戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第六話

 長丁場の馬車の旅もようやく終わりが近づいてきた。

 少し前までは戦場と共に国内外を渡り歩くような行きずりの傭兵だった俺からすれば、レティシア家の御用達で揺れも音もごくわずかなこの馬車は快適そのものだったが、同乗しているイシス嬢は流石に旅の始まりの頃と比べると疲れが見えてきており、顔には出さないようにしているが中々堪えたようだ。

 

「さすがに疲れたか?」

 

「……分かってしまいますか? 恥ずかしながら、遠出は久しぶりでしたので。セルセトは全く変わらないご様子で……羨ましいです」

 

 俺の質問に照れながら答えるイシス嬢。

 まあ、無理もない。

 昨年のこのパーティ以来、学院も休学していたのだ。

 家では剣の稽古などをして体を動かしていたとはいえ、一週間もの長距離移動。

 プライベートもくそもない乗合馬車で国中を巡り巡った俺のような奴でなければ、誰だってそうなる。

 

「そんな恥ずかしがることでもないさ。俺みたいな傭兵ってのは戦いのない日は基本移動だからな。乗り合いのせっまい馬車で国中を渡り歩いていた頃に比べればこの馬車は快適だ」

 

「そう言えば、セルセトの過去のお話を聞く機会はあまりありませんでしたね。何だかこの旅では私の話ばかりしてしまいましたので、今度はセルセトのお話を聞かせてください!」

 

 言われてみれば確かにそうかもしれない。

 イシス嬢が最初からフランクに接してくれているから大した自己紹介もせずにここまでやって来れてしまっている。

 俺のような流れの傭兵は基本一期一会で先日背中を預けた相手が次の戦場では敵になっている、なんてこともざらだ。

 そんな環境にいたせいで、今の今までそんなことには全くの違和感を覚えていなかった。

 

「俺の話って言っても大した話はないけどなぁ。まあ、イシス嬢が聞きたいのなら帰りの馬車で話してやるよ。とりあえず今は……着いたようだぜ」

 

 イシス嬢はハッとした顔をして窓から外を眺める。

 一面に広がる、見渡す限りの穀倉地帯にずっしりと居を構える都市。

 そこの中心にそびえ立つのは立派な門だ。

 アラゴン領の主要都市の入口になっているその門の前には多くの人が列を成していた。

 

「いつ来てもここは人が多いですわ」

 

「まあ、国内最大の穀倉地帯を所有する領の中心だからな。仕事も生活も安定しているんだろうさ」

 

 アラゴン領は公爵家と言う立場以上に、この穀倉地帯を封じているという点で圧倒的な力を持つ。

 おそらくイシス嬢が前回強く反論出来なかったのも、レイルが間に入るまでその実力で強行突破しなかったのも、アラゴン領がこの国の食料庫だからというのが大きいだろう。

 それに人が多いというのも大きな力だ。

 それだけ多くの生産力を抱えられるのだから。

 

「そうですね……。ここは王都に並んで安全な場所です。西の戦線と隣接する我が領とは別格ですわ」

 

 イシス嬢の語気が若干元気をなくしたように聞こえる。

 どうやら、俺の発言がアラゴン領とレティシア領の比較に聞こえてしまったらしい。

 

「つまり、俺には縁遠い場所ってことだな」

 

「……! セルセトは本当に……強いだけでなく、察しも良いのですね」

 

「いや、ただの本心さ」

 

 言葉に嘘はない。

 事実こんな国の中心付近には戦場はないからな。

 ……反乱でも起きない限り。

 

 レティシアから先導してきた馬車が止まり、続いて俺たちの乗っている馬車も止まった。

 特権階級専用の入口のおかげであの行列には並ばなくて良いようだ。

 

 停止からまもなくすると再び馬車が動き出す。

 貴族特権様様だな。

 

 そして縦に馬車二台分もあろうかというほど分厚い門をくぐり抜けると、目の前に現れたのはレティシア領とは比較にならないほどの賑わいを見せる街の姿だった。

 

「こりゃあ、想像以上だな……何のためにあんなに高い建物が並んでんだ?」

 

 俺が驚嘆の声を漏らすとイシス嬢がこちらをみて尋ねてきた。

 

「セルセトはアラゴン領は初めてですの?」

 

「ああ。噂にしか聞いたことなかった」

 

 するとイシス嬢は小柄なその胸をエッヘンと張り、告げる。

 

「では、今日は私がセルセトの先生になりますわ!」

 

 少し前まではだいぶ疲れが見えていたというのに、すっかり元気を取り戻したイシス嬢。

 

「じゃあ、お言葉に甘えようか。幸いパーティーまではまだ日もあるからな」

 

 それに、念の為街の構造や通りごとの人種なども確かめておきたいしな。

 こういう華やかな街には多くの人が集まる。

 人が多いということはイカれた奴らも多いということにほかならない。

 これだけ人がいれば、いくらでも紛れることが可能だからな。

 

 俺はイシス嬢のテンションに合わせながらも、仕事モードへスイッチを切り替えた。

 

「先程、セルセトはどうして高い建物が多いのかと仰いましたよね?」

 

 そんな俺の切り替えには全く気が付かず、張り切ったイシス嬢が馬車の窓からしきりに視線を動かして、あちこちと指をさしながら街の解説を始めた。

 

「ああ。俺だって三階建てくらいまでは見たことあるが、あれはどう見たってそれ以上だろう?」

 

 馬車の中から、感覚だけは研ぎ澄ましたままイシス嬢に質問する。

 

「そうですわ。あちらは国内最大のホルシィー商会の総合商業施設で全八階構成になっていますわ! 地下の二階は庶民向けの服飾や装飾品、上の四階は上流階級向けの高級ブティックや専門書などを取り扱っているのですわ! 店舗を分けずに土地代を浮かせるための工夫だそうです!」

 

 下の階から上の階までをそれぞれ指差しながらイシス嬢が説明してくれる。

 ちなみに地下の一階から数えて七、八階は倉庫になっているらしい。

 

 それにしても地下を含めず上に六階か……凄いな。

 でも貴族様の格好的に上の階なんて行きづらいだろうに……。

 それに倉庫が上だと、商品を運ぶのが大変そうだが。

 

「なるほど。最大利益を最低限の支出でってやつか。その辺はよく分からねぇが、貴族様から反発はなかったのか? 階は違っても同じ建物だろう?」

 

 庶民的な疑問は口に出さず、質問を続ける。

 

「最初は反発もあったそうですが、この商会は最新鋭の設備を取り入れることで、そんな上流階級の人々を唸らせたのですわ!」

 

 最新鋭の設備……一体どんなものなのか? 学のない俺には全く想像がつかない。

 そんなことを思っているとイシス嬢が御者へ合図を出した。

 

「せっかくですし、少し寄って行きませんか?」

 

 どうやらイシス嬢は俺にその最新鋭の設備とやらを見せたいらしい。

 上目づかいでそんな提案をしてくる。

 

 こんなお誘いを断る訳には行かないだろう。

 

 ただ――

 俺は居住まいを正し、この数週間で身につけた従者然とした振る舞いに切り替える。

 ここからは先生と生徒ではなく、従者と主人の関係でなくてはならない。

 

「では、お供させていただきますお嬢様」

 

 止まった馬車からサッと降りるとイシス嬢へ手を差し出す。

 イシス嬢は少し呆然とした表情をしていたが、すぐに俺の意図を理解してくれた。

 

「ええ、着いてきなさい」

 

 俺の手を取り、優雅に馬車を降りるイシス嬢。

 その姿は小柄さを感じさせない高貴さに溢れ、行き交う人々も思わず視線を止めて見入ってしまっているようだった。

 いくつか悪い視線も混ざっているようだが、あのくらいは貴族ならどうしても仕方がないだろう。

 だが、警戒しておくに越したことはない。

 

 残り二つの馬車から降りて来た侍従や騎士と共にイシス嬢の周りを固めながら、俺たちはホルシィー商会へ足を踏み入れた。

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