇◇◇

 

 すっかり夜も更け、普段なら俺でさえとっくに眠っているほどの頃になって、ようやくイシス嬢もユミアも泣き止んだ。

 

「……お恥ずかしいところ、お見せしてしまいましたわ」

 

 目元と頬をうっすらと赤く染めたイシス嬢が恥ずかしそうに謝ってくる。

 

「気にしなくていいさ。何も言わずに俺の袖をびしょびしょにしたヤツに比べればイシス嬢の涙なんて可愛いもんだ」

 

「なっ!? ……くっ、今回は何も言い返せない」

 

 からかい半分に何故か俺の腕を抱きしめて泣いていたユミアを弄ってみれば、彼女は羞恥の中でも持ち前の真面目さが出てしまいもどかしそうな表情を浮かべていた。

 

「ふふっ、でも、ユミアが一緒に泣いてくれたおかげで私も思う存分になくことが出来ましたわ。ありがとうございますユミア」

 

「い、いえっ! そんな……ですが、お力になれたのであれば……幸いです」

 

 イシス嬢からの予想外のフォローに逆に小さくなってしまうユミア。

 ただ、もう、その表情の中には憂いは見えなかった。

 

 

「……あっ! 作戦会議の予定でしたのに、こんな時間になってしまいましたわ」

 

 ひとしきりやり取りを終え、全員でベッドに入ったところで隣のイシス嬢が思い出したかのように言った。

 すると反対側のユミアがやってしまったと言うように額に手を当てる。

 

 そう言えば、明日(いや……もう今日か)、の生誕祭でイシス嬢がルデロ・アラゴンに一発お見舞いしてやる作戦会議の予定だったな。

 

「まあ、大丈夫だろ。吹っ切れたイシス嬢なら作戦なんてなくてもあいつに一発食らわせられるさ。師匠の俺が断言してやる。だから今日はもう寝ようぜ」

 

「本当ですか!? 分かりました。では、明日のことは明日の私に任せることにいたしますわ」

 

「ああ、そうすればいいさ」

 

 すると、イシス嬢の手が軽く俺の左手を握る。

 

「それでは、おやすみ、なさ……い」

 

 そして、ほどなくして、イシス嬢は眠りへと落ちて行った。

 きっとこんな時間まで起きていたことがなかったのだろう。

 それにあれだけ泣いたのだ、体力も底をついて居たに違いない。

 

「おい」

 

 かと思えば、今度は右手が気持ち強めに掴まれる。

 

「なんだ?」

 

 声を潜めて反対を向けば、ほんのりと頬を染めたユミアとバッチリ目があった。

 

「……いや、何でもない。……明日は寝坊は出来ないからな。お、おやすみ」

 

「……? ああ、おやすみユミア」

 

 よくわからないが、俺を呼んだ割には何も言わずに俺に背を向けるようにして眠りにつくユミア。

 だが、彼女の片手は未だ俺の右手を掴んだままだった。

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