戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
昼過ぎ。
俺たちはユミアの予定通りに全体の三番目となる形で、アラゴン家へと到着した。
しかし……これは、予想外だな。
そしていざ目の前にしたアラゴン本邸に俺は思わず舌を巻いていた。
レティシア家を初めて歩いた時も、信じられないと思ったが、ここはそれ以上だ。
街から確かに見えてはいたものの、いざこうして対面してみるとその大きさ、華美さ、迫力に圧倒されてしまう。
王都の城と比べても遜色なく見えるのは、俺に学がないからだろうか?
「レティシア家の皆様ですね。本日は当家のパーティーへお越しくださりありがとうございます。控え室の方へご案内させていただきます」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
そんな俺の一歩前で、イシス嬢の戦いは既に口火を切られていた。
アラゴン家の使用人に対し、完璧な令嬢の仮面を被って対応する。
昨晩の弱気な姿勢はどこへやら。
本当に尊敬できるよイシス嬢は。
先導するアラゴン家の使用人について、イシス嬢を頂点にした三角形のような整列で歩いて行く。
よく意味は分からないが、これが作法らしい。
「こちらをお使いください」
そうして、当然外見の通り迷路のような館内を少し歩いたところで、イシス嬢一人にあてられるにはあまりに大きな部屋へと通された。
大半の従者たちはその向かい側にある一般的な広さの部屋にイシス嬢のあとで通されていた。
俺みたいな人間からすれば、このイシス嬢にあてられた部屋を全員で使った方が合理的だ、なんて考えてしまう訳だが、貴族とはそうもいかない物なのだろう。
「ありがとう。ルデロ様へご挨拶に伺いたいのですが、ご都合をお聞きしても?」
「かしこまりました。確認次第、お呼びに参ります」
「お願いしますわ」
最後まで気を抜くことなく、案内人が出て行くのを見送るイシス嬢。
そんな姿を俺とユミアは黙って見つめていた。
「一先ず、お疲れ様にございますお嬢様」
「ふふっ、こんなもの疲れるうちには入りませんわ。確かに社交界に顔を出すのは一年ぶりですが、その間も特に最近はセルセトに訓練をつけてもらっていましたから。まだまだ問題ありませんわ」
力強く笑って元気をアピールするイシス嬢。
その顔に嘘は見えない。
しかし、今日のドレスのせいだろうか?
今日のイシス嬢は主役を食わない程度の派手さに抑えた、どちらかと言えば大人らしい魅力があって完成されるようなデザインのドレスを身に纏っている。
普段は小柄で俺が大幅に年齢を勘違いしてしまうような彼女には正直あまり似合いそうになかったそのドレスはいやはやどうしてか、すごく様になっているように見える。
それによって、いつもの天真爛漫さは鳴りを潜め、その笑みはまるで別人のようにも思われた。
「衣装崩れはありませんが、念のため確認をしておきましょう。セルセト、部屋の外で警備を頼む」
「おう。何人か侍女を呼ぶか?」
「……そうだな。あまり時間もないだろうし、そうしよう」
ユミアに頼まれて、俺は向かいの部屋へイシス嬢の侍女を呼びに向かう。
そしてそのまま、部屋の前で護衛をしている騎士に混ざって、確認の終わりを待った。
騎士たちは皆、気合いの入った表情をしており、そこからイシス嬢への強い信頼が感じられる。
きっと去年もこんな感じだったのだろう。
しかし、だからこそ、アラゴン家の所有する魔道具には警戒が必要だ。
こんな真剣そのものな人間の精神すら操ってしまうのだから。
しばらく待っていれば、視線の先に見覚えのある人物が映り込んだ。
「――!」
相手側もこちらに気が付いたようで一瞬俺の元に視線を止めたが、流石の彼もここで自由な行動をするわけにもいかないのか、俺とレイルの久しぶりの接触はアイコンタクトに留められた。
だが、マクスフーの言う通り確かにレイルの野郎が来てやがんな。
執行者……あの脳筋馬鹿がそんな風に呼ばれているとは、俺からしてみればにわかには信じがたいことだが……。
なんて、考え事も束の間。
俺たちの元へ、先ほど俺たちをここまで案内してきた使用人が戻って来た。
「お待たせいたしました。ルデロ様のご準備が整いましたので、お呼びたてに参りました」
俺たちにも変わらず低姿勢なその男は俺と反対側の入口隣りに立っていた騎士に話しかける。
すると騎士はこちらに確認するような視線を向けて来た。
……別に、俺はお前らの隊長とかじゃないんだがな、と思いながらも、俺はそれに頷き、イシス嬢の待つ部屋をノックする。
「い……お嬢様。ルデロ様のご準備が整ったようです」
普通に接してくれと頼まれている癖でついイシス嬢と呼びそうになるのを寸でのところでこらえて、部屋の中へと声を掛ける。
「分かりました」
すると短く、だが、きっぱりと決心したと言うような返事が返って来る。
ほどなくして扉は開かれ、中からユミアたち侍女を連れだってイシス嬢が出て来た。
「――っ! ご、ご案内します」
その姿は正しく貴族とはこういう物だ、と思わせるような風格を纏っており、案内にやって来たアラゴン家の使用人も思わず少し気圧されてしまっている。
特に服装やメイクが変わったわけではない。
だが、俺はこの時初めて、イシス嬢の本気の姿を見たのだと思わされた。
本気……いや、覚悟を決めたと言うべきだろうか。
これから本気を出すと言って本気を出せるような人間は酷く限られている。
傭兵時代、戦場では何度も気を引き締めろだとか、死ぬ気になれなんて言葉を聞いてきたが、大抵そういうことを言う者は逆に強く意識した死の恐怖に囚われて動きが鈍るのだ。
本当の意味で、こうして本気になれる存在は、恐怖やその他諸々の感情の、その一切を飲み込んで自分を保てるほんの限られた存在だけ。
やはり、イシス嬢はそんな限られた存在であると、改めて理解させられる。
そんな凄みが今のイシス嬢からは漂っている。
「お願いしますわ」
真っすぐと強い眼光は父譲りの物だろう。
あの眼差しを向けられれば、いくらイシス嬢が可憐な見た目をしていたとしても侮れまい。
こうして、俺たち数名の護衛とユミアともう一人の侍女でルデロ・アラゴンの待つ部屋へと向かった。
◇◇◇
「こちらになります」
使用人が案内した先はレティシア家で目覚めた後にイシス嬢に連れていかれたあの部屋のような巨大な扉が迎える大きな部屋。
さすがの俺もこんなところで全く緊張しないとはいかなかった。
キュッと尻に力が入り、背筋が伸びる。
「ユミア、セルセト」
「「はい」」
イシス嬢に呼ばれ、一歩進み出る。
ここから先は俺たち三人で行くらしい。
ユミアの手には布のかけられた大きな何かが載せられている。
あれが贈り物だろうか?
しかし、その中身を考察する間もなくイシス嬢が歩き始め、それに合わせて巨大な扉が開かれる。
そして――
「やぁ、久しぶりだね。もう、一年になるのかな? もしかしたら来てもらえないのかと思っていたよ」
俺たちは遂に仇敵のような存在であるルデロ・アラゴンと邂逅を果たした。
「ふふっ、ルデロ様、ご冗談がお上手ですわ。アラゴン公爵家のご子息であらせられるあなた様の成人記念パーティーですもの。そのような選択肢はあり得ませんわ」
鬱陶しいほどに爽やかな金髪をなびかせて、嫌味のように女々しいことを口走るその男の第一印象は正直言って最悪だった。
今までにも俺は、何人もいけ好かない人間に出会ってきたが、ここまで鼻につくタイプは中々見ない。
「本当かい? それは良かった。去年の僕のパーティー以降君がどこへも顔を出さなくなってしまったと聞いて、何か気を悪くさせてしまったのではないかと思っていたんだよ」
「ふふっ、お気遣い痛み入りますわ。ですが、私については公表の通り体調が優れなかっただけですから。ご心配には及びませんわ」
「そうかい? なら、
よくもぬけぬけとそんな口が叩けたものだ。
イシス嬢の体裁がある以上、俺は何も反応しないように努めているが、そうでなければ既に二、三回は半殺しにしている。
「はい。……と、挨拶が長引きすぎてしまいましたね。大事なことを言い忘れておりました。ルデロ様、成人おめでとうございます。我がレティシア家からはこちらをお贈りさせていただきますわ」
なんて、俺が脳内でルデロ殺しシミュレーションをしていれば、イシス嬢がそう言ってユミアに合図を出した。
すると、ユミアはイシス嬢の半歩後ろまで進み出て膝を付き、両手に載せたそれを捧げるように前へと差し出す。
そして、イシス嬢が自らかけられた布を捲った。
「ご存知の通りレティシア家は資源に富んだ家系ではありませんが、その分を武力にて補っております。こちらはそんな武の象徴たる宝剣になりますわ」
現れたその剣は鞘に納められていると言うのに、引き込まれるような魅力が宿っているように感じられる。
こんな贈り物を準備していたとは……。
「これは……! 素晴らしい剣だね」
ルデロもそんな感性は同じらしく、いやらしくイシス嬢を見つめていた視線を宝剣へと移し、ユミアの元まで歩みよってそれを手に取る。
「イシス、鞘がついているということは……」
「はい、ルデロ様。そちらは宝剣ですが、しっかりと刃の付いた剣でもあります。飾りだけの剣に意味はないが父の考えですから」
「ふっ、フハハッ! ああ、素晴らしい業物だ。とても気に入ったよ」
「それは幸いですわ」
ニタァと、爽やかさをどこかへ落として来たかのような表情を浮かべ剣とイシス嬢を交互に見つめるルデロ。
だが、イシス嬢はそんな気味の悪い笑みにも一切怯まず、強かな笑みを浮かべている。
「ああ、イシス、やはり君は僕のことをよくわかってくれているようだ。……今日のパーティーをぜひ楽しんで行ってくれたまえ」
ルデロは辛抱溜まらないとイシス嬢の美しい髪を一筋掬って流す。
「……はい、ルデロ様。改めて、本日はおめでとうございます」
そんな行動に危うく手が出かけたが、ここまで耐えたイシス嬢の努力や覚悟を俺が無駄にしてしまう訳にはいかない。
何とか必死に自分を抑え、軽く頭を下げるイシス嬢に合わせて俺も頭を下げた。
下げなければ、額に浮いた青筋を隠すことが出来なかったかもしれない。
イシス嬢の半歩後ろで跪いたままのユミアもそれは同じようで、物申したいのを必死に耐えている様だった。
「それではルデロ様。名残惜しいですが、他の方々もいらっしゃることですし」
「ああ、そうだね。また、夜のパーティーで」
「はい。失礼しますわ」
こうして、俺たちとルデロ・アラゴンとの邂逅は表面上では何事もなく終了した。