戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
ルデロ・アラゴンへの挨拶を終え、控え室へと戻って来ると、施錠を確認して一番にユミアが爆発した。
「あのクソ貴族めっ!!!」
堅牢な部屋の壁を殴りつけ、怒りをあらわにする。
だが、そうしたくなる気持ちは俺にも痛いほどわかった。
この護衛兼剣術指南役と言う立場についてから知ったことだが、貴族社会では例え同性同士であろうと身体的接触は避けるべきであるという常識があるらしい。
もちろんそれは異性間ならば尚更だ。
だから初日に俺がイシス嬢の頭を触ったりしたのはかなり危ない行為だったのだが、イシス嬢は気にしていないどころか気を付けるようにしたら拗ねていたので、
まあ、そんなわけでさっきのルデロ・アラゴンの行為はかなり挑戦的だったわけで……。
そんなことを目の前でされた俺たち従者からしてみれば怒り心頭も頷ける。
「ユミア、落ち着いてください。私なら大丈夫ですから」
凛とした態度を崩さずにユミアを諫めるイシス嬢。
しかし、俺たちの目はその手が僅かに震えていることを見逃さない。
だが、だからこそ……。
「……はい。お見苦しい姿をお見せしました」
イシス嬢がこれだけ耐えている以上、何も言うことは出来なかった。
「ふふっ、ありがとうございます。私の代わりに怒ってくれて。ですが、大丈夫です。二人のおかげで仕込みは完了しましたから」
震えを押しつぶすように固く拳を握り、こちらに胸を張って見せる。
はて、仕込みとは……?
「剣を渡すことが出来ました。きっと彼はあの剣を見せびらかしたくてたまらなくなるでしょう」
そんな俺の疑問に答えるようにイシス嬢は説明を始めた。
どうやらこれは今朝思いついた作戦らしい。
これまでの付き合いからルデロ・アラゴンの人となりをある程度知っているイシス嬢は、贈り物のことを思いだしたとき、これが使えるのではないか、と思ったそうだ。
確かに、良い物を貰ったら見せびらかしたくなる男心は理解できる。
イシス嬢はその点をついて、パーティー会場へあの剣を持ったルデロを引き出し、その上で実力を示してやるつもりらしい。
突発で思いついたにしては再現性のありそうな作戦だった。
特に、アレと顔を合わせた後だからか、
「どうでしょう?」
いつの間にか緩く解けた拳と共に、穏やかな笑みを浮かべるイシス嬢が確認するように聞いてきた。
こんな顔をされては……俺たちに出せる回答なんて一つだけだ。
「素晴らしい作戦でしょうお嬢様」
「行けると思うぜ。いい作戦だイシス嬢」
「まぁ! 本当ですか!? 二人からのお墨付きが得られたとなれば俄然やる気が湧いてきましたわ!」
ホルシィー紹介で購入した魔法収納からおもむろに愛剣を取り出して、握る感覚を確かめるイシス嬢。
こんなに可憐で可愛らしいイシス嬢があのごついディアン様の娘でバリバリの武闘派なのだから、世界の広さを感じさせられる。
……ん? 待てよ。
イシス嬢は自分の剣をどうやって持ち込むつもりなんだ?
俺は傭兵出身で貴族の文化に明るくない。
だが、そんな俺でもパーティー会場へマジックウェポンでもない武器を持ち込むのが難しいことくらいは想像がつく。
「なあ、イシス嬢。その剣、会場にどうやって持ち込むんだ?」
そんな思い付きは特に考える間もなく俺の口を飛び出していた。
すると、数秒の沈黙が室内に降りる。
そして――
「……考えていませんでしたわ」
「どうしましょう?」なんて言いたげな顔をして、イシス嬢がそう呟いた。
……それは困りましたわ。
いや、まあ、しょうがないだろう。
だって、思いついたのが今朝なのだから、準備も計画もあったものではないのだ。
意外と身近なところに落とし穴があっても確認不足を責めることはできない。
「……私が魔法収納を持ってお嬢様と共にパーティー会場へ入ればよろしいかと」
するとすかさずユミアがそんな提案をしてくる。
「入れるのか?」
それが出来れば問題は解決だが、貴族のパーティーに給仕以外の使用人が混ざり込むのは不敬だ、と教わっている。
「可能ではある。お嬢様は対外的にはご体調を崩されて静養していたことになっているからな。身の回りの補助をする人間の一人くらい認められないほどの狭量さを見せることはないだろう」
ほう、なるほど。
貴族ってのはそう言うもんなのか。
ゴリゴリにルールで固まっているのかと思いきや意外と融通が利くんだなと思う。
なんて思っていれば、視界の隅でユミアの頬が緩むのが見えた。
……ユミアのあの顔、もしかしなくてもイシス嬢の近くに居たいだけだな?
もっともらしい理由がすぐに出てきたのはそのせいか……。
「ま、じゃあ、何とかなりそうだな」
とは言え、ユミアの私欲を抜きにすれば、悪くない提案なことに間違いはない。
「はい! ありがとうございますユミア!」
イシス嬢も嬉しそうだしな。
なら、俺が余計な口を挟む理由もないだろう。
「いえ、お役に立てたようでなによりです」
けどユミア、お前のその緩み切った顔はどうにかした方がいいんじゃないか、と俺でも思うぞ……。
と、そんな話しをしていれば入口の方からノックの音がした。
数人の知らない気配が扉の前に感じられる。
「……お嬢様、どうやら他家の者が挨拶に来ているようです」
少しだけ警戒した俺だが、どうやら相手は他の貴族らしい。
そう言えば、挨拶があるとか何とか言っていたな。
「そうでしたわ! まずはこちらのお仕事をこなしませんとね。ユミア、セルセト、もうしばらくお願いしますわ」
「お任せください」
「おう。つっても俺は睨みを利かせるだけだけどな」
「それが心強いのですわ。……では、ユミアお迎えしてください」
そう言われちゃあ文句も出ない。
それにこれから来る貴族共は皆、ルデロ・アラゴンとは違い、イシス嬢よりも格下だ。
あいつのような真似は絶対にさせない。
侯爵令嬢スマイルを張り付けるイシス嬢の数歩後ろで俺も集中する。
……さて、仕事の時間だ。
こうして、イシス嬢は次々にやってくる貴族たちの対応をしていった。
……何故か、挨拶に来る貴族の多くが一瞬俺の方へ目を向けてはガタガタと足を震わせていたのだが、一体何だったのだろうか?
もし俺に怯えていたのだとしたら、程度が知れると言うものだ。
まあ、もちろん、そんな感情はおくびにも出さなかったけどな。
◇◇◇
長い長い挨拶を受け終わると、昼下がりの青天だった空はすっかり赤に染まり、何なら少しずつ影もおりてきた頃合い。
ソファに腰かけ、一息ついていたイシス嬢の元へ再びアラゴン家の使用人がやって来た。
「イシス・レティシア様。パーティー会場へのご入場をお願い致します」
遂に来たか。
傭兵仲間になら一発背中でも叩いて気合いを入れてやるところだが、イシス嬢にはそんなもの必要ない。
今の彼女は完全に貴族令嬢のイシス嬢だ。
余計な心配をする方が失礼だ、と思わせるような何かを纏っている。
「はい。ユミア」
イシス嬢は声高々と返事をして、ユミアへ目配せをする。
「はっ。すみませんが使用人殿、一つ良いでしょうか?」
すると入口に立つアラゴン家の使用人へユミアが歩み寄り、切り出した。
「何か、ございましたでしょうか?」
声を掛けられた使用人は、何か粗相をしてしまっただろうかと、緊張感を漂わせた。
「そうかしこまらなくても大丈夫です。一つお願いしたいことがございまして……。知っての通りイシス様は先日までご体調を崩されておりました。ですので、万一に備えてパーティー会場へレティシア家の使用人を一人、同行させたいのです」
「……! そうでございましたか。よろしければ、アラゴン家の使用人から専属の者をつけさせますが……」
善意か含意か、アラゴン家の使用人はそんな提案をしてくる。
もし含意があるならば、アラゴン家がパーティー会場で何かをしようとしている証拠の一片になりそうなものだが、この情報だけでは確証は得られない。
「ありがたいですが、万一の際の薬などもありますので……どうか、お願いできませんか?」
「私からもお願いしたいですわ」
ユミアが相手方の提案をやんわり断ると、そこにイシス嬢も二の矢を添える。
ほんの少しの緊張感が室内を走った。
「……かしこまりました。確かにそう言った事情でしたら、我々で口に出せることではありません。アラゴン家の使用人には伝達しておきます故ご安心ください」
「ご配慮痛み入ります」
……状況不利と見たか、それともあの使用人には何の計画も伝えられていないか、はたまたアラゴン家の陰謀が嘘なのか。今のやり取りから判別することは出来なかった。
が、しかし、これでイシス嬢の作戦を決行する準備は整った。
あとは狙い通りルデロ・アラゴンが宝剣を見せびらかし、剣の腕を披露する流れに持ち込めば……きっとイシス嬢もトラウマを克服することが出来るだろう。
「では、改めまして、こちらへ」
「はい」
イシス嬢は力強く返事をすると一瞬だけこちらを振り返り、にこりと笑みを向けてくる。
そんな彼女に対し、俺はサムズアップで返事をしておいた。
◇◇◇
煌びやかな装飾は目が痛くなりそうなほどで、立食形式のテーブルに並ぶ料理の数々はイシスでも中々お目にかかれないような高級食材が使われているであろうことは一目で分かるだろう。
集まっている顔ぶれも錚々たる……と言うと少し誇張表現が過ぎるかもしれないが、間違いなくセベクト王国の次世代を担っていく面々であることに疑いの余地はない。
イシスに続き、アラゴン家の親戚筋のサラエル侯爵家の兄弟が入場し、最後に王室からの使いである騎士隊長レイルとその秘書官が入場した。
招待客全員の入場が終われば、パーティー会場は談笑の雰囲気に包まれる。
先の挨拶で一通り旧交を温めたイシスも知り合いや学園の友人と会話に花を咲かせた。
「重ねるようですが、本当に心配していたのですよ。何度もお見舞いに行かせて欲しいとお手紙を出しましたのに……」
「うふふ、申し訳ありませんわ。お医者様からも静養が肝要だと言い含められてしまいまして……。でも、お手紙だけでもすごく嬉しかったですわ。本当にありがとうございますミレーネ」
今、イシスに話しかけているのは王国西部、レティシア家と隣接する領地であるオルティス伯爵家の長女であるミレーネ・オルティスだった。
二人は領地の関係や年齢が同じことも相まって、学園でも非常に仲良く過ごしていた。
「……素直に返されるとなんだか照れてしまいますわ。ふふっ、ですが、ご体調は良さそうで安心ですわ。……そう言えばイシス、こんな噂を知っているかしら?」
そんなミレーネは学園でも噂、ゴシップ好きとして知られていた。
いつも口を開けば、一番に何かしらの噂話を持ちかけてくるのが、彼女のお決まり。
今日は体調を心配する言葉が挟まれた分、そんなお決まりからは少し外れたかと思われたが、そんなこともなかったようだ。
「どんな噂でしょう?」
聞き上手なイシスは極めて自然に話を促す。
ただ、その拳には微かに力が籠っていた。
「それが、今日のパーティーなんだけど――」
と、ミレーネが話始めようとしたところだった。
突然、会場の明かりがパチッと消え、目が痛くなるほどの豪華な部屋を一瞬にして暗闇が包む。
そして――
「本日は私の成人記念パーティーへお集まりいただき、誠に感謝いたします」
会場の上座に作られた壇上へスポットライトが当てられる。
全員の視線が光を追ってそこに集まれば、宝剣を腰に下げたルデロ・アラゴンが挨拶を始めたのだった。