戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第二十四話

 受け止めたままの剣を、手に血が滲むのも厭わずに握って払えば、ルデロはあっけなくその場にすっ転んだ。

 

「「セルセト! 手が!」」

 

 腕の中のイシス嬢と駆けつけたユミアが俺の手の心配をしてくれているが、問題はない。

 この程度傷の内にも入らねぇ。

 お貴族様はプライドが高いから刃に毒が塗られているような心配もないしな。

 

「大丈夫だ。それより、どうする? イシス嬢。頷いてくれればこの場でこいつをアッチに送ってやったって良いぜ? ディアン様からも許可は貰ってる」

 

 それに今は、多少の痛みなんかは気にすらならない程、俺の腹綿は煮えくり返っている。

 ……あの時の師匠も、もしかしたらこんな感情だったのかもな。

 だから、どんなに傷ついても戦いを止めなかったのかもしれない。

 

 思考の一片では、そんな気付きもあるが……大半は目の前のルデロをどう調理してやろうかと言う感情に埋められている。

 すぐそこにいるユミアだって怒りの表情が抑えきれていない。

 合図さえあれば何でもするって顔だ、あれは。

 

「……いいえ、セルセト。私はそれを望みませんわ」

 

 だが、そんな俺の提案をいつもより強い口調でイシス嬢が咎めた。

 

「……じゃあ、どうする? 気付いていると思うが、コイツは例の魔道具に侵されてるぜ?」

 

 今の俺は完全自己責任な傭兵ではない。

 今更周囲の視線を気にする必要もあるのか? と思わなくもないが、ここには他の貴族様たちも大勢いるのだ。

 今すぐにでも掴みかかりたい感情をグッと飲み込み、未だ立ち上がれずにいるルデロの方を警戒しながらイシス嬢に聞いた。

 

「……少し、考えてもいいですか?」

 

 すると、返って来たのはそんな言葉だった。

 はっきりとした性格のイシス嬢にしては珍しい、慎重な態度。

 まあ、イシス嬢が言うならそれに従うのが俺なので文句はないが……。

 

「セルセト、例の魔道具とは、精神を意のままに操る魔道具のことで間違いないか?」

 

 そうしてイシス嬢の言葉を待っていれば、その隙に俺へ騎士隊長レイルが話しかけて来た。

 いつもの脳筋な会話ではなく、戦闘時のような真剣な面持ちは中々に迫力がある。

 

「ああ。お前もそれを追ってたんだろう? あれを見ろ。明確な証拠以上の何物でもないだろ」

 

 俺はガタガタと気味悪く身体を震わせているルデロの切り裂かれた肩口を指で示す。

 

「……どこから情報を仕入れたかは知らないが、あれは間違いない」

 

 するとそれを見たレイルは、やれやれと言わんばかりにため息を吐いた後で大声尾を出して号令をかけた。

 

「我が騎士隊に告ぐ! アラゴン家にて違法魔道具の使用が確認された! 状況確認のため、アラゴン家当主並びにその家族全員を即刻捕えよ! これは王命である! また、この場にいる貴族の方々も余計な行動は慎んでいただきたい。迅速な状況対応のための措置だ。理解して欲しい!」

 

 レイルが号令を掛ければ、会場の外から何やらバタバタと忙しない足音が聞こえてくる。

 俺でも会場の外から中の声を聞き取ることは出来なかったと言うのに、控え室で待たされていたはずの騎士たちは一体どうやってレイルの号令を聞きつけたのだろうか?

 

 ……いや、そんなことはどうでもいい。

 どうせ魔道具か何かだろう。

 

 俺にとって重要なのはイシス嬢の言葉だ。

 視線を下げれば、変わらず思案顔のイシス嬢。

 

 彼女の視線はまっすぐに何故か倒れたままのルデロへと向けられていた。

 

「……レティシア侯爵令嬢、この者の身柄を拘束しても?」

 

 思考中のイシス嬢にレイルが話しかける。

 レイルとしては王命がある以上、ルデロの身柄を勝手に拘束していい立場のはずだが、状況から一言断りを入れるくらいには常識があるらしい。

 だが、断りはあってもこれはほぼ命令だ。

 断りを入れたから、身柄を拘束させてもらうぞ、と言うような。

 そんなことは貴族文化に疎い俺にも瞬時に理解できた。

 

「申し訳ございませんわ、レイル様。先に一つ試したいことがありますわ」

 

 しかし、そんな意図を理解できないはずもないイシス嬢は聞き間違いではなく、今度はきっぱりとレイルの言葉を断った。

 

「……試したいこと、ですか?」

 

 怪訝そうな顔をして、レイルがこちらを向き直る。

 その表情は執行者と言う二つ名に恥じない威圧感を持ち合わせており、俺も思わず武器に手が伸びそうになった。

 

「ええ、その魔道具は触れるだけでも危険なのでしたよね? ……ですが、もしかするとその効力を無効化することが可能かもしれません」

 

 だが、イシス嬢はそんなレイルにも一切怯まず、自分の意見を伝える。

 

「……この魔道具は王国でも対処法が研究されていますが、未だに明確な方法は見つかっていません。唯一あるのは先ほどセルセトがやったように使用者に強い衝撃を与えると何故か数分間動けなくなるという弱点のみです」

 

 ……知らないうちに有効打を与えていたらしい。

 なんて、そんなことはさておき……イシス嬢、一体何を考えているんだ?

 この魔道具を無効化するだなんてそんな………………!

 

 レイルも言うように難しいんじゃないか? と思考が巡りかけたところで、俺は一つの可能性に思い至った。

 だが、それは……。

 

「そうですか。……ですが、魔法による対処、はまだ試していらっしゃらないのではないですか?」

 

「魔法、ですか?」

 

 しかし、俺が止める間もなくイシス嬢は()()を伝える。

 これまで必死に隠して来たそれ。

 そのせいで去年はアラゴン家に狙われ、トラウマを抱えるきっかけになった魔法をイシス嬢は自ら開示するつもりらしい。

 それも、他でもないルデロのために。

 

「はい。レイル様ともなれば、噂くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか? レティシア家の秘宝、について」

 

「――っ!? それは!?」

 

 レイルの表情に動揺が走る。

 周りの貴族の大半は何の話だ? と言う顔をしていることから、イシス嬢の魔法がいかにトップシークレットなのかを物語っていた。

 

「セルセト、ルデロ様を立ち上がらせてくれますか?」

 

「了解」

 

 頼まれてしまえば否を突きつけるわけにはいかない。

 それに、確かにこの魔法が周知されてしまうのは危険なことだが、こうして相手がルデロであろうと誰かを助けるために魔法を使うことで、イシス嬢が抱えていたこの魔法への重責を少しでも軽くすることが出来るかもしれない。

 

 俺はガタガタと身体を震わせるだけのルデロを羽交い絞めにするようにして立ち上がらせる。

 その肩口からは赤く妖しい光が漏れ出ており、魔道具の存在をありありと示していた。

 

「ユミア、剣をお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 次にイシス嬢はユミアを呼び、抱えたままだった剣をユミアの差し出した魔法収納へとしまい込んだ。

 

 そうして再びこちらを向いたイシス嬢はかつてないほどに真剣な表情をしていた。

 その表情はこの場にいる全員が固唾を呑んで見入ってしまうほどで、何とも言えない感情が湧いてくるのが分かった。

 

「……では、行きます」

 

 そんな中でイシス嬢はこちらに向けて右手を伸ばした。

 言わずともわかる魔法発動の合図。

 確か、イシス嬢の魔法には俺の誓い(サイン)のような発動条件はない。

 ただ思うだけでその力を振るうことが出来る。

 

 すると、辺りを温かな空気が包み込み、イシス嬢の長く綺麗な髪がふわりと浮かぶ。

 彼女の周りを淡く光りを放つ珠のような何かが取り囲み、残った左手は何かを祈るように胸の前で握られ、その全身は絵画と見間違うほどの美しさを醸し出していた。

 

「――!」

 

 そんな美しさに目を奪われていれば――俺は羽交い絞めにしたルデロの肩口からあの怪しげな赤の光が消えていることに気が付く。

 それに反応するかのようにルデロはびくりと大きく身体を震わせた。

 

 流石はイシス嬢。

 涙を流すほど重荷に感じていた魔法でもぶっつけ本番で本当にやってのけるとは。

 

 

「……天使の魔法だ」

 

 どこかから、そんな声が漏れる。

 傍から見れば、何が起きたか分からないだろう。

 イシス嬢の魔法は心奪の魔法。

 詳細を話せばそれは確かに大事だが、知らない人から見れば今の光景は美しいだけに映ったのかもしれない。

 

「……うぅ、い、一体、何が……?」

 

 すると、俺に羽交い絞めにされ、持ち上げられていたルデロが自分の足で地面に立とうと足をバタつかせる。

 

 嘘だろ……あの一瞬で意識まで?

 精神を意のままに操る魔道具の強さは知らないが、レイルの口振りから国でも相当に危険視されていたことは間違いない。

 それをイシス嬢はあの一瞬で片付けてしまったのだ。

 

 その意味を知る俺とユミア、レイルは開いた口がふさがらない。

 魔法で影響を与えただけでも対処法がないこの魔道具に対しては相当大きな成果だっただろうに、意識の回復までとは……。

 

「……お、おい! 貴様! この僕に対して何をしている! すぐに離すのだっ! おい使用人! この野蛮人をつまみ出せっ!」

 

 だが、そんな空気も読めない残念な貴族のルデロは、状況を把握するより先に俺の手から離れようと暴れている。

 

「……セルセト、ルデロ様を降ろしてあげてください」

 

 しかし、状況を見ていたアラゴンの使用人は動くに動けず、口汚い言葉で罵り始めたルデロを見ていられなくなったのかイシス嬢が頼んできた。

 

 本当にイシス嬢は優しすぎるな。

 だが、これで普通に解放するのでは俺の腹の虫がおさまらない。

 ……少しくらい雑に扱ってもいいだろう。

 

「了解、だっ!」

 

 俺はイシス嬢の頼みに応えて、放り投げるようにルデロを解放すれば――

 

「なっ!? ま、待てっ!」

 

 急に支えを失ったルデロは宙を掻き、ドスンと大きく尻餅をつくのだった。

 

 

「……レティシア侯爵令嬢、改めて、彼の身柄を拘束しても?」

 

「はい、構いませんわ」

 

 羞恥に顔を染めたルデロがこれ以上何かを言う前にという配慮だろうか。

 ルデロの前を遮るように進み出たレイルがそう言えば、イシス嬢は笑顔でそれを許可する。

 

 そうしてルデロはレイルの秘書官によって身柄を拘束され、主催者だと言うのに一番最初に会場から退場させられていった。

 

「さて、パーティーはこれで終わりか?」

 

「そうですね。ルデロ様もアラゴン家の方々もいないとなれば、もう終わりでしょう」

 

 イシス嬢の元へ戻った俺が呟けば、こんな場所早く出ましょう! とでも言うようにユミアが俺の意見に賛同してくる。

 

 しかし、会場にはあまりの怒涛の連続についていけていない者が多く見受けられた。

 ルデロの急変を恐ろしく感じる者、俺たちの話を聞いて『精神を意のままに操る魔道具』に怯える者、イシス嬢の魔法の美しさから未だ抜け出せていない者など、とその様子は様々だが。

 

 俺としてはただの傍観者だったこの貴族たちに配慮してやる必要はないと思うのだが、それをしてしまうのが俺の主であるイシス・レティシアと言う人だ。

 

「皆様! この度はお騒がせしてしまい申し訳ありませんでしたわ。すべては私とルデロ様の婚約破棄騒動から始まったこと、当事者として謝罪させていただきます」

 

 その姿勢は俺の知る貴族像とはかけ離れていて、貴族なんて皆成金のクソ野郎どもだ、なんて思っていた俺の印象を一日も経たずに変えてしまった小さくても大きい背中で――。

 やっぱりイシス嬢は、魔法なんかなくたって人の心を動かしちまうすごい人だ。

 

「……これ以上は私が仕切るのも違うでしょう。レイル騎士隊長、この場はお任せしても?」

 

「……ええ、そうですね。ここは私が預かりましょう」

 

 こうして、イシス嬢はトラウマの克服と共にアラゴン家のパーティーを乗り越えたのだった。

 

 しかし、俺は見逃さなかった。

 一瞬だけ、無機質になったあの表情。

 レイルが騎士隊長ではなく、執行者の目でイシス嬢を見つめていたことを。

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