戦場の死神と呼ばれた元傭兵の俺、ハメられて貴族令嬢の護衛になる   作:嵐山田

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第八話

 買い物を終え、ご満悦な様子のイシス嬢の後を警戒を解かずについて歩く。

 このホルシィー商会はかなり警備にも気を使っているようだったが、それでも万が一はある。

 だが、そんな警戒はありがたいことに杞憂に終わり、俺たちは馬車へと戻ってきていた。

 

「どうでしたか? 私も一年ぶりでしたので少し買いすぎてしまいましたわ!」

 

 先ほど自分が購入したものを持って、ちょうど商会を出てくる従者の一人を窓越しに見つめながらそう言うイシス嬢。

 

「私には縁遠い世界に感じました、というのが率直な感想でしょうか。面白い物を見せて頂けて、お嬢様には感謝いたします」

 

「……セルセト、もうここは馬車ですわ! 口調はいつも通りにしてください!」

 

 従者モードのまま俺が返事をすれば、ふくれっ面で拗ねたようにイシス嬢が口調を戻せと言ってくる。

 確かに馬車の中では砕けた口調にしていたが、本来、俺がイシス嬢の護衛兼指南役としての仕事を始めて以来のいつも通りはもっぱら敬語だったのだが……。

 まあ、お嬢様の要望とあれば、答えるのが従者の務め。

 例え、俺とイシス嬢以外にもう一人、同乗者がいたとしても。

 

「分かったよ。率直に凄かった。本当に知らない世界で面白かったよ」

 

 俺がそう言えば、キッと鋭い視線が左腕の辺りに突き刺さる。

 この買い物の後で、流石に衆目の中、馬車にお嬢様と男の護衛一人だけというのはまずいと言うことになり、イシス嬢の専属メイドであるユミアさんが俺の隣に座る形で同乗している。

 

「本当ですか?」

 

「あ、ああ、もちろん。また、色々なところを見せてくれよ」

 

「はいっ! そう言う面では私がセルセトの先生ですから!」

 

 イシス嬢が楽しそうにするほどに、横から刺さる視線が鋭くなる。

 どうしろって言うんだ。

 

「そう言えば、ユミア。これから宿泊する宿の部屋割りはどうなっていますの? 私、セルセトの隣の部屋が良いですわ!」

 

 そんなユミアさんの視線には全く気が付かない我らがお嬢様は、燃料を投下することに余念がないらしい。

 

「お嬢様、流石にそのような訳には参りません。こんな男の隣など危険すぎます。それでも私が隣の部屋にいさせていただきますのでご安心ください」

 

「そう……」

 

 露骨に残念そうな顔をするイシス嬢となぜか俺への敵意をむき出しにしてくるユミアさん。

 いや、まあ、それも仕方ないことなのだろう……。

 何故なら俺とユミアさんはこのレティシア家に仕える前からの知り合いなのだ。

 

「そう言えばセルセトとユミアは家でもそんなにお話しているところは見かけませんでしたわ。……それに何だか、二人の間は不自然に空いている気がします」

 

 視線には気が付かずとも、俺たちの間の不自然な距離感には目ざとく気が付くお嬢様。

 あのスルースキルとこの目ざとさこそ貴族というものなのだろうか?

 

「そんなことありませんよお嬢様、そうですよね? セルセトさん?」

 

「え、ええ、もちろん。馬車の二人掛けというのは往々にしてこういうものさイシス嬢」

 

 ユミアさんからの鋭すぎる視線の意図を瞬時にくみ取って、話を合わせる。

 

「そうなのですか? お父様とお母様はぴったりとくっついて座られるのですが……」

 

「それはお二人がご夫婦だからですよお嬢様」

 

「そうだぜイシス嬢。普通の男女の距離感はこんなものなのさ」

 

 前にも思ったが、ディアン様。

 あんたのせいでお嬢様の常識がおかしくなってるんだが?

 俺はあのオーラに溢れる御仁を思い出しながら、内心でツッコんだ。

 情操教育ってやつをちゃんとするべきだと思うぞ?

 

「そうだったのですね。でも、私の直感が正しければ……二人は、その普通の男女、ではないですよね?」

 

 そんなことを考えていた俺にイシス嬢がひたすらにまっすぐな視線を向けて来た。

 横からの鋭い視線にガードを固めていたら、突然正面から純粋無垢なアッパーカットを食らってしまった、そんな気分だ。

 そして何故か、隣りからの視線が一層険しく、鋭くなった。

 

「……そうだな。お手上げだお手上げ。ほらユミア、お前もいつまでもこっち睨んでんなって」

 

 イシス嬢のあの目を耐えられる人間はいるのだろうか?

 少なくとも俺には無理だった。

 歴戦の猛将の眼光やガンギマったイカレ野郎、そして隣のユミアの視線はいくら受けても怯まないと言うのに……。

 

 俺はユミアへの口調を従者としての先輩へ向けるものからかつての同僚へ向けたものに変える。

 

「はぁ……申し訳ありませんお嬢様、今だけご無礼をお許しください」

 

 するとユミアはため息を一つ吐いて、お嬢様に頭を下げると今度は全く隠さずに鋭い視線でこちらを見据えた。

 

「軽率に名前を呼ぶな! 貴様のような裏切り者がなぜお嬢様の護衛役など!」

 

「まぁ!」

 

 そして敵意を百パーセントあらわにして、懐かしい口調で話しだす。

 イシス嬢はと言えば、そんなユミアを面白そうに見ていた。

 

「……レイルの野郎とディアン様に嵌められて成り行きでな。お前は……まあ、良かったんじゃねぇか? 向いてると思うぞ」

 

 流れ過ぎていく街並みに一度視線を逸らせてから、答えた。

 

「なっ!」

 

 するとなぜか顔を赤らめているユミアをよそにイシス嬢は興味津々な様子でこちらに身を乗り出す。

 

「セルセト、もしかしてユミアとは傭兵時代のお知り合いなのですか?」

 

「ああ、そうだな。最後にあったのはもう七、八年前だったがな」

 

「七、八年前と言えば……ちょうどユミアがお母様に誘われてメイドになった頃ですね」

 

 そうか……あの後すぐに職に付けたんだな。

 懐かしいことを思いだしながら、俺は七、八年越しの安堵を覚えた。

 

「そうだったのか。良かったな、良い人に巡り合えて」

 

「うるさいっ! 貴様が……貴様がっ!」

 

 ユミアへ頭を撫でてやろうと手を伸ばす。

 避けられるかと思ったが、予想外に反発はなく、そのまま受け入れられた。

 

「それで、どんな関係だったのですか!? 背中を預けて戦った仲間ですか?」

 

「あ~、いや~それはだな……」

 

「そんな大層なものじゃありません。情けない騎士崩れと裏切り者の関係です」

 

 言い淀む俺にようやく頭を撫でる手を退かしたユミアがぼそりと呟いた。

 

「ユミアは先ほどからセルセトのことを裏切り者と呼んでいますが……何かあったのですか?」

 

「……くだらない話ですが、聞いてくださいますか?」

 

「ええ! いつもユミアにはお話を聞かせてもらってますもの! 今日はたっくさん聞かせてください!」

 

 こうして、舗装され揺れの少ない馬車の中、気まずい俺を置いてユミアはお嬢様にぽつりぽつりと当時の話を語り始めた。

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