戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる 作:嵐山田
その夜、バスティー宿へ戻っていた俺たちの元へ数名の騎士を連れたレイルが事情聴取兼状況説明に訪れた。
「まずはレティシア侯爵令嬢、並びにその使用人方のおかげで被害なく状況を収められたことの感謝を伝えさせていただきます。ご協力に感謝いたします」
とは言え、俺はこういった込み入った話が好きではない。
だから、真面目な
「アラゴン家についてですが……結論から申し上げますと当主ムンド・アラゴンは既に逃亡を図った後でした」
そんな俺も無視が出来ないほどにとてつもない情報が飛び出した。
「そうですか……つまり、ルデロ様は……」
「はい。記憶の混濁や時間間隔に大きなズレが見られ、一年以上は魔道具の支配下にあったかと思われます」
レイルの口から発せられたのはそんな言葉。
先程の様子を見る限りルデロが演技をしているという可能性はかなり低いだろう。
つまり、去年のイシス嬢に起きた未遂事件もルデロによって引き起こされたのではなく、アラゴン家によって後継者である身内を使ってまで引き起こされた謀略だったわけだ。
そこまでして狙う力……やはり心奪の魔法は凄まじいということなのだろう。
そんな力を説明はないにしても見せてしまったのはやはりまずかったのではないだろうか。
「……なるほど。一連の件に関する事情は分かりました。ですが、こうしてレイル騎士隊長が直々に報告にいらっしゃったということは、話はそれだけではないのですよね?」
いつの間にか随分弱気な考えになった俺の心配もよそにイシス嬢とレイルの間では水面下のやり取りが行われている様だった。
ピリピリとした空気が肌を刺す。
隣ではユミアがごくりと生唾を飲み込む様子が窺えた。
「……ええ、その通りです。レティシア侯爵令嬢……いや、イシス・レティシア様。あなたには魔法使いとして王都へ同行していただきたい」
また、あの表情だ。
アラゴン家にて、状況対応をイシス嬢がレイルに引き継いだ時もしていた無機質な表情。
背筋にはゾワリとした嫌な感覚が立ち、場の空気がより一層緊張感を持つ。
わざわざイシス嬢個人を指す呼び方に言い換えた所からもその本気度が察せられる。
「丁重にお断りさせていただきますわ。私は魔法使いとしての権利は望んでいません」
俺でも身構えるほどの圧を発するレイルに対して、イシス嬢は真っ向から否を突きつけた。
「そう言う訳には参りません。魔法使いは保護し、王都で認定を受けていただくのが通例です」
しかし、レイルもそう簡単には引き下がらない。
それも仕方のないことだろう。
魔法使いとはこの国の身分制すら跳び越えた存在。
国としてはそんな特権を与えてでも、制限を掛けなければならないと考えているのだ。
「ええ、通例としてはそうかもしれませんわ。ですが、私は魔法使いとしての権利など主張いたしません。この魔法についても、今後私の自由意思によって扱うことはしないとお約束しても構いませんわ」
一方でイシス嬢はこの魔法自体を好ましく思っていない。
先の一件で、少しは抵抗感がなくなっているかもしれないが、それでも魔法使いとして扱われることは望まないのだろう。
その気持は俺にも理解できる。
「イシス・レティシア様、どうか、ご同行を」
「申し訳ございませんが、お断りします」
だが、このままでは話が平行線なのもまた事実だった。
そして、そんな平行線を曲げんとまず動いたのはレイル側だった。
「私たちとて、手荒な真似はしたくありません。どうか、ご同行を」
直接剣を手にかけたりするわけではない。
だが、こちらには武力を行使する意思があるという脅し。
これはかなり大きく出たと見ていいだろう。
現在のレイルは一介の騎士隊長にすぎない。
パーティーでは、王家からの使いと言うことで高い立場にあったが、それは招待があって派遣されたという体裁があってのもの。
現在はイシス嬢が敬意を払って接しているだけで、同卓しているという状況すら不敬と捉えられてもおかしくはない。
そんな状況での脅しだ。
レイルはおそらく、イシス嬢のいや、レティシア家の秘宝をかなり重く受け止めているのだろう。
しかし、だからと言ってそれを俺が許すつもりはなかった。
「……」
イシス嬢は強い感情の籠った目でレイルを見つめている。
イシス嬢は実力的にもかなり強い部類に入ると言っていい。
ただ、それは俺たちのような戦闘を主にしていない人間の尺度での話。
それでも弱いわけではないが、レイルとの差はイシス嬢自身だって感じていることだろう。
そんな相手に引く姿勢を見せないだけで、大したものだ。
だが――
「そっちがその気なら、相手になってやるよ」
ここからは俺の仕事だ。
俺はイシス嬢とレイルの間を遮るように相棒のマジックウェポンを巨大化させて割って入る。
イシス嬢には悪いと思うが、相手が剣をちらつかせてきた以上、これ以上は話し合いでの解決は不可能だ。
「セルセト……お前は無関係だ。今は黙っていてもらおう」
「無関係? 馬鹿を言え。関係は大アリだ。主人が否と言っている。それだけで俺たちには動く動機になる」
「その通りです」
すると、俺に続いていつの間にか腰に剣を据えていたユミアも我慢の限界だと進み出て来た。
「セルセト、ユミア……」
イシス嬢はそんな俺たちを申し訳なさそうな目で見つめてくる。
だが、イシス嬢がそんな顔をする必要はない。
「……本気か?」
武力によるぶつかり合いになった場合、負けることは一切想定していないのだろう。
レイルは鋭い眼光で俺を睨みつけた。
「当たり前だ。レイル、お前執行者だとか、最強騎士だとか呼ばれて天狗になってんじゃねぇか?」
俺はそんな眼光も意に介さずに言葉を返す。
すると――
「貴様――! 不敬だぞ!」
レイルの隣に立っていた騎士がいきり立って剣を抜いた。
だが――
「――っ!?」
俺はその騎士の喉元まで斧を伸ばし、刃を突きつける。
「うるせぇ。俺は今レイルと話してんだ。部外者は引っ込んでろ」
レイル以外の騎士は相手にならない。
そんな格付けの意味を込めた言葉でレイル以外を黙らせる。
「なっ――!」
「待て。セルセトの言う通りだ。お前たちは下がれ」
俺に突っかかって来た騎士は顔を真っ赤にして反論して来ようとしていたが、それ以上の隙を晒す前にレイルが彼を諫め、騎士を退出させた。
人口密度が下がっても、肌を刺すような緊張感のある空気は変わらない。
俺は武器をいつもの戦斧サイズに戻し、いつでも戦えるように備える。
「お嬢様、こちらへお下がりください」
その間にユミアがイシス嬢を連れて少し離れた位置へ移動した。
俺とレイルは長机を挟んで睨み合う。
「……まさか、あの時はこうしてお前と睨み合うことになるとは思わなかったよセルセト」
剣に手を掛けながら、レイルが話を振ってくる。
「ああ、そうだな。それは同感だ」
俺も戦斧を構えながら、レイルの一挙一動を見逃さないように神経を研ぎ澄ました。
「魔法使いになっても生活が大きく変わるわけではない。むしろ、さらに色々なことが向上するのだ。ただ、必要な時に国に力を貸してもらうと言うだけで、不自由をさせることはないぞ」
「ああ、そうなのかもな。だが、それは一般論。俺の主はそれを拒否してる。お前こそ、ここで引くつもりはないのか? 今なら仕事の紹介料で一発ぶん殴らせてくれるだけで許してやるぜ?」
互いに一切隙を見せない、神経をすり減らすやり取りが続く。
屋内戦において、俺の戦斧はかなり不利だ。
並程度の相手ならば、ある程度隙を見せてカウンターを叩き込んでやることも出来るだろうが、レイルが相手ではそうもいかない。
その一瞬の隙が致命傷になりかねないのだ。
「あの
「お前の指示で動いたのなんて、それこそ片手で数えられる程度だろ。俺としてはお前の頭が固くなっちまってるみたいで心配だよ
まさに一触即発。
表面張力ギリギリのところでの水の注ぎあいは、結果どちらともなく決壊した。
ガンッ!!!
と激しい金属のぶつかり合う音が響く。
間にあった長机は俺側が抉れ、レイルの方は綺麗な剣筋が入っている。
そんな状況を確認する間もなく、俺たちは半壊した長机を足場に戦闘を開始した。
レイルの剣は単純だ。
速く、鋭く、重い。
基礎を固めに固め、極め切ったような美しい剣。
まさに騎士道と言うのだろう。
それに対し、俺はマジックウェポンの特性を生かしながら対応していく。
インパクトの瞬間には斧を重くし、振り抜く際には頭の方に重心を集めて遠心力で加速させる。
レイルとは違った器用で臨機応変な傭兵の戦い方。
騎士道から見れば、マジックウェポンを使っている時点で邪道だ。
レイルの鋭く速い剣閃に斧の長さを変えて対応すれば、レイルは俺の遠心力を利用した破壊力抜群の一撃を最小限の動きでいなす。
しかし、お互いに建物を崩壊させるわけにもいかないため、決め手となる一撃は決まらない。
ダメージの蓄積で言えば、今のところ俺に軍配が上がるだろうが、基本が大振りの攻撃の俺は一瞬の隙を突かれて敗北しかねない。
狭い空間だからこそ余計に集中力を切らすことは出来ず、精神の消耗具合では俺の方が劣勢だった。
「……っふぅ」
「……はぁ」
高度な読み合いに戦闘以外にも意識を割いた戦いは数分もしないうちに確実に俺たちの体力を削っていた。
「……やはり惜しいな。お前は騎士になるべき存在だセルセト」
「馬鹿を言うな。どう考えても一番向いてないだろうが」
「今のお前を見て、騎士に向いていないという方が難しいと思うが……」
「あ? どういうことだそりゃ?」
戦闘は再び睨み合いのフェーズに入った。
口では軽口を叩き合いながらも、俺たちは互いに機を窺っている。
ジリジリと半歩にも満たない動きでの探り合いは……
「――っ!?」
俺の攻撃をいなしたときに出来ていた足場の小さな傷が崩れたことによって僅かに体勢を崩したレイルの隙によって均衡が崩れる。
「そこだぁっ!」
若干左足側へ寄って崩れた重心を突くように俺は戦斧を振り抜く。
足元不安定な戦場は騎士のレイルより俺の主戦場だ。
「――っぁぐぅ!」
何とか俺の振り抜いた戦斧と自身の身体の間に剣を滑り込ませるレイルだったが、その程度で受け止められるようなやわな威力はしていない。
剣の刃が欠けて、破片がキラキラと宙を舞う。
そして――
「……ぐ、ふっ」
カランと剣がレイルの手を落ち、レイル本人はその場に膝を付いた。
「……っはぁ。俺の、勝ちだ、レイル。この件からは、手を引いてもらうぞ」
呼吸を整えながら、その首元へ刃を突きつけ、俺はレイルに勝利宣言をした。
「……ああ、――っ。どうやら、今回は、そうせざるを、得ないよう、だな……」
俺の勝利宣言を不服そうに受け止めた後で、レイルはその場に倒れ込んだ。