戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第五話

 イシス嬢は大きく深呼吸をして、呼吸を整えると言葉を続けた。

 

「去年のルデロ様の誕生日のことです。今年よりは小規模でしたがそれでも大勢の人が集まるパーティーでした」

 

 語り始めたイシス嬢は辛そうな表情をしていて、聞いているだけの俺にもその悲痛さが伝わってくるほどだ。

 

「まだ、日が昇り切る前から始まった長丁場なパーティーも陽が落ちて、ようやく宴もたけなわを過ぎたあたりのことでした。ルデロ様が衆目の前で私に婚約を迫ったのです」

 

 なるほど。公開プロポーズってやつだろうか?

 たまに行きつけの酒場でやる奴らがいたから想像は出来るが、おそらく俺たち平民のそれと貴族のそれでは意味が全く異なるのだろう。

 

「ルデロ様も私も互いに立場のある身分、そんな私たちの浮いた話となれば、注目を浴びるのは必須。周りからは気分の悪い視線をたくさん向けられました。そして……そこできっぱりとお断りできれば良かったのですが、ルデロ様の方が身分も上、そしてなにより場所はアルゴン家のお屋敷です。そんなところで私と心ばかりの護衛だけではっきりとお断りするわけにはいかず……」

 

 なるほどな。

 断れない環境を作ったという訳か。

 段々と話が見えて来た。

 胸糞の悪い話だ。

 

「……承諾はしないまでも、考えます程度のニュアンスのお返事をすることしかできませんでした。当然会場は大盛り上がり。酷く気疲れした私は控室に下がらせていただいたのですが……私の侍従の一人が買収されていたのです」

 

「なっ!?」

 

 そこで俺はあまりの衝撃に声を上げてしまった。

 まさか敵地でそれだけの状況にさらされた後で、さらに不幸が降り注ぐとは予想していなかったのだ。

 それに今のレティシア家の従者たちを見ていれば、そんなことを考えそうなやつらは一人も思い当たらない。

 と言うか、これだけのお嬢様を裏切ろうなんて思考に至る方がおかしい。

 そう思わせるだけのカリスマをイシス嬢は持ち合わせているのだ。

 

「ふふっ、セルセトの驚く顔が見られただけでもこの話に価値が付きますわ。……それからは想像通り、侍従が外しているうちにどういう訳か控室の扉が開き、ルデロ様が入って来られて……」

 

 口元を押さえながらとても辛そうな表情をするイシス嬢。

 

「それ以上は話さなくていい」

 

 俺はどうしても見ていられず、少し強い口調でイシス嬢を制止した。

 しかし、イシス嬢は笑顔を作って見せると言葉を続けた。

 

「いえ、大丈夫です。最悪の結果にはなりませんでしたから。偶々部屋に入られるまでのルデロ様のご様子を見ておられた王国騎士隊長のレイル様が、その様子を不審に思って部屋に入ってきてくださったのです」

 

「レイルが?」

 

 ほう、あの脳筋騎士役に立つじゃないか。

 突然出て来た聞き覚えのある名前になぜか安心感を覚えた。

 

「はい。そしてレイル隊長はルデロ様を上手い具合に諫めてくださって、なんとか私はその窮地を脱することができました」

 

 良かった。

 危うく出会い頭にそのルデロとか言う野郎を不能にしてやらなきゃ気が済まなくなるところだった。

 レイル、よくやった。

 

「それからもレイル隊長が私の護衛を買って出てくださり、その縁で我が家とも交流を持つようになりました。今回、急にセルセトが私の護衛になったのはそんなレイル隊長が最も信頼している方だからなのですよ」

 

 ……そう繋がって来るのか。

 だが、なんで俺がレイルにそんなに信頼されているのかが分からない。

 まあ、あの脳筋野郎のことだ、聞いてみたところで勘とかそんな適当なことをほざくかもしれない。

 

「そうか……もしかして、イシス嬢が今、学院に通っていないのもその件のせいか?」

 

 背後に見えるレティシアの街がだいぶ小さくなってくる。

 俺は脳裏に浮かんだレイルの姿を奥の方に押しやりながら、かねてより気になっていたことを聞いてみた。

 

「はい……窮地こそ脱せたのですが、私の控室にルデロ様が訪れたという話は広まってしまい、学院でも毎日のように奇異の視線を浴びるようになり……耐えられなくなってしまいました。情けない話ですが……」

 

 暗い顔をして、そう締めるイシス嬢。

 決して、全く情けなくはないが、貴族的にはそう言う見方をされてしまうのだろう。

 そして、自分都合の学院はともかく、家の都合が関わる公的な催しにはこうして参加せざるを得ないのだ。

 ただの成金の集まりだと思っていた貴族もこうして触れてみると本当に違うものだ。

 どうやらルデロとか言う想像通りのクズ貴族も間違いなく存在してはいるようだが。

 

 とは言え、だ。

 イシス嬢が自分のことを情けないと思っているのは俺の気に食わない。

 

「なあ、イシス嬢」

 

「なんでしょう?」

 

 突然真剣な語り口になった俺をイシス嬢が不思議そうな顔で見つめる。

 俺はその視線をしっかりと受け止め、自分も返しながら話しを始めた。

 

「イシス嬢は戦場で人の死を真横に感じた兵士がそれから戦場に立てなくなったとしたら、どう思う? 情けないと思うか?」

 

 俺の質問にイシス嬢は真面目な顔をしてこう答えた。

 

「いえ、思いませんわ。戦場の厳しさ、恐ろしさというのは幼少より父に聞かされていますから」

 

「だろ? じゃあ、イシス嬢だって情けなくなんかないさ。戦場こそ違うが、貴族に取ったら社会が戦場みたいなものだろう? それにイシス嬢はこうしてまた戦場に向かってる。違うか?」

 

「セルセト……」

 

 何だか核心を突いたようなことを偉そうに語ってしまったが、改めて考えると恥ずかしい。

 そう思って鼻の頭を掻いていたのだが、どうやらイシス嬢には俺の考えがしっかりと伝わってくれたみたいだ。

 

「セルセトは剣だけではなく、人生についても私の先生ですわね」

 

 恥ずかしげもなく、キラキラとした目でそんなことを宣うイシス嬢。

 

「いや、イシス嬢よりも少し長く生きてるだけさ。先生なんて柄じゃねぇ」

 

「ふふっ、やっぱりセルセトに指南役を引き受けて頂けて良かったですわ!」

 

 そう言って右手をこちらに差し出してくるイシス嬢。

 

「引き受けるほかなかった状況というのは置いておいて……まあ、それなら良かった」

 

 そう答えながら俺も右手を伸ばし、イシス嬢と固い握手を交わす。

 

「……セルセトの手は大きくて強い戦士の手なのに、何だか優しい感じがします」

 

「イシス嬢の手は改めて握ってみても、とてもじゃないが剣が振れるような手じゃないな」

 

 少しでも力を加えたら、即座に折れてしまいそうなほど可憐で細く美しい手。

 この手で貴族社会と渡り合い、ひどい目に遭いかけても男性不信や人間不信になることなくこうして新しい護衛と仲良くしてくれるイシス嬢。

 

「これからは俺が守ってやるから、イシス嬢は豪華な食事にでも優雅に手を付けていればいいさ」

 

「はい! 頼りにしていますねセルセト!」

 

 太陽が段々と沈んでいく。

 雲一つない晴天だった空には赤みが差し、日も暮れて来た。

 もうすぐ、今日の宿泊予定の町へ着くだろう。

 

 初めての外泊護衛だ。

 無論、俺以外にもお嬢様の護衛や傍仕えはついている。

 しかし、イシス嬢の馬車に同乗させてもらっている以上、俺が最も気合いを入れて仕事をしなければならない。

 

 珍しいものにでも触れるように俺の手のあちこちを興味深く触っているイシス嬢を見ながら、その決意を強く固めた。

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