戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第二十三話

 イシスとルデロの決闘が始まる少し前。

 ルデロの異変に気が付いたセルセトは一人、足りない脳みそをフル回転させて、どうにかこのピンチをイシスやユミアに伝えようと考えていた。

 

 

 ……精神を意のままに操る魔道具とやらがどこまでのもんなのかは知らないが、イかれた人間がすることは大抵ぶっ飛んでいる。

 そんなぶっ飛んだ行為には、流石のイシス嬢も対処できないかもしれない。

 

 最悪の場合会場に突っ込んでも良いが……それはあくまで最終手段。

 短くない時間をレティシア家で過ごしていれば、貴族の感覚とやらもなんとなく分かってくる。

 乱入上等で気が付けば最初の喧嘩の相手が誰だったか覚えていないような酔っぱらいの殴り合いとは違い、貴族は状況や立場を重んじる。

 

 中の状況が詳しく分からない以上、俺の独断で突貫するわけにはいかなかった。

 

「と、すると、頼みの綱は……誓い(サイン)、か」

 

 思い出されるのはつい先日の夜。

 師匠から俺に受け継がれて、俺がイシス嬢に受け継いだ口伝の魔法。

 俺にとっては苦い記憶しかないあの魔法を頼ることになろうとは……。

 

 変わらず脳みそはフル回転させながらも、俺の思考はかなり昔のことに飛んでいた。

 

 ◇◇◇

 

「セト、お前の戦い方は危なっかしいったりゃないね……」

 

「うるせぇババァ、戦い何て勝てば何でもいいだろ」

 

「あぁん? 誰がクソババァだって!?」

 

「ちょ、おい! クソなんてつけてねーよっ!」

 

 師匠は身寄りのない俺を傭兵として戦えるまでに鍛え上げてくれた、底なしのお人よしだった。

 だから、口ではこんなことを言いつつも、俺は彼女のことを一番に信頼していたし、子供が親に抱くような感情を持っていたのだと思う。年齢的にもおそらく丁度そのくらいの年齢差だったはずだ。

 

「……これに懲りたら二度とアタシに逆らうんじゃないよ!」

 

「くそったれ……怪力ゴリラめ」

 

「……何だって?」

 

「……美人で素晴らしい人って言ったんだよ」

 

「ほぉ、お前も分かるようになったか!」

 

 それはそんな何気ない会話のついでだった。

 とてもじゃないが、特別な魔法を受け継がせるような空気ではなかったことは確かだろう。

 だが、豪気で場当たり的な生き方の彼女はそんな常識では測れない。

 

「セト、こっちへ来な」

 

「なんでだよ」

 

「何でも、だ! 別に殴ろうって話じゃない。さ、来な」

 

 腕を広げて、まるで抱擁を待つかのように師匠は俺を呼んでいた。

 もっと昔ならばさておき、俺もそこそこの年齢になっていたし、気恥しいことこの上ない。

 でも、こんなに機嫌のいい師匠を見るのも初めてで、俺は少しずつ師匠の方へと歩み寄った。

 

「なぁに、恥ずかしがってんだよ! ほら!」

 

 すると、急に立ち上がった師匠が俺の頭を抱き込むようにギュっと抱擁をして来た。

 

「おいっ! いきなり何すんだよ! 俺はもうガキじゃねぇ!」

 

 抱擁から逃れようと暴れるも、当時の師匠は俺よりもずっと強かった。

 勝てないと分かれば俺もそれ以上に暴れることはなかった。

 

「ほら、まだガキだ。でも、ガキの内はガキでいれた方がいい。なぁ、セト? お前はいつからセトって呼ばれてんのさ?」

 

 力強さの中にも確かな柔らかさに抱かれたまま、師匠は俺にそんなことを聞いてきた。

 

「知らねぇ……。昔いたキャンプで俺以外が全員死んだ日からそう呼ばれるようになったんだよ。意味は確か死神だったか? かっこいいだろ?」

 

「ふっ、ハハハハハ! 確かにかっこいいかもな。でも、ちょいと縁起が悪いとも思わないかい?」

 

「……強そうで好きだけどな」

 

「そうか、でも、ダメだ。セトにセトは似合わないよ。……そうだな、アタシの名前から二つ取ってセルセトなんてどうだい? どうせ自分で付けた名前でもないんだ。なら、師匠のアタシに付けてもらった方がお前も嬉しいだろ?」

 

「……何でもいい」

 

 気恥ずかしくて、その時はそんな風に答えたと思う。

 でも、心の内ではなんだか妙に温かい気分になったのをよく覚えている。

 

「ふっ、可愛い弟子だねほんとに……。やっぱりセトなんか似合わないじゃないか」

 

 ぐりぐりと頭を撫でる師匠は本当に機嫌が良かった。

 

「急にどうしたんだよ……そもそも、師匠は自分の名前は嫌いなんじゃなかったのか?」

 

「ん? そりゃあ、ね。アタシみたいなのにセルニーナなんて可愛らしい名前は似合わないだろう? でも、セトがセルセトになるんだったら、ちょっとは気分もいいもんさ」

 

 理屈はよくわからなかった。

 そもそも、ガキの頃の俺は相手が何を考えているのかだとか、そう言う対人コミュニケーションが不得意だった。

 けど、今なら少しだけ分かる。

 

 俺が師匠に親愛を感じていたように、師匠もまた、俺にそんな感情を抱いて居てくれたのだろうと。

 

「そんなに気分がいいなら美味いもんでもおごってくれよ。美人師匠」

 

「あぁいいさ! ……とでも、言うと思ったかい? お前も稼いでるんだから飯くらい勝手に食いな! ……でも、そうだね」

 

 当時の俺はそんな慣れない空気に居たたまれなくなってそんな風に強引に話を変えた。

 こう言えば、師匠はいつも通り飯代は自分の稼ぎで出せと言ってくれると思ったから。

 そんな俺の読みは半分は当たりで、この日だけは半分間違いだった。

 

「とっておきを一つ、教えてやろう」

 

「とっておき? なんだよ? 肉か?」

 

「フッ、そんなちんけなもんじゃないさ。この世界でも、もう、アタシしか知らない超レアな魔法だよ!」

 

「まほー? なんだよそれ? 食い物じゃねぇのか?」

 

「違うね。でも、魔法があれば一生食うには困らないってやつもいるくらいだ」

 

「へぇ? でも、師匠は傭兵だろ?」

 

「だから、アタシの魔法は特別なんだ。さ、セト……いや、セルセト。耳を貸しな」

 

 それまでの雰囲気からは一変、戦場で見るものとはまた違った真剣さを宿す表情で師匠が俺の耳に顔を近づける。

 

「セルセト、お前はアタシみたいにくだらない人生を送るんじゃないよ」

 

「? なんだよ、急に」

 

「良いから聞きな。これから教える魔法は本当に危険な時にだけ使うんだよ?」

 

「……お、おう」

 

 妙な迫力に押され、生意気も封印された俺は言われるがままに頷き、気が付けば――

 

「魔法の名前は誓い(サイン)どんなに小さくても呟くだけで発動する優れものさ」

 

 その魔法を伝授されていた。

 

「これからはその魔法を捧げてもいいって思える相手を探して生きな」

 

「……俺も弟子を取れってことか?」

 

「フッ、そこは自分で考えな」

 

 ◇◇◇

 

「ふっ、見つけたぜ師匠」

 

 少しだけ空を見上げて呟く。

 師匠は俺に魔法を伝授した次の戦争で死んだ。

 

 突っ走って囲まれた俺が誓い(サイン)を使ったのが致命傷になった。

 

 だからこれまで思い出すことも、誰かに受け継ごうと思ったこともなかった。

 でも、イシス嬢はそんな俺の記憶を、こうして振り返っても気分が悪くないようなものにしてくれた。彼女が直接何かをしてくれたという訳ではない。

 ただ、その在り方が、懸命にトラウマに向き合い克服せんと立ち向かう姿が、俺をその気にさせたのだ。

 

 誓い(サイン)の効力は非常に単純だ。

 誓いを立てた者を立てられた者の元へと瞬時に呼び出す、たったそれだけの魔法。

 話しに聞く魔法使いとはまるで違う、ある意味で特別な魔法だった。

 他の魔法が圧倒的な攻撃力や利便性を持つ中で、この魔法は身代わりにしかならない。

 

 でも、俺はそんな魔法のおかげで生き永らえた。

 

 今度は俺がイシス嬢を助ける番だ。

 ……まあ、使うような状況にならないことが一番なんだがな。

 

 結局、俺の頭では会場へ乗り込む以外の策は思いつかず、久しぶりに感傷に浸るような妙な時間になってしまった。

 ……気を引き締めねぇとな。

 イシス嬢はきっと中で頑張ってる。

 作戦通りに進んでいれば、今頃はもう翻弄の真っ最中だろう。

 

 ホールの壁に手を当てながら中の気配を窺えば、微かに剣のような物がぶつかり合う音が聞こえるような気がする。

 ルデロとやらは見た感じからも何がどうあってもイシス嬢に勝てる腕はない。

 どうやら、作戦は成功したみたいだな。

 

 と、なれば、後は『精神を意のままに操る魔道具』が悪さをしないかを注意するだけで――!

 

 その時だった。

 まるで獣の雄叫びのような、気味の悪い声がホール内で響き渡った。

 

 そしてすぐに、ユミアの「お嬢様っ!」と言う絶叫がハッキリとこちらまで聞こえてくる。

 

 ……クソッ! イシス嬢! 魔法を使ってくれ!

 

 状況は分からない。

 だが、ユミアが絶叫するような状況で、良い状況なはずがない。

 入口の方に目をやるが、そこでは変わらず人がごった返し、流石の俺もあそこを突破して中の状況に対応できるほど早くは動けない。

 

 イシス嬢。

 俺を思い出せ、俺を信じろ。

 そうすれば、どんな状況でも助けてやれる。

 

 人生で何かを願ったことはどれくらいあるだろうか?

 ただ、間違いなく、今日より強く何かを願った日はないだろう。

 

 すると、そんな願いが通じたのだろうか。

 ホールから目も眩むほどの眩い光が発せられて……その光は俺の全身を包んでいた。

 

 そこは見たことのないような複雑な色で飾られた豪華な部屋。

 そして俺の右腕の中にはイシス嬢の小柄な体躯が収まっていた。

 

 殺気に反応して左手を上げる。

 すると、まばたきの隙も無いうちに、俺の左手へ向けてその刃が振り下ろされた。

 

 しかし、貴族のお坊ちゃんの重さの欠片もない剣何て、俺からしてみれば何でもない。

 俺は刃を掴むようにそれを受け止めて――

 

「うちのお嬢様に手を上げて、ただで済むとは思っちゃいねぇよなぁ?」

 

 挨拶の時のヘイトも全てを含めた感情を載せて、おかしくなっているであろうルデロのことを殺意も隠さずに睨みつけたのだった。

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