戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
いつの間にか招待客は皆、円を描くように会場の中央を開けて広がっており、その中心ではルデロ様が私の贈った宝剣を抜き、周囲へと見せつけるようにしていました。
おそらく大半の方々がルデロ様の勝ちを確信しているのでしょう。
聞こえてくる声の中からは、婚約を祝う言葉が数多く聞こえてきます。
ですが、そんな言葉たちが私の中に留まることはありません。
背中に感じる視線はユミアのものでしょう。
彼女だって私の実力を知っているはずですし、私がルデロ様に負けることなどないと分かり切っているはずです。
それでもユミアは私のことを心配してくれています。
また、その少し後ろから控えめに見てくれているのはミレーネでしょう。
一年ぶりに顔を合わせた私にも変わらず接してくれて、療養中も度々手紙を送ってくれて、すごく温かい気持ちになったことは数え切れません。
そして、直接的な視線は感じませんが、私の腕にはセルセトに指導を受けた剣がついています。
加えて胸の内にはセルセトよりもらった魔法もあります。
温かなものに溢れた私の心にとって、周りの
さぁ、イシス。
乗り越えましょう、去年のトラウマを、自身の恐怖心を。
貰えるものは全て受け取りました。
あとは私が見せつけるだけですわ。
一歩、二歩と広がった輪の中へ進み出れば、否が応でも視線は集まってきます。
ドレス姿に剣を持つ令嬢を面白がる者、少し年上のご令嬢方からははしたないという感情の視線が向けられています。
でも、大丈夫です。
それに……今のルデロ様には、何か違和感を覚えます。
そんな違和感の正体を解き明かすため、そう思えば、進む足を鈍らせる心の枷も軽くなります。
「お待たせいたしました」
「ああ、剣を持つ姿も麗しいね」
私が軽く頭を下げれば、ルデロ様はまるで恰好つける子供を褒めるような声で、自身の勝ちを少しも疑わずに言ってきます。
「ふふっ、ありがとうございます」
普段はこの小さな体をあまり嬉しく思ったことはありませんが、こう言う際には有利に働くとセルセトに教わってからは自分の中で飲み込むことが出来ました。
『戦いは舐められてる方が勝ちやすい』
当たり前のことですが、舐められる=敗北の貴族の文化にはない考え方。
セルセトに師事してから、本当に世界が広がりましたわ。
「そうだ、イシス。この決闘だが、剣は鞘をつけたまま、と言う認識で良いのかな?」
「ええ、仮にも真剣ですから、観客となってくださる方々も近くにいることですし、鞘はつけたままといたしましょう」
「それなら良かったよ。君の美しい柔肌に少しでも傷をつけてしまえば、まるで僕が罪を犯してしまったような気分になるからね」
「……ご配慮感謝いたしますわ」
……分かり切った挑発。
大丈夫ですわ。
『戦いは冷静さを欠いた方が負ける』
これもセルセトに師事してから言い含められてきた教えです。
隙が見えた時、勝ちが見えた時、気が緩みやすいタイミングに反撃を受けて何度セルセトに負けたことでしょうか。
ふふっ、早く帰ってまたセルセトと剣の稽古がしたいですわ。
「では、僕の方はいつでも準備出来てるよ」
抑えきれない黒い笑みを口元に浮かべながら、ルデロ様はそう言って剣を構えました。
構えられるは先ほど私が贈ったばかりの宝剣。
レティシア家の武器を作ってくださる鍛冶職人の方に作っていただいた指折りの業物。
そこに細工などは一切ありません。
「はい、私も大丈夫です」
一度深く息を吸って、大きく吐き出す。
余計な思考は必要ありません。
私が持つのは一昨年の誕生日にお父様に頂いた細身の剣。
セルセトとの稽古では訓練用の木剣を使っていましたが、普段の素振りなどではこちらをずっと使ってきました。
今となっては、使い慣れたカップより良く手に馴染みます。
「じゃあ、始めようか。そこの使用人、開始の合図を」
すると、ルデロ様は近くで会場のスペース確保に動いていたアラゴン家の使用人を一人呼びつけて、審判に付けました。
「僭越ながら、お二人の決闘の審判を務めさせていただきます。……それでは、両者構え」
老齢な、しかし年齢を感じさせないその使用人の方は私の方にもしっかりと頭を下げたあとで、口調を真剣なものに変えました。
そして――
「始めっ!」
歳を感じさせないどころか若々しささえ感じるきびきびとした動きで腕を振り下ろし、合図を出しました。
「……」
合図後すぐに仕掛けてくるかとも思いましたが、どうやらルデロ様は動きを視る選択をされたようです。
いや、もしかすると先手は譲ってあげよう、なんて思われているのかもしれません。
ということなら、ありがたく先手はいただきましょう。
胸の前に剣を構え、足に力を込めます。
私の剣に物理的な重さは大して期待できません。
だからこそ、私が磨き続けたのは――速さです。
「――っ!」
ドスっと鞘同士がぶつかり合う鈍い音が会場内に木霊しました。
さすがに直線的な動きではいくら速くても対応されてしまいますか……。
ですが、これでいいのです。
セルセトの教えには反してしまいますが、今の一撃はあくまで私がこのくらいは動けるということの情報の開示。
舐められたままの相手に勝っても、きっとすっきりしません。
とは言え、戦いの前にそれを示すのでは緊張感に欠けてしまいます。
なので、この戦いにおける最初の一撃は今のが正解でしょう。
「驚いたよ。さすがはレティシア家と言うことなのかな。じゃあ、僕も行かせてもらうよっ!」
ルデロ様は意表を突かれたことが悔しかったのでしょう。
こめかみのあたりをぴくぴくとさせながら、様子見の姿勢を一気に切り替えて攻勢に出てきます。
ですが……。
その攻撃の種類はどれをとってもお手本通りと言うか、基礎の型ばかり。
何のひねりもない上段斬り。
動きに工夫もなければ、剣筋が鋭いわけでもない。
まあ、普通の貴族ともなるとこのくらいなのでしょうか?
引き気味に剣を打ち合わせれば、何の苦労もなく対応出来てしまえる。
……これ以上は不要ですね。
ユミアやミレーネをいつまでも心配させておくのも忍びないですし、決めてしまいましょう。
「どうだいイシス! そろそろ降参しても……」
変わらず型を真似ただけの剣技を披露されているルデロ様が降参を提案してくるのはどうしてでしょう?
もしかして、ご自分が優勢だと思っていらっしゃるのでしょうか?
……ああ、いけません。
戦闘中に余計なことを考えるのは禁物でしたわ。
ふふっ、こうして余裕を持って戦えるようになったのも、セルセトのおかげですわね。
出来ることなら、セルセトにも見ていて欲しかったですわ。
背後は段々下がれる余裕がなくなってきました。
決めるなら、ここですね。
チラリと背後を確認し、私は敢えて大きな隙を見せました。
「戦闘中によそ見は良くないんじゃないかなっ! イシスゥ!」
すると、面白いほどに狙い通りルデロ様は大振りの一撃を叩き込まんと剣を振り上げました。
その顔はいやらしい笑みに満ち満ちて、恐らく彼の脳内はこの後のことで一杯になっていることでしょう。
ですが、そんな想像は妄想に終わりますわ。
私は大きく振り上げられたその剣の鍔を下から上に突き上げるように剣で撃ち抜きました。
「――は?」
すると、ルデロ様の手からは剣が抜け、宙を舞い――私の剣はルデロ様の晴れ着の肩口を勢い余って突き破ってしまいました。
突然の鋭い一撃に加え、体重を掛けていた剣を失ったことでバランスを崩しその場に尻餅をついたルデロ様が間の抜けた声を上げてこちらを見上げています。
そんなルデロ様に私はきっぱりと宣言しました。
「婚約のご提案は真に僭越ながらお断りさせていただきますわ。ルデロ様にはきっと私よりふさわしい方がいらっしゃいます」
ずっと言えなかった言葉。
燻っていた思いの丈や、去年のトラウマの意趣返しの意も何もかもを込めて、私はその言葉をルデロ様に叩きつけました。
そうして、そんな言葉を言い切ってから優雅にカーテシーをして見せれば……。
「「「「おおぉっ!?」」」」
「イシス様が勝ったぞ?」
「さすがはレティシア家と言うことか」
「はしたないとも思いましたが、あれを見せられてはそんなことも言っていられませんわね」
「失礼かもしれませんが……爽快感がありましたわね」
私たちの戦いを見守っていた同年代の方々からそんな声が聞こえてきました。
激しい罵倒も覚悟していただけに、この反応は少し予想外ですわ。
ですが……やりましたわ!
セルセト! ユミア! お父様お母様!!
私の胸の中では達成感と言う名の感情が爆発していました。
しかし、そのせいで大事なことを忘れていました。
セルセトに教わった戦闘における重要な要素の一つ。
『止めの確認はしっかりとすること』
戦闘で一番気をつけなければならないのは、勝ちを確信した瞬間。
その機を利用して勝利を収めたと言うのに、私はトラウマ克服の達成感に浸って、もう一つあった当初の目的をすっかりと忘れてしまっていました。
「こ、こ、こんな結果は――認めないみとめないミトメナイィィィィ!!!」
明らかにおかしな様子。
声はブレたように気味の悪い音となり、目の焦点は私を捉えているようで、何もとらえていないようにも見えます。
よく見れば、気が付けたはずでした。
ルデロ様の破れた晴れ着の肩口から妖しく光りを放つブローチのような物の存在に、私はこのときようやく気が付きました。
そして、それを見て直感したのです。
これが……セルセトの言っていた『精神を意のままに操る魔道具』だ、と。
しかし、直感でそれを理解したところで、現状の隙が埋まる訳でもありません。
それに、先ほどまでとは比べ物にならないほどに鋭い動きで落とした剣を拾ったルデロ様がこちらへと迫ってきています。
それも、今度は鞘には納められていない美しい刃がキラリと光を反射していました。
「お嬢様っ!」
「イシス・レティシア様!」
ユミアと……あれは騎士隊長レイルさんがこちらへと飛び出してくれていますが、戦い始めた場所からは大分下がってしまいました。
これでは、いくら彼女が優秀なメイドで彼が最強の騎士隊長とは言え、間に合いませんね。
そんな状況に諦めて、目を閉じようとした時。
『イシス嬢、勝つために一番大事なことを教えてやろう。それはな――諦めないことだ』
そんな、セルセトの言葉が蘇りました。
ですが、明らかに加減のない一撃は刻一刻と私に迫っています。
この状況で私に出来ることは………………!
それは一昨日の夜に教えてもらったばかりの魔法。
口伝と言う、貴族の私ですら聞いたことのない未知の存在。
それでも、私の心を奮い立たせてくれた温かい魔法。
これに賭けてみるしかありませんわ。
使用方法は――『自分だけじゃどうしようもない時に呟いてみてくれ』
お願いしますセルセト。
助けてください――!
「
呟かれた小さな言葉が確かに空気を震わせる。
すると、その瞬間辺りを強い光が包み――。
ガンっ! と強い打撃音が私の耳に届きました。
ですが、私の身体には少しの痛みもありません。
「――?」
思わず閉じてしまった目をおずおずと開けてみれば、そこには――
「うちのお嬢様に手を上げて、ただで済むとは思っちゃいねぇよなぁ?」
片手であっさりと剣の一撃を受け止めた